異世界メモリアル【4周目 第1話】
いよいよ4周目です、よろしくおねがいします。
4周目が始まったようだ。この黒い世界にももう慣れたな。
クリアする度に、最愛の人にもう会えなくなることにも慣れる日が来るのだろうか。
気持ちの整理はつかないままに事務的な声が聞こえてきた。
「あなたはロトだね。特技『理系の心得』と前回プレイのアイテムを引き継ぎます。また、前回でのエンディング時のステータスからボーナスをポイントを算出します」
3年ぶりに聞く言葉とともに前回終了時のステータスが脳裏に浮かんでくる。
3周目は理系以外の何かにズバ抜けて特化する戦略にしたいと思ってたけど、結局理系を爆進したよな。
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文系学力 497
理系学力 893
運動能力 303
容姿 352
芸術 335
料理 367
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最後の方は研究所でデスクワークばかりしていたせいで運動能力や容姿は下がっていた。あれほど運動能力を上げたいと思ってたはずなのに、最終的には料理より低いとは。
「文系学力に+60、理系学力に+100のボーナスポイントが付与されます。そして文字や常識が最初から備わっている状態でスタートされる特技『世界の基礎知識』を取得しました」
それはありがてえー!
一番最初にこの世界始まったときの苦労を思い出す。
文字が読めない、カレンダーや時計ですら要領を得ない生活。授業は全てちんぷんかんぷん。本当に序盤が辛いんだよな。今回はいいスタートが切れそうだ。
「初期ステータスを確認して、ボーナスポイントを振り分けてください」
【ステータス】
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文系学力 75
理系学力 111
運動能力 13
容姿 15
芸術 15
料理 15
ボーナスポイント 50
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ようやくまっとうに生きていけそうな気がするね。
ボーナスポイントもなかなかいいじゃない。
【ステータス】
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文系学力 75
理系学力 111
運動能力 43(+30)
容姿 35(+20)
芸術 15
料理 15
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これならそれほど序盤に苦しむことはないだろう。十分ひ弱でブサイクだろうが、早々になんとかなる。
徐々に光と、温度と、風を感じる。
4度目となる世界の始まり。
また、始まるのか。
微妙なステータスから始まる異世界美少女ゲーム生活が。
春の爽やかな風と、桜の花びらに包まれた、学校へと続く階段の下。
スタート地点の空気を胸いっぱいに吸い込み、気分を入れ替える。
同じだ。4周目も同じ場所から始まった。
自分の身体の調子を確認していると、背後からやってきた気配に、肩をぽんと叩かれる。
おっと、今回も実羽さんがお先に行くのかな?
「おっさき~」
やっぱりな。って、えっ!?
思わず二度見してしまった。
長く細くしなやかな脚。すらりとした細身のモデル体型。きりっとした眉毛に大きくて二重の瞳。薄くて艷やかな唇。それらは見覚えのある実羽映子に違いない。
違いないのだが……。
ウェーブのかかった茶髪ではなく、なぜか黒髪のツインテール。可愛らしいリボンの髪留めでまとめられていた。それも印象的ではあるのだがそれよりも明らかな違和感がある。
なぜランドセルを背負っているのでしょうか……?
高校の制服を着た、少しギャルっぽい女子高生が赤いランドセルを背負っているという、不思議すぎるビジュアル。ある意味で異世界らしい光景を目の当たりにして俺は混乱していた。
階段の3段上に立ち止まった実羽さんは立ち止まると、こちらを振り向き、ぷくっと頬を膨らませた。
「んも~、早くしないと遅刻しちゃうゾ?」
妙に甘えた声でそう言った。
――え? 誰? 誰なの?
ひょっとしてこれは実羽さんではない? 別の人なのか? 双子の妹とかそういうこと!?
それとも4周目に入って何か設定が変わってしまったのだろうか?
実はまだ10歳で変身ヒロインだったとかそういう話かな?
大混乱している俺に、彼女は構わず話を続ける。
「あ、わたしー、実羽映子って言います。はじめまして、だねっ? これからよろしくう!」
お尻を突き出しながらぱっちーんとウインクをするところをただ呆然と見るしか無い俺。どうやらやっぱり実羽さんみたいなのだが、今までとキャラが違いすぎる。
確かめてみるか?
「あ、あの~、実羽さん? えっと」
そこまで言ったところでとんとんと階段を下りて近づいてきた実羽さんが人差し指で俺の唇を塞ぐ。
「はじめまして、だよね? 私が名乗ったんだから、君も自己紹介してよねっ、全くもお」
整った眉毛を可愛くつり上げて、頬をこれでもかと膨らませながら。ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな、わざとらしい怒り方。なんなんだ、このぶりっ子っぷりは……?
まてよ。そしてやたらとはじめましてを強調する感じ……。これは以前の記憶を引き継いでいる前提で話をすると攻略対象ではなくなるお約束の回避ではないだろうか。
ま、まさか。
俺は3周目の実羽さんとの会話を思い出す。
『あなたが1周目のときから好きだって言ってるのに! 今回は攻略対象状態を保つように努力してたのに! 全然攻略してくれないんだから!』
『もういい、攻略されようなんて考えが間違いだった。私があなたを攻略する』
『今回はもうここまで話しちゃったから無理ね。江井さんを攻略して』
『ったく、妹だのニコさんだの後輩の人工知能だのばかり……このロリコン』
……つまりだ。
彼女は、俺を攻略しようとしている。
そして、どうやら俺の好みのキャラになろうとしている。
え、ええ~。
いや、え?
ええ~?
俺、こういうのが好きだと思われてるの?
ツインテールはまぁ、嫌いじゃないけど。
でもなんでランドセル背負ってると俺の好感度が上がると思ってるの?
舞衣がランドセル背負ってたら喜ぶとでも? ごめん、それは喜ぶ。
ニコや愛はこんなにぶりっ子じゃあ……ないけど、なんとなくそういう共通点もあるかな……?
あれ? あながち間違ってないのか? 好きなのか?
しかし心は弾むどころか、冷え切っているのですが?
俺が自分自身を知る旅に出かけてしまったことに気づいた彼女は、目の前でおーいと手を振った。
「あなたの、お名前は?」
時間と気持ちをたっぷり込めて、ねっとりとそう言われた。
まつげの長さがわかるくらい近距離から、ゆっくりと上目遣いで、絶対に答えを知っている質問をしてきた美少女相手に、俺はすくみあがっていた。訳のわからない恐怖が襲う。猫に微笑まれた鼠のような気持ちだ。狩られるの? 俺は狩られてしまうの?
「ロ、ロトです……」
犯人が自白するようになんとか返事をすることしかできない。
「へえ! これからよろしくね! ロト!」
きゃるんとした笑顔を見て、背筋が凍るほどゾッとした。
ほんの少し前まで、いいスタートが切れそうだと思っていたが、もはや嫌な予感しかしなかった。




