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異世界メモリアル【3周目 第18話】


「だからね、ラブレターなんか見せられても困るんだよね」


そう言っているのは、新聞部の編集長である。

俺は、うんざりというような顔でため息をつかれていた。


「もう何回目? その熱意は買うけど」

「俺は諦めませんよ」


ぎりり、と唇を噛んで、拳を握る。

なんでこの思いが伝わらないんだ。


「君もしつこいねえ」

「俺は諦めません」


ふぅ、とため息をつかれてしまう。

駄目だ、このままでは。


「ずっと見てきたんです。そして思ったんです。やっぱり素敵だなって」


部長の目をじっと見ながら、俺は思いを込めて言った。

部長も目をそらさずに、俺の気持ちを聞いてくれる。


「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。もちろん」


相変わらず、優しい口調だ。

いつか俺の気持ちが伝わる、と思える。


「もちろん僕だって嫌いじゃない。可愛い後輩だからな」

「じゃあ、どうすればいいんですか」


俺は部長に詰め寄る。

部長は距離の近さにたじろいで、少し背中をそらした。

部長は背は高いが、男にしては線が細い。

近づくと剃り残したヒゲがいくつか見えた。

しばらく見つめ合い、目で会話する。

俺が本気だということだけは伝えねば。


「なんだって、やりますよ」

「なんでも、するんだな」


ゴクリ、と息を呑む。

そうさ、なんだってやってやるよ。

そのやりとりは、近づいてきた1人の女性の台詞によって遮られた。


「ちょ、あの、部室でびーえるされると困るんだけど……」

「「誰がBLだ」」


ちょっと困ったような少し嬉しそうな顔でおずおずと近づいてきた次孔さんに俺と新聞部の部長のツッコミがハモった。なんでちょっと嬉しそうなの。


「いや、どうみてもそういう雰囲気だったよ……」


少し赤い顔で俺と部長を見る次孔さんだった。そんなわけないだろう。

そういえば1周目でBL漫画家のアシスタントしてるときも嬉しそうに聞いてきたな……。

部長はメガネを掛け直しながら、咳払いをした。


「ロト君は、君へのラブレターをずっと私に見せてくるんだ」

「えっ!?」


混乱する次孔さんに弁明を試みる。


「いや、俺は次孔さんの新聞部での活動を新聞で伝えたいだけなんだ」

「ああ、そんなこと言ってたよね」


納得したのか、次孔さんは落ち着きを取り戻した。


「僕も編集長としては賛成なんだ。もちろん新聞部の新聞で新聞部を褒めるってのは自画自賛じゃないかという反対意見はあるだろうが」


部長の台詞に同調するように首を縦に振る俺。


「どこの部でも、どんな小さな部でも、全校生徒を対象に頑張ってる人を応援したい、頑張ってることをみんなに知って欲しいという意味では、それがたとえ新聞部であっても記事に載るべきだ。僕も次孔くんはエースだと思っているからね」


そうだそうだ、と首を縦に2回振る俺。

もじもじと照れる次孔さん。可愛すぎる。いいぞ部長、もっとやれ。


「だから記事が良ければ掲載するとは言ったんだが、彼が書いてくるのはなんというか、次孔くんを褒め称えるだけというか、なんというか、ただ好きなだけというか、要するにラブレターみたいな感じでね。これじゃ新聞記事にならない」


そう言いながら俺の書いた記事を次孔さんに渡す部長。


「ちょっ、それ見せるんですか?」

「だから本人に見せるのが恥ずかしいようなものを新聞に載せようというのが間違いなんだよ」


記事を読みながら、顔を赤くしていく次孔さん。

それをみて俺も頬が熱くなる。

やれやれと肩をすくめる部長。

そこへスパーンと部室のドアを開け放ち、やつが襲来した。


「江井愛、推して参る!」


あいちゃんがなぜか推参してきた。いや、おそらく邪魔をする気だろう。俺の。


「話は聞かせてもらいました」

「どこでどこから聞いてたんだ……」

「扉の前で、部長とロト先輩がいちゃいちゃしているときからです」

「いちゃいちゃしてねえよ!?」

「先輩のBLについてはまた今後。そんなことより」


そんなことよりで片付けられるのは納得行かないが、長引いて欲しい話題でもないのでツッコミを我慢する。


「明日もう一度ここに来てください、公平で真摯な報道ってやつをみせてやりますよ」

「いや、お前が俺たちの部室に勝手に来たんだが……」


なにしんぼなんだよコイツ。


「なんちゃって、実はもうここに完成したものがありまーす」


料理番組かよ。

あいちゃんはカバンから取り出した原稿を未来の猫型ロボットのようにかざした後、部長に渡した。

部長は目を通して驚愕の表情を浮かべる。


「こ、これは……完璧だ。今すぐ新聞に載せられる」


そうか。

優秀な人工知能だもんなあ。そりゃ記事としてはよくできているのかもな。

しかし俺は認めるわけにはいかない。

次孔さんの魅力ってのは、そんな薄っぺらくないんだ。

彼女の凄さは俺だから伝えられるんだ。


「読んでみてくれ」


部長が持っていた原稿を俺に渡してきた。

仕方なく受け取って、読み始める。


「こ、これはっ……?」


俺の知らない次孔さんのことまでが書かれてる。

しかもそれを、客観的な描写で事実だけを記載している。

読んだ人には確実に伝わるだろう。

次孔さんがいかに素晴らしい新聞記者であるかが。

まるで密着インタビューのドキュメンタリー番組を見たときのような熱さ。

完璧だ……。

なぜ俺にはこれが書けなかったんだろう。


「ロト……」

「ロトっち……」


部長と次孔さんが心配そうに俺を見る。

俺はどんな顔をしているだろうか。わからない。


「ロト先輩、どうですかっ?」


いつもと同じ高いテンションで、質問してくるあいちゃんに俺は返事が出来なかった。


「江井さん……」


次孔さんが空気の読めない人工知能の袖を引くが、その意図が伝わることはなかった。

人よりも表情が読める彼女は、俺の顔を見て疑問を口にした。


「あれ? ロト先輩は嬉しくないんですか? さっきおっしゃってましたよね。次孔さんの新聞部での活動を新聞で伝えたいだけなんだって」


――ああ、そうだ。

確かにそう言った。

なんなら何でもするとも言った。

それがあいちゃんに代わりに記事を書いてもらう、という選択肢だったとしても。


「だからこれで解決ですよね?」


そうか。

そうだな。

俺が書いた記事で、なんて言ってない。

言ってないし、それは目的じゃない。手段だ。


俺はみんなに次孔さんの活躍を知って欲しかった。

それは俺から伝える必要はない。

あいちゃんによるものだとしても、目的は達成だ。


そうだ、これはとても喜ばしいことなんだ。


「ありがとう、あいちゃん。ああ、これで解決だ。この記事のおかげで」


なんとか言葉を紡ぐことができたが、ちゃんと嬉しさが伝わるように話せただろうか。


「そうか……それでいいんだな」

「ロトっち……」


俺の言葉を聞いて、部長と次孔さんはどんな顔をしたのだろう。

見る勇気がなかった。


「ですよね!? よかった」


あいちゃんの声は心底嬉しそうだった。

俺もこんな声を出したかった。

次孔さんの活躍が全校生徒に伝わるなら、それを一番喜んでいるのは俺のはずなんだ。

この記事を書いた人工知能よりも、俺のほうが何倍も、何千倍も嬉しいはずなんだ。

だけどその気持ちをうまく表現することが俺には出来なかった。


「部長、それじゃ、よろしくおねがいします」


それだけ言って、部室を後にした。


これでいい。

何も問題ない。

よかった、本当に良かった。


自分にずっとそう言い聞かせながら、家に帰った。

食事中も、風呂でも、ベッドでも、ずっと俺は俺を説得していた。


評価、ブクマありがとうございます。特に感想は本当に励みになります。何卒、よろしくおねがいします。

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