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将棋少女恭子の日常:第三話

えー・・・静かにしてくださいっ!」


教壇で叫んでいる一人の女子生徒。


このクラスの委員長だった。


「5月11日12日に行われる文化祭の出し物についての意見を・・・ってか、ほんと静かにしろっ!」


ばんっ!!


とうとう委員長は切れたらしく、激しく黒板を叩いた。


チョークの白い粉があたりを舞う。


珍しいことに、この学校では5月に文化祭を行っていた。


定番の11月では、受験生も追い込みに差し掛かっていて、気持ち的に楽しめない。


それなら季節も良くて、比較的受験まで余裕のある5月にしてしまおう。


そういうことらしかった。


「いやいや、イインチョ。俺たちは一生懸命文化祭の出し物について話し合っているんだよ」


「そうそう」


委員長の激に、あたりがやる気なさそうに答える。


それらの言い分に、委員長は怒りでまゆをひくひくさせた。


「ほーう・・・あなたたちは高校の文化祭で、雀荘やら風俗店やらキャバクラをやりたい、と?」


そう、今返事した連中は実現できそうにもない、しょうもない妄想話を延々と繰り返していたのだった。


「イインチョ。最初からこれはダメ、アレはダメ、といってたら斬新なアイデアは出ないよ?」


「そうそう」


「・・・だからといって高校の文化祭で、キャバクラやら風俗店なぞできるかぁっ!」


再び怒鳴る委員長。


HRが始まってから委員長の血圧は、うなぎのぼりで上昇中だった。


このままでは、若くして脳溢血に倒れる危険性すらあった。


そんな危機をよそに。




「西里。お前はなんかやりたいことはあるか?」


裕介は文化祭にまったく興味を示すこともなく、本を読んでいた幼馴染、西里恭子に声をかけた。


ちなみに読んでいた本は『四間飛車VS居飛車穴熊血戦譜』という将棋の本だった。


「ン・・・?そうね、対居飛車穴熊に対する振り飛車の歴史展示なんてどう?将棋の歴史を振り返る上で、大変意義深いと思うけど」


「果てしなくつまんさそうだし、意味が分からん。お前はみゆきか・・・?」


裕介は分かる人だけに分かるボケを繰り出す。


「つまんなさそうとは大変失礼ね。ところでみゆきって?誰それ?」


自分の趣味をつまらないといわれて面白くなさそうな顔をする恭子だったが、ボケに対するツッコミは忘れない。


「・・・妄言だ。忘れろ」


軽くかぶりを振って、裕介はそれだけ答えた。


「?変なヤツ」


恭子はそういうと、また自分の世界に戻っていった。


「まったく・・・和歌月はどうだ?」


今度はもう一人の幼馴染、和歌月花恋のほうに向いてみた。


青く見えるほど美しく長い黒髪がゆるやかに波打っているのが印象的な、おとなしく気品を感じさせる美少女。


実際彼女は平安から続く貴族という家柄の上、実業家の親族を持つ、お金持ちのお嬢様だ。


彼女はうれしそうに、ノートに何かを書きしたためている。


「え、あ・・・そうですね」


話しかけられた花恋は、なぜか顔を赤くして、そそくさとノートを机の中に押し込んだ。


裕介が一瞬見てしまった中身は、雑な文字と綺麗な女性らしい文字が、一ページづつ交互に埋め尽くされているようだった。


おそらく、彼氏と交換日記のようなものをしているのだろう。


メール全盛のこの時代に、ずいぶん古めかしいことをしているな、と思ったが、彼女の性格と育ちを鑑みるに、それはそう不思議なことではないような気もした。


「ありきたりですが、喫茶店なんていかがでしょう?」


少考して、花恋は控えめに意見を言ってみる。


「なるほど、喫茶店ね」


裕介が面白そうにうなずく。


確かにありきたりだし、たぶんどこかのクラスと出し物がかぶってしまうだろうが、クラスで何か特色を出していけば、それはそれで面白そうだった。


「なんでしたら、私がコーヒーメーカーと豆ぐらいでしたら提供させてもらいます。コーヒーをうまく淹れるのは、私の趣味でもありますし」


「おお、それは本格的だな・・・」


気品を感じさせる美少女の花恋が、豆から淹れたコーヒーを客に振舞う。


これは絶対に当たりそうだ。


そうだ、どうせなら。


「なあ、和歌月。お前の家にお手伝いメイドさ・・・お手伝いさんがいたよな?」


「ええ。今は5人ほどが私の家で働いてくれていますね」


質問の意図が分からず、首をかしげながら花恋は答える。


「その人たちの着てるメイドふ・・・じゃない、エプロンドレスを借りれないか?」


「エプロンドレス?あの作業着のことですか?必要であるなら準備しますが・・・。なににお使いに?」


さらに怪訝な顔をする花恋。


「接客を希望する女子にそれを着てもらって、ウエイトレスをやってもらうんだ。だいぶ落ち着いたけど、まだまだブームは去ってないし。ブームってか、最近は定着してきた感もあるよな。本物のコーヒーに、メイドふ・・・じゃない、エプロンドレスを着た女子生徒が接客。これは当たるぞ」


「ブーム?定着・・・?」


首を再びかしげる花恋。


純粋培養のお嬢様である花恋に、メイドカフェなるというものが存在するということは、まったくの想像の外だろう。


「まあまあ、いいから。とりあえず提案してみる」


騒がしい周りに負けないように、裕介は大きな声とともに挙手するのだった。




「・・・ではわがクラスの出し物は『エプロンドレス喫茶』に決まりました。皆さん、拍手!」


何とか脳溢血の危機を免れた委員長は、クラスメイトたちに拍手を促した。


積極的な拍手をするのが半分、消極的ながら拍手をしているのが残りの2/3。


残りの1/3が無関心層だった。


「では、出し物の準備ですが・・・」


委員長がちらり、と発案者の裕介の顔を盗み見る。


「それは和歌月から提案があるそうだ。聞いてやってくれ」


おずおずと花恋が立ち上がり、先ほど少し裕介と話していた出し物のアイデアを、大まかに説明し始める。


「作業着・・・エプロンドレスっていうんですか?それと豆とそれを引くミル、コーヒーメーカーは私が用意させてもらいます。おいしいコーヒーを入れるには、水も重要です。これも私が準備します。本当は豆をひいてから3,4時間たつまでに飲むのが一番おいしいのですが、それは難しいと思いますので、前日までに予想されるお客さんの分の豆を引いておくことをお勧めします。豆をひく指導は、僭越ながら私がさせていただきたいと思っています。それとこれは蛇足になるかもしれませんが・・・」


生き生きとした表情で、長々とコーヒーを語る花恋。


本当にコーヒーが好きなのだろう。


クラスメイトたちは半ばあきれながらも、微笑ましそうにそれを聞いていた。


恭子は相変わらず無関心を貫いて、一生懸命将棋の本を読んでいる。


「では、次に担当を決めたいと思います。・・・接客をしたい人!」


委員長の一言に、クラスの女子がざわめいた。


接客係は当然、メイド服を着ることになる。


「エプロンドレスねえ・・・」


「着てみたいってのはあるけどね。デザインにもよるけど」


「いらっしゃいませ、ご主人様♪とかいうのかしら?前ア○バの特集でTVでやってたみたいに。相手がイケメンだと言ってもいいけど。TVに写ってたようなオトコには、いいたくないわね」


と、なんやかんや。


そこに裕介の声が飛んだ。


「西里。お前この前、将棋の本に載ってたエプロンドレスを着た女の子の写真見てたろ?どうだ、お前も」


「ああ・・・」


恭子は思い出していた。


将棋の月刊誌に載っていた、メイド服を着た女流棋士たちのスナップ。


あの写真は女流棋士が、ファンサービスで着ていたものを撮影したものだ。


恭子は女流棋士が着ていたあの衣装に、底知れない違和感を覚えた。


『戦う女の着る服ではない』


はやりか何か知らないが、将棋のプロとして戦う女性の着る服ではない、と恭子は感じていた。


「あたしはイヤね。あんなひらひらした服装・・・。冗談じゃないわ」


手をひらひらさせて、絶対拒否の姿勢を貫く。


「ええー・・・そう否定せずに。西里ならきっと似合うって」


なぜかどうしても、裕介は恭子にメイド服を着せたいようだった。


ほかの男子も追随する。


「確かに、西里は似合いそうだな」


「俺的には、めがねとかもかけてほしい。切れ長の目に似合いそう」


「おいおい、ツンデレめがねは反則だろ?」


「なんだよ、ツンデレめがねって?」


「・・・知らないなら知らないほうが幸せだぞ」


と相当な妄言が飛び交っている。


普段そっけないというか、淡々としているので、声をかけるものこそいないが、実は恭子の容姿は、クラスの男子の中で相当評価されている。


かわいい系というより、美人系の顔立ちだ、と。


その筋の生徒たちからは『ツンデレ』とか『長門系』とか言われている。


深い意味は問うまい。


「とにかく、あたしはいや。・・・そうだ」


何か本人的には、面白いことを思いついたようだ。


そこで、HRの終わりのチャイムが鳴る。


チャイムとともに、恭子の声が教室中に響き渡った。


「あたしに将棋で勝てる人がいたら、着てもいいわよ。別にこのクラスでなくてもいいわ。とにかく、あたしに勝てる人を連れてきたら、どんな衣装でも着てあげる」




その日の放課後。


恭子は爆弾発言をぶち上げて、早々に教室から出て行き、帰路についてしまった。


「言っとくけど、初段二段つれてきても、あたしの相手にならないから。ああ、角ぐらいなら引いてもいいわよ?」


という捨て台詞を残して。


「ちょっと・・・恭子さん!」


一番の友人である花恋も、あわてて恭子のあとを追って出て行ってしまった。


恭子の一言は女子生徒からは、はっきりいってブーイングものだった。


角引くの意味はわからなかっただろうが、クラスの女子生徒たちに非常に上から目線の態度のようにとられてしまったようだ。


なにさまのつもりよ。


ちょっと美人だからって。


そんな女子の声をよそに、男子たちは真剣に討論していた。


「将棋かあ・・・。俺、ルールも知らんわ」


「俺もルール覚えてるかなあ・・・。小さいとき、爺さんに教わったんだけど、それっきりだな」


「日曜日の朝にN○Kでやってるやつだよな。にじゅびょーとか」


「そうなんじゃないか?」


と、今の時代、高校生と将棋のつながりなんて、こんなものである。


「パソコンと勝負させるってのはどうだ?オレのアニキが将棋少しやってて、このソフト勝てねえ、とかつぶやいてたぞ」


クラスメートの提案に、裕介が口を挟んだ。


「あー・・・ダメだと思うぞ。この前あいつとPCの話してたら、なぜか急に将棋の話になって、いくらコンピューターが強くなったからっていっても、あたしクラスとかプロの相手じゃないとか言ってたから。量子コンピューターでもつれてこい、って豪語してたな・・・。あのアナログ女から量子コンピューターって言葉が出たのも驚いたが」


そう、恭子の家にはパソコンがないのである。


携帯は一応持っているようだが、電話の機能しか使っていないといっていた。


メールも打てないらしい。


「量子コンピューターとは大きく出たなあ・・・」


量子コンピューターは風呂敷を広げすぎにしろ、恭子は今の将棋ソフトぐらいなら、あしらう自信があるのだろう。


「将棋・・・将棋ねえ」


教室の隅っこでこちらのやり取りを聞いていた一人の男子が、なにやら思案顔をしていて、何かに思い当たったようだ。


「俺の友達に伝があるかもしれん。ちと聞いてみておくわ」




「恭子さん・・・なぜあんな挑発的なことを?」


心配そうな顔で花恋が聞く。


はっきり言って恭子はクラスで浮いている。


花恋と裕介以外、教室でほかの誰かと話しているのを見たことがない。


違うクラスだった1年2年のときの友人が、恭子を訪ねてくるということもなかった。


「そうね・・・ちょっと喫茶店でも入ろっか」


恭子はたまに幼馴染3人で寄る、小さな喫茶店を指差した。


「それはかまいませんが・・・」


先に店に入った恭子のあとを追い、花恋も喫茶店の扉を開ける。


からんからんからん、と来客を告げるベルが小さな店内に響き渡った。


店に入ると、焙煎されたコーヒー豆の良い香りが鼻腔をくすぐる。


花恋の好きな香りだ。


5つほどのカウンター席と、2つの4人が座れるテーブル席。


午後4時という中途半端な時間のためか、この時間帯は客がいないことが多い。


今日もやはりというか、自分たち以外に客はいないようだった。


先に店に入った恭子は、いつもの席、奥のテーブル席に腰掛けていた。


花恋はいつもと違う場所・・・いつもは恭子の隣で、恭子と花恋と向かい合うように裕介が座ることが多い・・・恭子の対面に腰掛けた。


「なににいたしましょう?」


制服の女子高生相手にも丁寧に声をかけながら水を二人の前においたのは、妙齢の女主人だった。


どうやら彼女一人でこの店を切り盛りしているらしい。


「あたしホットケーキセット。アイスコーヒーで」


恭子は頼むものを決めていたようだ。


メニューも見ずに注文を出す。


「私は・・・」


花恋がメニューに目を通しだすと、女主人は軽やかな笑みを浮かべて


「お客様、今日はいいモカが入ってますよ。いかがですか?」


と聞いてくる。


彼女は花恋がここで幼馴染二人を相手に、コーヒー談義をしていたのを覚えていたらしかった。


「では、それでお願いします」


「かしこまりました。しばらくお待ちください」


二人の注文を聞き終えると、女主人はカウンターの奥へと向かった。


ここのコーヒーはサイフォンで淹れている。


花恋もサイフォンでいれることが多いので、女主人、すなわちプロの淹れ方は参考になった。


「コーヒーなんてどれも一緒でしょ・・・とか思わないでもないけど、将棋の駒と一緒でいろいろ分かれてるのよね」


水の中の氷をからからいわせながら、あまり興味なさそうに恭子が言う。


「そうですね。有名な銘柄だとブルーマウンテン、キリマンジャロ、エメラルドマウンテン、といったところでしょうか。私がさっき注文したモカなんかも、愛好家には人気がありますね」


興味なさげな恭子の態度も気にもとめず、花恋は丁寧に説明する。


共通の興味の話題以外の話、たとえば裕介はテニス、花恋はコーヒー、恭子は将棋の話が出たときは、たいていお互いこういう反応になる。


素っ気なさそうに見えるが、3人の友情はこれでうまくいっているのだ。


「そうそう、あたしの発言の話ね」


恭子はかばんの中から扇子を取り出し、暑くもないのにパタパタと仰ぎだす。


彼女は年がら年中、歳に似合わない扇子を持ち歩いていた。


プロ棋士の習慣を真似ているらしい。


白地の扇子で、そこには大きく『王将』と書かれてあった。


「なんか、ここの所燃えないのよね」


扇子を少し開けたり閉じたり、ぱちんぱちんといわせながら恭子は言う。


「燃えない、と申しますと?」


「将棋よ。あたしの通ってる道場じゃあ、もう一番強くなってしまったし。県内の強豪と指すこともあるけど、そんなチャンスめったにないし。こう、燃える相手が身近にいないのよ。もちろん、飽きたわけじゃないのよ?インターネットにはあたしより強いのはごろごろいるし。でも将棋ってさ」


お待たせしました、と女主人が先に恭子の注文したアイスコーヒーを持ってきた。


恭子は前に置かれたアイスコーヒーに、ミルクとシロップを入れて、からからとかき混ぜる。


「やっぱり、盤をはさんでこその真剣勝負だと思うのよ。それでちょっと、あたしの知らない強い人がいたらいいなあ、と思っていってみただけ。別に挑発したつもりはなかったんだけどね」


そういうと恭子は一息ついて、ずずずー、とアイスコーヒーをすする。


それからすぐに、女主人が恭子の注文したホットケーキと、花恋の注文したホットコーヒーを持ってきた。


「そうでしたか」


花恋はそれで納得した。


だが・・・やはりクラスの女子たちには、あの発言は面白くなかっただろう。


恭子は昔から唯我独尊的なところがある。


両親を亡くしてから、さらにその傾向が強まったように花恋には思えた。


いまさらクラスに溶け込こんでくれたら、なんて思わないが、それでもクラスで嫌われるような人にはなってほしくないと友人として思う。


恭子も、根は悪い人間ではないのだから。


「まあ、接客をするかどうかはおいておいて、文化祭をみんなで取り組んで楽しむのは、悪くないと思いますよ。接客が乗り気でないのでしたら、コーヒーを淹れる係になってはいかがでしょう?若輩ながら、私がおいしい淹れ方をお教えしますよ」


親切にそういってくれた花恋に恭子は、


「まあ、気が向いたらね・・・」


とだけ返事して、ぱくり、とホットケーキを口に放り込んだ。




(続)



第三話をお送りします。

ここまでは書きあがっておりましたので、すんなり更新できました。

週に一度は更新したいなあ・・・とは思っています。


実は・・・ソフトはすでに、アマトップを越えているようです。

これを書いたときはまさかアマトップの二人がソフトに敗れるとは夢にも思っていませんでした。

トッププロにソフトが勝つ日も、遠くないな・・・。

感想批評お待ちしております。

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