異世界メモリアル【3周目 エンディング】
俺は正式に交際を申し込み、俺達は晴れて恋人となった。
よかった、あれだけやってバッドエンドは辛すぎる。
今度こそ、今度こそ、キスの先を体験してやるぞ……と強い決意を秘めていると1泊の旅行に誘われたのだった。
期待しちゃってもいいんだよね?
もう舞衣には聞かないよ?
あいちゃんの身体は毛が無いこと以外は普通の女の子だよ?
あいちゃんってなんかアレだわ、もう愛って呼ぶわ。彼氏だから。なんせ彼氏だから。
旅行先は教えてもらっていない。
山奥の小さな温泉旅館にでも行くのかしらん?
混浴なのかしらん?
1つの部屋に布団が並べて敷かれるのかしらん?
待ち合わせ時刻に駅前で待っていた彼女は、全身黒だった。
期待しすぎてニヤついた顔を深呼吸して落ち着けてから、手を上げて待たせたことを詫びる。
ゴスロリ……というわけでもない。リボンはとても似合っているが、ファッションというよりは正装という印象だ。不思議なもので、上品に感じる。
大人びて見える愛に新たな魅力を感じるが、なんとなく似合ってるとか可愛いとか褒める気持ちにはならなかった。
電車に揺られている間、目的地についての話題にはならず、こちらも今更聞きにくい。
他愛もない、世間話というか、雑談が続く。
田舎へ向かう列車のボックス席で、動く背景を見ながら、ゆったりとした時間が流れる。
その心地よさに抗うすべはなく、駅に到着しても特に感想は生まれなかった。
その場所に着いてから自分の鈍感さに愕然とした。
また、お墓参りだ。
考えてみれば愛のファッションはブラックフォーマルだったわけで、気づかないほうがどうかしていた。
ついさっきまでお寺でデートなんて渋いな……などと思っていた。アホだな。
ここへは初めてやってきたのだろう、メモを見ながらきょろきょろと探してようやくお墓を特定していた。
俺は掃除用の水を汲んで桶を運ぶ。
愛が佇んでいる墓の横には享年4歳と書かれた女児の名前が刻まれていた。
「これ、人間としてのお前の名前なのか?」
「……私がヒトの肉体だった頃の名前ですね」
「……ごめん」
「いいえ」
まるで愛が人間ではないような言い方になってしまったことを謝罪した。
彼女は疑いようもなく人間だ。肉体がヒトのそれでないというだけのことだ。
生物として霊長類ヒト科ではないが、彼女は紛れもなく人間であり一人の女の子だ。
しかし完全に脳移植したアンドロイドの言い方になっていることに引っかかる。
愛は自分では自分のことを純粋な人工知能だと思っていたはずなんだが……。
「私の骨が眠っています」
「そっか。なんでここへ?」
「助けていただいたときのことを詳しく聞いたとき、出生の秘密を知りまして」
博士が教えたのか。
墓に眠っている本人とお墓参りに来ることになるとはね。
こちらから何か言うのは違う気がして、黙って待つ。
何時になく神妙な面持ちの彼女に調子が狂う。
周りにも多くのお墓があり、どこもよく手入れされているが、他にヒトは居ない。
愛は線香に火を着けて手で仰ぎ、お墓に供えた。ふわりと香りが鼻孔をくすぐる。
「私は彼女なんでしょうか」
腰を落として手を合わせ、目を閉じたまま、そう言った。
独り言か問いかけか、俺に言っているのか墓に言っているのか、どちらともつかない台詞だった。
脳の中身をメモリーにコピーされ、人工知能として育てられて、機械の身体を持つ乙女。
その人をその人たらしめている要素は一体なんなのか。
もし魂と呼ぶのなら、それはコピーできるようなものなのか。
「……わからん」
それしか言いようがなかった。
愛の隣に腰を下ろして、手を合わせる。
「私は生きているんでしょうか? だとしたら何に手を合わせているんでしょうか」
お墓っていうのはそもそも亡くなった人の骨があるというだけで、魂がそこにあるわけではない。
そうであればなぜ故人と会話するために墓参りをするのだろうか。
その問に答えなどありはしない。
しかし今、愛は哲学をしたいわけではないだろう。
そもそもお墓参りとはなんなのか、という話をしている場合ではないのだ。
自分の墓に俺を連れてやってきたということが重要なんだ。
彼女は自分が何者なのか、不安に感じているのだろうか。
普通の人間ではない、自分のお墓があるような存在だということを気に病んでいるのだろうか。
いっそただの人工知能だったらよかったと思っているのだろうか。
俺はお墓と会話しなければならない。彼女のために。
「愛とお付き合いさせていただいている、ロトと言います。今の彼女は……あなたのおかげで存在しています。ありがとうございます」
「先輩……」
「愛の魂があなたなのかどうか、同じ人物なのかどうか、俺にはわかりませんが、俺は愛が好きです。彼女のすべてが好きです」
俺に出来るのは、何が正しくて何が間違っているかを考えることではない。
今の彼女の全てを受け入れるということだ。
言い終わると、目を閉じたままの俺の背中に心地よい重みが乗っかった。
体温が無いはずの身体から、ぬくもりを感じた。
「先輩、私も好きです」
耳元に鼻声でそう言われ、心にじんわりとしたものが広がる。
少なくとも、今の愛には心とか魂といったものが宿っている。
そうでなければ、これほど愛し合うことは出来ないと思うから。
……なんだ?
なんか脳内にいい感じの音楽が流れてきたんだけど。
まるでエンディングみたいな……。
いやいや、それはない。
卒業式まではプレイ出来るはずだよね、今からお泊りデートが……。
そこからは、その後のエピソードのようなものを一気に体験することになった。
またしても時間の経過を感じることなく、その後の記憶をダイジェストで見せられたような形。
実際に体感しているわけではない、夢のような感覚だ。おいおい、ちょっと早いだろ! 卒業式までやりたいことが色々とあったんですけど!?
まるでTVアニメの総集編のようなものが容赦なく再生されていく。
嫉妬して怒り出す愛のビジュアルが頭の中に再生されるが、その原因となる行動はわからない。理不尽。
ちゅーしてくれたら許してあげると唇の突き出すイメージはあるが、その後は体験できない。生殺しか。
ほんとこの世界って全年齢版の移植を失敗したかのようなクソゲーだな!?
愛とはずっとそのまま一生添い遂げることができ、俺は研究者になって子供の代わりに家族となるアンドロイドを製造し、幸せな家庭を築きましたとさ。ちゃんちゃん。
――めでたくねえ~。
セクサロイド一直線バッドエンドを回収しておけば良かった……。
アンドロイドの大家族に囲まれて笑っている愛の顔が見れたことくらいしか、それくらいしかエンディングの見返りが無いなんて。
3年もの間、ものすごい努力を強いられて、ようやくパラメータを上げて親密度を上げて、せっかく、せっかく仲良くなって、愛し合ってるって思えるところまで到達したら、もうゲームクリアかよ。
全く、全然めでたくねえよ。
――そして夢から覚めるような感覚で、また次の高校生活が始まる。
意識が戻ると、すぐに目尻の涙を拭った。
ついに江井愛攻略編が終わってしまいました。筆者としても淋しさがございます・・・。
そんなわけで筆者に励ましの感想を! 是非! 一言でいいので! お願い!




