異世界メモリアル【4周目 第22話】
俺たちは金を稼がなければならない。
しかし、修行を怠るわけにもいかず。
どうしたものかと考えていたが、地下格闘技場でファイトマネーを稼ぐ方法を真姫ちゃんから提案された。
それが学校にバレたら結局駄目なのでは、と思ったがそもそも存在を公にできないので問題ないだろうということだった。
当然ながら高校生という身分は隠さねばならず、俺達はマスクマンとして登場。
正体不明の仮面男女コンビとして徐々に勝ち星を拾っていった。
「まさかここまでやってくるとはな」
ベスト8にノミネートされた俺たちに主催者である和服の貫禄のある爺が言ったが、
「いや、俺達はここでやめます」
あっさりと辞退した。
「え? なんで? え?」
目をかっぴらいて驚いていたが、そもそも地下格闘技の頂点を目指しているわけではない。
十分に金は稼いだし、さっさとストリートファイト部の活動に戻らなければ本末転倒だ。
「んじゃーな」
真姫ちゃんはこの国の権力やら財力やらを牛耳ってそうなレベルの大物の雰囲気を漂わせる爺にあっさりとした別れの挨拶を告げた。
ファイトマネーは俺が預かり、現金で次孔さんに渡した。
舌なめずりをしながら札を数えるところなど見たくなかったので、金を突き出すとすぐにその場を去った。
夏休みに入る前になんとか憂いを断つことに成功した俺たちは、修業を続け、それはもうあっさりとストリートファイト大会のワンツーフィニッシュを実現した。
俺の中でここまでは当然、すべてが寅野真姫攻略ルートで間違いない。
間違いないし、他のことを考えている場合ではない、と思うのだが。
季節は冬に入り、これから最終局面を迎えるであろうことは今までの経験でわかっている。
しかし、どうしても気がかりなことがあり、それを放置することは出来なかった。
「どうした、私を攻略するにはもう遅すぎるぞ!」
長い脚を惜しげもなく見せているサンタ服のお姉さんは、星乃煌。去年卒業した生徒会長だ。彼女は学年が一つ上だからな。二年で攻略しないといけないのかもしれない。
「今回も攻略する気はありませんよ」
「つまらんなあ。あんまり待たせるとお婆ちゃんになっちゃうかもしれないぞ!」
数年ぶりに話しているとはとても思えなかった。今でもキャンプファイヤーの前で踊ったことを、昨日のことのように思い出せる。こうして久しぶりに会っても竹馬の友のように接してくれることに安堵する。
俺の顔を見ながら星乃会長はたいそうにこやかに、
「まぁ、いい。クリスマスパーティーに参加しにきただけということはないのだろう!?」
と、話の早いリアクションを見せ、奥の部屋へ招いてくれた。
「ええ。まあ」
などと適当な返事をしながら、誘導に従って歩いた。
アンティーク家具だらけの応接間のような部屋で黒革のソファーにどかりと座る星乃会長を見ながら、対面に静かに腰を下ろす。
「なんだ、元気がないな! まぁ、だから相談に来たのだろうが」
「会長はなんでもお見通しですね」
「会長でもないし、なんでもでもないが、君のことは割とお見通しかもしれないな! 例えば私のことを好きとか!」
そういえば、もう卒業しているのだったな。
俺が会長だったこともあるというのに、つい会長と呼んでしまう。呼び方を少し考えて、
「星乃さんのことを好きじゃない人は珍しいでしょう」
「む! そうか……星乃さんって呼ばれるのもなにやら落ち着かないが、そうか星乃さんか……!」
星乃さんはうんうんと頷いているが、言われ慣れているであろう呼称になんの感慨があるというのだろう。
「で? 星乃さんに何の用だって!?」
まさか一人称を変えるほど気に入ったとはね。自分をそんな風に呼ぶのは俺の知る限り妖怪の漫画を描いている人くらいだ。
しかし彼女と久しぶりの会話を楽しんでいる場合ではない。
気を取り直して教えを請うことにする。
「今、寅野真姫さんと仲良くしてもらっているのですが」
「むう……いきなりノロケ話か。まぁいいが!」
いいと言いつつも明らかに不機嫌だ。
俺だって星乃さんがイケメンとよろしくやってるなんて聞いたら面白くはないだろうから、ここは我慢してもらうしかない。
しかし、寅野さんを攻略することは、いつかの約束を守るために必要なことだ。星乃さんもわかっているだろう。
「一緒に部活をしていたところ、二人っきりで、その、いい雰囲気になったのです」
「ぐっ……そうか……まぁいいが!」
リア充爆発しろとでも言いたそうな顔だ。少しもいいと思ってないだろうな。別に自慢がしたいわけではないので、非常に心苦しい。
「そのときに新聞部の次孔律動さんに写真を撮られ、脅されたんですよ。これをスクープしてまともに部活が出来ないようにされたくなければ金を払え、とね」
「ほお……」
ようやく本題に入ったが、反応は薄かった。信じてもらえていないのだろうか。無理もない、俺だって信じられないのだから。
「信じられないでしょうけど、本当なんです」
「嘘だなんて思っちゃいない! 完全に想像の範囲内だ!」
想像の範囲内?
俺は解説を求めるように、彼女の目にすがる。
「もちろん、次孔律動! 彼女は悪い子なんかじゃない! 君も知っている通り、だ!」
黙って頷く。むしろ次孔さんの悪口なんて誰が言おうとも俺は許さない。だからこそ、聞きに来たんだ。
「改めての話になるが、君が攻略する相手たちはみんな愛を知らない。忘れてないな!?」
そうだ。そのことは決して忘れてはいけないことだ。
俺がゆっくりと顎を下げるのを見ながら、星乃さんは話を続ける。
「愛の定義の話をここでするつもりはないが、次孔律動は父親から愛されてないが、父親のことが好きなんだ。彼女が競馬をするのも父親の影響だ」
そうだった。一度聞いたことがある。競馬はお父さんとの思い出、なんだと。
「そんな父親に久しぶりに会ったら借金まみれになっていた。私がなんとかしてあげたい……そんなところかな。推測だがね……!」
!?
俺は立ち上がった。
競馬でスッて部費が無くなった。
それって……!
「次孔さんが持っていた部費も父親が競馬に使ってスッてしまった……!?」
「ありえるな」
立ったままの俺をソファに深く腰掛けたまま、脚を組んで俺の顔を伺った。
「借金を返すために貸してくれとか、絶対に返すとか、俺が信じられないのかとか、そんな事を言われたのだろう」
毛の長いカーペットへ、ガクッと膝が落ちる。
なんということだ。自分の無力さが憎い。
「気持ちはわかる! 君が攻略しない限り、彼女たちはそういう運命だ!」
そうかもしれないが。そんなカンタンに割り切れるほど利口じゃないんだ。いくら学問のステータスを上げたって、そこは変わらない。
「君が出会わなければそういった事を知らなくても済むかも知れないが、知り合いもしない彼女たちは救われる可能性すらない! 今回は次孔律動に正常なルートで出会わなかった。それが影響しているということもあるんだ」
あ、ああ……!?
「そ、それって例えば沙羅さんとかのことを言っている、んですか」
まともに息継ぎも出来ない。
自分のせいで傷つけてしまった人のことを。
その後、遠くから存在を認識するだけにしておけば傷つくことがないと思っていた彼女のことを。
「もちろん君がしたことはリセットされているが。そうだったとしても君には相談したり一緒に過ごして楽しいこともあっただろう? それが今の彼女には全く無いということはわかるだろ……!?」
決して、冷たいわけではないが、同情することもなく淡々と言葉を紡いでいた。俺は逃げていたのだろうか。傷つけたくない一心で、彼女のことを考えることから。
ぽんと肩に手が乗せられた。俺にはずっとカーペットの模様しか見えていない。
「とはいえだ。今、彼女をどうこうしてやるのは無理だろ。そんなに思い悩むな。どうせ君がまた1年からやりなおすように彼女だってやりなおすんだ。気楽にやれ、とは言えないが、君にできることは決まっている。一人の少女を愛してやることだ! 浮気すんな!」
カッと心臓に炎が宿ったような気持ちになる。やっぱり会長は凄い。気持ちが一気に前を向く。
そうだ、無力さに打ちひしがれている暇などないのだ。
「ありがとうございます、会長」
深く頭を垂れる。
「それはないだろ、星乃さんって呼べよ! 次回からもずっとだぞ!」
俺は笑った。
当たり前のことだけど、俺と星乃さんはこの会話を忘れることはない。




