異世界メモリアル【3周目 第15話】
「おやおや、1年生の教室の廊下をウロウロして、ひょっとして私をデートに誘いに来たんですか~?」
「おう、そうだ」
「ええっ!?」
人の心が読めるくらい優秀な人工知能なのに、ずいぶんと驚くなあ。
「デートしようぜ、あいちゃん」
「う……なんで」
「なんで? 女の子をデートに誘うのになんでと言われてもな」
「一緒に遊びたいから?」
「そうだな」
「可愛いから?」
「そうだな」
「好きだから?」
「そうだな」
「~~~~~っ!?」
淡々と答えるだけの俺に狼狽えまくるあいちゃん。
なんということはない、こちらが大人になったということだ。
もう3週目の2年。一度は一人の女性を愛したこともあって、俺はある程度女性と付き合うことに対して経験値を積んでいた。
ましてやこの生意気なロボッ娘のことなど、こっちが攻略するキャラクターだと思ってしまえば大したことはないのだ。
なぜ1周目であれほどタジタジだったのか。坊やだからさ。
認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを。
「前前世でもこうだったんですか?」
「え?」
「先輩は前前世でもこんなふうにデートに誘ってたんですかっ?」
――いや、全然違う。
デートしてくれると言われてちょっとした命令に従ってた。
なんて言えるか。
「ま、まーな」
「あぁ、嘘ですね」
その言葉に思わず手を額に当て、目を閉じる。
そうだった、嘘はバレるんだった。
ふふん、と途端に勝ったような顔を見せてくるあいちゃん。
「そうですねぇ~、先輩が三遍回ってワンと言ったら考えてあげてもいいかも~」
「くるくるくるっと、ワン」
「……なんか。面白くないですね」
「デートどこ行く?」
「面白くないですね~」
唇を尖らせて、わかりやすく不満を見せる。すげー尖ってる。
彼女は普通の人間よりも表情が豊かだ。博士とやらの趣味だろう。
しっかし彼女はご不満のようだな。
ふーむ、やはり俺が彼女に振り回されてないと駄目なのか?
わざと振り回されるなんてできるかなー。
「とりあえずラブホテルでも行きます?」
「ええええええ!? マジで!?」
「冗談に決まってるじゃないですか、えっちな先輩」
おお、もちろんわかってたとも。
わざと振り回されてやったんだっつーの。さすが俺。
「顔が真っ赤ですよ、先輩」
「機嫌が治ってなによりだよ、後輩」
にまにまとご満悦そうに笑っている顔を見ていると、まぁこれでいいのかなという気がしてくる。
「よかった、前前世ではそういうことしてなかったんだ」
「残念ながらな」
「そうですか、それは残念でしたね~」
なんて嬉しそうに俺を憐れむ女なんだ。
「デート場所はおまかせします。ちゃんとエスコートしてくださいねっ」
そう言い放ち、去っていった。
なんだかんだで、デートの誘いはOKということだ。よかったよかった。
誘った場所によって成功率が違うのに、場所はお任せとはね。
さて、以前行ったことがあるのは遊園地と居酒屋。どちらも成功したと考えていいだろう。
居酒屋はハーフバースデーだからな。
今回は遊園地にしよう。
※
「あっ、せんぱーい! 待っててくれたんですねぇ~」
「今来たところだよ」
「そうみたいですね」
1周目のときは初デートで緊張し、1時間も早く待ち合わせ場所に到着していた。
今回は2回目。それも同じ場所。
約束された勝利のデートというわけだ。気楽である。
彼女の私服はうろ覚えだが、おそらく1周目と同じ格好だ。
白く短い靴下にスニーカー、デニムのスカートに紺のパーカー。
「やっぱり、似合うな」
「……やっぱり?」
うわー。
服を褒めたにも関わらず、ジト目で睨まれてしまう。
おかしいなあ、成功体験に基づいたデートのはずなんだがなあ。
追加で褒めよう。
「デートしやすい格好で助かるよ」
「う~ん、もうちょっとえっちな格好の方が良かったとか思ってます?」
あ、1周目のときと同じセリフだ。
――ちょっとだけ思ったんだよな。
「今回は思ってねえよ……」
「今回は?」
ますますもって眉毛を釣り上げるあいちゃん。
始まったばかりのデートでこんな表情にさせているとすると、これはもう大失敗としか言いようがない。
このままでは親密度が下がってしまう、なんてこった。
勝ちが確定しているデートだと思っていたのに、何故。
「……で? 今日はどこに連れてっていただけるんです?」
「普通の女子高生が喜ぶであろうデートスポット、遊園地だ」
腕を組んで、うんうんと頷く彼女。
前前世でも気に入ってたんだから当然なわけだが。
「普通に良いと思います」
「そうだろうな」
「そうだろうな……?」
またしても俺を睨みあげてくる。
なんだってんだ。
腕を組んでくると思って、腰に手を当てて腕を折り曲げているがそんな素振りも見せない。
おかしい、1周目のあのときよりも今のほうがステータスは高いはずなのに。
機嫌悪そうにズカズカと歩きながら、改札に入っていく。
「置いていきますよ~?」
……ったく、相変わらず自由なやつだな。
ほどなくやってきた電車に乗り、二人で座る。
横並びで座り、特に話すこともなく。
一駅乗ると、乗客が乗ってきた。
「おばあさん、こちらどうぞ~」
全く同じ流れだった。これが因果律というやつなのだろうか。
ここで同じ轍を踏むわけにはいかない。
「いや、俺が立つよ。あいちゃんは座ってなよ」
おばあちゃんは俺が座っていたところに座った。
あー、よかった。前はこの後、結構気まずかったんだよね。
揺れる電車で立っているだけでこれほど気が楽とは。
「先輩、私は自立式人工知能ですから別に座ってなくても疲れませんよ」
「ん? あ、そうか? でも、いいんだよ別に」
正直なところ、別にあいちゃんのために譲ったわけじゃない。
居心地が悪くなるのを回避しただけだ。
だが、彼女は少し機嫌を直してくれたようだ。
全く、よくわからん。
遊園地に到着し、エスコートを開始する。
何が何でも、トイレの話は回避しよう。
「お化け屋敷は、なかなか本格的みたいだぞ」
「へえ、なんでいきなりお化け屋敷なんです?」
「怖いんだろ? 意味がわからないものが」
「そうですね、きっと怖いんでしょうね」
なんて不機嫌な声で言うんだ。
でもまあ、お気に召すのは確定しているんだ。
俺は自信を持って彼女と中へ。
「ぐぎょらぱ!」
「きゃあああ!」
あいちゃんが怖がってる。よしよし。そうだろう、そうだろう。
俺には何が怖いのかさっぱりわからんけどな。キモいゆるキャラにしか見えない。意味わからない。
「どうだ怖いだろう、こんな理解できないもの」
「怖いっ、怖いっ」
あれ、全然嬉しそうじゃないな。
前は、怖がりつつも、嬉しそうだったのに。
「むぎょらぽしぶれ!」
「ひゃああああ!」
怖がってるが、俺にしがみついて来ない。
ちょっと心配になるくらい、怖がってないか?
「あぎょっぱー!」
「ひえっ、ひええっ」
前前世と違い、全く癒やされない。
なぜなら俺を頼ってくること無く、彼女が本当に恐怖に怯えているからだ。
「あばばばでべべ~」
「う、ううううう」
お化け屋敷を出た彼女は、瞳から液体をこぼしていた。
泣いている、ということなのか。
「なんでだ、なんで泣いてるんだ。前前世では怖がってたけど、喜んでたはずだ」
俺はわからなかった。
うまくいったデートをもう一度プレイしているのに、何故成功しない?
前よりも、もっと上手く出来るはずだろう?
「どうして」
「どうしてはこっちですよ! なんで、なんで前の私を見てるんですか」
しゃくりあげながら、必死に言葉を伝えようとする。
とても人工知能だなんて思えない、一人のか弱い女の子が。
「ロト先輩は、私の知らない私との思い出をなぞってる。私をわかった気になってる。私とのデートをリピートしてる。私は、私は初めてのデートなのに」
泣きじゃくる彼女に、俺はハンカチを差し出す事もできなかった。
「やっぱりとか、今回は、とか、そうだろうな、とか。前前世の私と比較しないでよっ。そいつは私じゃない、私は私」
大粒の涙をボロボロとこぼす。見ているだけで心臓が締め付けられそうだ。
「私は、人工知能だから、人と違うのはわかってる。比較されるのも当然。でも、私じゃない私と比較されるのはイヤ。絶対、イヤ」
そんなことを思ってたのか。
本当に俺は馬鹿だ。
あまりの罪悪感で胸が締め付けられる。
情けなさから涙が溢れ、目も開けていられない。
「私を見てよ、目の前にいる私を見てよ」
彼女が人工知能だから、この世界がゲームに似てるから、そうしてしまったのだろうか。
3周目だから、同じキャラクターだから、これでいいと思ってしまったのだろうか。
彼女の気持ちになってみたら、これほど残酷なことはない。
自分がそうされたらと思うと、ゾッとする。
こんな簡単なことを指摘されないとわからないのか、俺は。
俺は直角に頭を下げた。
「ごめん、ごめん、あいちゃん、悲しい思いをさせてごめん」
「悲しい……そうか、こんな悲しい気持ちは初めて」
「本当にごめん」
「ううん、悲しい気持ち、よくわかった。これで学習できる。人工知能としては喜び」
人工知能としての喜び、か。
思えばお化け屋敷を怖がっていたのは、そういう理由なのかもしれない。
恐怖という感情を、喜んだのか。
「楽しいっていう気持ちにさせたら、許してくれるか?」
「前前世の私よりも、ですよ? じゃないと許しません」
そう言って、はにかんだ彼女から、俺はもう目を離すことは出来なかった。
職場で昼休みにこれを執筆してたら若い女性の後輩社員に覗かれてめちゃくちゃ焦ったですよ。ラブコメを執筆中に覗かれる気持ちは、エロ本を読んでたら母親が突然入ってきた気持ちに似ている気がします。