緑の塔の翡翠竜その1
螺旋階段は石造りでかなり深いところまで下りて行くようだ。
オイーレは階段の踏板をじっと見ている。
「結構な人数が下りて行った跡があるな。」
「どのくらいの人数だ?」
とウィルヘルムが聞き返す。
「ざっと20人ぐらいか。その前の跡は判らん。」
どうやら最近、20人ぐらいでこの螺旋階段を下りたようだ。
「20人、という事は例のドラゴン退治の連中か。」
ハートガントもスウェイドもその考えで間違いないと頷いている。
「兎も角にも降りることには話が始まらんな」
螺旋階段の壁の所々に魔法のランプが置かれ階段を照らしている。
「階段の足跡は降りの物ばかりじゃな。」
「だがそれにしては物音ひとつ聞こえないな。」
スウェイドの言う通り先ほどから聞こえるのは四人の靴音ぐらいである。
「ん?待て!」
聞き耳を立てていたスウェイドが他の三人に制止を促す。
「どうしたスウェイド?」
ウィルヘルムが尋ねると
「何か聞こえたような気がする・・・。」
しばらくすると下の方から何かを引きずるような足音が聞こえてきた。
ズルッズルッ、カッン、カッン
「何だ、この臭いは?!」
ハートガントは何かの異臭を感じ取った様だ。
下から何かが上がってくる。
四人は武器を構え戦闘態勢をとる。
ズルッズルッ、カッン、カッン
そしてそこに現れたのは
「なんと!」
「体が半分溶けかかっている!!」
身体の半分溶けかかった男の膝は四人の前で崩れ落ちる。
「溶解毒か!ウィルヘルム!治療の呪文じゃ!」
オイーレがそう叫んだが、ハートガントが差し止める。
「待て、接触呪文だとウィルヘルムにも毒が移る。」
通常、僧侶の治療呪文は対象の傷に手を触れる必要があり、対象が毒や病気などを持っている場合、それが原因で毒や病気が移ることがある。
「大丈夫です。私にはこれがあります。」
ウィルヘルムはそう言うと、“伝達”の指輪を見せた。
「そうか、その指輪の力なら触れることなく治療できる。」
“伝達”の指輪で触れることなく治療呪文の効果が発揮出る様になる。
ウィルヘルムは男に治療呪文を唱えるが、あまり回復しない。
「だめだ。溶解毒の効果が高すぎてあまり回復しない。
残念ながら間に合いません。」
ウィルヘルムの治療呪文では溶解毒に勝つことは出来ない様だ。
ゲファゲファ!!
男が血を吐き息も絶え絶えに呻く。
「くそ!・・・あい・つめ!・・・何が楽勝だ。・・・くそ、・・だま・された。」
程なく男はこと切れる。
「こいつは誰に騙されたんだ?」
男の顔を見たハートガントが首をかしげながら言った。
その顔は半分溶けかけるとはいえ、昨日の集会で見た魔獣使いそのものだった。
「初級冒険者とは言え、20人近くが全滅したとみていいだろう。」
ウィルヘルムが続けて言う
「最低限、何故全滅したかの調査は必要だな。」
「仕方あるまい。」
「この男が昇ってきたのだから、入口までは問題と考えられるな。」
オイーレとハートガントは降りることに同意する。
スウェイドも問題ないようだ。
それから1時間足らずで螺旋階段の底に降り立った。
途中、体が溶けた冒険者が何人かいたが全てこと切れていた。
螺旋階段の底は少し大きな部屋になって大きめの扉が一つあるだけだった。
その扉も今は閉じられており、その周りにも何人かの冒険者が倒れている。
中には真っ黒に炭化している者もいるようだ。
「強酸、毒、火炎、複数のブレスを使うドラゴンか・・・。」
冒険者の死体を見たハートガントは相手が厄介なドラゴンであると言う。
四人は扉の前でこのまま扉を開けて中に入るか相談し始めた。
そうやって扉の前で相談していると
[ハヤク、ハイッテコイ。]
頭の中に響く声が、今までと違って明瞭に聞こえる。
やはり、扉の中にいる者が四人を呼び寄せたようだ。
意を決して四人は扉を開けた。
扉の向こうには、大きさが10m以上はある翡翠色の竜が待ち構えていた。