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Mysterahoric [ミステラホリック]  作者: 織鳥
initial symptom
2/14

疑問2.その少年は何者なのか

雲鳴市南、オフィスビル街からすこし離れたところに、一階建ての家。

軒先には小さな看板があり、そこには『ヴォイニックス・ライターズ事務所』という文字と、電話番号らしい数列が書かれていた。

ここにはその事務所に属するライターが住んでいる。

だが、五人の男女が住むには普通に狭い。


カーテンが締め切られているために暗く、作業台に人が向かっているほかにはゴミ箱とくらげの入った水槽しかない部屋。その部屋の扉をノックもせず開けて、作業台に向かっている女性がぶつぶつ言っているのも気にせずに、椅子に寄りかかる影があった。


「……何かしら」

「ふふん、ちょっと聞いてー。」

「駄目。私は締め切りに追われてるの」

「さっきね、さっきね!左手おもいっきり斬られちゃったの!ほら見て!」


完全に興味がなく、原稿用紙を食い入るように見ているだけだった女性が、やっと振り向いた。長い髪と浮いている前髪が揺れて、椅子の背に顎をのせながら左手の大きな傷を見せる女性を見た。


「…はい?待って、なにがあったの、スウィーネ。」

「にひひ、ティアラも知りたい知りたい?」

「……また何かしたの?」

「私ね、"持ってる"子見つけたんだ!」


ティアラと呼ばれた女性は目の色を変えて、真剣にスウィーネと呼んだ女性を見つめる。ただ、スウィーネの方は平然としたまま懐からなにかを取り出す。


「はい、これ!"人体発火現象"~」


どこぞの国民的アニメを思わせる言い方で、手にもった赤く小さな珠をティアラに見せるスウィーネ。

それを見たティアラは、はぁとため息をつくと、

「またやっちゃったのね、あなた」

と責める目付きでスウィーネを見た。


「ごめんよ?やっぱり衝動的に一家皆殺しにしちゃってさぁ」

「あのねぇ、わかってるの?私たちは…」

「あ、今回はひとり生き残ってるよ!!その子も"持ってる"んだー!」


話を聞かないスウィーネに、胃のあたりがちょっと痛むが、生き残りがいて、その者が"持っている"という情報は、ティアラには朗報だった。

が、すこし考えると、特に朗報ではない。


「ねぇスウィーネ。その子、絶対にわかってくれないわよね」

「だって私という親の仇の姿、覚えちゃってるだろうし?」

「……やっぱり。本当、あなたに任せちゃ駄目だわ。後で別の奴に頼みましょう…」


執筆作業(というより、ネタをひねりだす作業)に戻るティアラ。スウィーネは残念そうにそれを見て、拗ねて部屋を出ていった。


「大変ですね、リーダー的存在も」


入れ替わるようにお盆を持って部屋にやって来たのは、ティアラに比べ年齢が半分程度であろう少年だった。


「…なつめくん。」

「はい、なつめです。どうぞ、ホットケーキが焼けました」


そっとお盆を作業台に置いて、よだれを飲み込むティアラを見る少年、なつめ。フォークとナイフを手にとって、ホットケーキを切り分けはじめる。


「…いや、ほんと…なつめくんがいてくれてよかったわ。あんな殺人者やらクソなぞなぞ女やらヒキニートやら、面倒なのが多すぎんのよ」

「はは、仕方ありませんよ。"これ"は、そういう人のほうが馴染みやすいんですから。はい、どうぞ」

「そうはいってもねぇー…わぁい、おいしそう」

「はちみつは、そこのカップのをお好みでお願いします。では、僕はこれで。」


なつめが出ていくと、ありったけのはちみつをぶっかけてホットケーキをほおばった。

あまいもので笑顔になったティアラは、次々に切れっぱしを口に放り込む。食べ終わって直面する原稿の危うさは、このときは忘れていられた。



「はぁ、はぁっ…なんなんだよあいつ…!!」


路地裏を逃げ惑うひとりの男性。何やら鳥らしきものを従えており、動物調教に関連した職業なのだろうか。

彼が後ろを振り向くと、毎回壁に隠れてこちらの様子をうかがう黒い帽子が見える。それが不気味で仕方なく、なんとか振りきろうとしていた。


「クソッ、せっかくあの国の犬どもに復讐できると思ったのによッ…!」


そう吐き捨てて、次の角を曲がる。しかし、勢いで突っ込んだそこは行き止まりだった。


「なんなんだ…なんなんだよ、てめぇ!!出てきやがれ!!」


まだ隠れられていると思っているらしいストーカーに叫ぶ。すると素直にするりと現れ、帽子に手をあてた。

顔がよく見えないうえに、黒いハットと同じ色の長いコートを着ており、素性はよくわからない。


「くくっ、ボクのことか。僕はただの探偵のようなモノさ」

「じゃあなんで俺をつけまわすんだよ!!」

「では逆に聞くけれど、その"まるで地上に描かれた図形のようなハチドリ"はなんだい?」

「……ぐっ、こ、こいつは…!」

「そして…さっき、見過ごせない発言をしたね。そう、国の犬への復讐だ。つまりキミは__」


流暢に喋り始める自称探偵に、我慢できなくなった男はハチドリをけしかけた。小鳥相応のスピードで、クチバシは探偵の影になっている顔に迫る。


「……おっ、と!?あ、危ないじゃないか!?」

「うるせぇんだよさっきから!どけよ!」

「嫌だ!ボクはキミの"持っている"それを…!」

「クソが、やっちまえ!!」


自称探偵の背後に、人間大の猿らしき物体が現れる。それは明らかに敵意を持って、腕を振り下ろす。


「ぎゃんっ!?」


しかし彼は避けることはしなかった…というより、避けられなかったのか。悲鳴をあげるとぐらり力が抜けて、その場に倒れる。

男はチャンスだと思い、猿とハチドリを連れて逃げ出した。



数時間後、ようやっと彼の目が覚めた。きょろきょろと周囲と手首の腕時計を見て現状を確認すると、頭を抱えた。


「また取り逃してしまった…ボクに何が足りないのか」


まだ目覚めたばかりでふらふらしながらも、なんとか立ち上がって考える。

どう考えても、戦闘能力だ。


「……弱いな、ボクは。明らかに問題はそれだ」


先程の猿なんかにさえ殴り倒されてしまったのだ。

この低火力紙耐久は、今後この仕事を続けるうえで改善しなければ。


「…はっ、そういえばあいつ…国の犬に復讐とか…!」


だんだん記憶がもどってきたらしく、警察に危機が迫っていることに気がついた。大々的な事件になってしまってはいけないと思い、探偵はまた動き出す。まだ、歩き方はぎこちないが。



「じゃあ、気をつけてね」

「……はい」


ここは警察署の前。死んだ目の少女に、優しげな青年が笑いかける。

時は、あの凄惨な事件より5日が経った。警察に保護された唯一の生存者を、保護できる期間が終わったのだった。

少女の名は旭川みくさ。そして、青年の名は北見彰という。この事件の捜査に関わることとなり、みくさに事情を聞いた本人だった。

犯人であるあの女性の姿は伝えたし、自分の覚えていることはほぼ全て伝えた。

ただ。剣のこと、赤い珠のことだけは秘密のままだった。話がこじれると思い、手に傷があるということ以外は教えていない。


「また何かあったら、僕に連絡してほしい。ほら、これ」

「…ありがとう、ございます」


連絡手段になる、SNSのQRコードと電話番号の書かれた名刺だった。ありがたく受け取って、そっとポケットにしまい、ぺこりと頭を下げる。

北見もこちらこそ、と軽く頭を下げて視線を落とす。


そっと視線を戻したみくさが見たのは、北見の頭に拳を振り下ろさんとしている猿…の、ようにみえる謎の生物だった。


「……!?き、北見さん、あぶないっ!」

「わっ!?」


だきつくようにして北見を突き飛ばして、回避させる。振り向くと猿らしき生物はまだこちらを狙っている。


「な、なんだあれ!?」

「わかりません。けど…私たちを狙ってることはわかります」

「…!!みくさちゃん、逃げて…」

「いいえ。どうせ私は悲しまれるような人間じゃありませんから。北見さんが逃げ延びたほうが、きっと世のためになります」

「……みくさちゃん、なんてことを…」


どごぉんっ!!


痺れを切らしたのか、地面を殴り陥没させる猿。ここは本当に危ないと察知して、北見がみくさの手を握って走り出した。


「北見さん…!?」

「みくさちゃん、まだ高校生だろう?そんなこと言っちゃ駄目だ!」


しかし、相手は人間の走力で逃げられるような速度ではない。いくら北見が所謂火事場のなんとやらを発揮したところで、追い付かれるのがオチだろう。


「……北見さん、ごめんなさい!」


手をふりほどいて、地面を蹴った。ポケットの中からハンカチを取り出して、まるめて投げつける。


「こっちに来なさい…!!」


顔らしき部分にかかり、煩わしく思ったのかみくさの方を向く。両手でハンカチの端を持って、ひとおもいに引き裂いた。

まるで、お前もこうしてやろうかというように。





「…やっと見つけた。あいつがボクを殴ったんだな…ってことは、近くにあの男が?」


木陰から覗く少年は、男を追っていた自称探偵その人だ。

静かに様子をうかがい、猿の注意をひくみくさを見つめている。助けに出るようすもなく、ただ手にした白紙の巻物を握りしめた。




女子高生の体力で、獣の相手をするのは無理がある。迫り来る猿を前に、みくさの体力は限界が近づいていた。


「…どう、しよう…」


なにも言わずに、黙々と標的を殺すために猿は動く。千切られたハンカチは道端に捨てられ、砂の上に乗っていた。


『少女。我のことを忘レタか』

「……!」

『剣を求メよ』


「……あぁ、もう!」


みくさがもたもたしているうちに、猿の拳が振りあげられる。そこから下へ動かす動作が行われ、みくさは健闘むなしく頭部を__


「んなわけ、ないじゃない!!」


ばしゅっ!!


太陽の刀はいともたやすく猿を両断し、切り裂かれた猿は消滅してしまう。


咄嗟に逃げてきた方向を見ると、北見は先程の猿と似た、ハチドリやら蜘蛛らしき生物に狙われていた。


「…遠すぎる…!」


しかし、とても走って間に合うような距離ではない。かといって、ここで立ち止まっていたら絶対に後悔する。


『我に任セよ』


ぎゅんっ!!


日本刀がひとりでに動きだし、みくさを引っ張っていく。なんとか手から離れないようにして、みくさはなんとかついていった。


どす、とハチドリの身体に日本刀が突き刺さり、勢いが止まった。ハチドリも消滅し、残るは蜘蛛だけ。


「…みくさちゃん、君は…」

「私にもわかりません。ただ、私は戦えます!」

「……そうか。やっぱり、君は__」


ばしゅんっ!!


ついに蜘蛛も赤く輝く刀身を受け、どこかへ消えてゆく。

ほっとひといきついて、北見のほうを向いた。その顔は今までの沈んだ顔でなく、笑顔のようだった。



一部始終を見て、すごいと漏らす少年がいたのだが、観客はそれだけではなかった。配下のハチドリたちがやられたにも関わらず、にやにやと笑っている。


「く、ククク…あのヒョロヒョロ男を殺せなかったのは癪だが、なんだか気分がいい」


がさがさ雑草を掻き分けて、署のほうへと歩いて行く。中では警官たちが何やら北見とみくさの行動に混乱しているらしい。


「来い、巨人…!」


男が指をぱちんと鳴らす。地面に図形がえがかれて、それがしだいに実体化していく。出来上がるのは、3mはあろうかという巨大な人間のような姿。


「思い知れ…俺を怒らせたらどうなるかなァ…!」






「…!こいつはまずいぞ…」


巨人の姿が構築されてゆくのを見て、少年は冷や汗を垂らす。


「このままだと…あの女の子でも手に負えなくなるかも」


考えているような暇はない。だから、少年は茂みから飛び出して、ふたりの方に向かって叫んだ。


「そこのキミ__!そいつらの本体は、署にいるんだ、だから!!」


口元に手をあてメガホン代わりにして、目を思わず閉じてしまうほど思いっきり。

少年が久しぶりに出した大声は、みくさの耳にも届いていた。それを信じたのは、少年の後ろに巨人が居たからだった。


「…あいつかも…ね、お願い」


手元の刃に語りかける。それに応えた刀身は唸り始め、ハチドリを貫いたときのように驚異的なスピードでみくさをつれてゆく。

少年は目を丸くしながらも背後の巨人に気づき、横にステップしようとする…が、石につまづいて倒れてしまう。


それでも刀の射線上からは外れ、巨人の腹で勢いが止まる。

みくさが地に足をつけると、刀はひとりでに巨人を細切れにした。


「……下から悪いんだが、本体はあの男だよ」

「…え?」


中性的な声で、下に倒れている少年がいることに気がつくとスカートを押さえるみくさ。だが少年の口から告げられたのは、別の真実であった。


「その通りだぜ嬢ちゃん。だが気付くのが遅かったな」


男が署から現れたかと思った瞬間。

背後に突如、触手めいた謎の生物が現れる。みくさの四肢にぬるりと絡み付き、動きを封じてしまう。


「ひゃ、やめっ…!?」

「どうだ…親身にしてくれた警察の人の前で汚される気分はよォ!」


みくさの表情が、警察署から出てきた直後の死んだ目に戻りつつあった。

遠くで倒れているだけの北見には、こちらを見ていることしかできないだろう。

服の中をまさぐり始める触手と男の手。気持ち悪い動きに、生理的な嫌悪から必死にもがく。けれど、四肢は動かない。

みくさの目尻から、涙が一滴垂れたとき。男の後ろで何かが起き上がった。


「ひひひ、嬢ちゃん、おっぱ__」

「…気持ち悪い!!!」


ぼこっ!!


古風な巻子本が鈍い音をたてて男の頭にぶち当たる。


「な、なんなんだよ!邪魔ばっかりしやがって!」


男の気がそれて、触手の拘束が弱まった。その瞬間、その隙に刀を持ち変えて、背後の生物を突き刺した。

触手が消滅し始めるとすぐさま脱出し、男の右脛に思いっきり蹴りを入れた。


「誰が汚されるもんですか…!!」


痛みから脚を押さえようとする男に、さらに少年の持つ巻物による殴打が入って、そのまま倒れて痛い痛いとうめくだけになった。


「…ふぅ。じゃあ、ボクの用事を済ませよう」


さっきまで鈍器扱いだった巻物を前に出して、倒れた男の上にかざす。


「我は征服王の名の元に集イし叡知」


「周ク学問、その礎と成リシ者」


目を閉じて、呪文のような言葉を唱え始める少年。

ひとりでに巻物が開き、そこに文字が刻まれてゆく。


「現世に於ケル人々の智を超エタ千の智、解キ放タレども解キ明カサレぬ謎の魂よ」


「汝が謎は『ナスカの地上絵』」


「此の手に還リ、其の名を遺セ」


男の胸が一瞬かがやいて、勢いよくビー玉のようなものが飛び出した。

みくさには、それに見覚えがあった。そう、みたまが見つけた、そしてあの女性が持ち去ったあの赤い珠。それと同じ雰囲気を持っている。


「回収、完了。」


それを手にとって、にやりと笑う少年。

みくさは思わず、彼の肩を掴んで揺さぶった。


「ねぇ、なの珠はなんなの!?どうしてあの男があんな化け物を!?その巻物はいったい何!?」

「まって、まって、質問はひとつずつ…」

「……はっ、ごめんなさい。でも…どうしても知りたいの。謎の魂って…?」

「そうか、知りたいかい?」

「もちろん…!」

「では取引だ、ボクの__」


「おーい!!みくさちゃん、大丈夫かい!?」


少年が取引とやらを持ちかけようとしたとき、北見が走りよってきた。


「は、はい。」

「よかった…深くは聞かないよ。きっと、僕達にはわからないことなんだろうね」

「そうだね」

「…君はいったい、何者なんだ?」


話に割り込む少年に、北見は問いかける。

少年は嬉しそうに、こう答える。


「"謎の種"を集める者。まぁ、今回みたいな人知を越えた犯罪をどうにかするのが目的みたいなものさ」



流れで去ろうとする少年に、みくさはすがりつく。そのあいだに、北見は男に手錠をかけることにした。



「ねぇ、取引って!?」

「ふははは、それはボクの仕事を手伝うことさ。キミがさっきしたようにね」

「どういうこと?」

「質問ばかりだなキミ。さっきあの警官にも言ったろう、今回のような犯罪者を退治するのさ」

「わかった。約束するから教えてほしいの」

「せっかちさんでもあるな、キミは!ちゃんと教えるから、また明日だ!もう家に帰れ!」


そういいながら振り払う少年。みくさは、さっきのしつこさはどこへやら立ち止まってしまった。


「…家に、帰る…?あぁ、やだ、やだ…もう、あんな光景…!!」

「…どうかした?あ、ちょっと、まって!ボクが悪かったから!ごめんね!?」


事件の日、あの光景がフラッシュバックして、発狂しかけるみくさ。そんな彼女に焦って謝る少年。

静かになってくれたかと思いきや、そのまま気を失ってしまっただけらしい。まいったなと頭を掻いて、とりあえず介抱するために、彼女を精一杯の力で持ち上げた。



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