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クレス・スタンノートの苦労 3

 《Ⅲ》


 背中からは微かな寝息が聞こえてくる。初めての城の外と云うことで興奮していたのもあるが、まだ九歳と幼い身、恐らくは半日も歩き続けた事が原因であろう。

 その小さな歩幅に合わせ、ゆっくりとしたペースで来たのだが、既に歩いて来た東の空には夜のカーテンが覆い、チラチラと星が瞬いていた。

 進行方向の西の空はまだ十分に明るいが、もうすぐ山の稜線に太陽が隠れそうだ。私一人であれば野宿でも構わないが、流石にフォルテ様と一緒となるとそういう訳にもいかない。


 移動手段には馬車もあったが、そもそも馬は市井のものからすれば高価であり、馬に乗って旅をする一般人など居る筈がない。

 そんなものは大商人か、はたまた貴族以上の身分だと一目で分かってしまう。更には馬車に乗って町に入れば無駄な注目を浴びてしまい、それでは調査等の任務に支障をきたすだろう。


 そういった理由で、王都から半日も歩き続けてきたのであった。

 もう少し歩けば王都から一番近い町に着く筈であり、その間に疲れて寝ている背中の<娘>を起こさぬよう、慎重に歩き進めるとしよう。


「フォルテ様、もうすぐ町に着きます。起きてください」

 そう声を掛け、微かな振動を与えて眠りからの覚醒を促す。

 そうやって何度か声を掛けると、「んぅー」とむずかるような唸り声が聞こえた。

「町の入り口に門番が居ますので、打ち合わせ通りにお願いしますね」

「はぁーい、<パパ>」

 あくび混じりに、フォルテ様は楽し気に声を揺らす。


 すでに陽は山脈の陰に隠れ、ドップリと周囲は闇に包まれていた。

 視線の少し先には槍を携えた門番の男性が二人立っており、十分に近付いてから声を掛ける。


「こんばんは、遅くまでご苦労様です」

 若者と壮年の男性二人は頷き返すと、壮年の門番が口を開く。

「こんばんは。旅の方ですか?」

 内心で安堵する。どうやら、当初の打ち合わせ通りに進められそうだ。

「ええ、娘と一緒に旅をしていまして。王都から歩いて来たのですがだいぶ遅くなってしまいました」

「おじさん達こんばんはー」

 背中におぶられたままの<娘>が顔を出して声を掛けた。


 そして、かがり火に照らされたフォルテ様の顔を見た門番の二人は微かに息を呑む。

 フォルテ様の服装は最近の若い娘達の間で流行っている若草色のワンピースに、同系色のフーデットローブと特段おかしなところはない。

 問題はその容姿であろう。まるで叙情詩に登場する湖の妖精のような愛くるしい容姿に、黄金色に輝く麗しい髪艶。

 更には宝石の如く輝く翡翠色の瞳。驚くのも無理は無い。フォルテ様にかかればどのような服装も、舞踏会に赴くドレスのようになってしまう。これら服装に関しては頭を抱えさせられたが、結局は市井の娘の服装を真似て王家御用達の服飾屋に同じものを作らせた。勿論、見た目は普通だが、肌触りや素材に関しては一級品である。


 そして門番達は私とフォルテ様の顔を何度も見比べる。

 執事長のオランに言わせれば、私はどうやらなかなか精悍な顔つきをしているようだ。瞳は一般的な黒みを帯びた赤黄色であるため、目の前の二人は私たちの瞳の色の違いが気になるのだろう。

 だが髪色は似たようなものであり、髪型は肩甲骨辺りまで伸びた髪を首で一つに纏めたもの。流石に私の髪の艶は比べ物にならない程にくすんではいるが、暗闇の中では多少の色の違いなどは母親似で押し通せば問題は無いはずだ。


「失礼ですが、ご職業は何を?」

 父娘の疑いは晴れたようだが、今度は私の素性に疑問を抱いている様子であった。

 まあ、それもまた無理もないであろう。鍛えられた戦士特有の体を隠すため、ゆったりとした服装の上にローブを羽織ってはいる。だがその腰には一本の剣を佩いていた。


「職業は学者をしています。主に地学や精霊学についてですが」

 用意していた答えを出しても門番達の表情はいささか優れない。どうやら腰の得物が気になるようだ。


「ああ、これですか? 旅に危険は付き物なので、護身用に持ち歩いていまして……よかったらご確認ください」

 そういって腰から剣を鞘ごと抜き出し、若い門番へと手渡した。

 手渡された門番は刀身を抜いて隣の門番にも見えるように掲げ見る。近くのかがり火に反射してその刀身が鈍く光を反射した。見るからに粗悪な作りの両刃の剣。それは見た目通り、ろくに手入れもされていない粗悪品であった。


 若い門番は刀身をまじまじと見据え、刃こぼれした刀身を見ると顔を曇らせた。

 衛兵と云う仕事柄、武器のぞんざいな扱いはあまり好ましく思わないのであろう。隣の壮年の衛兵と顔を見合せ、同様に浮かない顔をする。壮年の衛兵は呆れの混じった顔で髭をさすり口を開く。

「まあ……問題は無いだろう」


 戻された剣を腰に差し込んでいると、壮年の衛兵が話し掛けてきた。

「旅の人、今晩泊まる宿はお決まりですかな?」

「いえ、まだ決まってはいません。近くに宿はありますかな?」

「そうですか、それならこのまま門をくぐって真っ直ぐに少しばかり歩いた場所に宿屋がある。娘さんと一緒ならそこが良いだろう」


 すっかり薄暗くなった道を指差しながら、壮年の衛兵はそう言葉にしてきた。

「ありがとうございます」

 そう頭を下げ、門番の二人に挨拶をして町の中へと足を踏み入れる。


 どうやら怪しまれずにすんだようで、内心胸を撫で下ろす。

 最初の町から怪しまれていたのではこの先が思いやられてしまうため、中々順調なスタートと言えよう。

 背中のフォルテ様は笑いを抑えているのか、愉しげに身を震わしていた。その様子に苦笑いを溢しつつ、教えられた宿屋へと足を進める。




「おい、旅の人!」


 数歩行ったところで、急に呼び止められた。言い知れぬ不安が鎌首をもたげる中、立ち止まって背後を振り返る。


 若い門番が足早に近付き、僅かな距離をあけて立ち止まった。背中ではフォルテ様が緊張に身を固くし、息を呑む音が聞こえる。


 そして若い衛兵は私の頭から爪先をサッと見回し、最後にフォルテ様を見た後、眉をしかめつつ口を開いた。


「余計なお世話かも知れんが、武器の手入れぐらいはした方が良いぞ。今は平和だと言っても、盗賊や野犬の類いはまだ出るんだ。そんな時に剣が使い物にならないんじゃ話にならんだろう」

 衛兵は呆れた口調でそれだけ言うと、「それじゃあ気を付けて」と言い残し、持ち場へと戻っていく。


 去っていくその背中になんとか返事して、いまだ動揺を残したままに歩みを再開する。

 そして暫く歩いた頃、ようやく平静を取り戻した。


「フ、フフ………フハハハハハハッ!」

 思わず笑いが飛び出してしまった。愉快、とは少し違うが、人は驚きを通りすぎると笑ってしまうらしい。

 どうやら私はそんな人間なのだと、産まれて三十と八の月日が経ってようやく気付く事が出来た。これは新たな発見だ。


「ちょっとクレスッ、何を笑っているのっ!?」

 身を震わせながら笑っていたら、背後から苛ただし気なフォルテ様の声が響いてきた。


「いや、すいません……なんだか可笑しくて」

 なんとか笑いを納め、そう言葉を返す。

「可笑しいじゃないわよっ!? なんなのあの衛兵はっ!頭にきちゃう!」

 プリプリと怒りをあらわにした声が周囲に響き渡る。


「クレスもクレスよっ、何でなにも言い返さないの!?」

「いやぁ……あんな事を言われたのは産まれて初めてでしたよ」

 染々と言葉にし、先程の衛兵の言葉を思い返す。いや、愉快だ。


 騎士の称号を先代の国王に賜って二十数年、数々の武功を立ててきた私が若い衛兵に説教される日が来るとは、正直夢にも思わなかった。

「また笑って……っ!! 貴方は大陸最強の騎士で、魔王討伐軍の最高指揮官なのでしょう!? そんな貴方が、あんな衛兵ごときに…………」


「フォルテ様……いや、<フォルテ>」

 どこか悔し気な、苛立ちをあらわにしている姫君を静かにいさめる。

「この旅の間、私はただのクレス……<クレス・ルーグリット>。そして貴女は私の娘、<フォルテ・ルーグリット>です」

 なるべくゆっくりと、言い聞かせるように紡いだ言葉に、背中から感じていた怒りは徐々に収まってゆく。


「でも…………だって……」

 どこか泣きそうな声音と共に、行き場のない気持ちが私の首に回された、か細い腕に籠るのを感じる。


「ええ、私のために怒って頂きありがとうございます。私はそのお気持ちだけで十分です」


 暫しの沈黙のあと、首筋に暖かく柔らかな感触が触れる。

「私…………あの衛兵キライ」

 そうくぐもった声が聞こえた。


「私に免じて、許してあげてください」

 星明かりの下、宿屋へと歩きながら発した言葉にフォルテ様は小さく、だがはっきり「イヤ」と呟いた。


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