異世界メモリアル【3周目 第31話】
「うーん、悪くはないですよ、悪くは。なんて言いますかねえ、ちょっと硬くてほんのりいい香りの汁に浸ってるところとか、うん、嫌いじゃあないです」
あいちゃんは欧米人のように箸をせかせかと動かして口に運んだ。
当然つゆは絡まずに落ちてしまう。そしてナポリタンでも食べるかのように、もぐもぐとゆっくり咀嚼。
それではそういう感想にもなろう。
「違う違う、これは、一気呵成にずぞぞぞぞと啜って食うんだ! こう」
ずぞ、ずぞぞぞぞつるっ
「こうだ」
「うーん? 食べ方で味が変わるというデータはありませんが」
「噛むのは最低限に留めて、喉越しを味わってくれ。前歯で噛むのはご法度だから1本か2本だけをつまんで最後まですすり切ること」
「えー、しゃらくさいですねえ」
半信半疑で箸をたぐって、うどんを一本つまむあいちゃんに、俺はいいから言われたとおりに食えと顎をしゃくる。
つるるるるるっ
もぐ、ごくん。
「こ、これは!」
つるるるるるっ
つるるるるるっ
無心にすする姿を見て、俺はうんうんと頷いた。
それでいい。
言葉なんて必要ない。
料理人に対する最大の賛辞は、うまそうに食う顔だ。それだけでいい。
「は~、おうどん美味しいです~」
ごめん、言葉はやっぱりあったほうが良い。
美味しいと言われた方が嬉しいに決まっている。
言葉なんて必要ないとかカッコつけてしまった。
笑顔と美味しいの一言。
これに勝る喜びなどない。
「ロト先輩、こんなに美味しいものを作っていただいて、ありがとうございます」
すまん、マジすまん。
1度ならず2度までも、調子に乗ってました。
ありがとうという気持ち、それを伝えてもらえた喜び、マジ半端ない。
美味しいものを食べたときはありがとうって言うことを国民の義務にすべき。
明日からごちそうさまの後でありがとうって言うことを誓うよ、舞衣。
あいちゃんが言ってくれたありがとうに対する感謝を返そう、それが幸福の連鎖、ハッピースパイラル。
「気に入ってくれて俺も嬉しいよ、美味しそうに食べてくれてありがとう」
「また作ってくださいよ、先輩」
また嬉しいことを言ってくれる。いくらでも作ってやろうじゃないの。
同じじゃつまらん、もっと美味しいと思われたい。
「次は焼いた餅を乗せてやろう」
「焼いた餅を!? ご馳走すぎる!」
「鶏の卵も落としてやろう」
「なにそれ!? おつゆと混ざって美味しそう!」
「焼きうどんってのもあるぞ」
「えっ、どういうことですか!?」
「味噌で煮込むパターンもある」
「ええっ!? もうよくわからないけど楽しみすぎ!」
俺がうどんの紹介をしているだけなのに、あいちゃんの瞳はハートになっていた。
おいおい、そんな恋する乙女の目を俺は初めて見たんだが?
料理人としての俺は喜んでいるが、男としての俺が不満を持ち始めた。
俺よりうどんの方が好きなんですかね、と。
俺はうどんを作ってくれる人、という扱いなんですかね。
ややイラつく。
「これは料理のお礼ね」
ちゅ、と先程まで丼にキスしていた唇が俺の頬を濡らした。
おや!? なぜ俺はさっきイラついたのだろう!?
こんな美少女に手料理を振る舞ってあげることが出来て幸せじゃないか!
何皿でも料理してやらあ!
っていうかもう料理以外する気がしない。
進路希望調査は料理人一択。末はコックか板前か。
にしてもなんでいきなりちゅー?
あいちゃんに疑問の顔を向ける。
「美味しい料理を作ってもらったらほっぺにキスして感謝を示すんだよって博士が言ってたから」
そう言って瞳をうるうるとさせたまま、うっとりと俺に微笑む。
そうだよね! 笑顔だの言葉だの感謝だの、そういうことじゃないんだよ!
料理がうまかったらキス! これが正解!
スマイルだけじゃ済ませない! 略してスマスマ! スマスマ最高!
そんなことがあって、俺は暫くの間うどん職人として生きる事になった。
「お兄ちゃん入るよー」
定例だ。
3周目の3年生の2学期終盤ともなると、消化試合に近い。
今から方向転換したり、相談するようなこともあまりないのだ。
【ステータス】
―――――――――――――――――――――――――――――
文系学力 477(+42)
理系学力 593(+45)
運動能力 424(+53)
容姿 398(+30)
芸術 439(+30)
料理 389(+211) 装備+100
―――――――――――――――――――――――――――――
【親密度】
―――――――――――――――――――――――――――――
次孔律動 [ひょっとしてフラれたのか!?]
来斗述 [禁断の恋人役]
庵斗和音鞠 [少しは会ってくれてもいいじゃない]
江井愛 [好きになる確率78%]
画領天星 [ロト×サッカー部の秀斗君]
―――――――――――――――――――――――――――――
「うおおおお! 78%まで来たか! うどんバンザイ!」
「いや~、お兄ちゃんってば本当あいちゃんにメロメロなんだねぇ~」
にゅふふふと嬉しそうに口をあひるにしながら笑う妹。むしろ舞衣にメロメロだ。
「料理なんて全然しなかったのに、ここまでやるなんて。私も美味しいもの食べられて嬉しいよ」
1周目の初期から料理をして欲しいって言ってたもんな。
本当は料理上手の兄が良かったのだろう。
お兄ちゃん、今後はずっと料理頑張るからね!
ところでさ、と前置きした舞衣は可愛く小首をかしげる。
「ご飯食べた後、なんでほっぺたを私に向けてくるの? あれ何?」




