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クレス・スタンノートの苦労 6

<Ⅵ>


 結局、先程の町娘への調査は失敗に終わってしまったので、次こそは成功させなければと意気込む。


「それでは、次の村人を探しに行きましょう」

 いまだ怨めしそうに私を見詰めてくるフォルテ様に声を掛け、先を歩き出す。そうして少し歩いた頃、後ろから声が掛かった。


「クレス、一体どれぐらい聞き込みをするつもり……?」

「そうですね……この村の規模ですと、二十人位ですね」


 情報の精度を増すため、男性女性十人ずつの予定だ。

「それはつまり……ここよりもっと大きな町に行けば、その分聞き込みの数は増えるということかしら……?」

「ええ、その通りです」

 質問に答えた次の瞬間、後ろ足から微かな衝撃が伝わった。

 痛くは無かったが、後ろを振り返るとフォルテ様が蹴りを放った姿勢で固まっていた。そしてフォルテ様は、「フンッ……」と鼻を小さく鳴らしスタスタと先を歩き出してしまった。


 突然の行動に意味が分からずポカンと立ち尽くしていると、少し前で立ち止まったフォルテ様が振り返った。


「クレスッ、何をグズグズしているのっ! さっさと調査を済ませるわよ!」

 怒っているのか、それとも泣きそうになっているのか判断しにくい表情で声を張り上げ、直ぐに前を向き歩き始めてしまった。その様子に母親のアルト様に似た理不尽さを感じつつ、私は気持ちを切り換えてその後を追って再び歩き出す。


 その後、何故か聞き込みを続ける度にフォルテ様の機嫌の勾配が傾いてしまっていた。聞き込みの内容として、大した成果が上がらなかったのが原因だろうか?


 王都を出発する前に幾つか調査したところ、三か月前に魔王の防衛陣を形成するためこの村にも臨時税が課せられたが、聞いてみたところ現状不満らしい不満がないらしい。それもそのはずで、各国との貿易が始まり、その利潤により課せられた税よりも多くの恩恵がもたらされているからだ。

 またその防衛陣を敷くためには多くの人が商人・傭兵と問わず国外から訪れており、貨幣のほかにも多くの物資が流れ込んできている。いまはこの村の新たな成長期とも言える段階らしく、少しずつだが忙しく、さらにはゆっくりとだがより豊かになり始めているようだ。


 ルードの町の西側は微かに高台となっており、そこに畑や農作地が密集しているのが遠目ながら見てとれた。男手は畑の方へ行っていた為か、現在調査では女性にしか話を聞くことが出来きていないため、午後からは畑の方へと向かう予定だ。

 そして現在、私の斜め後ろでブスッとした表情を浮かべているフォルテ様をともない、町を歩いている。


 暫く畑の方へ歩いていると、町中に流れる小川の近くに建てられた風車小屋が見え、その周囲には六つの人影があった。


「この町の子供達ですかな?」

 子供達に目を向け、何気なしに呟いた。


 懐かしいものだ。私もアルト王女殿下に仕える前は、ああして村の同年代の者たちと一緒に遊んだものだ。私の出身もこのルードの町と同じような規模の町であり、実家は商家を営んでいた。

 父は私に家業を継がせるために勉強を強要してきたが、私はどちらかと言えば勉学よりも外にでて遊ぶ事の方が好きだった。父によく勉強しろと毎日のように叱られ、その結果家業を継ぐことに忌避感を小さいながらに抱いていたものだ。

 だがそんな父にも今では感謝している。父の行商に無理やり連れていかれなければ、いまこうして此処に居ることも無かったのだろうから。


 そんな思考に捕らわれていたからか、異変に気付くのが遅れてしまった。それは町の子供達――では無く、私の後ろを歩いていたフォルテ様に、である。

 後ろからついて来ていた足音が途絶え、その事を不審に思い振り返る。するとそこには、呆然と子供達を見詰めるフォルテ様の姿があった。


「フォルテ様…………?」

 近付き声を掛けても、何の反応も返さない。まるでこちらの声が届いおらず、別のことに注意が向かっているようだ。その事に一層疑問を浮かべ視線の先を注視する。

 何の変哲もない、男女三人づつの子供の集団。この村の子供たちであろう。およそ七歳から十二歳程と年齢層に多少のばらつきもあるが、町を出歩けばよく目にする特段珍しくもなんともない光景だ。


 暫しの間、フォルテ様と子供達の間で視線を往復させていたが、はたっとある答えに辿り着いた。

 フォルテ様――リージュ・ル=グランスワール・ファン=フォルテという、よわい十にも満たない幼き少女は、産まれてから今まで<城の外に出たことが無い>。

 城の中の世界、つまりは彼女の為の揺り籠のようなものだ。必要なものは全て過不足なく揃えられている。仮に新たに必要なものが発生すれば迅速に城の外から集められる。

 そしてフォルテ様は王城の中でも一部の者しか立ち入ることすらできない場所で育てられてきた。彼女こそグランスワール王国唯一の正統なる王の後継者。普通ではありえない事が、この少女ではありえてしまう。


 そう、同年代の子供と触れ合うこと、ましてや遊ぶなどという事をしたことがない。


 王族に限らず、貴族の慣習として政治や社交界に足を踏み入れるのは十歳を過ぎてからとなる。フォルテ様はそれまでに城中にて、必要な知識や教養を身に付けなければならなかった。


 そもそも城になど遊びに来る子供は普通は存在せず、親と一緒に登城とうじょうする子供も中にはいるが多くはない。ましてや社交界に出ていないこの少女ならばそのことも考えられる。

 私はそんな類い稀なる境遇の少女を、何とも言い知れぬ感情を抱えて見詰めた。


 村の子供達をみる表情は、いつしか呆然としたものから微かに変化が見れる。期待と不安、そして喜びと悲しみが瞳の中に浮かんでは消える。

 ふと、子供達の楽しげな声がこちらまで届いてきた。これから何をして遊ぶのかを話し合っているのだろう。


 そして私の視線に気付いたのか、フォルテ様は慌てて顔を伏せてしまった。身長差もあって俯いた顔を黄金色の髪が覆い隠してしまい、その表情をうかがい知ることは出来ない。


「クレス…………行きましょ」

 ポツリと呟やくと、返事も待たずに先立って歩いてゆく。その後ろ姿にいつもの溢れんばかりの輝かしい覇気は無く、年相応の小さな小さな背中であった。


 私には慰めることも、励ましの言葉も掛ける事は出来ない。その行為はグランスワール王国に携わる、全てのものを侮辱する行為とも捉えられるからだ。

 かの少女の境遇を憐れむ事は、最も赦されざる行いである。


「フォルテ様」

 その場から足早に去ろうとする少女の隣に並び、声を掛けた。


 私は騎士。主君に仕え、その身を護り、支えし者。

 どんな侮辱を受けようとも、どんな犠牲を払おうとも、私は、私の信じる道を往くと誓ったのだ。

 例えそれが、どんな苦難に満ち溢れていようとも。


「フォルテ様、私は貴女の騎士です。如何なる時も、お傍にいます。なので……なのでどうか、顔をお上げください」

 その小さき背中に手を添えた。


 彼女の立場や境遇による重圧や悲しみを肩代わりすることは、何人たりとも叶わぬ事。だが、側に居るだけでもその心の支えになることは可能だと、私は信じている。


 幼き日のこの子の母親の境遇を、今と重ね。若さゆえに至らぬ自分自身の過ちを、胸に秘めて。




 今日はそのまま宿へと向かう事とした。慣れない環境と昨日の疲れもあったのだろう、顔色が優れないフォルテ様は宿へ着くなり横になってしまった。

 私と少し言葉を交わすと直ぐに背を向けてしまう。恐らくフォルテ様がいま胸に抱えているものは、元平民の私には理解が及ばぬ事柄であろう。


 彼女は王族であり、生まれながらにして普通の人間とは違う存在だ。市井しせいの者であれば、その王族として生まれた境遇を羨み妬む者もいるであろう。勿論、生活水準に関しては比べるまでもなく豊かであり、飢えに苦しむことも、寒さに身を震わせる事も無い。

 だがそれらの光とも呼べる一面もあれば、影となる一面も確かに存在した。それは幼き子供であろうと関係は無い。

 理由はただ一つ、王族だからだ。外に出れば王族としての立ち振舞いが要求される――そう深層心理に刷り込まれた幼き少女の重圧を、私程度が想像し、完全に理解しようなどとは不可能といえよう。


 如何に今回の旅路が身分を秘匿したものだとしても、短い、いやこの少女からすれば人生の大半をその義務で埋め尽くされてきたのだ。それが直ぐに重圧を取り払えるなど出来る筈が無い。

 同年代の子供達と共に遊ぶ――そんな普通の事ですら、王族としては許されざる行いなのだ。


 暫くすると、小さな寝息が聞こえてきた。私は少女を起こさぬように注意を払いながら、念のため書き置きを残して部屋から出てゆく。宿屋の女将に部屋に一人残していることを告げ、暫くしたら戻ってくる旨を伝える。

 一人にするのは心配だが、こればかりは今の段階ではどうしようもない。

 外へ出ると太陽は中天を幾ばか過ぎたあたりで、ゆるゆると西の空へ傾いている。まだ陽が沈むには早く、いまだ仕事をしているだろう村の農夫達の元へと足早に歩き出す。




 畑がチラホラと目に付くようになる頃、ワラを編んだ帽子を被った農夫と会うことが出来た。


「へぇー……王都の学者さんかい」

「そんな大層なものじゃありませんよ。しがない文官の一人です」

 えらく感心した様子の壮年の農夫に話を合わせつつ、話を聞き出してゆく。


「ふーん。ここは王都のお膝元だからなぁ……それに小さい村じゃけぇ、ここ最近も事件らしい事件も起きとらんね」

 首にかけたタオルで汗を拭いつつ、記憶を探りながら農夫は話を続ける。


「こんな辺鄙な村にわざわざ寄るなんて、王都へ向かう旅の人か、旅芸人や詩人さんぐれぇなもんだなぁ」

 やはり昼間に聞いた村の娘達の話と同じらしく、この村に変わった様子は無いようだ。


「そうですか。後は何か最近お困りな事はありませんか?」

 その問いに対し、農夫は無精髭を片手で擦りながら首を捻る。

「困ったことねぇ……俺らからすると、森から来る獣に田畑を荒らされるぐれぇかなぁ……」

 口を曲げ、憮然とした表情でそう呟く。確かにその事は農夫としては死活問題であろう。


 ただそれを聞いて思い浮かべることは、魔王がこの世界に現れたのに、何とも呑気な話だと云うことだ。勿論、農夫にも生活がある。作物を収穫出来なければ最悪飢えて死ぬしかない。結果的にこの世界に平和をもたらした実害のない魔王より、近くの森に棲む獣の方が農夫達にとっては現実的な問題なのだろう。


「この村に狩人は居ないのですか?」

 森の近くにある村ならば、一人や二人狩人が居るのが一般的だ。


「去年まではいたんだが、もう年で足腰がな……」

「そうですか……」

 確かに年老いた狩人では獣の潜む森での狩りは危険だ。

 森の中をくまなく探して獣を見付け、可能であればその群れ全てを仕留めなくてはならない。下手に刺激したのでは、悪戯に村への被害が増える可能性もある。


「それではこの村の衛兵達に依頼してみては?」

 ふと村の入り口に居た衛兵達の姿を思い出し提案してみる。だが農夫は何故か溜め息を溢すと首を左右に振る。


「いんや、アイツ等じゃ話になんねぇ。そもそもろくに剣も振れねぇし、弓もまともに使えねぇ。森に入ったところで、野うさぎ一匹も捕まえられねぇよ……」

 そして呆れたように視線を落とし、再び溜め息を吐き出した。その落胆した様子には、思わず憐れみにも似た感情を抱いてしまう。流石に剣も弓も使えないといった事は無さそうだが、そうなった原因に心当たりが無いわけでもない。


 このルードの町は王都のお膝元といった立地であり、いままで一度も戦火に巻き込まれたことがない。そんな町で衛兵が日々志高く鍛錬を行っているかは正直疑問を抱いてしまう。

 過去に幾度か盗賊が近くに出没したこともあったが、そういった問題は近隣の衛兵を使うことなく全て王都の騎士団で対応している。実際に私もそう指示を出していた。

 害獣に関しては今までは狩人が対処していたが、その狩人の後継者も無く、今となっては頼りになるのは衛兵だけ、か。

 こうして考えると、原因の一端に私の采配も挙げられる。盗賊などの対応に近隣の町の衛兵も使うという手段が無いわけでもないが、何か事故があっては困ると思い王都の騎士団で対応してきたわけだが、それが結果的に悪い方向へと向かってしまった訳か。


「んん??」

 ふと農夫は顔を上げ私の身体を視線で撫で回す。

「アイツ等の代わりに、アンタが森に入ってくれねぇか? アンタなら、見た感じ問題無さそうだ」

 そう言ってニカッと笑みを浮かべ、更には私の肩をバシバシと叩く。

 思わずその言葉に「それもそうですね」と頷くと、農夫は一瞬キョトンとしたあと、大きな笑い声を上げた。


「ハッハッハッ、冗談だよ冗談。流石に学者さんには頼めねぇよっ」

 そして数秒ほど笑い続け、目尻を指で拭いながら農夫は挨拶もそこそこに農作業へと戻って行った。その背中に礼を述べ、私は新たな話を聞くべく歩みを開始しながら、ある考えを巡らせてゆく。




 その後も何人かの農夫に話を聞いてみたが、出てきた話題としては森の獣の事ばかりであった。詳しく聞いていくと、だいぶ前から被害はあったそうだが、最近は特に酷くなっているそうだ。どうやらもう暫くしたら王都へと村長から害獣駆除の懇願書を出してもらう予定らしい。

 田畑には木の柵が張り巡らせてあるので、今まではよっぽどの事でも無い限り作物が被害にあうことは無かったようである。それが最近はその柵をも壊してまで獣達は田畑を荒らしているそうだ。

 その他に今後の対応に必要な細々とした事を聞き終え、私はフォルテ様が居る宿へと足を向ける。




 いつしか西の空は血の色に染まっていた。真紅に輝く太陽を一度仰ぎ宿屋の中へと入っていく。

 一階のカウンターの奥では宿屋の主人と女将が食事の用意をしていた。暖かな空気に混じり食欲をそそる香草の匂いを感じつつ、二人に挨拶を済ませて二階へと登る。

 部屋の前へと着くとノックをし、蝶番の軋む音を響かせながら扉を開けた。


 部屋の中は窓からの射し込む光に照らされていた。視界が鮮烈な赤と、清烈な白、そして煌びやかな金に染まる。


「お目覚めでしたか……」

 そこには純白のシーツに髪を広げ、膝を曲げて寝転がる少女の姿。白のキャンバスに散りばめられた金の色彩は少女の放つ雰囲気と合わさって、どこか視るものを陶然とうぜんとさせる。

 その少女は紅苺ジェムフランのような艶やかな唇を押し開く。


「……どこへ、行ってたの?」

 ぼんやりと半分閉じられた視線が非難するように私へと向けられた。


「申し訳ございません。この村の畑の方へと調査に……フォルテ様、体調はいかがですか?」

 少女は「ん……」と吐息を漏らして小さく頷く。そしてベットに手をつき、気怠げに上半身を起こした。髪の一房ひとふさが微かに血の気の戻った頬を撫で、鎖骨を伝い胸元へと流れる。


「ありがとう、もう大丈夫」

 言葉とは裏腹に、そこに覇気は感じられない。

 正直不安ではあったが、一人になることである程度の気持ちの整理がついたようだ。だがそれでも、風が吹けば儚く消え去りそうな危うい気配がそこにはあった。




 その姿を視界に納めつつ、私は記憶の中に眠る古ぼけた書物を紐解いてゆく。


「フォルテ様。私がアルト様により、異例ながら最年少で騎士の称号を授与されたのはご存知ですか?」

 私の問い掛けにフォルテ様はゆるゆるとおとがいを上げ、突然の話に疑問を宿した視線を向けながらコクリと頷いた。


 紐解かれた古い記憶。それは私、クレス・スタンノートの人生を変えた、眩ゆかしいほどの記憶。それは一生経っても忘れることが出来ない、魂に刻まれた記録だ。


 胸に華が咲くような、一瞬の萌芽。

 不思議な熱を感じさせる、甘い余韻。

 民衆が二つに割れ、叩き付けられるような視線の波。


 そして――静粛に包まれた、瞳合わせの時の刻。


「とある街の聖誕祭、私が十二の頃。そこで十歳になったばかりのアルト様に出逢いました」

 今でも鮮明に思い浮かぶ、破天荒な我が主君の一端。


「そして平民であった私はその時、その場、その街の広場で騎士となりました。初めて出逢ったばかりの、少女の騎士に……叙任式も、宣誓式も無く」


 思わず苦笑が零れ落ちる。当時は知るよしも無かったが、騎士の称号が授与される年齢は十五を過ぎてから。更には様々な試練を経て賜れる称号。

 突然街中で王族の少女が平民の少年に騎士の位を授け、更には自分専属の騎士に任命した。それは前代未聞の、数百年と続くグランスワール王国の格式と伝統を一切無視した、あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな事態。


 当時の周囲の混乱や驚愕する様は、思い出すだけで苦笑いが込み上げてくる。当然ながら、その後の私への風当たりはかなりのものであった。


 フォルテ様は私の言葉を受け、呆然と眼を見開いていた。

「……驚きましたか?」

「ええ、とっても…………」

 端的な説明であったが、それが如何に型破りな事であったかを理解しているのだろう。

 それは言うなれば、ただその辺りの道を歩いてる平民に対し、いきなり領地と爵位を与えるようなもの。


 勿論、そんな振る舞いをしてただで済む筈がなく……アルト様はこっぴどく叱られた。王族の外聞から取り消すこともできず、改めて先代国王により騎士の位を授与された。だが実際は『騎士見習い』の立場としてアルト様に仕えることとなる。


 しきりに驚いた様子を見せたフォルテ様は、不意に疑問の眼差しを私に向けてきた。

『何故、そんな話を――?』とその視線は雄弁に語っていた。私はフォルテ様の元へと歩み寄りながら理由を告げる。


「昨夜、フォルテ様は私に『ずっと傍に居るように』、と告げられましたね」

 窓から射し込む夕日の加減か、フォルテ様の頬に赤みが差した。それに気にせず、ベットの前の床に片膝を着いて言葉を続ける。


「なので今日、正式に騎士としての誓いをさせて頂こうと思います」

「…………でも、私はまだ十歳になってないから、出来ないって」

 どこか悔しそうに唇を噛む少女の姿に、思わず幼き頃の叱られて憮然とする主君の姿と重なり、笑みが零れた。


 ベットの上からムッとした視線を、私は意図的に無視して口を開く。

「そんな<些細な事>、関係ありませんよ」

 今の言葉に今度は驚いた気配が伝わってくる。

 つくづく思うが、コロコロと感情が変わる所は本当に似ていると感じさせた。更にはどこか懐かしくもある。


「もしアルト王女殿下が、今のフォルテ様の立場であるならば、きっと……間違いなく主従の契りを結ばれていたでしょうね」

 微かに茶目っ気を混ぜて言葉を重ねる。


「何度も言うようですが、貴女のお母様が私に街中で突然騎士の称号を授けた事に比べれば、本当に<些細な事>ですよ」


 暫しの沈黙の後、可笑しそうにクスクスを笑い声が耳に触れる。そしてフォルテ様は「それもそうね」と呟き、憑き物が落ちたような満面の笑みを私に向けた。


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