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異世界メモリアル【4周目 第25話】

更新が遅いのにチェックしていただいている読者様、誠にありがとうございます。



入った!


ズバアアアアア、という音がゲームなら出てたと思うくらい綺麗にスマッシュヒット。ついに念願のくそオヤジの顔面ヒットを手に入れたぞ!

もちろんここで満足もしないし、容赦もしない。バンバン追撃する。


オラオラオラオラオラオラオラオラ無駄無駄無駄無駄無駄無駄!


ハハハ、最高だぜぇ!


しかしあまりにも抵抗がないと、拍子抜けだ。面を拝んでやるか。ゲームオーバーになったときのガイルみたいな顔になってるかな?


「ぜー……ぜー……」


ん? なんか変だ。怪我人じゃなくて病人に見える。

赤く腫れ上がった頬ではなく、真っ青な顔をしていた。


「どーした? ロト」


俺が父親をボッコボコにしているところを冷静に見ていた真姫ちゃんが、世間話のテンションで聞いてきた。良くも悪くもよくある日常であるということだろう。


「なんか変なんだよな」

「ん~?」


肩が触れ合うくらい近づき、彼女は自分の父親の顔を見る。デフォルトの表情から、段々と変化していくさまをぼうっと見ていた。何を考えているのだろう。頭空っぽにして夢を詰め込んだ寅野真姫という女の子はわかりやすいようで、わかりやすいからこそ本当にわかっているかが疑わしい。


「ひょっとして、いやまさか」


頭を横にふりふり独り言。やじろべえのような頭を使ってるとは思えない動きだが、彼女なりに脳みそを使用しているのだろうか。


「ずっと徹夜していたから病気になったのかもしれない」

「え」


俺はぽかんとした。ずっと徹夜していた? それなら病気じゃなくても倒れて当然だ。しかしその可能性は考えたことがなかった。なんせ飯の時間も風呂の時間もきっちり決めているタイプの人間だ。睡眠もたっぷりととっていると確信していた。


「パパは誰に挑戦されても絶対に逃げてはいけないからな」


そうだった。アポなんか無くても挑戦されたら闘うことになっている。俺たち以外にもだ。当然のことだったが、俺は勝手に俺たちが専有していると勘違いしていた。当然だが仕事もあるだろうし、他の用事だってあるに違いない。しかしそんなことは考えなかった。


「う~ん」


あぐらをかいて腕を組む真姫ちゃん。何を悩むことがあるんだ。


「ここで誰かを呼ぶことは、助けることになるから出来ないな」


どーしよ。と頭を悩ませている。そんな晩ごはんどうしよ、みたいな言い方で何を言ってるんだ。そんな場合じゃないだろ。愕然とする。この家は普通じゃないのはわかっていたが……。


「俺が助けるぶんにはいいだろ。救急車呼んでいいか?」

「ん~、いや兄貴が医者なんだけど」

「どこにいるか教えてくれ」


道場ではしょっちゅう怪我人が出るから医務室があるということだった。なおさらなんで悩んでいるのかわからない。俺は座り込んだ真姫ちゃんにここで父親と待っているようにと伝えて走った。運がよく医者はカルテの整理をしていたので、すぐに診てもらうことができた。


「検査は必要だけど、過労だね。とりあえず医務室で寝かして点滴かな」


ひとまずはホッとする。そして何とも言えない気持ちになる。俺はこいつを本気でぶっ殺してやりたいと思ったことが何度もあるのにな。


「ロト、悪いけど」


助けたことになってはマズいからと。家族や門下生はベッドの横にいられない。だから俺が付き添うことになった。いびつだ。間違っている。


俺はもう自分の気持ちが、自分の心がわからなくなっていた。

なんなんだ。

なぜ俺は風邪を引いた自分の娘を冷たい滝壺に叩き込むような男の看病をしている?

俺の卑怯な作戦によってこうなったから引け目を感じているのか?

これが今回の、真姫ちゃんルートの必須イベントであるからかもしれないから?


わかんねえ。もうわかんねえ。


クソゲーだよ、クソゲー。


ずっとぶん殴りたかったやつをぶん殴ってさ。

普通、気持ちよくスカッとさせてくれるもんじゃねえの?

なぜ悪党が最後まで悪でいてくれない? クッパだって竜王だってちゃんと最後まで自分の役割を全うしてるだろうが。

やり場のない気持ちがあると、神様だの、政府だの、ゲーム制作者だののせいにしたくもなる。

酒飲んでクダ巻いて寝ちまいたいよ。


でも本当に可哀想なのは俺じゃないんだ。


寅野真姫。

あんなに楽しそうに、毎日を過ごしているように見える女の子。愛を知らない女の子。

実の父親から虐待としか言いようのない仕打ちを受けている女の子。

だけどな。


自分の父親があんなに苦しそうなのに。それを見て、心配することもなく、手を差し伸べることもなく。いつもどおりの顔をしていることのほうがよっぽど可哀想だった。


「助け合うのが家族じゃねえのか」


それはほとんど呻くように。溜め込んだ気持ちがどうしようもなくなって溢れ出した。


「……それは違う」


全く想定していなかった返答。目を覚ましたのか。夜明け前、電気をつけない医務室は、満月に近い月の光がもたらしているだけの明るさ。


「あれの母親は、病気で亡くなった」


俺が男の方を向こうとして、パイプ椅子がぎしっと鳴った。表情は暗くて見えなかった。


「最後の最後は助けられない。自分で闘えなければ生きていけないんだ。弱いものを助けていては駄目なんだ。それは自己満足に過ぎない」


反論を挟むことは出来なかった。それが持論ではなく自戒だったからだ。


「俺が守るなんて言っておいて。結局守ることなんて出来ない。本当にその人のことを想うなら、その人を強くしてやるしかないんだ」


それは違うと。思っていても口に出すやつは馬鹿だろう。俺にはこいつのことはわからなかった。なぜ自分の子供に厳しいのか。

年下に負けたら罰を受ける。それは常に強くなり続けないと子供より先に死んでしまうから、それを防ぎたいという気持ちなのだろうか。

寒さに負けて風邪を引くなら、寒さに強くなるべきだ。だから冷水に慣れればいい。

助けたら、弱くなる。助けられなかったときに、助からない。だから助けてはならない。

そんな理屈なのだろうか。


それを馬鹿だと断じるのはたやすい。しかし自分の妻を、愛した女を守れなかったとき。こうすればよかったと心底悔やんだときに、それがなんであれ信じる道を作ってしまうことはあるのかもしれない。

昔、敵討ちという風習が認められていたのは、愛する人を亡くしたときに、復讐という生きる希望を用意してやらなければ生きていけないからだったと聞く。

強くならなければならない。そして家族を強くしてやらねばならない。それが自分の人生の意味だと、この男は思ってしまったのだろうか。

そうだとしたら、俺は間違ってるなんて言ってもいいのだろうか。


俺は膝の上に肘を乗せて頭を抱えた。俺は、俺は何を言えばいい? 頼むから選択肢を出してくれよ。

悩んでいるうちに、寝息が聞こえてきた。


タイムオーバーだ。

俺は選択肢を選ぶことも出来ず、時間が過ぎていった。


……朝日はこれっぽっちも、清々しくなどなかった。



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