異世界メモリアル【3周目 第19話】
今日は原稿を貰いに行かないとな。
新聞部として。
なんとなく身の入らない授業中、俺は放課後の予定を考えていた。
次孔さんの記事はもう書くことはないが、他にもやることがあるんだ俺には。
来斗さんの原稿はそのままでは載せられない。
俺が編集しないと駄目なんだ。
意気揚々と文芸部のドアを開けると、来斗さんに先客がいた。
「なるほど、ここでレイプされたいんですか」
「わかる? やっぱり体育倉庫は格別」
「う~ん、妊娠することがないからかレイプっていうものにはそれほど恐怖がないと思ってたのですが、されたいというのはわかりませんね~」
「そうなんだ」
「人間は奥が深いです」
特殊すぎる二人の会話を聞いていたら頭が痛くなってきた。
「何を話してるんだ」
「あっロト先輩」
「やあ」
二人の態度は、それほど高くも低くもない現状の親密度に相応しい反応だ。
極めて普通。
「ロトさんに渡す原稿を見せて欲しいと言われてね」
――それはそれは。
また、俺の邪魔をしようってのか、こいつは。
忙しいっていうのに。
「なんでそんなことをする?」
「やー、私にも編集できるかと思って」
「……なんでそんなことをする?」
「キャディはうまく出来ませんでしたが、新聞記事は出来ましたし。来斗先輩が書いた原稿の編集も出来るかなって」
「だから……なんでそんなことをする?」
質問の返答を聞くたびにムカついてくる。
こいつはなんで、俺の邪魔をしようとするんだ?
嫌われているわけじゃないはずなのに。
人工知能だから、ヒトと違う思考回路だから、仕方ないのだろうか。
いや、一度ガツンと言ってやらねば気が済まない。
「もう、勘弁してくれないか。そうやって俺に変なちょっかいばかりかけてくるのは」
「やー、それはなんというか、その~」
誤魔化すような、少し笑った態度にますますイラッとする。
悪気のない悪ほど恐ろしいものはない、とはこのことだったか。
溜まりに溜まった鬱憤が、俺の口から漏れることをもはや防ぐ事はできない。
「何がしたいんだ、俺のやろうとすることになんでイチイチつっかかってくるんだ、なんなんだよっ!」
ちょっと強い口調になってしまったが、これでも怒りを抑えている。
彼女を見ると意外だったのか、怯えた表情を見せる。
来斗さんは無表情で静観していた。
バツが悪いことはわかっているので、あいちゃんの顔は見れない。
「前前世でもですか?」
「は?」
「前前世でも、妙に絡んできたんですか?」
「あぁ、なんか知らんけど他の女の子と仲良くしようとすると邪魔してきたな」
「っ……それで先輩はわからないんですか」
「なにを」
「私は一度、はっきり言ってるでしょ」
「だから、何をだよ」
イライラする気持ちが募り、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「先輩のバカ! 人工知能でもわかりますよっ、そんな気持ちくらいっ」
そう言って、文芸部を出ていった。
口調からすると、なにやら怒っているようだった。
「ったく、なんなんだあいつは」
俺は悪くない。
だが、この後味の悪さは一体。
くそっ、イライラするぜ。
1周目からずっとあいつにはイライラする。
「前前世とか、彼女が何をはっきり言ったかは私にはよくわからないけど」
あいちゃんが開けっ放しにしていったドアを見やりながら、頬杖をついた来斗さんは相変わらず抑揚のない口調で俺に言葉をかけてきた。
「彼女のことも、人工知能のことも私にはよくわからないけど」
来斗さんは表情もつまらなそうなままだった。
ずっと廊下をぼんやりと見たままで、俺を見ようとはしない。
「それでも彼女の気持ちはなんとなくわかるよ。そしてロトさんの気持ちもね」
「へえ」
何もかもわかっているかのような言い草に、ちょっと腹が立ったかもしれない。
来斗さんだって俺は何度かデートをしたことがある。
俺のほうが彼女をわかっている。
3周目の俺が、俺だけが何もわかってないだって。
そんなわけがない。
「じゃあ、教えてくださいよ」
睨むように見下ろしながら、来斗さんに言う。
直接言うことはないが、この人も大概常識がない。
エッセイをそのまま新聞に掲載できない人間だ。
俺の何がわかるっていうんだ。
「そうだな、おそらく私だけを見てとか言われたんじゃないの」
――!?
絶句した。
なんだ、なんでわかったんだ。
「どうやら図星だね」
特に面白くもなさそうに、半眼で俺を見ながら、話を続けていく。
「でもそう言われた後も、違う女性にばかり会っていた」
そう言われてみればそうだな。
だけどそれは必要だからで……。
「それは私とか庵斗和音さんとか次孔さんで、会う必要があったから」
なんだ、なんでわかる?
特殊な能力でもあるのか?
もしかして転生者か……?
「忙しいから、俺にはやることがあるから……でしょう?」
開いた口が塞がらない。
間違いない、妹のような特殊な力があるんだ、来斗さんには。
そう思っていると今まで全く無表情だった彼女は少し苦笑いを見せた。
「ばっかみたい」
え?
そんなこと言うっけ。
来斗さんってそういう顔をするっけ。
「他の女の子のところばっかり行ってて、やらなきゃいけないこととかばっかりやってたんでしょ。私だけを見てって言ったのに」
いつも感情のない台詞しか言わない来斗さんは、少し面白そうに、そしてとても不快そうな口調だった。
「かまって欲しかったんでしょ。寂しかったんでしょ」
俺は、黙って聞くしかなかった。
「そんなの猫でもするようなわかりやすい態度じゃない。 なんでわかんないの?」
喉が渇く。
俺は唾を飲み込んだ。
「忙しいから会えないなら、用事があるから他の女の子と会うって言うなら。その理由を無くせばいい。だから私のところにも来た」
頬に手を当てて、もう一度つまらなさそうな顔を見せる。
「ところが君は自分の存在意義を奪われたと思って、怒ったんだろう。江井さんはただの好意だっただろうけどね」
そんな、そんな俺の器が小さいみたいな言い方しなくったっていいじゃないか。
俺だって、俺だって……。
「彼女は人間らしい、女の子らしい娘だよ。ロトさんはどうだろうね」
俺のほうが悪いっていうのかよ。
少なくとも来斗さんはそう思うっていうのかよ。
人工知能より人の心がないっていうのかよ。
あまりの脱力に、膝から崩れ落ちる。
馬鹿な……。
だって、だって俺を好きになる可能性が数%だぞ。
別に好きじゃないんだろうよ。
かまって欲しかっただけだって?
寂しかっただって?
気づいてあげられない方が悪い?
なんだよそれ。
なんなんだ、なんなんだよ。
俺は被害者だ、俺は悪くない。
だって、あいつが……。
「ここまで言われたのに、言い訳を考えているんだとしたら、見損なったよ」
来斗さんはその台詞だけを残して、静かに退出していった。
号泣でもできたらまだ気持ちが楽になっただろう。
俺は無人の文芸部室で、日が落ちるまでただそこに居るだけだった。
自分に言い訳をして、傷ついて、また言い訳をして傷つくだけの時間だった。