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Mysterahoric [ミステラホリック]  作者: 織鳥
initial symptom
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疑問6.土砂降りの中、太陽は煌めくのか

「はぁ…みくさ、どうしちゃったのかしらね?」


ここはいつもの事務所。何やらパソコンの画面に向かってひたすら何かを調べる暑苦しい格好の少年__千智と、まだ帰ってこない同居人を心配する涼しすぎる格好の少女__二。ふたりは数時間前、公園に調査に行って、怪物そのものを発見できず帰ってきたのだった。



いずみの怪物が出たらしい、という連絡で、ふたりは公園へと急行した。しかし調査の成果は得られず、そこに怪物は存在しなかった。

逃げられたのかもしれないと思い、周辺はもちろん探し回ったが、痕跡は公園の中だけ。草原の一部が禿げ、遊具に戦闘の跡があったため、その怪物と何者かが交戦しただろうということは二にもわかった。


むしろそれよりも怪しいのは、『実害が出たというのに、全く報道されていない』ということだった。

雲鳴一家惨殺事件も、児童集団誘拐事件も、不可解な点をそのままに報道、特番が組まれていた。しかし、今回に限って完全に情報が遮断されているとは。

雲鳴で事件が多発しているなら、むしろ記者たちは狙ってくるはず。しかし、事実公園には報道陣がいっさい居なかった。


と、千智にはそこそこの収穫だったのだろうが、二はただひたすらにおヒマだった。落書きをする気にもなれず。なんとなく玄関で涼みにでも行こうかなと思い、扉に手をかけようとしたとき。


「はびゅっ!?」


二の鼻の頭に、扉が衝突した。


「え…?あっ、二ちゃん!?ごめんね!?」


扉を衝突させた犯人は、二が心配していた同居人__みくさ、その人だった。


「うぅ…そ、そんなことより!おかえり、みくさ!」

「あ、ただいま…えーっと…」


気まずそうに挨拶すると、画面に集中している千智をちらりと見て視線を落とす。


「どしたの?」

「いや……えぇと…」


「ふー、もうだいたいわかったぞー!さてそろそろのどがかわいたなー、あれー?みくさ、いつのまにー?」


回転イスを白々しい台詞を吐きながら立ち上がって、首をかしげてみせる千智。20代後半の男でしょうが、と二は心の中でツッコミを入れた。


「ご、ごめんなさい…私…」

「……いいんだよ。こうして帰ってきてくれたんだから」


千智はやさしく微笑んで、そっと手をさしのべる。黒い手袋にみくさの絆創膏まみれの手が乗って、ふたりはきゅっと弱い握手をした。


「というか、何をしてたの?高校ってこんな長い?」

「ううん。ちょっと、いろいろ…」

「もしかして、公園のってみくさが退治したの?」

「……えーと、な、なんで知ってるの?」


怪物のことをふたりが知っていると思っていなかったらしい。ただし、ふたりが急いだとはいえみくさが助けた少年が救急車を呼んでもらい、運ばれるまでの時間でみくさは戦いを終えていた。


「…そうか、そうか。ならいいんだ。そんな嘘をついても何にもならないだろうし…みくさがその怪物だった場合を除けばね」

「ははは…笑えない冗談」


苦笑いしたみくさ。千智はいったんパソコンの前に戻り、何やら数度マウスを動かしていた。


「さて。じゃあ、ボクがその怪物よりも調べていたことを話そうか」


彼は手招きをして、ふたりを画面前に呼んだ。マウスを握り直し、1年ほど前のニュースのページを表示させた。


「……?イスクレイン社、報道局を次々買収…?」


イスクレイン社とは、アメリカの大企業。それがなぜ、わざわざ日本の報道機関を買収する必要があったのか。


「これとの因果関係については…えーと、なんかいろいろお話が必要かな?」


"謎の種"とは、いつからそのように呼ばれるようになったのかと、イスクレイン社の関係は簡単だ。

数年前、ある学者が発表した論文。人間のある種の信仰によって生まれる謎の種についての話だった。もちろんオカルト業界にもそれは知れ渡ることとなり、学会は爆笑の渦に包まれた。

その学者は、日本の大学で起きた"とある事故"の後になってからイスクレインに迎えられ、研究所が設立された。


「その研究所の設立に関与してるのが、社長令嬢の『レンドリッジ・イスクレイン』だよ」


千智がそう言ってふたりの方を見ると、二は目がぐるぐるになり、みくさは真顔のまま頭がパンクしているらしい。


「ちさと 何言ってる。わからない事 言うな。つぎ 頭 火山 なる。」

「えーっと…?つまるところ、実は犯人は今まで私たちが指示を出して調査をさせていたヤスだった…?」


「……えーっと、なんか、ごめん…」

彼女たちの混乱が収まってから、もう一度わかりやすいように要点をかいつまんだ説明を試みることにした。


「この人物が謎の種に絡んでいると、ボクはそう見るね!」

「えーっと、そのレンドリッジって人がテレビ局とかを買収して、情報を出さないようにしてるってこと?」

「あぁ、恐らくね」


ブラウザの検索結果画面を閉じて、パソコンをスリープさせておく千智。一瞬映ったトップ画面のくらげを見て、みくさはさっきあったことを思い出した。


「どうしたの?」

「……そうだ。私、謎の種を持ってる人々が集まってる場所に行ったの…」

「…!?そ、そこで何があったの!?」


二に詰め寄られ、みくさはヴォイニックス・ライターズのことを話す。千智はさらさらとペンを走らせ、メモをとっている。

まずは、彼女たちの目的が国家の転覆などに繋がるようなものだということ。協力を拒否したこと。そして、なつめという少年に不思議な力で捕縛され、仲間割れに助けられたことに差し掛かると、二の態度は変わった。


「待って、その名前…!!」

「……?どうしたの?」

「ねぇ、どんな奴がいたの?」

「えーっと、ティアラっていう女の人が代表らしくて…ラムネルっていう女の子が親切にしてくれたよ」

「他は、他は!?」


やけにぐいぐいくる二に押されながら、みくさはなつめについても話した。


「…八雲なつめ…やっぱり、リーフの言ってたとおり…」

「なにかあったの?」

「いいえ、なんでもないわ。ありがと」


みくさの話が終わると、千智がメモ帳とペンを置き、二は脱ぎ捨てられていたブラウスを羽織った。






ぴんぽーん。


「はーい」


普段なら誰も訪れない深川家のリビングに、インターホンの音が鳴り響いた。ボタンを押し返事をしたのはこの家の住人、『深川標』。

家に彼しかいないのは、家族みんなアウトドア派で、他人の家に遊びに行きたい派の人だからだった。標は社交的ではあるのだが、自分から外に出て遊ぶタイプでもない。

最近は隣の旭川家で凄惨な事件があったのもあり、人はあまり寄り付かないと思っていたのだが。


「…えーと、標くん、いる?」

「あぁ、いるいる。ちょっと待っててな」


リビングから玄関に赴いて扉を開けると、そこにはクラスメイトが立っていた。


「おう、天塩か。どした?」

「…一緒に、いたくなった」

「はは、なんだそりゃ。今俺しかいねぇしあがってくか?」

「……!うん!」


履いていたスニーカーを脱ぎ、ちゃんと揃えてから玄関にあがらせてもらい、先程標がいたリビングまで案内された。


「あ、すまん。ゴミ片付けるわ…さっきまでだらけてたからさー」


鷲の前にずいっと出てクッキーの袋を全部回収してゴミ箱に入れると、ソファーを指して鷲を座らせる。


「何するよ?」

「なんでもいい」

「それが一番困るよなぁ。じゃあ花札すっか」

「ルール…教えてね」

「あぁ、わかった」


自室のある二階へ、花札を取りに行く標。彼は道中、鷲がなぜいきなり我が家に訪れたのか考えていた。

一緒にいたくなった、とは何だろうか。今日は学校でもやけに汗だくだったし…それに、学校ではそんなことなかったのに制服がところどころ焦げている。そして、極めつけは肩の大きな傷だ。まともに腕も動いてないらしく、それになるべく隠すように動いていた。


「…何かワケありだよな、絶対」


というか、標自身は家を教えていないはずだが。誰かから教えてもらったのか、調べたのかもしれない。そこは気にしないことにしよう。

みくさのことも心配だが、鷲のことも同じくらい心配で、どうにかなるまで付き合ってやろうと思っていた。


勉強机の横にある棚から花札の入ったケースを取り出して、机の上に置いた。付属の説明書があったような気がして、棚の奥を探ってみることにする。


「んーっ、と…ここじゃないし…」


独り言を呟きながら、ごそごそと中のものを避けては無い、避けては無いをくりかえし、まるで鍋の中を混ぜているようになっていた。


「標くん」

「うぉっ!?びっくりしたぁ…!?」

「…何、探してるの?」


いつの間にか、背後には鷲が立っていた。待たせてしまっているから、待ちきれずに追いかけてきたのか。


「わりぃ、ちょっと説明書どっかやっちまってな」

「……いいよ」


ぐい。


棚を漁るのに屈んでいた標は、突然引っ張られてバランスを崩す。そこを鷲に受け止められて、ずるずる引き摺られて布団に寝かされた。

困惑する標の上に鷲が跨がって、ふたりの顔が近くなる。


「えーと?天塩さんは何を…」

「わしって呼んで」

「……わし。何がしたいんだ」

「わかるでしょ……?」


標は、その瞬間に見えた鷲の寂しそうな瞳と、視線があってしまった。

元からしていなかったが抵抗する気は完全に失せてしまい、鷲の唇の感触をしっとり感じることとなった。






その晩、一度行為に及んだ後に眠ってしまった鷲は深川家に夕飯までお世話になった。その現場を発見した標の姉にからかわれたり、彼の両親に歓迎されたり、賑やかな食卓だった。標いわく、いつもの1.25倍くらいらしい。


鷲が自分から押し掛けたのには、もちろんのこと理由があった。

ただ唯一、自分に話しかけてきてくれた標。彼との未練を断とうと思い、ここにやってきたのだ。

しかし、結果は逆効果だった。彼には惹かれる一方で、深川家に加わりたいとさえ思ってしまう。


夕飯を片付けて、お風呂を沸かしているあいだに標は鷲と自室に戻った。


「…なぁ、わし」

「標くん…?」

「えーっと、深くは聞かないつもりなんだけどさ。よかったら、ウチに泊まってかないか?」

「……え?」

「いや、ねーちゃんうるさいしなんかいろいろあるけどさ…放っておけないんだよな」

「……私の身体が目当てだったりするの…?」


ふと、心にもないことを言ったことを後悔する。けれど、標は冗談だとでも思っているのか、軽く答えた。


「家に上げたのはそんなつもりじゃなかったんだぜ、普通に」

「ごめん…」

「いいって、むしろここまで好いてくれて嬉しいさ」


標としては今まで女の子と付き合ったことなどなく過ごしてきたため、彼女の気持ちは素直に嬉しかった。身体の話に関しては、あれは脳裏に焼き付いているし忘れろなんてのは無理な話だが。


「……ねぇ、お泊まりの話だけど…お、お願いしていい…?」

「これで駄目なわけないだろ?」


安堵の笑みがこぼれて、ふたりの手がそっと重なった。





翌日、朝。

標はいつもより早く目が覚めた。

隣にいたはずの彼女はおらず、部屋を見回すとドアの前でなにやらぼーっとしていた。


「……わし?」


名前を呼んでも反応はない。

目をこすりながら起き上がろうとすると、彼女はこちらを見下すように向いた。

それから、手を頬に持ってきて。何をするかと思うと、右頬をおもいっきりつねった。


「……いたイ」


言葉のトーンとは裏腹に、左側の口角は口が裂けたように上がっていく。


「…いたイ、これはゆめじゃない、わたし…わたしは、いキてる」


わけのわからないことを言う彼女。頬から指が離れ、その身体からは何かが噴き出し始める。


「……あつっ!?な、なんなんだよ、わし!?」

「…わたしは、わしではなイ。わたしは…きエることをのぞンだかのじょのかワりをはタすまで」

「消えることを…だって…!?」


彼女は、標を無視してドアを勢いよく開け放つ。ベランダの窓を開け、2階から迷わず飛び降りた。

がさがさ、ばきばきといった木の枝に引っ掛かる音が収まると、足音も遠ざかっていく。


「……な、なんだよ一体…!」



標の部屋で事件が起きていたころ。雲鳴南の一部では、前触れもないのに雨が降りだした。

一般的には、ゲリラ豪雨とか呼ばれるものだろうと判断された。幸い勢いはそこまで無く、豪雨とするほどのものではない。

ただ、不可解なのは雲が発生する条件すら整っていないというのに大雨が降り始めているという点である。

そのような情報を気象庁より得た報道局はもちろんそれを流そうとする。しかし、その不可解な点だけは報道してはいけないという令が下された。


机で頬杖をつき、ウェーブのかかった長い金髪を垂らし、目の前にいくつも表示された画面に向かって綺麗な声を張り指示を下すやや幼げな女性。彼女が今いるのは、絶賛雨が降りしきっている雲鳴のすぐ近く。できたばかりの雲とそれがもたらす大雨は、背後の窓からよく見える。

この指示は同僚に頼まれたものである。一から調べればなんとかされてしまうけれど、時間を稼げればそれでいいらしい。とりあえず彼女はこのように軽く規制をかけ、協力はしてやっているのだ。


「ここまでしてやっている、ですから…成果を出しやがれ、ですね」


女性、『レンドリッジ・イスクレイン』はため息まじりに呟いた。



千智たちはというと。大雨なので、もちろんのこと事務所に引き込もっていた。


「はぁ……暇」

「暇なほうがいいんだよ、事件がないんだもの」


進行形でおかしな雨が降っていることは気にせず、探偵はのんきに新聞を眺めている。


「っていうか、お兄ちゃんは蒸し暑くないの?」

「むしろ二は寒そうだけど。」

「暑苦しいよりマシよ」


相変わらず、脱ぐ派と脱がない派の不毛なやりとりが繰り広げられている。

ここ雲鳴では、ゲリラ豪雨とかはあまり起きない。ただ、そこそこ開発はされているためか絶対に起きないわけではない。


「…はぁ。雨、止まないかしら」

「まぁね。じめじめしたのは好きじゃないし」


ずず、と千智がコーヒーをすする。このだらだらした雰囲気はこのあとも続き、大雨は16時ごろに止むまで千智も二もみくさも特に何をするでもなくテレビを聞き流していたのだった。




「…そうだ。リーフを誘いましょう」


二がそう思い立ったのは、窓の外の水溜まりに広がる波紋はなくなってからだった。


「リーフって…?」

「私の友達。この前の、透明男のときに一緒にいた子」


みくさはそのときリタイアしていたためまだわからない顔をしていたが、千智は思い出したと手を打った。


「紹介してくれるのかい?」

「……どうしたのお兄ちゃん、リーフが好みだった?」

「いや、それはあの子のことをよく知らないからなんとも言えないが…情報網が広がるのはいいことだからね」


立ち上がって帽子をととのえ、笑ってみせる彼。対して二は、


「気が早い。まだ誘ってもいないじゃない」


なんてつっこみを入れながら、スマホの画面に文字を打ち込みはじめた。






「大丈夫ですよ…ティアラさん」


少年の綺麗な手が女性の肩に置かれる。背後から突然触れられたティアラはぴくんと跳ねかけて、びっくりしながら後ろを振り返った。


「な、なつめくん?」

「みくささんについては、僕たちでなんとかしますよ」

「なんとかって、あのね、協力は…」

「なんとかしてみせますから」


ティアラは言葉を遮られ、あとは何を言う気にもなれなくなった。この時はじめてなつめに恐怖心を抱きかけたのだが、疑う気にもなれず、なつめが去ってからも彼女はひとり、部屋をふらふらしているだけだった。


一方のなつめ。彼は部屋を出ると、自室のほうで顔を下に向けまるでホラー映画の幽霊役のようになっている女性へ近づいた。


「ですよね、イオノさん」


先程のように、にっこりと笑いかける。イオノは何も言わずに頷いて、珍しく階段に自ら足を乗せる。

するとぐらりバランスを崩し、段の角にひたすら打ちつけられながら転げ落ちて、それでもなおむくりと起き上がる。本当に幽霊が現れたようで、なつめの笑みは計画がうまくいった際のそれへと変化していた。





リーフが快くオーケーを出したため、三人は二の家の近くまで来ていた。あまり来たことのないビルまみれの方面で、たいてい屋内にいるからかあまり人通りはない。


「現れたなザ・ネクスト!今日こそその下着を剥いでやる!」

「ふふふ…いいわ、返り討ちにしてあげる!」


美少女どうしの友人どうし。ハーフっぽい綺麗な少女のところに、おかっぱの女の子がロングスカートをなびかせ走り寄っている場面。

端から見れば読者モデルだのやってそうなふたりだが、台詞がおかしい。格好だって、出会うなり謎のファイティングポーズをとってちょっとだけ挨拶らしき感じに仕上がっている。

周りの目は心なしか、すこしひややかな気がする。


「ほら、おにーちゃん、みくさ!来ないのかしらー!」

「来るよ…いちおうね」


千智が顔を隠しながら、みくさが周りに頭を下げながらリーフのところに集まった。


「紹介するわね。こっちが旭川みくさ。こっちは石狩千智よ」

「はじめまーしてっ、士別リーフちゃんです!」

「えと、はじめまして」

「はい、よろしくですね!ザ・ネクストのお母様!」

「お、お母様…?」


ザ・ネクストが二ということはなんか直感で理解したが、なぜお姉さまと言われたのかには追い付けなかった。


「あれ?ご両親でない?そちらがお父上では?」

「ま、待ってくれ!違うんだ!まるでボクとみくさが夫婦みたいじゃないか、それじゃみくさが可哀想だ!」


あわてて違うと言う千智。リーフはざんねんそうな顔をして、お兄様とお姉様と訂正した。ちなみに、みくさは何故だか赤くなっていた。


「…?どうしたの、みくさ?」

「ひゃいっ!?な、なんでもないですよっ!?た、ただ夫婦って、いきなりそれは!」

「ははーん…照れてるだけね」


みくさは二から目線を逸らしたが、そうすると周囲の視線が少ないながら集まっているのが視界に入ってリーフに移す。


「? どしました?」

「あの、えと、なんでも、ないでしゅ」

「噛んでる、噛んでる」

「なんでもないです」


小声で指摘されて言い直したのがおもしろかったのかリーフはそれを見てくすくす笑っている。二がつられたのか上着に手をかけて、みくさが真っ赤のまま動かないのでボタンはスムーズに外れていった。


ふと、二があることに気が付いた。

自分への好奇というか、なにやらテンションの高そうな民衆の視線が向いているのに、千智の視線は向けられていないこと。

斜め上…ビルの屋上。そこにちいさく見える人影に向いているようだ。あいつが何かするのかと思って、じーっと見ていると、何やら小瓶かなにかを持っているのが見える。


「なにかしら?」


その人影はきょろきょろ見回したりおろおろしながらも小瓶の蓋をあけひっくり返した。

その中から零れ出た煙が宙を漂い、しだいにひとつの大きな黒雲を形成する。空を覆い尽くして太陽を遮って、突然の大雨を降らせはじめた。


「この雨、そして雨雲になる煙…『レインメイカー』か!?」

「わかんないけど、とりあえず濡れないようにしなきゃ…」

「全裸になればシャワーと同じよ」

「風邪引いちゃうじゃないですか、やだ~」


急いでその人影が見えたビルに急行し、自動ドアが開ききる前に転がり込んだ。どうやら今の時間は誰もいないらしく、真っ白な廊下には四人の靴音が響いていく。


「…追いかけるのね」

「むやみに雨を降らせるのは迷惑だろう?ボクは彼を説得したい」

手すりもなく、気を抜けばすぐに転げ落ちてしまいそうな非常階段をかけ上がる。狭いために一列になり、千智のすぐうしろになったみくさは彼の探偵衣装が広がり顔にかかるのでうっとうしく、何階まで来たのかよくわからないなっていた。

このビルが何階建てなのかはわからないが、もう逃げられてしまっているのではないだろうか。そう考え、非常口のほうをちらりと見るとそこにはエレベーターが見えた。


「千智、エレベーターが…」

「あれは屋上にはつながってない。だから、まだ可能性はある」


Rの表記がなく、一階ぶん降りてからエレベーターに乗るだろうという話だ。それでももう逃げられていると考えたが、すぐ後ろの二がずんずん進んでいるので脱出できず。屋上まで、付き合うことにした。幸い、そこまで急ぐ事案ではないからだ。


ついに、この横から押されるとすぐ落ちる階段が終わりを告げて、鉄の扉が最後に待っていた。


「いくよ、準備はいいかい!?」


ふたりが頷いて、扉は開け放たれた。光度は雨天のためそう変わらず、ざあざあという音が非常階段にも響く。

そこに三人は飛び出す。コンクリートのくぼみに貯まった水が大きく跳ねた。


「…あれ?」


しかし、そこに人影はない。やはり逃げられたと、二とみくさは屋根のある非常階段の口に避難する。しかしまだ千智はあたりを見回しており、目付きは鋭いままだ。


「そこに、いるんだろ」


困惑するふたりをよそに、千智はそう口にした。180度振り返り、貯水タンクの群れに指を差す。すると影から、本当に人が姿を現した。

そのショートヘアの女性、彼女が目的の者というわけではない。シルエットが違う。ぶかぶかのTシャツではなく、サイズは合っていた。

なら、この女性は誰か。その疑問は、探偵が口にした。


「キミは…?」

「そこの女の子に用があるんです」

「…みくさに?ボクたちを誘き寄せたってことかい?」

「そうなりますね」

「…そうか、キミは『レインメイカー』じゃない」


女性は無言で頷いて、ちょいちょいっとみくさに手招きをした。みくさは三人ともこちらを見ていることに気づくと、急いで雨の中に出た。


「私に、ご用って…?」

「まず自己紹介しましょう。私はイオノ・サロマ___」


みくさの質問には答えずに、自己紹介をはじめる女性。彼女はそこで溜め、それからみくさに驚きを与えることになる。


「___ヴォイニックス・ライターズが一員」


心当たりといえば。あの、自分を拘束した少年だろう。彼が送った刺客の可能性は高い。


覚悟を決めた少女は手元に剣を呼び出す。輝きは雨中でも衰えず、滴る水を紅く色づけていた。

対するイオノは、思いっきり全身に力をこめるようにして、数秒。

バァン!!という音がして、彼女は鎧を纏っていた。その姿は暴力的に輝く電の球であり、広がったエネルギーが雨に濡れ靄を生む。


バチッ、バチバチィッ!!


剣の紅を喰わんとする光。みくさの目をこれでもかと刺激して、疲労させる。

だんだん目が痛くなってくるので、ぎゅっと一時閉じようとしたとき。


「遅い」


バァンッ!!


ぶつかった水滴たちを靄に変えながら、電が動き出した。咄嗟に武器を放したために感電はせずに済んだが、長めの瞬きのあいだにここまでとは。


それに、無理をすればすぐ感電するだろう。何度も襲い来る電を数度かバックステップで回避して、建物のギリギリ中で見ていた二にちいさく話をした。


次なる攻撃は、みくさの腹へ一直線の突進。ただそれだけなのに、電の鎧は人を殺すには充分すぎる。

普通ならもう対応しきれず、ぶつかるという距離まで迫られた。しかし、みくさは表情を変えない。落ち着いたまま、いつの間にかまだ現れていた刀を握って待った。


「死にたいのなら…殺してさしあげます」



ぎゅん。


イオノの狙いは大きくはずれ、格子にぶつかりそれをぐんにゃり曲げてしまった。


「こ、これ…なに…きもちわるい…ですね…」


イオノは中で気分が悪くなっていることだろう。二に話したのはこのことで、みくさはここから攻勢に出ようと考えていた。

が。どう攻撃すべきなのか。ただ斬り払おうとしては、金属の刃が自分に電を導いてしまう。それに、イオノが傷つくかもしれない。


「それは避けたいから…あぁもう、なんでこんなにやりにくいのばっかり…」

『それが我ら、謎といウものだ』


刀から、そう声がする。


『奴は雨を選ンだ。それは感電だけでなク…雨の日にこそ現レるという謎だからだ』


つまり?とみくさが聴く前に。身体は勝手に刀を掲げ、口はひとりでに言葉を紡ぐ。詠唱、刀の焔を呼び覚ます言葉を。


『天にて輝ケる女神、その焔よ』


「私に応え、私を導け」


「『神器・御霊勾玉』ッ!!」


千智と二にとっては初めてみることになる、みくさの持つ刃が祈りを体現する瞬間。いくつもの勾玉は、焔となりて彼女の周囲を廻っている。


「…行けっ!」


みくさが天を指差す。すると焔の輪が天へと上がってゆき、回転はよりいっそう速くなる。火力はしだいに異常な焔を示し、それらが一気に放たれることにより雨雲たちを吹き飛ばしていく。


「あれだけの雲を、全て…!」


目を丸くする千智。彼女の謎にはそのような使い方もあったのかと。どうしてか、自分ではないのに誇らしく思えた。

みくさは声を張り、いまだ平衡感覚に悩まされるイオノに対して細い指を向ける。


「あなたの謎は、ここで断つ!!」


晴天に浮かぶもうひとつの日輪が彼女、今度は心なしかちいさくなった電に狙いを定めて。


容易く電は裂かれ、他の光が乱入する。

イオノが内部で一瞬見た光景はまさにその瞬間だった。そして、数秒後に小さな太陽が自ら腹部に突き刺さったことを自覚した。

電は消滅し、ぶかぶかの文字Tシャツが腹部だけ焼けてへそが見える状態になったまま倒れ伏した。そのまま痙攣するのみで立ち上がらず、ダメージが大きいことは一目瞭然だ。



そんなイオノに、彼女を吹き飛ばした本人は歩み寄り、屈んで話しかけた。


「…あなた、自分じゃないですね?」


みくさの放った一言のあと、顔を伏せたままのイオノがあげる高笑いのような笑い声が聞こえてくる。しだいに少年の声が混じっていく。みくさは警戒をむしろ強め、身構える。


「まさか…イオノさんの謎を破るだけでなく、この僕の力まで見抜くとは」

「やっぱり、おかしいと思ったら!」


イオノの体が持ち上がりゆらりと足に体重を乗せ重力に逆らっていき、ふらふらながらも立ち上がる。彼女のものでない声は彼女の喉奥から響いており、よく聞けば不安を煽る。

ふいに、イオノは電を纏うときのように力を込めはじめる。すると、身体が一瞬強く光ったかと思うとその姿は消えていた。


「な、なんだったの…?」

「さぁね。ともかく、そのヴォイニックスってのはみくさの敵だってことはわかったよ」


何やら腐卵臭が広がっている気のする屋上。男女三人は、水溜まりの残るそこを後にして、一度戻ろうとする。

とそのとき。二は何か違和感を覚え立ち止まった。


「あれ?」

「? どうした?二ちゃん」

「リーフは…?」







みくさが雲を吹き飛ばすよりも前、ひとりの少年が逃げ惑っていた。


「と、とりあえずここまで逃げたけど…」


先程まで自分のいたビルの屋上あたりを見ながら、空の小瓶をしまいこむ。彼こそが先程雨を降らせた張本人、『レインメイカー』の謎の持ち主である。


「これからひとごみに紛れて脱出…?でも、人いなくなっちゃったし…」


おろおろしてあたりを見るが裏手には何もなく野良猫の一匹すらおらず、ただ排気臭いだけだ。とにかく大通に出て、雨宿りするふうにしてコンビニで連絡を待とうかと思い、裏手から出ようとする。

またきょろきょろして、人がいないのを見ると最寄りのコンビニを目指して走り出す…のだが。


「ねぇ、そこのボク!」

「は、はいぃっ!?」


急ブレーキをかけて、無理矢理急停止する少年。声をかけたのは誰かとそちらを向くと、何やらほんわかとした雰囲気で雨に濡れる少女がいた。


「…あ、あなたは…?」

「ふふ、『青位』に言われたんでしょ?」

「…!?な、なぜそれを!?」


その言葉に焦る少年と、依然としてほんわかしたままの少女。どうやら、雨を降らせるよう指示したのはその『青位』のようだ。


「だからと言って、何をするわけじゃないけど…命令を聞く相手は、間違えないように、ですよ?」


笑顔で忠告して、少女はビルの中へ戻っていく。少年は彼女をどこかで見たことがあるような気がしていたが、今はとりあえずコンビニまで行って雨宿りしておきたいと、雨を降らせた張本人のくせに思うのだった。




時と場所を戻して、イオノ逃亡後のビル入り口あたり。


「ふしょーリーフちゃん!戻ってました」

「っ!?い、いつの間に!?」

「まぁ、なんかいろいろ不詳っぽいよね」


リーフの気持ちのいい敬礼と千智の苦笑い。どちらも等しく、爽やかな日の光が照らしていた。

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