異世界メモリアル【5周目 第3話】
ゴールデンウィークをサクッと治験のバイトで過ごし、部活中心の学生生活が始まる。女装しているのならまだしも、練習のときは制服のままなので女性の役をやるのは我ながら気持ち悪かった。鞠さんはもともと女騎士のような見た目なので凛々しいことこの上ないが。
全体練習は週に一度で、他はパート別の個別練習となっている。俺と鞠さんは恋人同士なので当然二人で練習する時間が多い。鞠さんは見た目は完璧だ。見た目は。ただし彼女は強烈な天然ボケだ。
きりりとした表情ですっくと立ち、俺を見る。ここまでは完璧だ。
「やあやあ我こそは王子であるぞ」
「やあ、僕は王子だよ、でしょ。全然セリフが違いますよ」
勝手にセリフを改変している、のではなく間違えて覚えているのである。顔は凛々しいのにへっぽこな芝居にしか見えない。
「お慕いしております、王子」
「それは俺のセリフですよ」
自分と他の人のセリフですら間違えてしまうのである。
「付いてくるなら、この吉備団子をあげましょう」
「これは桃太郎じゃないですよ」
別の芝居の脚本のセリフとも間違えてしまうのである。何もかも違うじゃねえかよ。
「なんだっけこれ」
すっとぼけているのではなく、ホントにわかってないのである。ぽややんとしたお方なのだ。
「女騎士とオークです」
今回のお芝居は、簡単に言えばファンタジー風の美女と野獣である。エルフの女騎士がオークに戦いを挑み、負けてしまう。お約束のように女騎士が「くっ、殺せ」と言うわけだが、そこで殺されるかと思いきやオークが一目惚れというのがメインストーリーだ。なんじゃそりゃって感じだが、文芸部が用意したシナリオらしいですよ。レイプシーンを無理やり純愛に変えられたみたいな話だが……まさか……いや、違うだろう。彼女はまだ一年生だし。
俺たちは王子と姫だが、端役である。一年生で名前やセリフがあるだけ十分だと言えよう。これも容姿にパラメーターを全部振ったのが良かったものと思われる。曲がりなりにも姫ですよ。
「オークってなあに?」
「今聞きます? それ」
天然ボケとかドジとかっていう話なのかな。どうやってこの学校に入学できたのかな。いや、それを言っちゃあおしまいだ。一周目の俺なんて文字すら読めないのに入学してたもんな。
「今は台本を見ながらやりましょう、後でこの話を解説しますよ」
「はぁ~い」
彼女は生まれついてのお姫様か何かだろう。なぜか俺は彼女と居ると紳士的な振る舞いをしてしまう。いくらキャディを務めていた過去があったとしてもだ。
さて、今は芝居に集中しようじゃないか。
「あぁ~ん、王子様ぁ~、待ってぇ~ん」
「気持ち悪っ!?」
俺の渾身の演技についてこれなかったようですね?
「鞠さん、これはお芝居で、これは台本通りのセリフです」
「わかってますわ、でもどうしても気持ち悪くて」
眉をひそめる鞠さん。素直過ぎるその感想は完全に純粋に本音以外のなにものでもない。ははは、ピュアな人だなあ。
「ちょっと待ってて、泣くから」
「ごめんなさい」
俺は三分ほどすすり泣いた。気の毒そうな眼差しが余計につらい。その後も何度か同じようなことを繰り返す。もう涙は枯れました。
「あぁ、王子様、待って」
むっ、なんとなくだが今のは良かった気がしますよ。鞠さんの表情もいままでとは違う。うええっていう顔じゃない。ほええっていう顔だ。どちらも愛らしくはあるが、やはり後者のほうが心に優しい。
「あっ、気持ち悪くな~い」
ぱしんと手をあわせて、にこりと笑う。あのね、俺たちは芝居をしているのであって、気持ち悪くないようにセリフを言えるか試しているわけではないのよ。
「いや、続きのセリフ言ってよ、鞠さん」
そうは言いつつも、俺は嬉しくて仕方がなかった。女装メイド喫茶で働いてたときを思い出します。容姿のパラメーターもこれで上がっているはずだ。
「もっかい行くよ」
「は~い」
ふぅと息を吐いて、気持ちを女性に。
あたしは女、あたしはお姫様。
「あぁ、王子様、待って」
「待つわけにはいかないんだ、わかっておくれ」
わぁー、格好良い。ワルキューレみたい。ここでいうワルキューレとはワルキューレの冒険の主人公であります。王子様っていうより女騎士ですね。そりゃだって金髪の長い髪ですからね。思わず見とれてしまいますねえ。
「――ロトさんのセリフですよ?」
「ああ、ごめんごめん」
って鞠さんにツッコミくらったのかよ。おいおい。ヤバイじゃん俺。
急いで立て直さないと。焦る。
「あぁ、鞠さん、待って」
「待つわけにはいかないんだ、わかっておくれ」
「お慕いしております、鞠さん」
「――ロトさん。王子様です。鞠さんじゃありません」
わー、やべー。完全にテンパってたわ。
「ご、ごめん。鞠さんに見とれてしまったんだ」
「ひょわっ」
ひょわっ?
「あまりに鞠さんが素敵だったから」
「ひょわわわ」
ひょわわわ?
「まさかとは思うんですが、鞠さんってテレ屋さんなんですか?」
いかにも蝶よ花よと育てられてそうな鞠さんが、褒められ慣れていないなんて信じられない。
だとすると演劇部というのは凄くチャレンジなのかもしれない。
「は、恥ずかしいです」
頬を薔薇色に染める鞠さんはますますもって愛らしかった。




