異世界メモリアル【4周目 第13話】
風邪を引くというのも悪くない。
舞衣の看病イベントは最高だ。
ゲームクリア後にアルバムに追加されるCGを20はゲットしてしまった気がする。
おかゆをあーんして貰ったとか。
タオルで汗を拭いてくれるとか。
起きたら隣の椅子に座って看病したまま、うとうとしてたとか。
俺に座薬を入れてくれるとか。あ、このイベントは起きてねえな、夢だった。
「ロト、違った、お兄ちゃ~ん、てんせーちゃんがお見舞いに来てくれたよ~」
そしてどうやら、お見舞いイベントもあるらしい。
どうでもいいけど、ロトって言いそうになったのにてんせーちゃんがいるから言い方をお兄ちゃんに変えたことが意味深に感じてしまう……。なんか秘密の関係みたいじゃない……。
「うぃ~っす」
ゲホゲホ。
軽いな、てんせーちゃん。
「ほい」
トン、と俺の部屋の入口の床に黄桃の缶詰を置いた。
「じゃ」
「えっ!? そんだけ!?」
風邪を引いていても、ツッコミは綺麗にできるらしい。別に俺、関西人じゃないのにな。
「いやー、だって伝染るとヤだし?」
手を少しだけ上げて、すいません、そこ通ります、みたいな軽い挨拶をして去っていった。
くっ、親密度を考えるとこんなものか……!
むしろ来てくれることが十分奇跡に近い。お見舞いってよっぽどだよな。
そうは思うが、そうは思うが。
俺の求めていたイベントじゃねえ……っ。
親密度上げてから、もう一度風邪を引かないと気がすまねえぞ、これ。
ぬるくなった氷嚢をガジガジしながら悔しがっていると次の来客を告げる声が。
「お兄ちゃ~ん、来斗さんがいらっしゃったよ~」
ああ、来斗さんか。
来斗さんはそこまで冷たくないんじゃないかなー。
でも、来斗さんが俺のベッドに近づくのはそれはそれで怖いぞ。寝込みを襲われるかもしれない。想像しただけで熱が上がる……。
とんとんと階段を登ってくる音を聞く度にどきどきしてくる。
視界に入った来斗さんは制服姿でコートを手に持っていた。
「なに、これ? おまじない?」
来斗さんは開きっぱなしのドアの入り口にぽつんと置かれた缶詰を見て、首を傾げた。
「いや、てんせーちゃんが置いてった」
「ふーん」
来斗さんはそれを拾い上げて……くれるかと思ったら跨いでこちらにやってきた。
なんか不機嫌なのかな……。げほげほ。
「これお見舞い」
ぐいっと小さな紙袋を渡された。
袋は飾りっ気のない茶色の紙袋だが、中身がわからないとお見舞いっていうよりプレゼントみたい。
「ありがとう、開けてもいい?」
こくりと頷いた彼女を見て、テープを剥がす。
「……これは」
雑誌だった。表紙は制服姿の女の子のパンチラだ。
「これより過激なやつはまだ買えなくって、ごめんね」
そんなに悪いと思ってないだろう顔で謝られてしまった。
「そういうことではなく」
なぜえっちな雑誌をお見舞いに持ってきたのかという質問なんだが、考えてみれば来斗さんだから順当だった。むしろ親密度が低いからこの程度だったと考えられる。
「性癖と違ってた?」
「いや、それはそんなことない」
「じゃあ、よかった」
なんなんだこの会話は。
ああ、頭が痛い。
しかし、来斗さんだから仕方がない。
「これ読んで元気だしてね」
「どこのだよ……」
俺のツッコミにも切れがない。やっぱり病人だからね。そして彼女も病人だ、多分。
「じゃ」
来斗さんは片手に持っていたコートを置くこともなく、あっさりと去ってしまった。
えっちな雑誌を渡せればそれで満足なのだろう。なんでだよ。
お見舞いの人が去った後の部屋は、病人にとってはやたら静かで寂しい。
仕方ない、ちょっとだけ……。
ほうほう。
なるほどなるほど。
なんかちょっと元気になってきたような……。
「お兄ちゃ~ん、寅野さんがいらっしゃったよ~」
「うわあ!」
びっくりした~。
この場合は元気であればあるほどびっくりすることになるんだ、別に見られるわけでもないのに。
だんだんだん!
階段を登る音が元気過ぎる!
俺もまだ元気なのに!
「ロト~、元気か―!」
「元気なわけないでしょ、風邪だよ……」
ある意味、まだちょっと元気なわけだが……。
一気に階段を駆け上がり、桃の缶詰を飛び越え、ベッドのそばまでやってきた真姫ちゃんに見られるのが多少恥ずかしい。
別に何も見えるわけでもないのに、布団を深くかぶり直す。
真姫ちゃんは、ベッドの横に立ったまま拳を振り上げた。
「元気出せ! 元気出せば治る!」
ものすごい論法だった。
なんと天真爛漫で明朗快活で、シンプルでワイルドでワンダフルなお方だ。
しかし一緒にいるだけで元気が出てくるから不思議だ。
おー! おー! と腕を振り上げているのを見ているだけで元気になってくる。
腕を上げる度に揺れる胸を見てると更に元気になる。
力が入らない状態で見てると吸い込まれそうになるぜ。大きすぎて重力が発生してるんじゃないかしら。
「ちょっと元気出てきたよ、ありがとうトラ」
「お、そうか! そりゃよかったな」
心底嬉しそうに笑うと、真姫ちゃんは簡単に別れの挨拶をした。
なんか、本当に元気出てきたな。
有り余る元気を分けてくれたような。
来斗さんが居なくなった後は寂しかったが、今はなにやら温かな気持ちに包まれていた。
気持ちよく眠れそうだ……。
「お兄ちゃ~ん、実羽さんが来ましたよー! なんかナースの格好で看病する気満々だよー!? まじかるナースの治癒の魔法で治してあげるって言ってるよー!」
「もう寝るから、帰ってもらってくれー!」
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