将棋少女恭子の日常:第一話
この作品は私のHPで連載しているのですが、こちらのほうがたくさんの方に読んでもらえそうなのでこちらにも投稿させていただくことにしました。
HPでのハンドルネームは夜神楽、といいます。
つたない作品ですが、ぜひ応援ください。
桜吹雪の中、制服をまとった一人の少女が、本を読みながら歩いていた。
ショートカットに切れ長の瞳が特徴的な、かわいい、というより綺麗な少女だった。
やたら真剣な顔つきをしている。
少女はその顔つきのまま、『私立聖火高等学校』と書かれた門をくぐった。
校内は始業式独特の活気と騒音に満ちていた。
「おはようございます、恭子さん」
門をくぐってすぐ、少女は声をかけられた。
品のいいロングヘアに、おっとりとした口調。
恭子の友人の、和歌月花恋だった。
「ん、花恋。おはよう」
ようやく本から視線をはずし、声をかけてくれた友人のほうに顔を向ける。
「恭子さん、私たち、同じクラスですよ」
うれしそうに花恋がそう報告する。
恭子と花恋は幼馴染で、親友どうしでもあるのだ。
「ああ、そうなんだ。今年一年、よろしくね」
そういって恭子は右手を差し出した。
差し出された手を握りながら、花恋は少しうれしそうに続ける。
「あと・・・彼も同じクラスですのよ」
「あ、そうなんだ。幼馴染揃い踏みって感じね」
うわさをすればなんとやら、その『彼』が向こうから歩いてやってくる。
「おー、西里、和歌月。おはようー」
二人を苗字で呼んだのは、快活な感じの、長身の青年だった。
二人の幼馴染、青木裕介。
テニス部に所属しているためか、がっちりとした体つきで、長身なので遠くからでも目立っていた。
「おはよう。同じクラスなんだって?」
恭子は正門はいってすぐにある、噴水のふちに腰掛けながら、青木に聞く。
「うん。張り出し見てきた。三人とも同じだったよ」
「そうかー・・・。あたしたちいままで見事にばらばらだったのに、最後の学年だけはみんな同じクラスになったか」
読んでいた本をかばんにしまいながら、恭子はそういった。
「楽しくなりそうだよなー・・・体育祭とか、修学旅行とか」
「ん、まあ、そうかもね」
あまり興味のなさそうな恭子に、ちょっと裕介はがっかりしたような表情を作った。
そんな二人のやり取りを見て、花恋はくすくすと笑いをもらしている。
そんな時、向こうのほうから手を振っている一人の男子生徒がいた。
花恋の恋人だった。
「あ・・・私のカレですわね・・・。すみませんが、私はこれで失礼しますね」
「ふ〜ん・・・恋人、いたんだ・・・」
ちょっと意地悪っぽく恭子が言う。
「あ・・・別に隠していたわけでは。春休み中に流れでお付き合いすることに・・・」
ちょっと赤面して言う花恋。
「あっそ〜・・・まあ、いいんだけどね。友達として寂しいなあって」
「き、機会があれば言うつもりでしたのよ?もちろん・・・」
「はいはい、もう言い訳はいいから。行っておいで」
そういうと恭子は手をひらひらさせて、笑顔を作った。
花恋は照れ笑いを浮かべながらも、その彼のほうへ小走りに去っていく。
「そっかー・・・カレシか。あの子ももうそんな歳になったのね・・・」
なぜか感慨深く言う恭子。
「ってお前も同じ歳だろ?彼氏とかいないの?」
ちょっと期待を込めたような感じで、裕介はつっ込んだ。
「うん。いないなあ。今までもほしいって思ったこともないし」
「そうかぁ・・・将棋ばかりしてないで彼氏の一人でも作ったほうが学生生活楽しいぞ」
「・・・あたしがどういう学園生活送ろうが、ほっといてよ」
恭子は将棋という、年頃の女の子には非常に珍しい趣味を持っていた。
並の入れ込みようではない。
県レベルトップの実力で、アマチュア四段の免状を持っている。
さっき真剣に読んでいた本も、将棋の本だったのだ。
暇さえあれば、恭子は将棋の本を読んでいる。
頭を使うのは好きなようで、勉強もよくできる。
教師たちからは『西里なら県レベルトップの大学へ進学してくれる』とひそかに期待されていたりする。
「・・・好きなやつとかもいないのか?」
ちょっと色気を出した期待したような口調で、裕介は恭子にそう聞いた。
「うん、いないよ。そんな暇もないって感じかな。あたしのことなんか気にしないで、あんたこそ彼女でも作ったら?割と人気あるでしょ、女子に」
「え・・・いや、そんなこともないんだけどな・・・」
鈍感すぎる少女の答えに、さすがに落胆の声色を隠せない、若い裕介であった。
「ただいま・・・と」
終業式を終え、恭子は自宅へ戻ってきた。
ごく普通の、2階建ての一戸建て。
それが恭子の自宅で・・・親の残してくれた財産だった。
恭子の父親は恭子が中学3年生のときに交通事故で亡くなった。
恭子の母も、後を追うように高校2年のとき、病で亡くなった。
『俺たちに万が一のことがあったときのために、保険だけはちゃんとしとかないとな』
それが恭子の両親の口癖だった。
皮肉にも、それが現実のものとなり、恭子が社会に出るぐらいまでなら困らないだけの財産を残して、両親は逝ってしまったのだった。
「さて・・・と」
二階の、一応自分のプライベートルームときめている部屋に戻った恭子は、もうだいぶ古びた将棋盤を取り出し、駒をぱちぱち並べ始める。
日課の、プロの将棋指しの棋譜並べだ。
好きなプロの棋譜を並べながら、恭子は今日の友人たちとのやり取りを思い出していた。
「恋人・・・かぁ・・・」
恋人というか、恋愛というのは恭子の仲では小説やドラマの中での出来事であり、どうにも現実感がなかった。
(そんなに大事なことなのかしら・・・?)
ぱちぱち将棋の駒を動かしながら、恭子は疑問に思う。
いたらいたで楽しいのかもしれない。
でも、ドラマや小説みたいに、あんなに熱情的に、命をかけるほどまでのめりこめるものなのだろうか、恋愛って。
この年頃の女の子にしては、恭子はドライな恋愛感を持っているようだ。
(まあ、確かに、一人で寂しいって思うことはあるけどね・・・)
でも、結局人は、一人なんだと思う。
家族でさえ、こうもあっさりと自分の前からいなくなってしまうのだから。
恋人とはいえ・・・赤の他人が自分とずっといてくれるのだろうか。
・・・ありえない。
結局また、余計寂しい思いをするだけなのでは。
(あはは・・・恋人どころか、片思いもしたことないのに、あたし何考えてるだろ)
きっと、春のせいだ。
春の暖かさと、窓から見える桜の美しさは何かこういうことを考えさせられる雰囲気を持っている。
恭子はそう考えることにした。
棋譜並べに夢中になっているうちに、いつの間にか陽が暮れかけているのに恭子は気づいた。
(あ・・・買い物行かないと。もう冷蔵庫に何も残ってなかったような気がする)
恭子はあわてて駒の枚数を数えてから駒をしまい、将棋盤を定位置に戻した。
それから制服から私服に着替えて、お財布もって商店街へ向かう。
実は恭子、服のおしゃれにも興味がない。
白いTシャツにGパン。
まるで専業主婦のようないでたちである。
専業主婦でも、もうちょっとおしゃれに気を使うかもしれない。
中学のときから母の手伝いもしていたので、家事は手馴れたものだった。
恭子の家はいつも綺麗だ。
(恋人がいたら、あたしの手料理を・・・?)
・・・変だ。こんなこと考えたこともなかったのに。
きっと今日の友達との会話と、春のせいね・・・。
恭子は自分にそう言い聞かせて、商店街へ急ぐのだった。
(続)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
読まれた時間があなたにとって少しでも楽しい時間になったのなら、私はとてもうれしい。
私自身将棋が趣味なのですが、実力のほどはアマ5級ほどで・・・。いやはや、お恥ずかしい。
下手の横好き、といいますか、こうしてお話にするぐらい、将棋は好きです。
3話までは完成しておりますので、順次アップしていきたいと思っております。
皆様の感想批評、お待ちしております。