異世界メモリアル【第13話】
クリスマスと言ったら、ターキーレッグだろうか。
ローストチキンやローストビーフというお宅も多いだろう。
そしてクリスマスケーキを食べるのが普通だな。
ちなみに、この世界ではジャムルフの丸焼きを食うそうだ。
ジャムルフがなんなのかは知らない。
やっぱり日本のクリスマスディナーを再現してみたいところだな。
転生前の料理をこの世界で再現することで、創作料理を生み出しまくっている料理部員の俺としては。
チキンはバレーレ、ビーフはヌポンフで代用できる。
問題はケーキだ。
お菓子づくりは料理とは大分異なる。
料理をするのはシェフ、お菓子を作るのはパティシエと職業としても異なるように。
料理は試行錯誤しながら、味見をしながら調整すればなんとなくいい感じに作ることが出来る。
ところがお菓子は決められたレシピ通りに作らないと確実に失敗する。
つまり、創作でお菓子を作るのはとてつもなく大変ということだ。
この世界ではいわゆるケーキという料理が存在しない。
どうすればいいか……。
図書館で似たような料理がないか一応調べてみるものの、何も手がかりは得られなかった。
どうしたものかな。
料理部でケーキのことを考えながら、マグロくらいデカイ魚を捌いていた。
「痛っ」
鋸のような包丁で指を切ってしまった。
左の人差し指を口に咥える。
口の中に血の味が広がった。
かすり傷ではあるが、ちょっと出血が多いな。
大さじ一杯くらいあるかもしれない。
「おしゃぶりなんてしても可愛くありませんよ」
沙羅さんだ。
普段からこんな感じの物言いだが、怒ったような口調である。
「鉄分の過剰摂取は良くありません、早く付いておいでなさい」
持って回った言い方だが、ちゃんと手当てをしてくれるということらしい。
沙羅さんの背中を見ながら保健室に向かう。
「注意力散漫でしたね。二歩でも打ったのですか?」
棚から消毒薬をとりつつ、俺に言う。
これは、将棋ジョークなのか?
「クリスマスで作りたい料理があるんだ」
「……お得意の創作料理ですか」
「オーブンで焼き上げた、ふわふわで甘いものなんだけど」
「構想はあるけど、うまくいかないと」
「そういうことです」
「ふわふわで甘いのは、あなたの考えの方なのでは?」
手付きは優しいのに、セリフは優しくなかった。
消毒薬を塗り、絆創膏を貼り終えた沙羅さんにお礼を言おうとすると何やら口をモゴモゴとさせていた。
言いにくいことでもあるのか。
暫く待つことにする。
「え、と……その、一緒に作ればできるのでは?」
沙羅さんがようやく紡いだ言葉は、俺には意味がよくわからなかった。
「え?」
「だ、だから、一人でやろうとするから上手くいかないというのです。その料理を作るのを、私も手伝ってあげますから」
――頬が赤いんですが?
まったく、素直じゃないんだから。
「俺と一緒にクリスマスケーキを作って下さい、お願いします」
俺は素直に頭を下げる。
腕を組んで背筋を伸ばした沙羅さんは、「ん」と短く答えた。
その日から俺と沙羅さんはケーキを焼く実験を繰り返した。
延々と続く、粉の分量や焼く時間を少しずつ変えて様子を見る作業。
調理と呼ぶより実験が正しいだろう。
生クリームも同様だ。
ケーキと呼んでいいものができるまで8日間かかった。
「うん、うまい。これならケーキと呼んでもいいだろう」
食べてみて、俺の知っているケーキと同じ味だと確認する。
苺がないから桃に似たフルーツを使っているが、これはショートケーキだ。
「うん? 新しい料理なのではないでしょうか? どこかで食べたことがあるのですか?」
沙羅さんが訝しむ。
良い言い訳が思いつかないので、ごまかそう。
「そんなことより、食べてみてよ」
俺はフォークに一口分載せて、差し出した。
「な!? むむむ……」
なんで面食らったような顔をするんだ?
なにやら躊躇していたが、意を決したように、俺の、差し出した、ケーキを食べた。
つまり、俺があ~んをしてあげた格好だ。
俺は想定外の出来事に、口を開けたまま固まってしまった。
「お、美味しい……」
恥ずかしそうな顔をして咀嚼する沙羅さん。
「……フォークを渡そうとしただけなんだけど」
「んあ!? な、なんですって……」
勘違いだったとわかり、なおのこと顔を赤くしていく。
目は焦点を合わせられずに、ぐるぐるしている。
どうやら、恥ずかしがり屋さんだったらしい。
それにしても普段のクールな表情からのギャップがたまらない。
俺はこの人をこれからずっと恥ずかしがらせていこうと決意した。
こうして用意できた、クリスマスパーティーでの料理は大好評であった。
特にクリスマスケーキは大評判となり、次孔さんが写真を撮りまくっていた。
俺は沙羅さんに手伝ってもらったお礼とクリスマスプレゼントを兼ねて、将棋の駒に似せたクッキーを渡した。
そしてパーティー終了時に行われるフォークダンスに誘い、踊っている間ず~っと恥ずかしがる沙羅さんの顔を見ることが出来た。
――翌日の夜。
「お兄ちゃん、今年最後のステータス確認だよー」
舞衣がドアを開けて入ってきた。
ぶっふぉ!
リクライニングの椅子に座っていた俺は熱々のココアを天井に吹いた。
「ちょっと、何やってんのよ、お兄ちゃん」
呆れた顔を見せる最愛の妹。
ココアの雨に打たれる俺。
「そ、そりゃ吹くだろ、なんだよその格好」
舞衣はいわゆる、ミニスカサンタになっていた。
超かわいいけど、妹が突然この格好で来たら冷静に受け止められないよ?
「ふふふ、クリスマスプレゼントだよ」
俺の目の前でくるりんと回ってみせる舞衣。
こんなサービス精神旺盛な妹は初めて見たぞ!
そ、それにしてもスカートが短くて、脚がえろい……
ずびし
「ぎゃああああ! なぜ目潰しをするんだ―ー!」
「妹を、え、えっちな目で見ていいわけないでしょ」
ぐおおおお。
そんなエロい目をしていたのだろうか。
してたんだろうなあ。
にしたって、目潰しはないだろ。
大体、エロい目で見るなって、そんなえろい格好をしておいて……
ずびし
「ああああ! なんでまた目潰しするんだよ! まぶたを瞑ったままでも超痛いんだよ!」
のたうち回る俺。
「んも~、かわいい以外の感想は禁止。考えてもダメ」
――なかなかいい性格してるな、ウチの妹。
コスプレした姿を見せることがプレゼント、という時点でなかなかのものだ。
余計なことを考えてまた目潰しされてはたまらない。
超かわいい、超かわいい、超かわいい……
念仏のように超かわいいの感想だけで脳内を埋める。
「うんうん、それでよし。じゃあステータス確認するよ?」
目が開きませんよ。
【ステータス】
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文系学力 110(+4)
理系学力 93(+4)
運動能力 111(+10)
容姿 138(+10)
芸術 46(+4)
料理 123(+18)
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「こんな感じだったね」
「なんとなくわかった」
今回は想定どおりだろ。
問題は沙羅さんでしょう!
【親密度】
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実羽 映子 [カラオケくらい好き]
望比都沙羅 [ケーキくらいの存在]
次孔 律動 [クリスマスケーキっていうやつ美味しすぎ!?]
寅野 真姫 [まじ普通]
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ケーキのことも俺のことも嫌い、ということはないよな?
これは、大分いい感じに違いない!
「次のイベントは初詣だね、お兄ちゃん」
そうか、次の妹は振り袖か!
日本バンザイ!
「……振り袖なんて持ってないからね?」
そう言い残し、舞衣は部屋を出ていった。
……ミニスカサンタは持ってるのに、振り袖はないんだ……。
がっかりしながら、俺はココアの匂いを消すために風呂に向かった。