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異世界メモリアル【4周目 第19話】


2年生のホワイトデー。

これはもうとても重要なイベントなわけで。

実質最終選択だといっていいわけで。


バレンタインデーに関して今回チョコをくれたのは知り合っている5人だ。

親密度が現在こう。


【親密度】

―――――――――――――――――――――――――――――

実羽映子じつわえいこ     [大好き]

寅野真姫とらのまき    [マジ親友と書いてともと読む]

来斗述(らいとのべる)     [気になるアイツ]

画領天星(がりょうてんせい)    [強敵×ロト]

舞衣(まい)       [舞衣は大丈夫だよ]

―――――――――――――――――――――――――――――


今からなら誰のエンディングも迎えることが出来そうな状況だ。

だが俺の気持ちはもう決まっている。


「舞衣、ごめんな」

「何言ってんのロト。いや、お兄ちゃん。()()()()()()言ってるじゃない。私になんて返さなくていいって」

「すまない、感謝してる」

「いいって」


ホワイトデー当日の朝、俺は妹に玄関先で謝罪と感謝を伝えてから家を出た。

ずっと前からと言うが、ずっと前は親密度に表れていなかった。だから話がまるで違う。

舞衣が1周目で言ってたのは、私になんてお礼をするなって言ったのは、そんな馬鹿なことをしても親密度が向上しないから無駄だと、そういう意味で言ってたんだ。


ただ妹は何もかもわかって言っていることもわかってる。

そしてさっき呼び名をお兄ちゃんに戻したことが全てなのさ。


学校につくと、鞄から丁寧にラッピングした焼き菓子をどけて、封筒を取り出した。

下駄箱に手紙を入れるなんていう古典的でベタな方法でありながら、人生でそんなことをするとは微塵にも思っていなかったことを行った。


今日これからすることを考えると心臓が悲鳴をあげる。

何度も脳内でシミュレートしたのだが、緊張は高まるばかりだ。

授業中もずっと上の空で学力のステータスを全く向上出来なかった。

こんなことをしなくてもいいんじゃないか。何度も自問自答した結果なのに、まだ迷っている自分が情けない。


「ごめんね、急に。こんなところに呼び出して」


まだ寒い時期ではあったが、彼女とどうしても2人きりで話したかったので、昼休みにプールサイドに呼び出した。

まず、そのことを詫びる。


水面を走る北風は凛として、彼女の佇まいに相応しく。

灰色の空は俺の心を写したかのようだった。


「いいえ。ロトさんならいつでも呼び出していいよ。でもその理由がホワイトデーであることが関係あるのなら、とっても嬉しい」


そう言って実羽さんは優しく微笑んだ。

その笑顔を見て、俺は胸がチクリと痛む。


「関係ある、んだ」

「わ~い。って素直に喜んでいいのかな」


冷たい風がたなびかせる長い黒髪を抑えながら、彼女は俺の表情を伺う。

俺の勇気が足りないから悩ませているのだと思うと本当に心苦しい。

ぐっと拳を握り、爪を食い込ませる。


「実羽さん、俺はね、君が好きだ」

「えっ」


さぞ意外であったのだろう、北風が当たって細めていた目を、大きく見開いた。


「そして、君が俺のことを大好きだと思ってくれていることも知っている」

「えっ、あっ」


驚きが歓喜に変わり、そして落胆へと目まぐるしく変化する。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。なんでこうなるまで放っておいたんだ。


「そう、4周目の俺も、今までどおり実羽さんの事が好きだよ。今回の実羽さんは今までの実羽さんと違っていた事もよくわかってる。そして、今回のように俺のことを本気で好いてくれて本当にありがとう」


実羽さんは黙って聞いていた。

いや、俯いて、目を閉じて、両手をぐっと握りしめて、聞いてくれていた。

何も知らない人が見たなら、それはそれは少女漫画のような甘酸っぱい恋の告白に見えただろう。

ところがこれはとてもとても悲しいシーンなんだ。

彼女は当然わかってる。

この世界の秘密に関わる、親密度を理解していることや、4周目というような言葉が出た時点でもうおしまいなのだと。

もう俺がどれだけ感謝を述べようと、失恋したという事実が覆らないことをわかっているから。

それでもこの場から駆け出さないのは、それが俺のためになると信じているからだ。


「勘違いしないで欲しいのは……今までの実羽さんと今回の実羽さんを比べてどうこうじゃないんだ。どっちが本物だとかそういうことは俺にはおこがましいってわかってるんだ。今までの実羽さんも好きだし、今回の実羽さんもとても魅力的だった」


それは本心だった。そりゃあ、最初は怖かったさ。重いといっても良い。

好意を得るためにそこまでするのかと、狩られるとさえ感じた。

でもな、俺はわかってるんだよ。わからざるを得ないんだよ。

だって親密度は嘘じゃないから。

俺のことを大好きだと、そう思ってくれているから。

だから攻略するために努力してくれたんだ。

黒髪に染めてみたり、ランドセルを背負ってみたり、胸にパッドを詰めてみたり。そして、誰もが抗えないような理想的な女性を演じてみたり。

俺がニコのために数学を学んだり、あいちゃんのために料理の特訓をして好かれようとしたことと同じことを俺なんかのためにしてくれたってことなんだ。

普通、ギャルゲーのキャラクターは自分を変えたりしない。こちらが一方的に好きになって、彼女が応えてくれる。そういうものだ。

ところが実羽映子という人は、俺を攻略しにきた。自分のキャラを変えてまで。

有難い、有難すぎる。

そんなことがあっていいのかと思うほどに。


だからこそ、俺は言わなければならない。

ホワイトデーのお返しは違う人に渡すと。

今回は、4周目ではその人を攻略すると。

だけど、いつかは一緒になりたいなどという本当に都合のいい自分本位の我儘を。

他の女の子たちはいいんだ、記憶は次に持ち越されないから。

しかし、実羽さんは違う。

ここまでされて思いに答えないのは、彼女を傷つけてしまう。

もしかしたら、諦めてしまうかもしれない。

最悪、もう会えないかもしれないんだ。

だからせめて、約束をさせて欲しい……。


「俺は今回のプレイで攻略したい人がいるんだ。だから……いつか、いつかさ」

「バカにしないでよ!」


ぐっと言葉が詰まる。

俺は悲痛な顔をしていたと思うが、彼女はそのセリフの内容と異なり、怒ってなどいなかった。


「同情なんて、しないでよ」


少し優しいくらいの、口調だった。


「私がロトさんを攻略するのに失敗しただけでしょ。勝手に悪い事したなんて、思わないでよ」


腰に手を当てて、胸を反らして、わざと不遜な態度をみせる。

その姿はなんと気高いのだろう。

その気高さは、その美しさは、どう考えても俺に対する優しさなんだ。どこまでも優しい人なんだ。


「ロトさんが私に振られてバッドエンドになったからって、私は絶対謝らないんだから」


一筋の涙を流しながら、少し笑ってみせた。


ああ――なんて、なんて本当に、美しい人だ。

彼女から攻略してもらえるなんて。

俺はそんな大した男じゃないのに。


「次こそ、攻略してやるんだから! ロトさんこそ、今回ちゃんと攻略しなさいよ。私みたいに失敗するかも、しれないんだからね」


俺も彼女も泣いていた。


でも、実羽さんは笑ったから。涙も拭かずに笑ったから。

俺も、なんとかして笑ってみせた。



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