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クレス・スタンノートの苦労 5

順調に読者数、閲覧数と伸びているようで嬉しいです!

戦闘に関してはまだ先ですが、どうぞのんびりとお付き合いください。


《Ⅴ》


「さて、私はこれから町中を見て回ってきますが、フォルテ様はいかがなさいますか?」

 朝食を頂き、簡単に身支度を済ませたあと、いまだ眠そうなフォルテ様にそう問いかけた。


「う~……一緒に、行くわ」

 すると、どこか不満そうな眼差しを向けられてしまった。


「わ、分かりました」

 そうして私はフォルテ様を共に調査を開始する。




 <ルード>と云うこの町は王都から近い事もあり、比較的治安も良く、更には戦火にも巻き込まれたことの無いのどかな場所だ。


 見晴らしの良い平地に、近くには小規模ながら森があり川もある。日々の暮らしに欠かすことのできない水は不足なく、田畑にも回せるほど十分にあるようだ。それにルードは上質な葡萄酒を特産としており、国内では小規模ながら有数の農村のひとつと言えよう。ただ人口がそこまで多いわけでもなく、まばらに家屋が立ち並び、家屋より少ないが風車も幾つか点在している。


 ルードの町にて私が行う調査とは、そんなたいした事をするわけでは無い。

 町民の話を聞き異変がないか、最近変わった人物が訪れていないか等と聞いてまわる程度のもの。

 そもそもこの町は昔からグランスワール王国の直轄管理地であり、その恩恵を多大に受けている場所である。流石に小さな不満はあるかも知れないが、大きな問題は無い筈だ。


 外へ出ると昨日と同様に、柔らかな陽射しが周囲に満ちていた。<精霊学>で云う所の<四大精霊>のひとつである、天より降り注ぐ【サラマンデル】の恵みに対し胸の内で感謝を捧げた。


 この世界へときた訪問者――魔王がもといた異世界の事までは分からぬが、この世界の森羅万象、全てのものに精霊は宿っているとされる。

 今から約百年前、魔法薬剤師マジック・ファーマシストの第一人者、そして<精霊学>の父とも呼ばれし<パラケルスス>と言う男が記した一冊の書物【妖精の書】。


 火を司るサラマンデル。

 水を司るニンフ。

 風を司るシルフ。

 大地を司るノーム。


 その書物の<創世記>の部分には、上記の<四大精霊>がこの世界を創造したと記されている。故にこの世界の全てには精霊が宿るとされていた。火や水、風や大地に限らずありとあらゆる生物――勿論、その中には人間も含まれる。




「ふーん」

 宿屋から出てすぐ、フォルテ様はキョロキョロと周囲を見回していた。昨日は夜であまり外の景色を見ることが出来なかったため、物珍しそうに視界に移るもの全てに興味津々といったご様子だ。


「クレス、あの大きくてクルクル回ってるのは何かしら?」

 遠目に見える風車を指さしてこちらを仰ぎ見る。昨日、王都からルードへの道すがらに色々と質問されていたが、この町でも同じように質問責めとなりそうだ。


「ああ、あれは風車と呼ばれるものです。この王国では比較的多くみられるものです。あの内部でパンの原料となる――」

 質問に答えながら、昨日の事を思い出す。街道で興味の惹かれるものを見つけては直ぐに立ち止まり、あれこれと質問してくる。そのおかげでこの町に着くのが夜になってしまったのだった。だがこれもフォルテ様の教育係としての仕事であると気を引き締め、分かり易く丁寧に答えてゆく。


 他にもあれこれと質問に答えを返してゆき、あらかた満足したのかフォルテ様は腕を組み楽しそうな表情で頷いている。その様子をみて今度は調査の方を進めるため、出発する旨を告げる。


 そうして宿屋を出て暫く歩き始めた頃、前方からとうのバスケットを持った若い娘が歩いてくるのが見えた。その娘の様子から特に急いでいる感じは見受けられず、早速話を聞いてみることとした。


「すいません、少しばかり良いでしょうか」

「な、何でしょうか?」

 突然声を掛けられ、少しばかり驚いたようだ。だが会話自体は可能なようで胸を撫で下ろす。やはり最初というのは何事も肝心で、調査の一歩目からは失敗はしたくはないものだ。


「私は旅の者で名はクレスといいます。二、三尋ねたい事があるのですが、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか」

 怪しまれぬよう真摯に、娘の純朴そうな瞳を見詰めて言葉にする。だが直ぐ様、娘は視線を逸らしてしまう。俯いたことにより少し長めの前髪が私の視線を遮ぎった。まるで私の言葉と視線を拒絶するように。


「は……はいっ、わ、私で、よ、良ければっ!!」

 だが、そんな態度とは裏腹に快い返事がくる。そのことに内心首を捻る。


「それは良かった。立ち話もなんですので、差し支えなければあちらの木陰に移動しましょう」

「は、はいっ」

 私が先導して歩き出すと、若い娘は若干緊張した様子で、バスケットの持ち手を両手で握り締め後を着いてくる。


「さ、こちらへとどうぞ」

 枝を大きく広げた広葉樹の下につき、娘へと手を差し出す。差し出された手をおそるおそるといった様子で手に取り、私のエスコートを受けながら娘は木陰へと腰を下ろす。

 それを確認し私も距離を空けて腰を下ろすと、今まで黙ってついてきていたフォルテ様は私の直ぐ隣へと座った。


「あの、そちらは……?」

 すると娘はいまフォルテ様の存在に気付いたのか、その容姿に驚きながらも声を出す。

「この子は私の娘でして、一緒に旅をしています」

「そ、そうなんですね……あの、失礼ですが奥様は……?」


 ふむ――意外と立ち入った質問をしてくるのだな。


「妻には先立たれまして、今は娘と私の二人家族です」

 あらかじめ決めておいた解答を話すと、娘はサッと頬を赤らめ、胸をおさえながら再び視線をそらしてしまった。

「そ、そうですか……」

 そして身につけていたエプロンをキュッとつかみ、落ち着かなさそうに身を揺らす。


 一旦会話が途切れてしまい、このあとどう会話を繋げるか迷いが生まれる。ふむ……この場合はこちらも同じように質問するのがマナーなのか?

「失礼ですが、恋人はいらっしゃるんですか?」

 流石に年齢的には結婚をしていそうにないので、無難に恋人としておいた。そして娘はその質問に対し首を勢い良く左右に振ると、慌てたようにこちらへ身を乗り出し口を開く。


「私、こ、恋人なんて、いませんっ」

「そ、そうですか」

 この質問は禁句だったのだろうか……まるで熟れた果実のように顔を赤らめてしまった。


 驚き身を引いた私を見て、娘は上体を戻し顔を伏せる。




 さて、この状態からどうやって調査に関する話に繋げようかと考えていると、今度は娘の方が先に話しかけてきた。

「あ、あの、これは私が焼いたパンです。良かったらおひとつどうぞ!」


 そう言って持っていたバスケットが目の前へと差し出される。

 中には幾つものパンが入っており、折角の好意を無下にあしらうことも出来ず、お礼を言い手を伸ばす。パンはまだ微かに暖かく、半分にちぎってフォルテ様へと渡す。私の手に残ったもう半分は一口サイズにちぎり口へと運んだ。


「うむ、上手い」

 その言葉にパッと娘の顔が華やいだ。小麦の仄かな甘味を口の中に感じつつ、そのまま直ぐに胃袋へと納める。


「ご馳走さま。毎日でも食べたいくらい美味しいパンでした」

 純粋な感想を伝えると、娘はとたんに挙動不審になってしまった。

 そして娘は手をパタパタと振り、「そんな、まだ会ったばかりですし」と呟く。更には真っ赤となった頬を両手で抑えながら、「物事には順序というものが……ですが、その……」と早口に捲し立てられてしまった。


 突然あわただしく動きまわる娘の様子に目を白黒させていると、隣に座るフォルテ様にクイッと服を引かれる。


「すいません、急用を思い出してしまいました」

 フォルテ様は微笑を浮かべ、淡々とこちらの様子を意に返さずに告げる。そして直ぐさま立ち上がり、私の腕を引いて歩き出してしまった。

 その有無を言わせぬ様子に戸惑いつつも、なんとか娘に別れの挨拶を告げてその場を後にする。


 そのまま娘の視線を背中に感じながら、腕を引かれ続けること数分。フォルテ様は腕を放すと、どこか重々しく溜め息を吐き私の顔を睨み付けた。


「クレス…………あなた、ずいぶんと女性の扱いに手慣れているのね」

「……そうでしょうか??」

 長年アルト様のお側にお仕えしていた為か、エスコートに関しては日常の動作として染み込んでいるのかもしれない。


 普段の生活では不都合は無く、今まで気にはしていなかった旨を告げると、フォルテ様にことさら白い目でみられてしまった。

 そして大きく溜め息を吐き、「御母様の言ってた意味がやっと分かったわ……」と、何やら意味深なことを呟やかれた。




 そう言えば以前にも、同じ様な事を言われた記憶がある。確かアレは……そう、執事長の娘ソニア・シュラザートに忠告されたのだった。

 何をどう勘違いしたかは知らないが、私は異性から好意を持たれやすいらしく、身の振り方を気を付けて欲しいとの事だ。

 あまりに必死な様子に、反論も出来ずにただ頷くしか無かったが…………正直、どこをどう勘違いしたんだと呆れてしまう。そもそもな話、いつ命を落としてしまうかも分からぬ私と、恋仲になろうという異性は少ないだろうと私は思う。

 ましてや私は騎士団長を務め、ことさら命を落としやすい身の上である。勿論、身分や俸給など、そう言った面で見れば優良物件と言えよう。だが剣一筋に生きてきた私と居ても面白くも何ともないであろう。


 再びその旨をフォルテ様に伝えると、顔を手で覆い「まさか……ソニアまで…………」と謎の呟きを漏らした。

 ちなみにソニア・シュラザートは二十歳という若さながらにグランスワール国のメイド長補佐を務める優秀な人材である。 流石は執事長の愛娘なだけはあり、その将来には多大なる期待をせざるえない。


 フォルテ様は眉根を寄せ、苦々しい表情で口を開く。

「クレス、極力調査は男性の方を中心としましょう」

「ですが……それですと十分な調査とは言えませんが?」


「はぁ……別にそれぐらいは大丈夫よ。(別に、御母様も半分思い付きで言ったようなもんだったし……)」

 後半は小さい声で聞き取れ無かった。


「いいえ、なりません。いくら簡単な調査と言え、それを蔑ろにして良い筈がない。まして私は誉れ高きグランスワール王国の近衛騎士団長を務める身、どのような任務も忠実にこなしてみせます」


 我が誇りにかけてそう宣言すると、何故かフォルテ様は怨めしそうに私を見詰めてきた。

 そしてボソボソと「なんで…………真面目…………バカ……」と呟きが断片的に聞こえてきた。


 任務は任務、どう言われようとも我が信念に反する訳にはいかない。

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