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異世界メモリアル【4周目 第23話】


クリスマスパーティーに真姫ちゃんの姿はなかった。

トナカイ姿のてんせーちゃんと挨拶を交わしたりはしたが、どうにも落ち着かない。

真姫ちゃんに会いたい。


パーティーを途中で抜けて、寅野家に行くと門下生はまるで俺を待っていたかのように案内してくれた。

いささかスムーズ過ぎて拍子抜けだ。


いくつかある道場のうちの、一番小さな場所。見覚えがあるというか忘れるわけもない。初めて俺が寅野父に殴りかかって返り討ちにあった場所だ。

中にはその父と、真姫ちゃんが居た。


――ボロボロにちぎれた道着を着た真姫ちゃんが。いや、道着だけじゃない。彼女がボロボロだ。ところどころがちぎれて痛ましい肌が露出している。なんとか肩で息をしているから生きているとわかるだけで、傷だらけの痣だらけだ。いくら彼女が格闘家だからといってこれは異常だ。


駆け寄って、上着を脱いで彼女にかける。今の真姫ちゃんは話しかけることすら負担に見える。

だから俺は、彼の父親を睨みつけた。

ボロボロの真姫ちゃんも、やってきた俺のことも、ただシニカルな笑いを浮かべて見ているだけの男を。


「久しぶりだな。今日もなかなかの寒風が吹いている。滝でも浴びていったらどうだ? 好きなんだろう?」


笑えないジョークを笑わずに言われてもな。


「ああ、ロトか……」


息も絶え絶えに真姫ちゃんが言う。目は俺を捉えていない。


「大丈夫、じゃないな」


返事の代わりに微笑を湛えて、目を閉じた。

俺は彼女の肩を抱いて、静かに横たえたあと男に向かって立つ。


「何を、していた」


奴は微動だにもせず、


「クリスマスプレゼントだ。サンタさんから頼まれたんだよ、サンタさんから。真姫がどうしても私に勝ちたいと言うのでな。()()()()()()()権利をプレゼントだ」

「サンタさんだぁ?」


こいつからメルヘンな言葉が出てくると業腹だ。


「そうだ。だから仕方がない。もう百回をとうに過ぎているのに手合わせしてやってるわけだ」

「優しいねえ。そのプレゼント、俺にも分けてもらうっていうのは駄目かな」

「お前が?」

「もう疲れてるから無理かな、サンタの爺さん」

「抜かせ。闘ってやる、()()()()()()()な」

「その言葉、絶対忘れるなよ!」


少年漫画の主人公と、悪役の構図で飛びかかっていく俺だが、殴りかかっていく途中でドンという衝撃を感じて吹っ飛んだ。

後から腹に正面蹴りを食らったのだとわかった。強すぎる。


「ぐふっ」

「ほう、気絶しないだけ大したものだな」

「甘く見てんじゃねえぞ、おっさん」

「さっきは爺さんだったのにな。少しは見直したか」

「うるせえ!」


いちいち癇に障るやつだ、おかげで思いっきりぶん殴れる!


「うおおおおお」

「ふん」


思いっきり右手を振り上げて、からの左ジャブ!

怒りに任せてと思わせてからの冷静な攻撃だ。


ぱしっ


左手は右手で簡単にキャッチされ、そのまま握りつぶされる。なんという握力だ。しかしそのままそこを支点にして延髄斬り。


ごすっ


よし、初めて打撃を与えられた。しかしどうやらダメージはなさそうだ。脚も手でホールドされてしまってそのまま叩きつけられる。


「ごっは!」


身体の左側面に強い衝撃。

強い。痛い。しかしそれでもなお解ってしまう。まだ奴は本気じゃないと。左側面だ? もっと有効なダメージを与える場所はいくらでもあるだろう。それに倒れた俺に追撃してこない。踏みつけ攻撃くらいは覚悟していた。

冷え切った道場の床に身体をつけたまま、モハメド・アリ戦のときのアントニオ猪木のような超ローキックを繰り出す。これもヒット。避けられただろうに。

中腰からのアッパーカットは手で止められ、エルボーを頭に落とされる。


そんな、攻撃のやり取りは続いた。

俺は致命傷を受けることもなく。ダメージを与えることもなく。奴の攻撃は、まるで俺を試すような。修行であるかのような錯覚すら覚えるほど、絶妙な強さだった。

次の攻撃に移ろうとした所で奴は、ふ、と構えを解く。


「――そろそろ飯の時間だ」


突然そんなことを言い始めた。

ハァ? 飯だと? ふざけてるのか?


「なんだ、意外か? 格闘家にとって食い物は大事だ。真姫にも食わせてやらんと治らんぞ」


くっ。そうだ、真姫ちゃんはいまだに道場の隅で転がっている状態だった。痛そうではあるが、()()()()()()()()()ようだったので失念していた。休養させないと。


俺がおんぶすると、奴は指をパチーンと鳴らした。

廊下から白い道着を着た長いポニーテールの女性が現れる。


「こちらへ」


どうやら案内してくれるようだ。

後ろを振り返るとすでに奴は居なかった。


「来客用の部屋になります。お食事も用意いたしますので」


障子を開けると畳敷きの部屋に布団が敷いてあった。二人分。なんでだよ。布団の横にはテーブルがあり、座椅子が二脚。旅館か。


「はっ、いい匂い」


背中の真姫ちゃんが目を覚ました。いい匂い?


「降りる」

「あ、ああ」


すたっと降りると、席についた。いつものルーティーンであるように。


「失礼します」


女将さん、じゃない門下生の人なのか道着の女性が料理を運んできた。雑炊とかかと思ったら、七面鳥だった。いや、確かに今日はクリスマスだが。


「いただきます」


ぱんと手を合わせて、真姫ちゃんは七面鳥の脚を手でもぎ取るともりもりと食い始めた。呆気にとられるね。普段からこうなんだろうな。

ご丁寧にスパークリングワインまで用意してある。真姫ちゃんのグラスに注ぐと、かぱーっと一口で飲み干した。さっきまでグロッキーだったとは思えない。ところどころ破れた道着から見えるたわわを揺らしながら、がっつがつと肉を平らげる。

確かに、これは格闘家の強さの秘訣なのかもな。俺も向かいに座って食べることにする。うめえ。二人で七面鳥を一羽食べるってスゴイな。他にもブルスケッタやら海老のアヒージョやらが運ばれてきて、クリスマスパーティーを二人でやってるみたいだ。場所は旅館みたいだし、二人とも満身創痍だけどな。


「メリークリスマス」


バケットをアヒージョのオイルに浸しながら突然に真姫ちゃんがそう言った。

彼女は俺に目を合わせることもなく、口いっぱいに頬ばる。


「……メリークリスマス」


そう言うのが精一杯だった。俺の顔はキョトンとしていたかもしれない。


「ありがと」

「へ?」


スパークリングワインを注ぎすぎて少しこぼした。


「会いに来てくれて、助けてくれて、クリスマスを一緒に過ごしてくれて、ありがと」

「あ、うん」


それから後は肉を咀嚼する音が大きく聞こえた。

クリスマスケーキのローソクに火をつける前から、俺達の顔には赤みが差していた。


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