異世界メモリアル【3周目 第17話】
庵斗和音鞠は高校生限定のゴルフ大会では最高ランクの大会に出場していた。
優勝すればこの学校としても初の快挙。
俺はキャディ兼新聞部の記者として帯同している。
この丘陵コースは見晴らしがよく、夏の青々とした山々を見下ろす背景は清々しい。
山岳の小高い丘にあって白いドレス姿の彼女はなぜか違和感を感じさせず、まるで見えるもの全てを所有しているのではないかと思わせるオーラを放っていた。
向かい風に少し目を細めながら、ゆるいウェーブの美しい金髪がそよぐ。
ティーショットに向かって颯爽とドライバーを引き放つ彼女は、優雅で格好良い。
だが。
「鞠さん、ここはショートホールなんですが。135ヤードのパー3なんですが。ドライバーで打ったら次の次のホールくらいまで飛んでいきますが」
「ふぇえ!? じゃあ、何を握ればいいんですかっ?」
「打ち降ろしなんで20ヤードくらい大きめに飛ぶと思う。9番アイアンで」
「む、難しい……けど言うとおりにするね~」
頬を薔薇色にさせながら、ふにゃっとした笑顔を見せる。
世間知らず、ならぬゴルフ知らずのお嬢様。
なんでゴルフやってるんだろうな、この人。
テニスとかにすればいいのに。
でもこの笑顔を見た人は何か言う気にならないのかもしれない。
あまりにも純真無垢なこの表情を見せられたら、そんな野暮なことはとてもじゃないが口にできない。
「あぁ~、今、たぬきさんがいた~。かわいい~」
「見るのは良いですが、方向を変えないでください、それで打ったら確実にOBです」
「そっか~、ごめんね~」
鞠さんは俺がいなかったら上手い下手以前に18ホールを回ることが出来ない。
よって、ゴルフ部を、彼女のキャディを辞めようとは思わない。
手のかかる子ほど可愛いとはこういうことなのだろうか。
目印となる木を指示して、方向を変えさせる。
これでグリーンに乗るだろう。
「おっと、この風じゃあ、ホールの手前に落ちちまうぜ。下りのロングパットになるが本当にいいのかい」
変な声が聞こえてきてぞわわ、とする。
なんか耳元で囁かれているような、イヤホンで聞いているような近さ。
「誰だよ……?」
届くかどうかはわからないが、小さな声で返事をしてみる。
声については聞き覚えがあるのと、こんなことをしてきそうな奴は知りうる限りは一人だが。
「江井愛、参上」
「やっぱりか」
どんな技術で実現しているのかは不明だが、ブルートゥースのイヤホンを勝手に突っ込まれたかのように言葉が聞こえてくる。
あんな劇的なデートの後でよくもこんな感じのコンタクトとってくるな。
さすが空気を読めるAIだぜ。
「キャディとしての性能を見せてやる! 人工知能の知能は、伊達じゃあないっ」
「お前誰なの? キャラが変だぞ?」
いや、あいつはいつも変だが。
あと、知能の知能ってなんだよ。
「ふふふ、庵斗和音鞠さんがまさかロト先輩の操り人形だったなんて、驚き桃の木さんしょの木」
操り人形は言い過ぎだ。コントローラーを握ってるだけだ。あれ? 同じか。
驚き桃の木さんしょの木とかいう古い言い回しは博士の趣味だろうか。どうでもいいが。
「私の演算能力を持ってすれば、ロト先輩よりも私の方がもっと上手く操縦できるんだ」
どこからともなく声が聞こえてくるだけなので、表情は伺い知れないがどんなつもりでこんなことを言っているのか。
そういえば、寅野さんの勉強を教えているときに、俺より上手に教えたことあったなあ。
天性のお邪魔キャラなのだろうか。
「ロトさん、庵斗和音さんを左に3度向けてください」
「そんな細かい指定で伝わるわけ無いだろ」
「ええっ? これ以上どう言えっていうんです?」
「ん~、気持ち目当ての木の左側に向かってとか」
「曖昧すぎ!? それじゃアバウトすぎますよ、軌道方向の予測がつきません」
あー、わかってきた。
それこそこいつは俺がみんゴルやってる気分なんだ。
風とか高低差とか全部シミュレーションしたうえで予測したゴルフボールの行方がわかってるんだ。
でも庵斗和音さんのコントローラーはアナログスティックがついてないんだよな。
あくまで人間相手に言葉で伝える必要がある。
「つかさ、俺に言うなよ。彼女に直接伝えたら?」
「それが伝えたら怖がられてしまいまして」
「いきなりやったらそうだろうよ。まっとうな人間関係を構築しろよ」
「うわ、人工知能にまっとうな人間関係を構築しろよなんて、ヒドイ」
「ええ……ごめんな」
なんかハラスメントみたいな感じになっちまった。
ロボハラ?
でも俺が言ってるのってそういうことじゃなくない?
人工知能とかロボとかじゃなくて、いきなり耳元で話しかける前にやることあるだろっていう話じゃない?
そのくらいわかるだろうよ、人間様より賢いんだから。
そんなやりとりをしていたら庵斗和音さんはショットを打った。
そりゃそうだ、俺たちの謎の会話の終結を待ってるわけがない。
若干右よりに落ちたが、ナイスオンだ。
「ほら~、あと3度左だったら~」
「うっせー」
俺は舌打ちで適当に交わしたところ、声が途絶えた。
結局それから1パットで沈め、バーディーになった。
その後、声は聞こえず、いろいろあって優勝は逃したが、3位に入賞。
十分な活躍で表彰台に乗った庵斗和音さんの写真が撮れた。
ゴルフ部としても、新聞部としても上出来だ。
「まぁまぁですねロト先輩」
「どこにいるんだよ」
しばらく聞こえなかったので幻聴かと思ったが、やたらクリアに聞こえるので違うらしい。
思わず、返事をしてしまう。
「会いたいときに、会えない存在、それが江井愛」
「あっそう」
相変わらず、よくわからないやつだった。
俺の言うことをよく聞いて3位の表彰台に登って微笑むファインダー越しの美しいドレス姿の女の子より、気になってしまうところが、余計にわからなかった。