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異世界メモリアル【3周目 第32話】


あいちゃんの2歳の誕生日を祝うための料理を仕込むため買い物にでかけた。

このままクリスマスを過ごし、初詣に行き、バレンタインにチョコを貰う。

そんな平凡で、当たり前の恋人同士のような幸せな時間が続くだろう。

そうしてエンディングを迎えたらいい。

そう思っている矢先にそれは起きた。


「お兄ちゃん、博士から手紙が届いてるよ」


なんとなくわかる、良い知らせではないと。

舞衣も感づいているのか、神妙な面持ちだ。

まぁ、そんなに簡単にクリアさせてくれないよな。

多少の覚悟を持って封を開ける。


『愛がコンピューターウイルスに侵された。初期化すると2年間の記憶は失われる。最後に会ってやってくれ』


ふーっ。

目を閉じて、息を吐いた。

想像を遥かに超えていた。

ありえねえ。

ありえちゃいけねえ。


「行ってらっしゃい」

「おう」


妹は何も聞かずに送り出してくれた。

靴を履くのももどかしく、片足をつっかけたまま玄関をくぐって駆け出す。


この時期の運動能力は便利だ。

1年生と3年生では数倍の能力の違いがあるからな。

もはや走っても走っても疲れない。

とはいえスピードを緩めることもないので、博士の家に来る頃には息が上がっていた。


「はぁはぁ、博士、あいちゃんは」

「ああ、手紙を読んで来てくれたか」

「どんな症状、なんです?」

「かなり危険だ」


深刻そうな顔に、思わず息を呑む。


「まぁ直接会ったらいい。が、くれぐれも気をつけて。……襲ってくると思うからね」


狂暴になるコンピューターウイルスか……。

それじゃ初期化するという選択肢に至るのもわかる。

彼女はか弱い女の子ではない、アンドロイドなのだ。

あのあいちゃんが狂戦士(バーサーカー)になるなんて……。


かちゃり


博士がドアを開ける。

鍵のついた部屋に閉じ込められているわけか。

やはり危険なんだな……。


覚悟を決めて部屋に入る。

薄暗い部屋の中で、地べたに座っている彼女は、俺が部屋に入ったことに気づいて顔を向けた。

なんだ?

その様相は凶暴とは掛け離れている。

瞳は濡れそぼり、頬は赤く、口元がゆるい。

胸元は大きくはだけ、脚も大胆に開いていた。

なんというか、一言で言うとエロい。


「あ、せんぱぁい」


ほわっと唇から台詞を漏らすと、頼りない足取りで俺に近づいてくる。

危うさを感じて、身構えていると、案の定しなだれかかって来た。

抱きしめると、吐息が首筋をくすぐる。

ぞわぞわと快感が背中を走った。


「だ、大丈夫か?」


からくも言葉をひねり出した俺に、容赦のない攻撃がなされる。

ゾンビのように首筋を噛む……のではなく、耳たぶを甘噛してきたのだ。


「うはっ」


こそばゆさと、恥ずかしさと、気持ちよさが同時に襲い来る。


「せんぱぁい、せんぱぁーい」


蜂蜜よりも甘ったるい声が耳から入ってくる。

脳内はあっという間に砂糖を目一杯溶かしたホットミルクのように、抗えない心地よさに蹂躙された。

下半身に力が入らず、膝が崩れる。

すかさずそこを抱きかかえられ、胸元に顔は埋められて、頭を撫でられた。

うっとりと目を閉じると、胎内に居たときのような温かい気持ちになりつつも、心臓は高鳴る。

ばくばくと身体が興奮する一方で、頭は必死に冷静さを取り戻そうとしていた。

何が起こってるんだ。

っていうか、これなんなんだよ。

色気と無縁の人工知能がなぜこんなことに。

いや、答えは明白だ。

これがコンピューターウイルスに侵された結果ってことだ。


――これ、何か問題あるのか? このままで良いんじゃね?


俺の左胸を、あいちゃんは人差し指で心臓をなぞるように動かしながらじぃっと見つめてくる。

だらしなく開いた口から、少しだけ出された舌。

それがじわじわと俺の顔に近づいてくる。

え、エロい。エロすぎる。

こんな迫り方をされたら、男なら誰でも……。

誰でも!?


「博士にも、したのか?」


肩を掴む。

あいちゃんは小首をかしげて言った。


「舌は、入れさせてくれなかった」


よかった――。

いや、良くない。

これは俺に対する好意によるものではなく、コンピューターウイルスの症状なんだ。

俺は扇情的に纏わりついてくる彼女を丁寧に引き剥がすと、部屋を出て鍵を締めた。

博士は意外そうに俺を見ると、タバコを消しながら口を開いた。


「おや? 襲われなかったのかい?」


ようやく俺は言葉の意味を理解した。

確かに襲われたし、確かに危険だ。

このままにしておいてはいけないことは理解できる。

しかしだ。


「今夜は特別だ、朝まで二人で過ごしていいよ、お別れになるしね」

「……俺が朝まで過ごすのは、博士、あなたですよ」


博士の目を見据えて、真剣に答える。

お別れになんかならない。

絶対にさせない。


「えっ、あっ、俺と? そうか、そういうことか……」


なぜか頬を赤らめる博士。なんでだよ。


「俺が受けだよな? 優しくしてくれよ」

「ちげーよ! なんで俺が攻めなんですか!」

「えっ、俺が攻めなの!?」

「だからちげーよ! コンピューターウイルス対策を検討するんですよ博士!」


この説明いる?

普通わかんない?

俺の決意とか気合とか伝わらない?

俺にも感染したと思ったの? コンピューターウイルスが? バカ? バカだな。間違いない。

するとバカが足りない頭を捻り始めた。バカのくせに。


「そうか、なんとかしようっていうのか」

「当たり前でしょう」

「むしろ、このままで良いんじゃないかとか言い出すのかと思っていたよ」


……一瞬ね!

一瞬だけ思ったけどね!


「そんなわけないでしょう」

「ちょっと間があったね、今」


バカのくせにカンはいいんだな。カンのいいバカは嫌いだよ。


「しかし愛に襲われて抵抗できるとはね、ちょっと君を侮っていたかもしれないな。僕はてっきり実は女性より男性が好きなのかと本気で思ってしまった」


据え膳食わぬはなんとやら、か。

確かに男だったらあの色気にはやられてしまうかもな。

しかし、あいちゃんに色気があるとか悪い冗談だ。

色気もないし、空気も読めないし、すぐやきもちを焼くし、食い物に興味ないとか言ってたくせに食えるようになったら手のひらを返すし、本当にろくでもない女の子だ。

でも、俺はそんな彼女のことが好きなんだ。

ウイルスによるお色気なんぞにやられている場合ではない。


さて、対策を練るためにはこのバカからヒアリングしないと動けない。

気が進まないが腰を据えて話をしなければならないだろう。


「コーヒーはブラックでいいですよね、ばかせ」

「ああ、あ? 今、ばかせって言った?」

「お湯沸かしますよ」

「ねえ? 聞いてる?」


バカが何か喚いているが何も聞こえない。

大丈夫だ。これはイベントなんだ。俺が乗り越えるべき必須イベントに違いない。

ニコのときだってなんとかなった。

今回も大丈夫だ。

熱いコーヒーを啜って、自分を勇気づける。

ついでにバカにもマグカップを渡してやった。

ソファーに向かい合って、説明するよう促した。


「つまり、彼女は誰彼構わず男女の関係を迫ってしまうようなセクサロイドになってしまったわけですか」

「そうだな、そう思ってくれていい」


大体の説明を聞いてわかったのは、アダルトサイトみたいな所謂18禁のコンピューターウイルスにかかったということだった。普通に考えて作ったやつが天才すぎる。

自立式人工知能の試験型である江井愛は最先端のアンドロイドであり、一般的に普及なんてしていない。

当然ウイルスを迎え撃つソフトなんて存在しない。

よって初期化するしか無いというのが博士……いや、バカの見解だ。所詮バカの言うことはバカだな。

前世で新薬を開発させまくった天才の俺ならなんとかできるはずだ。

それにしても疑問なことが一つある。


「あいちゃんはコンピューターウイルスのようなものにどこから感染してしまったんです?」


インターネットどころか電話すらないこの異世界において、感染経路が存在しない。


「彼女自身が発症したんだよ。人工知能が自ら自分を侵すウイルスを作り上げてしまったんだ」

「なぜそんなことに……」

「恋をしたからじゃないかな。恋の病ってやつだよ」


ふふと良いこと言っちゃったぜみたいな顔で笑うバカ。なんだこいつ。ぶん殴ってやろうか。


しかしながらアレだ。

どうやら俺に恋をしたせいだということらしい。

やれやれ、本当にこいつは困ったやつだ。



お陰様でブクマが100になりました。連載開始当時の目標だったので非常に嬉しいです。今後ともよろしくおねがいします。

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