異世界メモリアル【3周目 第27話】
やったー、モテ期だー!
などと喜んでいる場合ではない。
今回攻略しようとしている江井愛は非常なヤキモチ焼きであり、私だけを見てねと言われて俺はYESと答えているわけだ。
つまり、他の女の子からアプローチされるなんて攻略の障害にほかならない。
学校の廊下でそんなことを考えながらてくてくと歩いていると、むずむずと台詞が口をついて出た。
「いやー、モテすぎちゃって困るなー」
言った!
人生で一度は言ってみたいセリフ第1位を言った!
2位は、世界の半分をお前にやろうだ。多分一生言う機会はない。
「お困りでしたら、ボランティア部が解決しましょうか。女の子全員から嫌われるように」
気づいたら目の前で実羽さんがにっこりと笑っていた。怖い。
まさかこの独り言をこの人に聞かれてしまうとは。
「安心してください、私だけは嫌いになりませんから」
なぜだろう、美人が俺に好意を向けてくれているというのに怖い。
笑っているのに怖い。
何故か怖い。
「あ、はい、ありがとうございます……」
やんわりと距離をおいて去ろうとすると、肩を掴まれた。怖い。
「なんで敬語なんですか?」
「ご、ごめんなさい」
俺はきっちりと頭を下げてその場から逃げた。
なんで謝るんですかーと後ろから声をかけられるが、振り返らずに歩を進める。
モテすぎて困るの意味が深刻なものになってしまった。
本気で困る。怖いから。
暫く廊下を歩くと見知った顔が見知らぬ格好でやってきた。
「うわっ、ちょっ、なんですか鞠さん」
なんというかそのいわゆる体操服でブルマなのだが、む、胸が揺れまくっている。
俺の困惑した声を聞いてキリリと凛々しい顔だった庵斗和音鞠さんが、ほにゃっと破顔する。
「ああ、ロトさん。これはウォーターハザードです」
……翻訳すると、ゴルフの練習中に池に落ちたので着替えたということだろう。
本来のウォーターハザードはゴルフボールが池に落ちた際に、そのボールは拾わずに一打のペナルティで別のボールを使用してプレーを進めることだが。
ボールじゃなくて自分が落ちちゃうなんて、本当にドジな人だ。
しかし本当にドジなのは、下着を着けないで体操服を着ているということだ。
胸の先端の膨らみが俺の目にばっちりと映っている。
いかんいかん、目に焼き付けている場合ではない。
俺は無言で、自分のブレザーを鞠さんにかけた。
「あらー」
困惑した表情の鞠さん。
なぜそうされたのか理解できないのだろう。もう6月も終盤で寒くもないし。
しかしまさか本当のことを言うわけにもいかない。
説明に困っていると、肩にかかったブレザーの襟で顔を隠すように俯き、頬を赤らめた。
「ロトさんの匂いと体温……まるで抱きしめられているみたいですー」
うっ。か、可愛い。
うっかり抱きしめてしまいそうだ。
これが普通の世界なら、あれ? ひょっとしてこいつ俺の事好きなんじゃね? と思っちゃうところだ。
ところがどっこい、こちとら明確に親密度として把握している。
俺が告白してくることを待ち望んでいる程度には、俺の事好きなんです。勘違いじゃないんです。
つまり抱きしめてしまっても良いかもしれない……。
「ロトせんぱーい?」
「うおう!?」
あいちゃんにジトりとした目で睨まれていた。
いつの間に俺に忍び寄っていたのだろうか。
なぜか彼女も体操服を着ているが、胸が揺れることはないし、ぽっちも出ていなかった。安心。
何を安心しているんだと言わんばかりに、眉根を寄せられる。
「今、なーんか抱きしめようとしてませんでしたかねー」
「な、なにを馬鹿な」
「表情から思考が完全に読み取れましたけど」
ぐう。
いや、ぐうの音も出ねえ。
人工知能にとっては俺が考えていることなど、まさに顔に書いてあるように見えるのだろう。
「す、すまん。浮気しそうになってしまった……」
目を閉じて、素直に詫びる。
観念するとはまさにこのこと。
他の女の子に目もくれず好きだと言わなければならないのに、俺という男は……。
「う、浮気? ってことは……それって……つまり……私は本気ってこと……」
さっきまでの態度と一変、あいちゃんは頬に両手を当てて、体をくねらせていた。
どうやら許されたらしい。
鞠さんはなにやら口を尖らせて、俺の方を軽く睨んでいた。
ううむ、キリッとした顔とほにゃっとした顔以外の表情は初めて見たかもしれないが、拗ねたような顔の金髪美少女、とても可愛いです。
「こらっ」
「いてっ」
脇腹を抓られる。
アンドロイドだからパワーが有りすぎて俺の脇腹の皮膚が皮下脂肪ごとねじ切られてしまう、なんてことはない。
普通の力だが、痛い。
「鞠さん超可愛いなあ、みたいな顔して」
「うっ、バレてる」
「えっ、それって……」
さっきまでの態度と一変、鞠さんは頬に両手を当てて、体をくねらせていた。
あいちゃんはなにやら口を尖らせて、俺の方を軽く睨んでいた。
「ごめんごめん、浮気したつもりはないんだ」
慌てて弁明すると、あいちゃんは頬に両手を当てて、体をくねらせる。
鞠さんは口を尖らせて、俺の方を軽く睨む……っておいおい無限ループ入っちゃってるぞ。
そう思ったが、それは杞憂だった。
「楽しそうですね、ロトさん」
さっき逃げることに成功したと思っていた実羽さんが、手を後ろに組みながらにっこりと近づいてきたのだ。
「む、また美女の登場。先輩がまた……う、浮気を……ってあれ? なんでそんなに怖がってるんですか」
あいちゃんが意外そうに目を丸くする。
それを聞いて実羽さんは更に笑顔を強くした。
「怖い? そんなわけないですよねえ」
にっこり。
「ロト先輩!? 大丈夫ですか!? 顔が青ざめてますよ!?」
「あ……あ……」
悟飯君みたいなリアクションしかできなくなってしまった俺をあいちゃんは心底心配しているようだ。
口を開けたまま動けずにいると、俺はひょいっと抱きかかえられる。
って、ええ!?
「ロト先輩、しっかりしてください、すぐに保健室に連れて行きますから!」
俺はあいちゃんに、俗に言うお姫様抱っこをされてしまう。
そのまま廊下を軽やかに進んでいく。
アンドロイドのパワーすげえ、なんて言ってる場合じゃない。恥ずかしすぎる。
「……」
恥ずかしすぎると、人は声が出なくなるらしかった。
保健室でも何も言うことができず、ただベッドに寝かされる他なかった。
健康状態に何の不備も無いことがわかるあいちゃんは逆に心配なようで、看病のようにつきっきりだ。
病気でも何でも無いのに悪いなあと思いつつ、実羽さんの笑顔を思い出す。
ぶるっ。
俺はシーツを被ってベッドの上に丸まった。
いや、作者は実羽さんのことが嫌いなんじゃないですよ?




