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異世界メモリアル【4周目 第21話】


勝った。

ついに勝つことが出来た。


「やるな、ロト。まさかあたしが負けるなんて」

「たまたまだよ」


そう謙遜すると、延髄蹴りをくらった。

あやうくノックダウンしそうになりつつ、たたらを踏んで堪える。


「あたしがたまたま負けるわけねーだろ」

「す、すみません」


勝ったのに平身低頭(へいしんていとう)する俺。

ストリートファイト部に所属して2年が過ぎた3年生の6月の時期になって、ついに真姫ちゃんに一勝することが出来たのである。

勿論、彼女もとても強くなっている。

しかし俺は生きてるだけで艱難辛苦(かんなんしんく)を味わう修行のアイテムの効果と、ひたすら部活コマンドを実行するというストイックなギャルゲープレイの成果としてついに勝利を手にしたわけである。


とはいえ、ようやく一勝しただけという状況。

間に合うだろうか、8月の大会に。

俺はそこで優勝する事ができなければ、4周目のプレイは失敗と考えている。


「また、明日勝負な」

「おう、よろしく」


俺たちは握手を交わす。

勝負の後にお互いの健闘を称える、なんとも美しい友情パワーじゃないか。

しかし、俺は少年漫画のような熱い展開よりも少女漫画のような展開を希望する。

握った手を離すこと無く、目線も外すこと無く、言葉を紡ぐ。


「ところで真姫ちゃん、今週のデートはどうしようか」

「なっ」


勝ち気だった眉毛が一気に垂れ下がり、顔を真っ赤にしてたじたじになる真姫ちゃん。


「こ、こ、ここでそうゆう話すんのやめろって言っただろ~」

「他に誰も居ないし、いいじゃん」

「ま、真姫ちゃんっていうのも学校では禁止っていう話をしたはずだぞ」

「え~? だって俺のことはロトって呼んでるじゃないか」

「そ、それは他に言いようがないだろ」

「じゃあ、俺も真姫って呼ぶ」

「うわわわわ! やめろ、恥ずかしいぞ」


う~ん、武道では強い真姫ちゃんの弱い姿を見るの、凄くイイ。なにこれ、ツンデレならぬツヨデレってやつっすかね。

繋がったままの右手をぐっと引くと、何の抵抗もなく彼女は俺の胸元に引き寄せられる。


「あ、あ、あわわ」


ついさっきまで、アッパーカットやらスクリューパイルドライバーやらを繰り出していたとは思えない乙女すぎる動揺っぷり。

せわしなく動く目を、視線が逃げられないように近づける。交錯する視線は絡み合い、引き寄せられるように顔が近づいて……。


パシャッ


「ん?」

「なんだ今の音」


俺と真姫ちゃんは、一斉に音のした方向を見る。

剣道部が練習するための剣道着を身に着けた打ち込み台に隠れながらカメラを持った見覚えのある女の子。

次孔律動に相違ない。何故か今回のプレイでは出会っていなかった。ラジオは聞いていたし、新聞も読んでいたのだが。確か、真姫ちゃんとは親友だったよな。


「なんだぁ……てめぇ……?」


真姫ちゃんは次孔さんに向かって、手と首をポキポキ鳴らしながら近寄る。どうしたの? あんなに仲良しだったじゃないの。記憶や世界設定はリセットされてるかもしれないけどさ。でも、キャラクターの本質は変わらないはずなんだ。


「ストリートファイト部とは名ばかり。ただの彼氏彼女のいちゃこら活動だった、と。こりゃ特ダネだわ」


――は?

ゴシップ?

パパラッチ?

そういうのは次孔さんが最も嫌う行為だし、大好きなトラっちにそんなこと言うわけない。

ただ唖然としている俺を尻目に真姫ちゃんは歯ぎしりをして、


「あたしのことはなんと言ったっていい。こいつはマジでやってんだ。馬鹿にすんな」

「え? え? 自分のことはいいから彼氏だけは勘弁してくれって!? ウケる~」

「てめえ、マジでいい度胸してんな」

「おおっと、善良な新聞記者(ジャーナリスト)に暴力ですか。これは世論が黙っちゃいない。ひょっとしたら部活動停止、いや廃部かもしれないなー」

「ぐうっ」


真姫ちゃんは歯を食いしばって、拳を固く握りしめる。

なんだ?

俺は全くこの流れについていけない。

なんでこうなるんだ。

片手で持ったカメラをひらひらとさせる次孔さんは下卑た笑いを見せている。おかしい。


「どうしたんだよ、次孔さん。そんなのおかしいよ、本当に頑張ってる生徒やこの学校の魅力を伝えるのが仕事だって言ってたじゃないか」

「は? 言ってないし。ってか誰?」


ポニーテールを揺らしながら、鼻で笑う。こっちこそ、お前は誰だと問いたい。

真姫ちゃんは偉そうにしているそこの女に一歩近づく。


「やめてくれ」

「は? なにそれ、命令?」

「やめてください」

「それがお願いする態度なの?」


真姫ちゃんは床に正座すると、そのまま頭を下げた。


「やめてください、お願いします」

「やめてくれよ、そんなの、土下座なんてするな」

「ロトは黙っててくれ」


伏したまま、静かな声で俺を制した。

次孔さんはトレードマークの音符の髪飾りを揺らしながら、


「ちょっと頭が高いんじゃない?」


と言うと、真姫ちゃんの後頭部を上履きで踏みつけた。


「てめえっ」


俺はその脚を跳ね除けて、胸ぐらを掴む。

もう許せない、こいつは次孔さんなんかじゃない。悪魔にでも魂を乗っ取られたに違いない。

拳を振り上げた途端、後ろから羽交い締めにされる。


「やめろロト、武道家がそんなことしたら終わりだ」

「止めるな、こんな奴ぶん殴ってやる」

「はっはっは、言質取りました~」


胸ポケットからICレコーダーを取り出して、愉快そうにニヤついている。

何がしたいんだ、こいつは。


「夏の大会だっけ? 絶対出場できなくなるよねえ」


それは困る。4周目において重要なイベントだ。

クックックと如何にも悪者って感じの笑い方をしやがって、俺が困惑しているのが、そんなに面白いかよ。


「まぁ、どうしてもって言うなら、バラさないであげてもいいけどね~」

「どうすればいい」


真姫ちゃんは交渉に応じる様子だ。


「金だよ、金。競馬でスッちゃってさ~。部費が無くなっちゃったんだよね」


クズじゃねーか。確かに次孔さんは競馬が好きだし下手だったけど、こんなクズじゃない。部費の使い込みなんてありえない。


「わかった、なんとかする」


真姫ちゃんのセリフに満足したのか、去っていった。俺には睨みつけることしか出来なかった。


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