疑問5.強くなるためには何をすればいいか
「……うぅ…」
皆が寝静まった夜、午前3時ほどに目を覚ました少女は、自分の身体の痛みがひいていることを自覚する。そして、布団から出ても布が触れていることに気付いた。いつのまにか包帯が巻かれている。おそらく、隣で眠っている千智に巻かれたものだろう。
「…おせっかい」
一言だけ吐き捨てて寝室を出ようとすると、夕飯すら食べていないための空腹感に襲われた。
冷蔵庫に何か入っているかなと思ったら、鶏の煮込みと数種の惣菜がメモとともに入っている。
『お腹がすいたら、レンジにかけて食べて。
P.S.事件のことは問題無いよ、大丈夫』
女子高生のような丸文字で書かれたそのメモのはしっこに、千智と書かれていてびっくりした。このメモと名前だけなら男とは思われないだろう。容姿を見ても判別がつかないかもしれないが。
そっと料理を取り出してレンジの中へ。ボタンを押し、誰もいない食卓にひとり座った。
朝五時にはもうみくさは事務所を出ていた。二とも、千智とも、顔を合わせたくなかったのだろう。早朝から学校に行くのなんて初めてで、あまり話したこともない先生に遭遇しながら徒歩で学校に向かった。
それでも学校では、特に大きな変化はなかった。標はいつも通りそこらにネタを撒き散らすように笑っていて、それにふふっと鷲も笑っている。彼女の肌にはなぜか汗が滲んでいたけれど、体調が悪いとか訴えることはなかった。
そんな中ずっと、みくさはどうすればいいのか考えていた。あんな奴に邪魔されないには、どうすれば。
ふと、その"あんな奴"のところに二の下着姿が浮かんで首を振った。確かに、二回連続でみくさは彼女に解決を任せる形になってしまっている。
ためいきをついたみくさを見て、標がそっとしておくのが一番だと判断したことは彼女は知らないが、何にせよこの日は何もなく、ただ悩むだけで日中を過ごした。
帰りがけ。とりあえず、事務所に帰ろうとは思えない。誰か知り合いのところに行かせてもらおうと思い、真っ先に浮かんだ大学病院を目指すことにした。
いずみの連絡先は知らないけれど、謎の種のことなら相談にのってくれると思ったから。
◇
待合室の女性にいずみを呼ぶように頼んで、待つこと数分。今日は幸い人が少なく、前回のような特例でなく手が空いていたらしい。
「いずみさん。私に…謎の種のことを教えてほしいんです」
「謎の…ちさとちゃんに聞いたほうが早いと思うけどなぁ」
「彼に聞くのは…ちょっと、気まずくて…」
目をそらすみくさ。察したように微笑んで、いずみはすこしのあいだ大学の庭を借りて話をすることにした。
「まず、どうしてそのことを知ろうと思ったの?」
「強くなるためには、この力を知らなきゃ」
「……強く、なりたいのね」
「はい。事件を起こす輩に、負けないように」
「じゃあ、ちょっと説明に入るわね」
みくさはおねがいしますのかわりにぺこりと頭をさげる。いずみはホワイトボードが欲しいらしかったが、すぐに諦めて口頭で説明することにした。
「…えぇと。謎の種は、宿主の魂に結び付くの」
「魂に…ってことは、それが、千智以外は殺さなきゃ剥がせないってことですか」
「そうそう。力を引き出すには、その結び付きを強くすればいいのよ。それだけの話。」
「…結び付きを強くするには?」
「力を使うしかないわ。だから、庭に連れ出したの」
いずみが手をかざすと、その手からは蒸気が吹き出していく。庭はたちまち霧がたちこめるようになり、その霧はいずみが手を叩くと一ヶ所に集まり龍のような姿に変化していく。
「私の謎は『蒸発』よ。破ってみせて!」
みくさはその声をうけ、目の前の巨大な霧の龍向けて日本刀を出現させ、構える。
先に動いたのは霧の龍で、まっすぐにみくさを呑み込もうと進んでいく。
◇
少女、ラムネル・シャルベリエ。今年で25歳。身長142cm。職業はフリーライター兼謎探し。
今日はその謎探しの仕事のため、雲鳴南にある大きめな公園の草っ原にやってきていた。どうせ散歩程度じゃ見つからない見つからないと諦めて、シロツメクサで王冠でも作って遊ぶか、ゴミでも拾って遊ぶかと思っていたのだが。
草原の中に、倒れている少女がいた。ただならぬ気配を感じとり、急いで近寄る。意識はないらしい。そして、異常なほどの汗をかき、うめいている。
「…大丈夫、じゃないわね。明らかに…えーと、救急救急…っと、あれ?」
ラムネルはここで、連絡手段を自分が持っていないことに気がついた。
「…どうしましょう!?」
倒れている少女の呻き声はしだいに苦しさを増しているようで、ラムネルは人を呼ぼうとその場を離れた。
その時。異変は起きた。
周囲の草たちが彼女を覆うように伸び、空気中の水分が彼女を取り囲むように凝縮し、彼女の半身はまるで鉄の柱になっていくかのように硬化してゆく。
「まさか…暴走!?」
このような超常の現象、その正体をラムネルは謎のまま片付けることしか知らない。ただ、このような事象を起こす妖怪などまず存在しないだろう。
変貌が止まると、異形の少女はむくりと立ち上がる。そして、何本ものシロツメクサだったものを伸ばしラムネルに向けて鞭のように振った。
「……ここで問題よ、木を打ち滅ぼすものは何かしら?」
ラムネルは一歩も動かずに、腕と口だけを動かす。
「…答えは、こういうことよ」
きりきりきり___
歯車のような音がして、ラムネルが指差す方向には斧が現れる。襲い来る鞭を力強く切り、吹き飛ばすと歯車の音とともに消えていった。
「ったく、付き合ってらんないわ!」
公園からいったん退いて、近くの物陰に隠れておくラムネル。
異形はそれに興味も示さず、ゆっくりと遊具のほうを目指しその植物と鉄の双脚を動かす。
◇
少女の斬撃は、霧の龍には届かない。否、届かないのではなく、届いたとしても伝わることはない。手応えはいっさいなく、2つに裂かれたはずの龍は断面をぴったりくっつけると、何事もなかったかのようにみくさを襲う。
とはいえ、いずみの調整により今回は物理的なダメージはほとんど入らない。みくさが何をしようとも、霧の龍との戦いはいっさい進展を見せないのだ。
刀に慣れるには、このくらいでいいのかもしれないけれど。進展がないのは、気力を削ぎ、体力を削ぐ。じっと見ていたいずみにも、みくさの疲労は目に見えていた。
「…そこまでにしましょう。」
「……いずみさん…私は、まだ…!」
「あなた、謎を自分のものにもできてないのね?」
「……え…?」
「謎の種というのは、定着してしまえば喋ることと同じように使えるはずなの。なのに…」
いずみに告げられた予想外の言葉に、みくさは固まった。
「待ってください。みなさんの頭には、不思議な声が響いたりはないんですか?」
「……?何それ、どういうこと?」
「自分にしか聞こえない、謎の声が…」
「え…?おかしいわ、謎はただの謎よ?歴史上の人物が宿ったり、妖怪が憑依してるわけじゃないんだから」
だとしたら。あの剣の声は、なんだったのだろうか。
『我は汝が剣と成ル者』
咄嗟のことで、性別を判別できるまで覚えていないけれど。
立ち尽くすみくさの目の前で、霧の龍が太陽に消えてゆく。いずみの能力下を離れたらしい。
「とにかく、今日は終わりにしましょう?特例だし…ただ振るうだけじゃあ、変わらないと思うの」
「…わかりました」
「じゃあ、またね?みくさちゃん」
そう綺麗に刈り整えられた草木が霧に濡れ、涼しげな雰囲気の庭をあとにした。
いずみが病院に戻ると、救急車から少年がひとり運びこまれる最中だった。よく見ると、その少年は目に布をかけられてなお何かに怯えながら、明らかに普通ではない曲がり方をする腕を押さえている。
集中するいずみに駆け寄ってきたのは、看護師の福島だった。
「乙部先生!」
「…福島ちゃん、あの子になにがあったの?」
「あの子は…怪物に襲われたと」
「怪物?」
「はい。半身が植物で半身が鉄、それに蒸気を纏っているそうです」
怪物は公園に現れて、今も公園の中を彷徨いているらしい。真っ先に千智に連絡すべきことだと思い、福島にありがとうと言うといずみは走った。被害者は出てしまったが、大事になる前に決着をつけてもらうないといけないのだ。
◇
電話がかかってきたころ、二も千智も特に何もすることがなく、千智はもう眠りかけていた。着信音がしたとたんにびくっと跳ね起き、急いで着信音を鳴らした端末を取り出す。
「…もしもし、千智だよ」
「ちさとちゃん!!いずみよ!公園に怪物が出たらしいの、少年がすでに襲われて怪我をしたわ!」
「…なんだって!?わかった、すぐ行こう!」
回転イスから飛び降りて、イスはふっとんで壁に当たった。そんなことはお構いなしに、ドアの前まで走って振り返った。
「二、仕事だよ!」
「ほんとに?あぁ、服着てから行くわ!」
「そうだね、途中で警察に捕まったら本末転倒だもんね」
二を待つひまもなく、千智は飛び出した。
みくさに迷惑はかけられないと、昨日の激突で壊れかけた自転車に乗って全力でこぎ出した。
◇
「……まさか、いきなりこんなことになる、なんてね…」
ボロボロになった制服の袖、ひん曲がり血のついたジャングルジム、度重なる打撲と裂傷で歩くのにも激痛の走る左脚。どうしてこうなったかは明白だ。目の前には、感情をうかがい知ることもできない怪物が立っているのだから。
いずみと別れ、大学病院をあとにしたみくさ。彼女は、事務所に帰ることをためらっていた。足だけは動かしたまま、帰ってふたりに会いたい、けれどまだ気まずいと感情がせめぎあっているうちに、公園に何者かの大きな影があることに気がついたのだった。
公園に入るなり、その影はこちらに顔の前面らしきほうを向けた。植物と鉄、そして水に覆われて何者なのかはわからない。それでも、その植物のうち一束が子供ひとりを掴み、その腕を折ろうと力をかけているとしたら、相手が悪者であることは理解できた。
「そのコを、放せ!!」
刀を抜いて、握りしめる。とりあえずは少年を捕まえている植物を切り落とすことを目標として踏み込み何本もの植物が襲ってくる。二本を吹き飛ばしても、他は巻き付いて動きを邪魔してくる。むりやり振り払って少年を拘束する植物を切り払うと、彼を抱いて逃げ出した。
足に水が絡み、勢いを失って地面に叩きつけられかける。放り出された少年はなんとか着地して、ふらふらと助けを呼びに行ったらしい。
怪物は追う気はないらしく、こちらに注意を向けている。
こんな私で、これほどの相手と戦えるのか、と。
起き上がる前の一瞬の隙で捕まえられてしまい、ブランコの近くに投げつけられてしまう。左から着地しようとするが、勢いがあったからか砂利に太股が擦れ血まみれになっていた。
「……痛い…」
血まみれの脚に手を添わせ、立ち上がれるかやってみようと思った。刀を地面に刺して体重をかけると、なんとか立ち上がることはできた。
そこから体勢を調えるまで、待つような相手ではないことが一番の問題だった。植物と水がみくさを絡めとり、ジャングルジムの頂上へ縛り付ける。そして怪物はみくさへ近づくと、鉄の脚を大きくあげて踏み潰そうとする。
「あ、ぁあああっ!!」
右手のものは刀ですぐに切れたものの、左手はギリギリで引きちぎることができた。何本も束ねられているが、一本一本は強くない。
「……どうしていきなりこんな…」
弱音を吐こうとしたとほぼ同時。鉄の腕がみくさの腹にめりこみ、コンクリートで覆われた遊具まで吹き飛ばした。
彼女の身体は表面のコンクリートに大きなヒビを入れ、どさり崩れ落ちた。
みくさは動けない。朦朧とする頭で動けと思っても、身体は言うことを聞けない。
「……ごめんなさい…ごめんなさい、ちさとっ……」
涙が溢れそうになったとき。視界は暗転し、身体はがくんと投げ出された。
「…あれ?私…」
『娘一人ではもう立テぬか』
「……!」
あのときも、あのときも聞いた謎の声。真っ暗な中にひとり立っている感覚で、みくさはその声に問う。
「あなたは、何者なの?」
『……』
返答はない。ただ、意識の暗黒が揺らめくだけ。
『汝は、何故に戦ウか』
「なにゆえ、って。私は…」
言葉に詰まった。どうして、あんなに戦おうとしてたんだろう。
これ以上の被害を出したくないから?あの怪物の中に存在するだろう、謎の種の持ち主を助けたいから?
…きっと、違う。
「私は……」
強くなりたい理由。
それは、二回も相手の謎に負けたから。二に、仕事を奪われたと思ったから。
「……千智の役に立てないと思ったから」
『其奴と共に在リたい、と?』
「そう、かも…」
『其レが汝の祈リ、願イか』
みくさが頷くと、周囲の暗黒は安心したような雰囲気へと変化して、身体が急浮上するような感覚に襲われる。
目が覚めると、みくさは怪物の前で立っていた。
手にしっかりと握られた刀を掲げ、どこからか響く声と共に詠唱を紡ぐ。
『我は汝の祈リを届カす者』
「我は其の妨ゲを散ラす者」
『天にて輝ケる女神よ、其の焔よ』
「私に応え、私を導け」
徐々に、元より紅い刀身が更に燃え盛る炎の色を示す。
「あなたの謎は、ここで断つ!!」
「『神器・御霊勾玉』」
光に包まれた刀身はいくつもに別れ、勾玉を形作る。そしてみくさが手を振り降ろすと、指揮を得た兵が水を焼き尽くし、植物を灰にし、鉄を融かす。
動きに対応しきれず身体が崩壊してゆく巨体は、戸惑うだけでまともな攻撃さえできていない。その中核が、見えようとしていた。
炎上する植物たちのさらに奥へ、勾玉たちは列を成す。
そこへ走り寄るは傷だらけの少女。無い刀を握るような手を、勾玉の列に叩きつける。
どしゅっ
みくさの手、そして植物の奥には勾玉の列でなく、豪華に装飾された柄が握られ、赤熱する薄い刀身が突き刺さっていた。
みくさが巨体を蹴って跳び距離をとると、巨体は膝をつき、爆炎をあげ四散した。
「……やっ、た…」
爆炎が晴れても、そこには誰もいない。けれど、みくさは入りっぱなしだった力が抜けて、その場にどさりと倒れこんでしまった。
◇
倒れこみ地面にぶつかった感触をみくさは知らず、その代わりに先程の暖かな暗闇を再び感じることとなっていた。
『…申シ訳ない。我の所為で、汝の意識が脆クなっているらしい』
「私、また気を失ったの?」
『そうだ。まだ馴染ミきっておらぬのでな』
謎の声はそれ以上、みくさの脳に響いてくることはなく、何度めかもわからない昏倒から覚めていった。
「……っ!!」
そうして跳ね起きた彼女は知らない部屋にいることに気がついた。部屋は知らなくとも、状況は既視感がある。そういえば、千智に運ばれたときも同じだったような。
「悪いわね、手当てをするには道具がなかったから運ばせてもらったの」
部屋の中には、ごそごそとタンスを漁る少女がひとり、壁には星図のポスターが貼られている。ぬいぐみが数個枕元にあって、可愛らしい少女の部屋そのものだった。
「ここで問題。あなたはどうしてここに運ばれたと思う?さん、にぃ、にぃ、」
「えぇ、と…私は、公園で倒れて…」
「にぃ…ぜろ。それもそうだけど、理由はさっき言ったわ」
そんなのアリ?とみくさはちょっと思った。少女はタンスの前に戻り、最下段に服を詰めなおすとタンスを閉めた。
「えーっと、ごめんなさいね。私の服じゃ、あなたが着られるようなものはないわ」
身長もそうだし、主に胸囲的に。
「あ、お気遣いありがとうございます…」
「いや、いいのよそういうの」
むずかゆそうな顔をした少女。それから自己紹介がまだだったわね、と胸に手をあてみくさの方を向く。
「私はラムネル・シャルベリエ。ラムネルでいいわ」
「ラムネル、さん。私は、旭川みくさ…です」
「みくさね、覚えたわ。早速なのだけれど。私たちの代表者に会ってほしいの」
「代表者?」
突然のことにきょとんとするみくさ。ラムネルは頷いて、話を続ける。
「同じ謎の種を持つ者として、協力してほしいって話よ」
「はぁ…」
彼女に連れられるまま部屋を出て長い廊下をずんずん進んでいく。ラムネルはいちばん手前にある部屋の前に止まって、ノックの音を室内に転がした。
「ティアラ。さっき話した協力者候補ちゃん連れてきたわー」
がちゃ。
扉を開けたのは、みくさとそう変わりない身長の女性だった。ただし、みくさよりもずっと細く、健康的には見えない。
「…入って。」
まさか本当に連れてくるなんて、という顔をされた気がしたが、みくさはティアラというらしい女性の部屋に通された。
彼女は物書きの仕事なのか、作業台にはペンが転がっている。
「えーと、まず…私はティアラ・ウィルフリッド・メノプライズよ」
「…旭川、みくさです」
「みくさちゃん…ラムネルからはどのくらい話を聞いたのかしら?」
「ええと、特になにも…あ、でも、謎の種に関係があるんですよね?」
ティアラが椅子を差し出して、みくさはそこに座らせてもらった。相手も目の前で回転するキャスター付き椅子に座って、質問には頷いて答えとした。
「私たちは『ヴォイニックス・ライターズ』…ってことになってるわ。」
「仮に協力したとして、何をしようとしてるんですか?」
「……世の中には、理不尽が溢れていると思わない?」
「へ?」
「なんで自分だけ、どうして自分がこんな…なんて。理不尽を覆したいと思ったことはないかしら?」
ティアラの言葉に、みくさの脳裏に血の海に沈む家族の光景がフラッシュバックする。
「そんな理不尽をひっくり返すの。そう、ここにいる八雲なつめって奴と決めたのよ」
知らない名前を覚えこそすれど、それよりも目的の方に惹かれていた。
理不尽を。覆す。
「そのためにこの力はあると思ったの」
協力してしまおうか、と思ったときに、今度は千智と解決してきた事件を思い出した。
「……違うと、思います」
気づけば、口は勝手にティアラに対する反対を述べていた。
「こんな力こそ、相手にとっては理不尽じゃないんですか」
ティアラは答えない。みくさは協力しないことを選んだと、そう判断したんだろう。
「…私は、協力できません。ごめんなさい」
「いいえ。大丈夫よ。こちらこそ、変な話を持ちかけてごめんなさい」
申し訳なさそうな笑みを浮かべ、ティアラは立ち上がると、扉を開けてみくさに退室を促した。
「……私の話を最後まで聞く気になれたら、ここまで来て。これ、名刺よ」
断りきれずに、みくさはそれを受け取った。職業、名前、連絡先、住所(おそらくこの建物のもの)が書かれた程度のシンプルなものだ。
「階段を降りればリビング。そこから玄関の位置は…わかるはずよ」
ティアラはそうとだけ言うと、扉を閉めてしまった。
言われたとおりに階段を降りると、玄関へと通じるだろう扉の前には少年がひとり立ち塞がっている。
ここに住んでいる人なのだろう。一言挨拶して出ていこう。
そう思って、口を開いた途端。
重い音が間をほぼ開けずに6度、その直後に放電のような音がした。
みくさの身体が見えない輪に締め付けられ、彼女の動きは止められた。
「なっ、なにを!?」
「…悪いですが、口封じです」
端正な顔立ちで冷たい目を向ける少年。彼が数歩ほど歩み寄り、みくさの脇腹にそっと指を這わせた。
「ひぅ…っ!?」
「…しかし、勿体ないほどの上玉ですね?」
これから潰す虫を見る目が、性処理の道具を見る目に変わる。
少年の指は脇腹から腰、そして下半身へと滑っていく。
「ふふ…ご安心ください、殺しはしないことに…」
きり、きりきり。
ふたりの間に響くは歯車の音。聞こえたほうを向くと、そこにはぴんと立てたひとさし指の先に炎を溜めた少女__
「ラムネルさん…!?」
「まったく、なつめ。あなたって奴は本当に…!」
彼女はこちらでなく、横にあるみっつを1セットとして積み上げられた石に火球を放つ。そしてまたきりきり歯車の音がしたかと思うと、火球は雷を纏い石の塔を完全に破壊した。
「まさか止めにくるとは、貴女はそこまで情にあふれていたか」
「うるさい。ってか、助けた相手を汚されて気分がよくなるわけないわ」
「僕は気分がいいですが」
「私とみくさちゃんが悪くなる。1対2でこっちが勝つわ」
石が壊されたからか、みくさを締め付けていた見えない力が消えてまともに動けることに気付く。
とっさに両手で少年、なつめを突き飛ばし、玄関の扉を開いて逃げられる体勢になる。
「……ふふ、みくささん…ですか?ふふふ…僕は八雲なつめです。以後お見知りおきを…」
端正な顔立ちだというのに、先程の経験からか気色の悪いようにしか見えない笑みを浮かべるなつめ。彼を視界からはずそうと、ラムネルを見た。
「…ここで問題。ここにはもう一人変なのがいるのだけど、今は外出中なの。ここでゆっくりしてたら、どうなるかしら?」
要約すると、早く帰ってしまえということだろう。ラムネルに対してぺこりと一礼すると、痛みは特に感じない脚で走り出した。
「しかし、行かせてよいのですか?僕たちの前に立ちはだかるかもしれませんよ?」
「その時はその時に決まってるわ」
目を会わせようともしないラムネル。なつめは聞こえないようちいさく舌打ちして自室へ戻る。
◇
「はぁっ……はぁっ……!!」
肩口の大きな傷痕を抑えながら、公園近くの建物の影を彷徨く少女。血は流れていないが、それは焼き塞がれているからだった。雲鳴社南の制服や髪もところどころが焦げ、ボロボロの状態だ。
「…はぁっ、はぁっ…標、くん…」
自分なんかに話しかけてくれる、クラスメイトの少年の名を呟いた。
こんな場所での小さな声は誰にも届く訳はない。
荒い息を吐きながら、少女『天塩 鷲』は彷徨き続ける。




