異世界メモリアル【3周目 第22話】
今年も異世界メモリアルをよろしくお願いいたします。
「よう、修学旅行楽しかったな」
……ふいっ
廊下で軽く手を上げながらあいちゃんに挨拶をしたが、あからさまにシカトされてしまった。
やっぱ怒ってるの!?
あんなに仲良く遊んだのに!?
「ちょちょちょ、ちょっと待てって」
どうなってるのかわからず、肩を掴んで呼び止める。
「痛っ」
「えっ、ご、ごめん」
強く掴んだつもりはないが、痛がる素振りを見せたためすぐに手を離した。
そのまま、彼女はすたすたと去ってしまう。
しかしあれで痛いのかな? うーん、人工知能だけど女の子だからなあ。
か弱く作られてるのかな。
廊下でたまたまというシチュエーションがよくないのかもしれない。
改めて会いに行くとしよう。
放課を知らせるチャイムとともに教室を出る。
あいちゃんの教室に向かうと支度中だった。
呼びつけるのもなんなので、入り口の横で待ち伏せする。
ふぅ、自然に、自然に行くぞ。
落ち着け、素数を数えるんだ……。
よし、話しかける準備をしよう。なんて言おうか。
お土産があるんだけど。あのさ、修学旅行のときのこと覚えてる?
こんな感じかな。
しかし、なかなか出てこないな。
ちらり。
あっ、もう居ねえ!?
廊下を見渡すと、とっとこ去っていくあいちゃんが見えた。
逃げられた、のか。
しかし、甘いな。
ちゃんと先手を打っている。
俺は悠々と玄関に向かう。
丁度靴箱を開けて手紙を取り出しているところが見えた。
フフフ、こんな事もあろうかと手紙を入れておいたんだ。
放課後に屋上でお待ちしていますとね。
「チラシはお断りって書いてあるのになあ」
あいちゃんはそう言って、俺の手紙をゴミ箱にぽいっと捨てた。
「オイイイイイイ! どこをどう見たらチラシなんだ! ご丁寧にハートのシールで留めてあるだろうが!」
「おや? どこからか変態ゲームオタクみたいな声が聞こえるなあ、キモいキモい」
ぐはあああああ!
俺は1年生達が行き交う下駄箱の前で、orzの格好になった。
精神的には吐血していた。
しかしこれでわかった。
彼女は俺にオカンムリだということが!
正直それはわかってたんだが、修学旅行の件があったからな!?
なし崩し的に解決したような気がしてたんだよ。
どーすんだ、俺。
こういう困ったときには、あれだな。
コンコン
「失礼します」
「あっ!? ロトさん!?」
ドアを開けて入った途端、がたんと音を立てて跳ねるように立ち上がる実羽さん。
やっぱり困ったときはボランティア部に相談だと思ってやってきたが、なにやら慌てふためいているようだ。
「どっ、どどどどど、どんなご用件で。つ、つつつつついに、攻略ヒロインを、わわわわわ」
目を所在なくキョロキョロと動かしつつ、指を細かく動かしながら質問してくる。
尋常じゃないくらいキョドっている。どうしたんだろう。
そういえば3周目はパパラッチ事件で土下座したあと、ほとんど話してないな。
「どうしたの、実羽さん。いつもクールビューティーなのに」
「ク、クールビューティー!? そ、それって?!」
「いや、そりゃ美人だからさ」
「っ!? はううっ」
心配して声をかけたのだが、ますますもって落ち着きをなくしている。
やっぱりなんか変だな。
訝しんでいると、慌てたまま話を変えてきた。
「そんなことよりっ、何か用事があるんじゃないんですかっ」
「ん、うん、そうなんだ。こんなときばかり都合がいいと思うんだけど、俺が甘えることが出来るのは実羽さんしかいないから」
「そんなこと言われたら、なんでも聞いてあげるしか無いじゃない……」
「そう? ほんとごめんね」
「いいの、いいの、それで?」
「うん。えっとね、1年の江井さんって知ってる?」
「あぁ、人工知能の」
「そうそう。彼女のことが好きなんだけどさ」
「えっ!?」
「実は1周目の頃から気になっててね。多分初恋なんだ」
「ふぇっ!?」
「それでどうやら彼女も俺のことはやぶさかじゃないらしいんだけど」
「~~っ!?」
「どうやら怒らせちゃったみたいでね、口も聞いてくれなくて困ってるんだ」
ここまで話をしてる最中も実羽さんはせわしなく表情を変化させていた。
普段は物静かでそんなに表情も豊かじゃない。
クールすぎてちょっと怖いくらいなんだけどな。
ちょっと可愛らしいな。
そんなことを考えながら返事を待っていると、ぽんと手を打った。
なにか名案が?
「なるほど、だから彼女を諦めて私に鞍替えすることにしたんですね!?」
「ええーっ!?」
なんでそうなるんだ!?
とんでもないことを言い出したぞ、解決方法がぶっ飛んでる。
「いや、あのですね、困ってるのは彼女が、あいちゃんが口も聞いてくれないことなんですが」
「だから、私なら会話できるし、なんならもっと他のことだって……」
そう言って、頬を赤らめる実羽さん。
なんか変だ、悩み相談ところじゃないぞ。
「落ち着いて実羽さん、冷静に、冷静に」
俺は両手を彼女の肩に当てて、冷静になるよう促す。
「んっ」
「なんで目を瞑るの!?」
唇を突き出すような仕草にドキッとしてしまう。
今、なんかキスしていい感じになってなかったか?
いや、さすがにそれはないか……。
「なんでも聞いてあげるって言っちゃったし、いいよキスしても」
「えええええ!?」
勘違いじゃないだと!?
どうなってんだこれは!?
「待ってくれ、実羽さん。自分を大切にしてくれ」
「……野暮天」
「えっ? 野暮天!?」
「私って今回はまだ攻略対象じゃないの? 親密度どうなってるの?」
「あぁ、なんか変なんだよ。ただ好きってなってるんだ。バグっぽいよな」
「バグってるのはロトさんの頭でしょ……」
「へ?」
「あなたが1周目のときから好きだって言ってるのに! 今回は攻略対象状態を保つように努力してたのに! 全然攻略してくれないんだから!」
「え? へ?」
涙目になりながら弱々しい力で俺の胸を叩く。
なにこれ?
どうなってんの?
そのまま俺の胸に飛び込んでくる。
なにこれ?
どうなってんの?
頭がちっとも働かない!
「もういい、攻略されようなんて考えが間違いだった。私があなたを攻略する」
「はぁ!?」
「今回はもうここまで話しちゃったから無理ね。江井さんを攻略して」
「は、はい……」
ジロリと下から睨まれる。こわい。
「ったく、妹だのニコさんだの後輩の人工知能だのばかり……このロリコン」
「痛たたたた!?」
胸元に抱きついたままの実羽さんが、Yシャツ越しに胸の皮膚をつねられた。
「ロリコンが私に何のようで来たのよっ、私も胸だけは小さいけどねっ」
「だから、あいちゃんがなんか怒っててデートにも誘えないから相談に来たんだけどっ」
すでにあいちゃんより実羽さんの方が怒ってると思う。
それにしても痛い、ずっと痛い。
「あの人工知能はヤキモチ焼きだから、私達がちょっとイチャイチャしてれば邪魔にしに来るんじゃないかし、らっ!」
更に強くつねられる。
「これ、イチャイチャなの!? かなり痛いんですけど!?」
いや、確かに胸元からはいい匂いがしてくるし、そもそも実羽さんはあいちゃんのことをヤキモチ焼きと言っているが、この実羽さんの行為がヤキモチなわけで……。
そう考えるとこれって相当いちゃついてるのかも……。
バターン!
部室のドアが勢いよく開いた。どうやら実羽さんの作戦が成功したようだ。
「ロト先輩、ボランティア部の善意に甘えてドMプレイを強要するのは止めてください!」
「は!? 本気でそう思ってるんだとしたら、お前の演算も大したことないな!? このアホアホ人工知能!」
「な、なんですとー!?」
実羽さんは手を離し、あいちゃんがズカズカと部室に入り込んでくる。
またたく間にぎゃいぎゃいとやり合う俺たちを半眼で睨みながら、実羽さんは舌打ちをした。だから怖いって……。
「江井さん、こいつあんたのこと好きなんだってさ。許してあげたら?」
「ええっ!? まぁ、わかってましたけどね~。むふふ」
なんだこの空気……
実羽さんの不機嫌さは、もうどうにもならない。
このチャンスを逃すわけにもいかないし、ここはやるべきことをしておこう。
「どうしてもあいちゃんとデートしたくてそれを相談してたんだ」
「へ~、それはそれは。仕方ないですね」
なんとか、あいちゃんとデートの約束を取り付けた。
「はいはい、よかったね」
その声も、ぱちぱちと小さく拍手をする音も、恐ろしいくらい冷たかった。
つい5分前の実羽さんと、ほんとに同一人物なのだろうか……。
ところであいちゃんが怒り続けていた理由だが。
後に聞いたところ、修学旅行先に記憶を送っておいたのはいいが、その記憶を受取ることは忘れていたらしい。お土産の話をしたら思い出したそうな。ぽんこつだなあ……。