異世界メモリアル【4周目 第7話】
ストリートファイト部の試合は何もかもがエゲツない。
真姫ちゃんは、プロレスラーのような大男の顔面を腫れ上がらせていた。
柔道や空手では顔を攻撃することはない。
相撲なら平手で押すこともあるが、殴るわけじゃない。
ボクシングだって、グローブを着用するのでそこまで酷くはならない。
素手で顔を殴るのはプロレスですら反則行為である。
それが通常攻撃という、およそまともじゃないのがストリートファイト。
そもそも相手をボッコボコにしたら勝ちという恐ろしい競技だ。
ゲームなら体力ゲージがあるが、それはないのでレフェリーが判断する。
もう明らかに駄目だというところまでいかないと判定されないことが多い。
よって勝負自体がエゲツない。
もっとエゲツないのは対戦カードだ。
スポーツは体重や、性別で対戦相手が変わるわけだが、ストリートファイトは当然そんなものはない。
一番強いやつを決めるからだ。
だから女の子と大男ということもザラにある。
大男相手に女の子が圧勝するのは、真姫ちゃんだからだ。彼女は特別な存在だ。
ただし、高校の部活としては学年別という考え方が存在する。
夏休みが終わろうとするこの時期に、野球で言う甲子園のような大会が開かれていた。
真姫ちゃんは一回戦を圧勝した。
俺も、負けてられないぜ。
俺の目の前には140cmくらいの小さな女の子が柔道着を着て身構えている。
軽くステップを踏むたびにゴム紐で軽く結わえた髪の毛が揺れる。
この世界に登場する女性はすべからく美しい。モブだろうが対戦相手だろうが魅力的だ。
目はくりっとして丸く、小柄で可愛らしい、純朴で純粋で純情そうな少女。
そんな彼女を俺は今からボッコボコにしなくてはならないわけだ。
可愛らしい少女の顔を腫れ上がらせなければならないのだ。
まっとうな倫理観では決して許されない行為だが、これはれっきとした競技。
心を鬼にして、やるしかないのである。
俺がまずしゃがみローキックを繰り出す、そこを相手はジャンプしてヒザ蹴り。
次に俺がパンチ。彼女はすかさずカウンターでアッパーカット。
両手を組んで上から叩きつけるようにハンマーを落とすと、バックステップで交わしてからのドロップキック。
ふふふ、やるじゃねえか……。
すでに俺の顔が腫れ上がっていた。
え? 強すぎない? あんな小さな女の子なのに? しかも柔道着なのに本格的なアッパーカットやら、ドロップキックみたいなプロレス技まで。
しかし俺は格闘ゲーマーとしてのアドバンテージがある!
小キック、小キック、ガードに徹したら、投げ。
小キック、小キック、ガードに徹したら、投げ。
フハハハ、これが最強の必殺技、投げハメだぜ!
卑怯だと?
だから言っただろ、心を鬼にして、やるしかないのである、と!
相手が後ろを向いた。諦めたのか?
上から羽交い締めにするように迫ると、それはもうあっさりと一本背負い。
そこから顔面にストンピング。鼻血が吹き出た。
どうやら、これは……勝てないね!
彼女が強すぎるんじゃない、俺が弱いんだ。
パラメータが足りねえ。パワーもスピードも全然足りねえ。
運動能力を上げなきゃ無理。ま、そういうシステムですよね……。
諦めた俺にも容赦はない。
立ち上がらされてからの往復ビンタ、ボディーブロー、エルボーを食らってからパワーボム。
もうやめて! 俺のライフはゼロよ! と言いたいところだがそれを決めるのはレフェリーである。
マウントを取られて顔をボッコボコにされて意識を失った。
――そして、水をぶっかけられてからのラウンド・ツー。
だから、勝てねえって!
次は勝てる、っていうもんじゃねえだろ、ゲームじゃねえんだからよ!
剣道なら二回戦したところで問題ないが、ストリートファイトは死ぬほど痛いんだぞ。
絶望した顔で呆然と立ち尽くす俺相手でも、彼女はやはり容赦なかった。
フルボッコとはこういうことだと教わってるかのようだった。逆の立場だったらここまでできるかしら……。
……――ぶはっ、息が苦しい、本気で死んじゃう!
なんとか顔を横に反らして息を確保した。
どうやら意識を失っていたようだ。
なんだこの、重たいものは?
「お、せっかく膝枕してやったのにすぐに目を覚ましたぞ」
右耳の上部から真姫ちゃんの声がした。
膝枕だとう?
じゃあこれは何だ?
重ったくて、あったかくて、柔らかくって……うわー! おっぱいだ! 間違いねえ!
膝枕してる相手に乗っかっちゃうんですね! なんちゅー大きさだ。
「まだ動けないのか、弱いなあロトは」
はい、弱いです。大きなおっぱいに。ほとんどの男はそうだと思います。
全く動けないです。動こうという意思が生まれないです。
寒い冬の朝の布団の中より、動きたくないです。
「見事なまでの一回戦敗退だったなー。相手、あんな小さな女の子だったのに」
ぐうの音もでない。
真姫ちゃんだって背は小さいですよ? 背は。
「じゃ、1年生部門の優勝トロフィー貰ってくるわ」
ぺいっとどかされる俺の体。
永遠に続いて欲しかった時間は、俺が動かなくても突然終了した。
「あ、いってらっしゃい」
情けない格好のまま、送り出す俺。なんかヒモみたい……。
真姫ちゃんは当たり前のように優勝している。
2年後には勝てるのだろうか、この人に。
いや、そんなんじゃ駄目だ。
真姫ちゃんには余裕で勝てるくらいじゃないと、あのクソ親父を倒せない。
少しもダメージを受けた様子のない綺麗な顔の真姫ちゃんが、余裕綽々でトロフィーを掲げているのを見やる。
かっこいいなあ。
あの人と一緒に修行しているというのに、一回戦敗退。
不甲斐ないなあ。
男子なら一度は夢見るという最強の座、か。
今初めて、その言葉を意識していた。
真姫ちゃんの胸がどのくらいデカイかというと、のうりんのおっぱいさんこと良田胡蝶さんよりはさすがにちょっと小さいくらい。彼女は胸が大きすぎて揚力が発生して空が飛べちゃうけど、真姫ちゃんは空は飛べない。




