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到来を告げる北の風 1

活動報告というものを投稿してみました。

そして今更ですが自己紹介?的なものの存在を知り、どうやって変更するのか試行錯誤すること小一時間。

無事終えました・・・もっと分かり易い場所にお願いします、と何度も小言を漏らしました。

ええ、愚痴です。すいません。

 <Ⅰ>


 昨夜、フォルテと魂環回路パスを通した事により私の体内の魔力と呼ばれるものが消費され、一夜明けた今でも微かな倦怠感が全身にはびこっていた。

 この魔力切れとよばれる症状を回復させるには、食事を摂るのが一番手っ取り早い手段といえよう。

 他にも回復させる方法は色々とあるが、その一つに挙げられるのは外に出ての日光浴だ。日中ならば天からサラマンデルの暖かな力が降り注ぎ、外に出れば大気中に漂うシルフやノームの力も微量ながら吸収することが出来る。


 宿屋から出ると穏やかな陽射しが降り注ぐ長閑のどかな空気があった。今の私にとって今日の天候は非常に喜ばしいものだ。思わず鼻歌でも歌ってしまうぐらいに。勿論、フォルテに白い眼を向けられたくは無いのでそこは自重する。

 



 そしてそんな長閑な町中にて、突如として緊張が走った。


 私達は宿屋を出て、この村の村長の家へと歩いていた。そして隣には、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどに上機嫌なフォルテの姿があった。それが今や、跡形もなく崩れ去っていた。


 接近を告げる、複数の足音。

 その者たちに制止を告げる間も無く、隣を歩くフォルテはその足音の発生源達に素早く取り囲まれてしまう。

 

 私はあまりにも想定外な事態に、現状をただ傍観するしか出来ないでいた。

 だがそれも、私に助けを求める少女の視線により思考を切り替え、この場をどう対処すべきか考えを巡らせてゆく。




「すごーい! キレイな髪ー!」

「お人形さんみたーい!」

「やーん、服もかわいい! ねっね、これどこで売ってたの? 教えてー」


 この村に住む娘達がフォルテを取り囲み、賑やかな声を上げている。矢継ぎ早に繰り出される質問に目を白黒させ、更には困ったような視線で私に助けを求める。その間にも、質問は止まる事はなく繰り出されていた。


 取り囲んでいる女の子の人数は三人、フォルテより少し年上の子が一人、同年代とおぼしき子が二人。

 そして更に視線をその子達の後方へと移せば、今度は男の子二人が互いに小突き合いながら落ち着き無く立っていた。記憶が正しければこの子達の何人かは、昨日川の近くで遊んでいたのを思い出す。


 これは、もしかしたら。

「クレスゥ~……」

 思わずギクリとなり、その怨めしげな声音に視線を戻す。すると服の裾を両手で握り締め、上目遣いに私を睨み付ける姿が確認できた。


 この場をどの様に対処すべきか、いまだ考えが纏まっていなかった。

 少女達は興奮した様子でとっておきのオモチャを……いや、オモチャは言い過ぎか。まるでお気に入りの人形でも相手にするように、キラキラとした瞳でフォルテに声を掛け続けている。


「あなたどこから来たの!?」

「これからどこ行くの!?」

「他にもかわいい服たくさん持ってるの? 良かったら見せてー!」

 ただただ少女達に圧倒され、フォルテは首をすくめて周囲を見遣るばかり。


「オイッ、その子困っとるやろ!」

 ふと、後方に居た一人の男子の声が響いた。その男の子は少女達の間へ割って入り、ひとまず場を納める。

 少女達から解放されたフォルテは、一目散に私の後ろへと回り込み、子供達から姿を隠してしまった。その様子を見て娘達は落ち着きを取り戻したのか、互いに顔を見合わせ、ばつの悪そうな表情を浮かべる。

 そのまま場には気まずげな空気が流れ、沈黙が生まれた。

 

 そしてまるで警戒心の強い小動物のようになってしまった姫君は、私の裾を掴んでは「うぅ~……」と、小さく唸り声をあげている。理由としては、直ぐに助けなかった私への不満と、先程の自分の様子に対しての照れ隠しだろう。


「君たちは、フォルテを遊びに誘いに来たのかな?」

 取り敢えず私は、リーダー格とおぼしき少年に声を掛ける。

「そうや! 昨日ここらじゃ見かけん子供が歩いてたって聞いたから!」

 少年は元気良く答える。


「なるほど」

 一つ頷き、ザッとここに居る子供達を観察する。特におかしな事はない。流石に疑うまでもなく、純粋に遊び相手を求めての行動だろう。

 そして今度は首を後ろに傾け、我が第二の主君を仰ぎ見る。


「この子達はフォルテと遊びたいみたいだけど、どうする?」

 父娘と云う関係を疑われぬよう、なるべくフランク問い掛ける。

 だが、答えは数秒経っても返ってこなかった。それに苦笑を溢し、子供達へと向き直る。


「すまない、ウチの子は極度の恥ずかしがり屋さんなんだ。言葉には出してないが……どうやら君達と遊びたいらしい」

 言い終わると同時に、背後から「ク、クレスッ……!?」と驚きに震える声が響いた。

 それを無視して、大きく一歩脇へとずれる。すると私の背に隠れていたフォルテの姿が子供達の前へと晒され、今度は驚きのあまり立ち竦んでしまう。


「ぁ……っと、その……」

 弾かれたように顔を伏せ、要領を得ない呟きを漏らすフォルテ。




 その小さな背に、手を添える。そして身を寄せて屈み込み、頬を合わせるように耳元へと言葉を告げる。

「貴女はこの旅の間は、私の娘――<フォルテ・ルーグリット>です」

 私の引き絞った声に、小さな頷きが返ってくる。


「それにこれは、我が国の民をその身で知る事が出来る良い機会です。<フォルテ>、この子達と接する事は国を支え、貴女が将来守るべき大切な者達を知るのに、必要不可欠なことですよ」

 二呼吸分の時が流れ、少女は瞳を伏せたままにコクリと頷く。


「ン………分かった、わ」

 虫の鳴くような、か細い声。

 その返答と同時に私は少女から身を離し、次に子供達のリーダー格とおぼしき少年と向き直る。

「それじゃあ宜しく頼む。ただし町の外には出ないこと、それとくれぐれも危険な事はしないようにな」

「分かった、おじさん!!」


 私は他の子供達も順番に見回し、フォルテの後ろへと下がる。そして足が根を張ったように、いまだその場から動こうとしない少女の背中をそっと、静かに前へと押した。

 不安に揺れ、期待に震え、欲しいものを欲しいと素直に言葉に出来ない、そんな不器用さをもった少女を支えるように。


 戸惑うように踏み出した一歩は小さい。反射的に振り返った心細そうな表情に、私は小さく笑みを浮かべて頷きを返す。そして、再び前を向いた少女は二歩目を踏み出した。

 その二歩目は小さい歩幅ながら、しかしながら一歩目より大きく、更にはしっかりとした足取りであった。




 視界の中で徐々に小さくなってゆく複数の影を、ただ漠然と眺めている。

 親離れ、子離れ……とは少し違うか。

 どこか妙な感慨に耽る自分を嘲笑いつつ、自分も年を取ったのだと深く実感していた。


「さて……」

 私は私の職務を全うしなくては。

 腰に吊るした貨幣袋とは別の袋に手を入れ、中身をさぐる。そうして取り出した紙に巻かれた細長い物を、おもむろに口へとくわえた。


 これは城に仕える魔法薬剤師マジック・ファーマシストが栽培した特別な草を魔法溶液に浸し、そこから乾燥させて魔方陣の描かれた紙に巻いたものだ。この形状の魔法触媒は総称して煙草たばこと呼ばれている。


 このどうにも慣れぬ独特の匂いに眉をしかめつつ、右手を煙草の先端へと近付けた。そして煙草の先へと意識を集中させ強く念じ、そのまま中指と親指を強く弾く。

 響くは朽ち木を折るような乾いた音色。

 その結果、体内に宿るマナの働きにより、発火と燃焼が引き起こされた。

 そして煙草をくわえたままに息を吸い込み、風に揺れ動く先端からの天へと上る一筋の煙を静かに眺める。


 吸い込んだ煙が体内を循環し、体内のマナと結び付いたのを感じる。そして十分な量を確保できたのがわかると、今度は煙草を握り潰して息を吐き出す。

 そうして吐き出された煙は、今度は天へと上ることなくその場で渦を巻き続けた。

 不自然な滞留たいりゅうをする、マナを帯びた螺旋風。


 手の中で煙草が完全に塵となった頃、その煙が渦の中心へと凝縮され――小さな精霊が、この場に召喚された。

 現れた手のひらサイズの精霊は風を司るシルフの眷属、その最下級に位置する精霊の一つ。淡く光を放ち、全体的に緑色の透明な羽をもった小人であり、我らが人類の尊き隣人。


 そんな小さな精霊は重さを感じさせない動きで空へと飛び上がる。そしてそのまま、既に点のようになりつつある子供達の後を追うように、風に乗り飛び去った。


 一瞬、過保護と云う言葉が脳裏を掠めたが、むしろ足りないぐらいだと直ぐに否定する。

 まだ幼いとはいえ、この国の行く末を担う存在。それが町中で警護も付けずに居るなど王都にいる頃では考えられないことであった。

 先程召喚した精霊は、対象とする人物に危機や異変が迫れば召喚主に知らせるといったもの。何かあれば直ぐにでも駆け付けよう。




 一つ息を溢すと先の煙草の残り香が鼻につき、小さく眉をしかめてしまう。私にとって便利なマジックアイテムの一種ではあったが、どうにもこの匂いには慣れる事が出来ない。


 微かに意識を集中すると、フォルテと子供達の位置がぼんやりと伝わってくる。

 詳細な位置は分からぬが、どうやら溜まり場となっている風車小屋へと向かっているようだ。用事を済ませたら一度覗きに行ってみようと心に決め、きびすを返して歩を進める。




 村の中央広場付近。私は今、他の民家よりも幾らか大きい家の前に立っていた。そしてその家の木の扉の正面にある簡素なノッカーを打ち付けると、硬質な音が響く。


「はーい」

 しばらくして家の中から女性の声が返ってくる。そしてパタパタと扉越しに足音が聞こえ、微かな音をたてて扉が開かれた。


「あっ……」

 そして私の顔を見上げたその娘は、驚きの声を上げた。


「あぁ、貴女でしたか」

 家の中から現れた娘は、昨日この村で最初に聞き込みを行った娘であった。ただその聞き込みはフォルテによって途中で切り上げてしまい、挨拶もそこそこにその場に置いてけぼりにしてしまったのであった。


「昨日は申し訳ありませんでした。ところで、ここが村長の家で合っていますか?」


 間違ってはいない筈だが、念のため確認をしておく。


「いえ、そんな……はい。ええっと、間違ってませんっ」


 どうやら急な来訪に気が動転しているようで、娘は頬を赤くしてそう答える。ふと、昨日宿屋の女将との会話が記憶の中から掘り起こされた。


「ああ、そう言えば――昨日は美味しいパンの差し入れをありがとう。お心遣い、感謝します」

 礼を告げると、娘は俯き「いえ、そんなっ……」と小さく言葉を溢し、手を恥ずかしげにこねくりまわす。そして慌てたように居住まいを正し、落ち着きなさげに自分の髪に手櫛をいれる。


「あのっ……ここには、その、どういったご用で!?」

 深呼吸したあと、娘はそう訊いてきた。


「ええ、実は村長さんに折り入って頼み事がありまして」

「ええっ!」

 急に驚きの声を上げた娘を、戸惑いを感じつつ見遣る。だがそんな視線に気付かずに、頬を真っ赤にしていた。


 そして見るからに熱を持った頬に両手を寄せ、「いきなり――父に話しなんて――まだ……そんなっ――」と些か不明瞭な呟きを漏らしている。




 この子は大丈夫だろうか?

 そんな失礼な考えが過ったが、取り敢えず正気になって貰うためその肩に手を置き、軽く揺れ動かそうとした刹那。


「ぁぁっ――!」

 娘はビクリと身を震わせ、どこか艶のある声を上げた。反射的に肩から手を離し、思わず後ずさってしまう。


 どうしたんだ……もしや、どこか病気なのだろうか?

 雨に濡れたような潤んだ視線を感じつつ、及び腰のままにおずおずと話を切り出す。


「その……スイマセンが、村長さんを呼んできては貰えません、でしょうか?」


 娘の様子に言い知れぬ不安を覚え、必要以上に丁寧な口調で話しかけた。

 何故か期待と不安に揺れ動く瞳に見詰められること数秒。娘はしっかりと頷くと、パタパタと急いだ様子で家の奥へと駆け出して行った。廊下を曲がり、その姿が見えなくなると大きく息を吐き出す。


 どうにも、あれぐらいの年齢の娘が考えている事が分からない。無論、どの年代の女心なら分かると云う訳でもなく、比較的若い娘の考えが読めないというものだ。

 自分が幼い頃からそう思ってはいたが、今やこの年齢になっても理解には及ばず、むしろ謎は深まるばかりであった。




 戻ってきた娘にこの家の応接間に通され待っていると、暫くして一人の男性が部屋へと入ってきた。

 背が低く横幅があり、頬肉が垂れた、全体的に丸い印象の男性だ。

 だがひどく緊張した様子で、部屋に入ってから一言も言葉を発してはいない。そして私の全身を値踏みするように睨み付けてくる。

 その様子に戸惑いつつも、なんとか会釈をする。無言のまま椅子に座ることを促され、村長から放たれる妙な圧力により、何故か肩身の狭い思いを味わう。


 何か、機嫌を損ねる振る舞いをしてしまったのだろうか……?


 対面に座る村長からは、何故かこれから戦場へと赴く兵士のような決死の覚悟がひしひしと伝わってきた。

 そのまま重たい沈黙が続き、どう切り出して良いものか分からぬまま、無為に時間ばかりが過ぎて行く。


 そうこうしてる内に娘が部屋に入ってくると、二人分のお茶をテーブルに置いた。

 そして娘は無言のままに退室し、扉が閉まる音が消えた直後、お茶で唇を湿らせた村長が微かに口を開く。その重々しい様子から意識を張り詰め、微かな緊張に身を固くする。


「娘とは、どのような関係でしょうか?」

「……………………は?」

  思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「すいません、質問の意図が読めないのですが……?」

 そう問い掛けると、村長は不愉快そうに眉根を寄せ、苛ただしげに口を開く。


「何をいっているんですかっ、私は貴方と私の娘の関係を聞いているんだっ!!」

 すまない、いくら考えても何が言いたいのかが分からない。


「関係と言われても……昨日あったばかりですので」

「昨日!?」


 村長は今度は目元を手で覆い隠し、天井を仰いだ。


 いったい今の言葉のどこに、ここまで驚かれる要素があったのだろうか?

 何かがおかしい……なんだ、このボタンを掛け違えたような違和感は。


 そのまま暫し見当違いな問答を続けていくうちに、村長も次第に違和感が増していったのか、徐々に困惑した表情を浮かべてゆく。

 そして紆余曲折の末、なんとか誤解は解けた。


「大変失礼しました……」

「いえ、誤解だと分かって頂ければ十分ですよ。どうか頭を上げてください」

 深く頭を下げる村長に声を掛ける。居住まいを正しては貰えたが、流石に気まずいのか目を伏せ、しきりに汗を拭っていた。

 その様子には、こちらとしても妙な罪悪感を刺激されてしまう。どうか先程の誤解の件に関しては穏便に済ませて貰うように告げ、本来の目的を済ませる事とする。




「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私の名はクレス・スタンノートと言います」


「……………………は?」

 先程とは立場が逆転し、今度は村長が素っ頓狂な声をあげた。そのまま眼を見開いて数秒ほど固まり、口をパクパクと開閉する。


 暫しの沈黙。

 そして何かに気付いたようにハッとすると、苦い笑みを浮かべた。


「ハハッ、貴方も人が悪い。いくら冗談にしてもやりすぎですよ。ハは、ハッ……」

 そういって村長は、すっかり冷めきってしまったお茶に口をつける。


「生憎ですが、私は正真正銘――<クレス・スタンノート>ですよ、村長」


 ブハッ――と、村長がお茶を噴き出した。

 そして口からたるんだ顎へと滴るお茶を拭いもせず、驚愕の表情で私を見遣る。どこか大袈裟な反応に苦笑しつつ、どうにも私の名は民衆の間に広く知れ渡っているのだと、改めて実感してしまう。


 生きた伝説。そこまで言われると冗談か皮肉にしか聞こえない。


 無法者の王にして森の守護者・義賊ロクスリー

 海魔殺しの蛮勇・ローラン

 法国の英雄にして竜殺しの末裔・シグルト

 帝国の不屈の英雄・ロドリーゴ・ディアス

 我が国の誇りとも言える、騎士道の体現者・ウィリアム伯爵


 他にも数居る英雄と呼ばれる者の中で、どうやら民衆の間で私は<英雄の中の英雄>とまで噂されているらしい。


 名ばかりが広まった世間の現状。まさにそれを体現するような村長の様子を見据えつつ、私は溜め息を堪えながら口を開いた。



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