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到来を告げる北の風 5

ここは少し短めです。。。

《Ⅴ》


 だいぶ遅くなってしまったな。

 村へと帰還した頃には太陽はオレンジ色に染まり、既に大地に描かれる影は細く、長い。


 獣の後始末に関しては村の衛兵に指示し終えている。あのまま森の中に死骸を放置してしまうと、獣やその土地に限らず悪い精霊を呼び寄せてしまうと言われているからだ。

 各土地、各地域によって弔い方に違いがあるが、グランスワール王国の主精霊として崇められているノームに関連し、我が国では埋葬の手段を執っていた。

 サラマンデルの主精霊の国ならば火葬、ニンフならば水葬、シルフならば風葬といった具合だ。


 この死者の弔いに関しては色々と諸説があるが、人や獣に限らず生き物が死ねばその魂は妖精郷ティターニアへと導かれるとされている。ただし、適切に死者が弔らわれた場合のみの話だ。


 この妖精郷ティターニアに関しては多くの信仰と多くの崇拝があり、そして悲しきかな――多くの争いが起きた。信じる存在は同じなれど、その考え方の違いから人々は殺し合いをしてきた。それは人の種族に関わらず多種族にも及んだ。

 この理念というか、考えの違いを戦争の切っ掛けとするのは歴史の紐を解けは枚挙にいとまがないし、その戦端を開くのは必ず人であった。


 ただ私から言わせれば、馬鹿げた話だ。生憎、私は精霊学者でもなければ僧侶でもない。勿論、精霊の存在は疑いようもない。だが精霊に陶酔することも、信仰の対象として崇めるつもりもない、私の全てを賭けるにたりえる存在はこの世にただ一人だけなのだから。


 それだけが、今の私の生きる意味なのだ。




 村に着いて早々、ユアンという名の若い衛兵には村長の元へと害獣の討伐が完了した旨を報告しに行って貰い、私は足早にある場所へと向かっていた。

 召喚した精霊から危険な知らせは無かったが、やはり自分の目で確認しなければ安心することは出来ない。


 そして風車小屋の近くに着くと、思わず安堵の息を吐く。どうやら心配は杞憂で済んだようだ。遠目からではあったが、三人の子供達とフォルテの姿が確認できた。

 時間が時間なので子供達の人数は減っていたが、遠目から見るに特段ケガなどは見受けられず、ただただ楽しそうに遊ぶ様子が見て取れる。その光景には思わず口許が弛んでしまう。


 私は足の向きを変え道の脇へと入り、手ごろな位置に腰を下ろす。森での一仕事を終えて体には微かな倦怠感があったが、目の前に展開される光景を見ているとその疲れがどこかへ吹き飛んでしまった。


 後一日、この村に逗留する予定ではあった。そしてその間の一秒でも長く、フォルテには笑っていて欲しい。

 この先、同じ様な体験が出来るとは限らない。今、この時を胸に刻み、それを糧に前へと進んでいかなくてはならない。それは覆す事の出来ぬ、定めのようなものだ。


 怒ったり泣いたりしている時間よりも、笑ってる時間が多い方が良い。例え嘘でも、夢でも、我が<娘>に、今だけは幸せな思い出を――その為ならば、私は如何なる犠牲をも払い、影ながら微力を尽くそうと胸に誓う。




 暫くすると西の空が深紅に染まり、険しい山々の稜線りょうせんに太陽が隠れようとしていた。

 西の山々、そこはラインラント平野の終わりを意味し、つまりグランスワール王国の領土では無くなる事を意味する。北西から南西、更にそこから南東へと、まるでハンカチのシワのような山脈が走っていた。


 そしてその西の山脈の向こう側、そこは我が国と幾度と無く剣を交えた<ヴォルカニカ帝国>が治める領土だ。


 人が居れば争いが起こる、それが世の常と云うもの。そして隣国とは大抵不仲なものだが、我が二国間ともその例に漏れない。

 国境から西は険しい山々と高原が織り成す不毛な荒野ばかりであり、我が国と比べれば実りの少ない土地だ。そして、国境を外へ広げることを望まない王など居ない。

 今は和平を結んだ相手とはいえ、領土を巡り長年に渡って争い続けた国であり、幾ら警戒しても足りない位であろう。


 立ち上がり、服に着いた草葉を払い落とす。そしてこちらへと歩いてくる娘へ声を掛ける。


「民の事を知ることは出来ましたか?」

 フォルテは立ち止まると、上気した頬を隠すように横を向く。腕を組み、なんと答えようかと唇をムニムニと動かしていた。その様子に忍び笑いをして、再び口を開く。


「取り敢えず、宿へと向かいましょうか」

 私の言葉に、フォルテはどこか恥ずかしそうに頷いた。 そしていざ宿屋へと向かおうとした矢先、唐突にフォルテが険しい表情を浮かべた。


「クレス……今日、何してたの?」

 そういって私の上から下を視線で一撫でする。


「今日は……調査のため森へと行ってましたが?」

 そう答えるも、私を見詰める視線には疑問と違和感が付きまとっていた。


 そして時計の短針が半周する位の沈黙の後、苦々しい表情でその艶やかな唇を開く。

「なんだか……変な臭いがする……」


 その言葉にハッとなり、慌てて肩口を鼻許へと押し付ける。

 微かな汗の臭いと森の土と緑、そして錆びた鉄と獣の臭いが服にこびりついており、それらが合わさって何とも形容しがたいえた臭いがした。鼻が麻痺していたのだろう、自分が放つ異臭に気付かなかったことに愕然としている間に、フォルテは私の脇を通り抜ける。




 そして数歩先で立ち止まり、こちらを振り返る。

「クサイから、離れて歩いてきて……!」


 そう言い放つと後は振り返ることなく、スタスタと一人で先へと歩いていってしまった。

 私はその後ろ姿を呆然と見詰めながら、先程の言葉を反芻はんすうしていた。


『クサイから、離れて』、『クサイから』、『クサイ』、『クサイ』、『クサ――』


 思わず、膝を折ってしまう程の破壊力を秘めた言霊。それは今まで生きてきた中で、至上最大級の衝撃であった。

 その言葉は天から降り注いだ雷のように、私の脳天から足先までを貫き、私の胸に深く鋭く刻まれた傷跡は、しばらく癒える事は無いだろう……


 赤子の頃から見守ってきた、我が子同然の少女。

 世の娘を持つ父親は、常にこの様な仕打ちを受けているのかと察すると、思わず悔恨と畏敬の念を抱いてしまう。


 不意に夕陽が眼に染み目を逸らす。すると視線の先には小川があった。涼やかなせせらぎを心の清涼剤に、無心で川の流れを見詰める。

 世の中は無情だ。そう心の中で呟き、私は臭いと胸のわだかまりを落とすため――


 川へと飛び込んだ。




 そして濡れ鼠と化した私は宿屋へ戻ると、水遊びをしたと勘違いした女将さんに「あんたも、いい年なんだからと」こっぴどく叱られた。


 やはり、世の中は無情である。

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