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異世界メモリアル【4周目 第17話】


結論から言うと、真姫ちゃんの胸は無事だった。


背の高い相手が相撲取りらしく膝を少し曲げたとき、すかさずその太ももをジャンプ台にして、高く飛び上がり側頭部をボレーシュートよろしく一閃。

ローキックで脚を止めて、膝が壊れてから頭部を攻撃しようとした俺とは発想からして違う。


いわゆる格ゲーのぴよぴよ状態になった相手をまぁボッコボコにしていた。

まだまだ真姫ちゃんには遠く及ばないことをまざまざと見せつけられた。


彼女は余裕で全国優勝を成し遂げた。

俺の戦績はベスト4ということになる。


来年がラストチャンス。

そこで真姫ちゃんに勝てないようでは、奴を倒すことなど不可能だろう。


大会が終わったのではない。

来年の大会に向けた準備が始まったのだ。


なんてオリンピック選手のような格好いいことを思いながら、やっていることは宿題だった。

これが現実というものだ。

国語関連や数学関連は学力的にそう大変ではない。

問題は自由研究である。

宿題はプレイするたびに変わる。なぜならクソゲー……いや難易度がそこまで低くないからだ。

この世界は誰が作ったのか知らないが、そう甘くない。

なぜか今回は自由研究という課題があった。

そもそも自由研究って小学生がやるイメージなんだけど。この歳になってまでやることなのかね?


今現在、興味があることと言えば格闘技なわけだが。

研究することで強くなるのであれば、それに越したことはないな。

来斗さんとプロレスを見に行ったりするのもいいかもな……。


自室で腕を組みながらぼんやりとそんなことを考えていた、昼下がり。

じーわじーわと鳴いている蝉の声に混じって、ピンポーンとチャイムが鳴った。

そう言えば舞衣は部活かなんかで居ないのだったな。

そうだ、舞衣を研究するというのはどうだろう。もう長いこと一緒にいる気がするが、どうもよくわからない存在なのだ。

夏休みの宿題のためだから研究させてくれと言えば、ぐいぐい説明しても許されるかもしれないぞ。

そうだそうだ、そうしようなんて気軽に階段を降り、油断しまくって鼻歌交じりで玄関を開けてしまった。


「こんにちは、ロトさん」


そこには大きな麦わら帽子と白いワンピースに身を包んだ、いかにも夏のお嬢様と言った具合の美少女がいた。

しかも違和感があるくらいに胸が大きい。


一瞬、誰だ? と脳内で検索エンジンが動き出すが、間もなくヒットした結果に思わず声を上げる。


「げっ!?」


こりゃあ、実羽さんだ!

胸にパッドを猛烈に入れ込んだ実羽さんだ!


「げっ、とはご挨拶だなあ」


彼女は斜め45度に体を向けると、恨みがましく整った眉毛を釣り上げ、ぷうと頬を膨らませた。

久しぶりに田舎に帰省したら、地元の幼馴染がすっかり成長しちゃっててへどもどしてたら拗ねちゃった。そんな感じだね?

夏が舞台になってるアドベンチャータイプのギャルゲーでは見かけた気もするけど、この世界では初めてだよ!


だいたいね、この4回目のプレイでは実羽さんはなんか変なんだ。

ランドセルを背負ってみたり、ツインテールにしてみたり、胸にパッドを詰め込んだり。

まるでロリ顔巨乳好きのために無理をして好かれようとしているような。

それが怖くって逃げ回っていたのだが……。


どうやら戦略を変えてきたようだ。

しかしなんでまた……。


玄関先で頭を抱えて悶絶していると、可愛らしく頬を膨らませていた実羽さんは、一転して心配そうな顔になり、


「どうしたの、大丈夫? お邪魔だった?」


などと気を使ってきたのだった。

ううむ、まさか彼女を冷たくあしらうことなど出来ない。


「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。とりあえず中に入ってよ」


少しでも暑い日差しを当てるのも申し訳ないくらい白い肌の実羽さんを急いで招き入れ、リビングへと通した。

麦茶を用意して、テーブルに置くと、麦わら帽子を取った実羽さんはにっこりと微笑んだ。


「ありがと」


うっ!

なんだ、この感情は。

何やら顔が熱くなってきた。

俺は自分の分の麦茶を一気に飲み、氷をがりがり噛りながら冷却を試みる。

冷静さを取り戻すため、左脳を使用するべく俺は会話を行うことにした。


「そ、それで、実羽さんはこんなところまで何の御用でいらっしゃったのでございましょう」


日本語が下手か。

自分で言ってても違和感があるぞ。


「ふふふ、変なロトさん」


握りこぶしを顎のあたりに近寄せながら、鈴を転がすように笑う。

実は実羽さんはお姫様だったのです。そう言われても納得するくらい可憐であった。

今、彼女とお城から脱出するゲームをすることになったら、絶対にこの手を離さないだろうね。魂ごと引き離されてしまう気がするからね。


向かい合ったソファで、心臓をヒートアップさせていると、実羽さんはほんの少しだけ麦茶を口に含んでテーブルに戻した。


「今日伺ったのは、自由研究のことなんです」


ほう、それは奇遇!

俺もそのことで悩んでいたんですよ!

などと叫んで小躍りしてしまいそうな気持ちをぐっと抑えて、極めて冷静な対話を試みる。


「へえ。もうテーマは決めたんですか?」


俺の質問に、もじもじと体をくねらせる。

人差し指を付けたり離したり……。ここまでわかりやすく恥じらいを見せるのが似合う人がいるだろうか。


「恥ずかしいんですけど……」

「はい」

「ロトさんです」

「はい?」


質問したのはテーマなんですが。好きな人の名前を聞いたんじゃないんだよ? なんつって。てへへ。


「自由研究のテーマですよね」

「はい。ロトさんの研究です」

「え」


スッと体温が下がるのを感じた。

言葉にするのは難しいなんとも言えない感覚が襲う。

これは恐怖ではないはずだ、畏怖でもないはずだ。

情報だ、情報が足りないと人は冷静な判断を下せない。俺は今、情報収集をするべきだ。


「俺を研究、ですか?」

「はい。恥ずかしいんですけど、とても興味があって」

「へ、は、ほ、ほー……それは光栄だなー」

「そうですか? 良かった」


さっきまでは癒やされていた、百合の花のようなお淑やかで柔らかな微笑みが、今はなぜかそう思えない。

俺を研究だと……?

そしてその影響が今の状況だと言うのか……?

ここへ来て俺が舞衣を研究しようとしていたことを思い出して反省する。妹にこんな思いをさせてはならぬ。


「あのー、好きな食べ物を聞いてもいいでしょうか?」

「ん? ああ、なんだそんなこと」


正直ホッとした。

なんだ、普通の質問じゃないか。

ビビってたことが恥ずかしいね。


「そうだな、いろいろあるけど……」


腕を組んで考える素振りを見せる。

まぁ、妹が作るものなら何でも好きなんだけどね。

この場で言うなら、せっかく現代日本と同じメニューの世界になったんだから、昔からの好物を素直に言うべきか。


「鶏のから揚げかな」


そのセリフを聞いて、実羽さんはぱあっと顔を輝かせる。


「実は丁度、作ってきてたんです。鶏のから揚げ」


そう言って、どこに隠し持っていたのか籐のバスケットから可愛くラッピングされた鶏のから揚げを取り出した。

わー、物凄い偶然だねー。

って絶対偶然じゃねえだろコレ。研究されてる、研究されてるよ。

軽く戦慄していると、唐揚げに刺さっている星のついたピックを持って彼女は身を乗り出す。


「はい、あーん」


ぬう!?

白いワンピースを着た黒髪ロングストレートの清楚系美少女が、自分の好物の鶏のから揚げをあーんしてくれたとき、それを断ることなど人間に出来るのだろうか!?

ロウで固めた鳥の羽で空を飛ぶことのほうが簡単なんじゃないかな?


「あーん」

「うふふ、美味しい?」

「う、うん」


ああああああ!?

駄目だ、完全に攻略されている!!

自覚がある!

俺が彼女を好きになっているというよりは!

彼女が俺の好感度を上げるのに成功しているのだということが!!


対面に座っていた彼女が自然に隣にやってきて、長い脚を可愛らしく揃えたまま少し俺の方に倒し、肩が当たってしまいそうなところまで近づいてから、もう一度唐揚げを差し出す。

ハートのピックが刺さったそれは、まるでキューピッドの矢のようであり、これを食べたら恋に落ちてしまうのではないかとさえ思える。


だが、この状況で何が出来るというのだ。

一応選択肢があるか検討してみようじゃないか。


・あんまり唐揚げは好きじゃないと言う。


相手が関西人だったら、ツッコミが入ってしまうくらいボケだね。実羽さんが「さっき好きや言うたやないかーい!」とは流石に言わないだろうが、そうであればなおのこと寒いボケにしかなるまい。


・もうお腹いっぱいだと言って顔を背ける。


無理だね。3才児じゃないんだよ。すぐバレる嘘をつくのは得策じゃない。


・自分で食べれるから、と言ってピックを奪う。


もはや照れ隠し感が凄い。少女漫画に出てくる不良っぽいけど本当は良いやつみたいでむしろモテそうだね。


・唐揚げを床に叩きつけて、踏みにじる。


そんなことをするようなやつは俺が許さん。人間じゃねえ。


・あーんと言いながら笑顔で食べて、美味しいねと言う。


うん。みんな幸せだね。コレしか無いね。


「あーん」

「うふふ」

「美味しいね」

「ありがとう。まだまだありますよー」

「うん」


ああ、脳みそが溶けていく……。

骨抜きとはまさにこのことだ。


「あら、大変」


何が大変なのでしょう。

確かに今の俺は大きく変なのかもしれませんが。


「耳垢が溜まっているようです」


心配そうにそう言うと、ソファーに乗せている白いワンピースに包まれた柔らかそうな太ももをさすりながら、


「どうぞ。耳掃除は得意なんです」


そう言って、少し胸をそらした。

冷静に考えれば、そんなパッと見てわかるほど耳垢が溜まってるわけないだろうがもはや彼女に対して疑いを持つなんて野暮なことはしかねる。

なんというかレディのお誘いに乗らないのは紳士のすることじゃない。そんな気がする。

もはや傾城と言うべきかもしれないね。俺が城主だったら、いともたやすく籠絡されてしまいそうだ。


もはや俺の脳は選択肢など提示する能力はオフにされ、頭部は重力にでも引かれているように彼女の元へ。


優しく耳を触られたり、綿棒で撫でられている間にもどんどん意識が遠のいていく。


もうどうなってもいいや……。

天国はここにあったんだ……。


「研究の成果がありました」


もはや彼女のセリフを、少しでも怖いなんて思わなかった。



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[良い点] なるほど!?主人公が別の世界観、ゲームのルールに従わされることもありえるのか
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