異世界メモリアル【4周目 第10話】
「ぽかーん」
ぽかーんってセリフを言っちゃう人を初めてみました。
ただ、彼女自体はよく見知った相手だ。
芸術のパラメーターをあげようとした時点でいつか会うとは思っていたが、想像を遥かに超えて早い。
彼女はてんせーちゃん、すなわち画領天星という、メガネっ子である。
縁のない大きめの丸い眼鏡、栗色の長い髪を2つに結んで星の形をした髪留めを付けている。
美人というよりも可愛い系。たぬき顔とも言う。丸顔で愛嬌がある。
妙に人懐っこくて、距離が近い。そして胸が大きい。
そんな彼女は俺の近距離から、見上げるようにぽかーんと口を開けてそう言ったのだ。
「ポカーン、テ」
「あははは! あははは!」
俺がツッコミを入れると、大きな目を更に大きくして笑い転げた。
こっちは知ってるけど、向こうは初対面のはずなのにこの反応。
俺はロボ状態を回復するため、芸術のステータス向上を狙ってアルバイトを始めた。
ストリートファイト部を辞めるわけにはいかないが、やってもステータスが上昇しないので状態異常を回復させるためのバイトをするくらいしかやりようがない。
漫画家のアシスタントはBL作家になるリスクが強かったので、映画のエキストラを選んだ。
美術や音楽以外でも芝居などの芸能に関することも芸術が向上する。
そこでまさかてんせーちゃんに会うとは……。
「この露骨過ぎるロボットがモブ!? 無理~、まぢ無理~。ホントのロボットだってもっと人間っぽいゾ!?」
「イヤ、オレハニンゲンダゾ」
「あはははは! あはははは!」
大江戸の町に、場違いな声が響く。いや、場違いなのは俺だけど。
そう、この映画は時代劇だった。町人の格好をしていても顔がロボ。声もロボだ。
体躯は人間のそれなので、後ろ姿は問題ないが、肌色がメタリックすぎる。
まるで江戸の町にキカイダーがいるみたいでセリフはないにしろ、目立ってしまうのだ。
そこで声をかけられた、というかぽかーんとされたのが今の状況。
彼女はなんとメイクのバイトだという。
俺のメイクは時間がかかるからと、他の人のメイクが終わるまで待たされている。
居場所もないので彼女の仕事を見学させてもらうことにした。
ロケバスの前に設置されたパイプ椅子などが置かれた待合室で、彼女は巧みに化粧筆を操る。
自分は全く化粧っ気がないくせに、エキストラ達を町娘に変身させていた。
思わず感嘆が漏れる。
「ジョウズダネ」
「ぷーっ! ちょっと笑っちゃうからヤメて……」
腕はピクピクしていたが、化粧筆は動かさない。プロだな……。
「オレハ、ロト」
「ヤメてっていうのに……プクク。はい、出来ました」
自己紹介でここまで笑いをとったのは初めてだ。全然嬉しくない。
町娘Aさんは特に俺に反応することもなく、ぺこりと会釈をして現場に向かっていった。
小さくなっていく後ろ姿を見やっていると、てんせーちゃんは大きく息をついた。
「むふーん! よっしゃ、いっちょヤッてやっか!」
腕まくりをする仕草を見せるが、とっくに袖はまくられている。
こういう小芝居がやたらと似合う人である。
「オネガイシマス」
「ワカリマシタ」
わざと片言で返事してきた。
ふざけているわけではないことは表情でわかる。もうお仕事モードなのだろう。
しかし、メイクをされるというのは初めての体験なんだけど……。
女の子からこんなに顔を間近でまじまじと見られるというのは、とてつもなく恥ずかしい。
顔がロボっぽくなっちゃってるという自覚があっても、関係ない。
鼻息がかかってしまわないか心配してしまうほど近くにある真剣な顔。
眼鏡の奥にある大きな瞳には、俺が映り込んでいる。
パフのようなふわふわしたものが頬を撫でるのがくすぐったい。
じっと見つめてくる視線もくすぐったい。
「あんまり動かないで」
静かに嗜めるような口ぶりは、俺が知るてんせーちゃんとは大きく違っていた。
それがまた心臓の音を早める。
顔が熱くなって頬が紅潮……しないみたい。ロボで良かった。
目をそらすことが出来ない状況下で、美少女からまじまじと至近距離で見られるという幸せな拷問は5分程度であったろうが、それは長く長く感じられた。
「はい、おっけ」
ぽんと肩を叩かれてようやく開放された。
「じゃ頑張って、ロボさん」
「オレハ、ロト」
「ロボのロトかー。私はてんせー」
彼女は「じゃね」と手を振って次の人のメイクを始めた。
恥ずかしいのをずっと耐えていたはずなのに、少し名残惜しい気持ちになって彼女の後ろ姿を少し見つめてしまう。
それに気づいて誰に聞こえるでもないのに咳払いをしつつ、鏡の前へ。
演者向けの等身大の鏡には完璧町人が映っていた。微塵もロボになど見えない。
てんせーちゃんのメイクスキル高すぎないか?
自分は化粧なんかしてないのに、不思議だ……。
「エキストラさん、よろしくおねがいしまーす」
出番が来たらしく、助監督に呼ばれる。
江戸の舞台はいわゆる商店街というのか、酒屋や味噌屋などが並ぶ道端での撮影だ。
主役の侍が歩いているバックで町人を演技するのが俺の仕事だ。そんなんで芸術って本当に上がるのかしらん……。
とりあえず、歩いておく。
「そこー! 動きが固いぞ、ロボットかお前はー!」
カメラが回ると、すぐに監督に怒鳴られた。
さすが監督、よくわかったな……。
歩いているだけでも悪目立ちしてしまうことがわかったので、茶屋でぼーっと休憩している演技に変更することで撮影は完了した。
芸術、ほんとに上がるんだろうか……。




