表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Mysterahoric [ミステラホリック]  作者: 織鳥
terminal symptom
14/14

疑問13.最悪の展開とは何か

至福の食事を終え、どうしても眠くなる午後の授業が始まった。また勢いよく開けられては扉がかわいそうなので先に開けておき、さっさと自分の椅子に座る。満腹からか、堪えきれないあくびが出てしまった。


授業が始まってからもぎりぎりで耐えていたのだが、ついにある一点でがくんと落ちる。夢へと沈み、脳内に声が響いているのみとなった。


『__小娘よ』


聞きなれた、謎の声。男女の判別がつかない曖昧なもの。


『神器は全テ目覚メた。残ルは我が真名だ』


神器とは、今までみくさが展開してきた三種の形態のことだろう。

炎を纏う『勾玉』。邪を断つ『神剣』。そして、闇を灼く『神鏡』。

謎の声曰く、最後に真名を解き放つことにより神器の力をさらに引き出すことができるらしい。


『だが……最悪の展開になルのだろう』


坩堝の忠告。彼女が切っ先の目で告げた言葉だった。

みくさには想像もつかなかった。あの目が捉えたものが何なのかも、これから何が起きるかも。


『自ラの身を案ジるのならば、控エた方が賢明だろうが』


でも、黙って見ているわけにもいかない。他人に任せっきりというのは嫌だ。


『やはりそう言ウか』


それでこそ汝だと、褒められた気がした。認められたのかもしれない。

だんだんと意識が浮き上がり、浮遊感の中瞼が軽くなっていく。


きーんこーんかーんこーん。


やっと目が覚めたのは、終わりのチャイムちょうどだったらしい。むりやり気を保つために自分の頬をぺちんと叩いて、下校中には寝ないようにすると決めた。



昼過ぎの街並みに、ひとつだけ場違いなほどずば抜けて高いビルがそびえている。あの頂上からは、きっと雨雲ですら見下ろせると思えるほどだった。


ここは雲鳴社よりやや離れた場所。ビルの前に立つは、金髪の小柄な女性_『ラムネル・シャルベリエ』。なつめの最期を見届けた彼女は、なつめを電池の切れた人形のようにした少女を追っていた。『緑位(グリーン)』、と呼ばれていたはずだ。

彼女を追い、何度も撒かれ、ついにたどり着いたのがこのビルであった。噂は耳にしたことがある。何でも、イスクレインとかいうとんでもなく大きな会社の令嬢が街を監視しているとか。所詮取るに足らない噂話だろう。


「……待ってなさい、みんな。狂ってしまった原因は、きっとこの中に……!」


確かに、なつめはどうしようもないと思われるほど悪用したかもしれない。だけれど、決して救えないなどと思っていない。きっと、救われてもいいはずだ。彼に汚されても、千智たちに依頼した内容は変えるつもりがなかった。


一歩、また一歩。ラムネルは元凶だとする者のいるだろう建物に近づいていく。そうすれば、もちろんのことセキュリティに引っ掛かるだろう。


「ここで問題……まともに通ろうとすると思うかしら?」


きりり。アンティキティラの歯車が起動し、金行の斧を具現化する。大きく振りかぶり、ただ振り下ろす。重量に任せた攻撃で警告ランプと自動ドアを叩き壊した。ならば、堂々と入場するのみ。


自動ドアの残骸を踏みしめながら赤いじゅうたんの敷かれたエントランスに侵入する。そこには、待っていたかのように人影があった。


「……あなたたちは?」


人影はふたつ。黒い外套に身を包み黒に白いメッシュが入った髪の少女と、ワイシャツ姿で切れ込みの入ったミドルスカートの少女だ。黒い方は見覚えがないが、ワイシャツの方は目当ての『緑位(グリーン)』であることは一目でわかった。


「おこたえできません。侵入者に開示できる情報があるとでも?」


緑位は笑う。そこに感情はこもっていない。


「……なぜなつめを殺したの」


ラムネルの質問に、相手がなつめの関係者だとやっと気付いたような顔をする緑位。まさかのラムネルさんでしたか、なんて呟きながら。


「特別にお教えしますね。『青位(ブルー)』、彼は乱暴をはたらきすぎました」


残念そうに、目を逸らす彼女。青位、というのがなつめのことだろう。


「その魔の手を部下の内で済ませるどころか、『橙位(オレンジ)』……ましてやざ・ねくすとに手を出すまでに」

「ちょっと待ちなさい、オレンジとかネクストって、誰よ?」


それらの名前は、ラムネルには聞き覚えがない。グリーン、ブルーときているのだから誰かのあだ名かなにかと思われるが、誰かまではわからない。


「ご存じでないならいいのです」


今度の彼女は答えなかった。


ふと、緑位の隣に違和を感じた。ラムネルは会話が途切れたときやっと変化に気がついたのだ。黒いほうの少女がどこにもいないことに。

あたりを見回したところで、豪華な装飾くらいしか見当たらない。いったいどこへ消えた、隠れたのか。


次の瞬間、ラムネルの身体には血の気が引くような感覚が迸った。ただの寒気ではない、濃厚な殺気への危険信号だ。


「な、なに……!?」


否。その血の気が引くという感覚には、もうひとつ意味があった。彼女の背からなにかが侵入している。刃だろうか、とにかく出血しているのは間違いがないだろう。


突き刺した犯人だろう黒い少女を捕捉するため、ラムネルは出来たばかりの新鮮な傷を庇いつつ後ろを身体ごと向いた。

黒い少女が取り出していたのは、汚れたメスだ。医者とはとうてい結び付かない容姿であったが、彼女は扱い慣れた手つきでラムネルの腹を撫でるように引き裂いていく。


散らされた鮮血がじゅうたんに付着しても、ほとんど目立たない色合いだ。元より誘い込んでいたのだろうか、なんて考えが脳裏を過る。考えても遅いのは明らかだった。何せ、もうすでに彼女の膓は引きずり出されているのだから。


「なによ、これ」


驚くのも無理はない。まるで殺人事件そのものであるかのように、黒衣の少女はラムネルの身体を解体していく。痛みを脳が処理するよりも前にメスが入り、身体が別たれていくのだ。


「解決解決。さーてとっ、『赤位(レッド)』さんにでも絡みに行ってきますかー」


エントランスの奥へと消えていく緑位。待ちなさいと叫ぼうとしても、喉奥からは悲鳴しか響くことはなかった。



一度眠ったからか思った以上に耐えられて、帰りのHRも乗り切ることができた。気まずいながらも事務所へ帰ろうとすると、鷲に呼び止められる。


「いっしょに、帰らない?」


標から誘われることはあったが、鷲から来ることは珍しい。みくさも彼女の友人になれたということか。

ふたりがくっついて歩いていく横にいるのは邪魔をしているようで気が引ける部分もあるけれど、会話が楽しいので気にしたことはあまりない。何よりこのふたりを結んだのは自分というふうに考えてみると、いちゃいちゃするふたりを見ていてもちょっと誇らしい。


もうすっかり肌寒く、靴も買い換えたい季節だ。鷲が手のひらにふっと息を吐くと、白いもやが現れた。いつも横を通っている校門前の銅像は触ったら冷えに冷えているだろう。


ふと、その銅像に背を向けかけたとき。何かの気配がして、思わず立ち止まった。後ろを見てその正体を探ろうとすると、銅像の影から見覚えのある姿が。


「……え?」


一瞬目があった。どくんと、みくさの胸は抉られたように痛みはじめる。相手はそんなことも露知らず、みくさのいる方向へ駆けていく。


「あ、ま、待って……!」

「みくさ?どうした?」

「ごめん標っ、鞄持ってて!」


あれだけは追いかけなければいけない。手荷物を標に押し付けて、あの少女に負けぬよう全力で追いかける。


彼女に集中していたとしても見慣れた通学路は同じ顔を見せる。ずっと歩いてきた晴天の道。だが、みくさには訳が違った。最近この道を通るときの寂寥ではなく、数ヵ月前の明るい雰囲気でもない。意味がわからないと謎に思う心だった。



見慣れた道ばかりを駆け抜けて辿り着くのは当然見慣れた場所。いや、見慣れたという表現はおかしいだろう。少女を追って行き着いた先は、みくさが16年ほど過ごしてきた場所だ。

警察による捜査は続けられているのかわからないが、テープは張られていない。謎の種が絡んでいる上に犯人であるスウィーネはもう殺されている。仮に捜査が続いていたとしても、それは無駄としか言いようがないだろう。


「……え、っと」


旭川家の扉は、いつかの地下室よりも重く大きく感じられた。自分の開いてはいけないものを開こうとしている気がする。

だが、疑問を解消しようとする欲求はそんな予感などで抑えきれはしない。


一ヶ月ぶりに触れる我が家の扉。ゆっくりと開いた先には__



「あっ、おかえり!お姉ちゃん!」


先程追いかけていた少女の無邪気な笑顔が出迎えてくれたのだった。


「みたま……みたま、なの?」

「どうしたの?みたまだよ?」


首を傾げる彼女。食卓のほうからは、おかえりなさい、と両親の優しい声がする。下校のあとは、母が作るケーキでおやつの時間だったっけ。


まるでこの一ヶ月が、あまりにも歯切れの悪い夢だったかのように。いつも通りの旭川家が、そこにはあったのだ。


「お姉ちゃん!この前の約束!」


あぁ、そういえば。帰ったらゲームをすると約束していたんだった。姉が頷いたのを見るやいなや、明るい表情でみたまは自分の部屋へとぱたぱた駆けていった。


「……よかった。みんな、無事だったのね」


そんなわけがない。頭では分かっているつもりだ。でも、希望があるのなら。謎の種による作用が死者も蘇らせるならば、これでもいいと思えた。

走った疲れからだろうか。足元がちょっとふらついて、一歩出すことで踏みとどまろうとする。


「……あれ。おかしい、な」


頭がくらくらする。

それもそうだろう。漂っているのは母が焼いたケーキの香りではなく、染み付いてしまった死の臭いである。床は血の跡で赤く染められていて、いかにも凄惨な事件が起きたあとのようになっている。

みくさは受け入れようとしていないだけだった。視界に入っても見えないふりをしているだけだった。


「どうしたんだい?」


それが事実ではないように、もしくは当たり前だという顔で、父ヤマトが心配して手を差し伸べてくれる。みくさは思わず、それを振り払ってしまった。


「……みくさ?」


呆気に取られる彼を放って、一刻も早くこの息苦しい場所から抜け出したいと靴を履く。かかとを踏むのもお構いなしで、外に出てから調整すればいいと扉を乱暴に開け放ち、飛び出した。


「な、なんなの……なにがおきてるの!?」


目の前にいつもと変わらぬ旭川家があったのも事実。だが、家族が殺されたのも事実。

だとすれば、あの両親はいったいなんなのか?あの妹はいったい、どうしてあのように生きているのだろうか?そもそも、本当に生きているのだろうか。


「どうですか、お姉さん」

「……っ!?」


頭を抱えるみくさの前に、ひとりの少年が現れた。彼の顔は記憶にある。たしか、みたまと仲のいいクラスメイトだった、『音更なごり』のはずだ。


「なごり、くん?」

「はい。お姉さんも、みたまちゃんにもう一度会えてうれしいですよね」

「何をしたの!?」


がっちり彼の肩を掴み、揺さぶりながら問う。なごりはいかにも泣きそうな表情になりながら、およそあの無邪気な笑顔の少女の姉とは思えぬ形相のみくさに押されて答えた。


「だって……僕は、みたまちゃんに会いたかった」


みくさだってそうだった。あんなことにならなければなんて、警察に保護されながら何度思ったことだろう。


「だからって……だからって!これは、狂ってる!」


自分達の死の跡を当然かのように受け入れるなど、みくさから見ればあまりにも異常な空間だ。

激情のままなごりの細い首を両手で掴んで、握りつぶしてしまうくらいに力を込める。


「ぐ……ぁ、な、んで……」

「お父さんを、お母さんを、みたまを、あんなふうに……!!」


一心不乱に少年の首を締めるみくさの背後で何かが点火するような音がした。


「なごりくんから、離れてっ!」


振り抜かれる炎の拳。燃え盛る身体でみくさの腕をなごりから引き剥がそうとする。突然の高熱に手を離すほかなく、投げ捨てられるようになごりの首は解放される。


「げほっ、げほっ!」

「大丈夫?なごりくん」

「はい……みたまちゃん」


助けられた彼よりも、助けた彼女が頬を赤らめている。腕に纏う炎は消えており、小さな手のひらはそっと少年の頬に触れた。


もうそんなものは見たくない。強く目を瞑り、自分の頬を涙が伝っていることと呼吸が荒いことをはじめて実感した。


『ふむ……あの娘の言葉通リ、か』


脳内の謎の声が坩堝の言葉を思い出させる。次の事件、そして最悪の展開とは、これのことだったのだろうか。


『小娘。汝には負担が大キすギるだろう。我が出ル』


身体を貸すことに抵抗はない。とにかく、この状況を誰でもいいからなんとかしてほしかった。心の整理が追い付くまでは意識の中へと閉じ籠っていたかった。



「で。小娘を追イ込ンだのはお前たちか」

「……なごりくんを傷つける奴は、ゆるさない!」

「ほう、姉に向ケてその態度か。我自身は姉ではないが」


声も姿もそのままだが、雰囲気は明らかに異なっているとなごりは感じ取った。元から握っていたように手の中に日本刀を持ち、妹を相手にしてもまったく動じていない。


「……刃を向けていいんですか?お姉さんの、妹なのですよ」

「炎を向ケたお前が悪イ」


右腕を燃え上がらせるみたま。彼女の謎は『人体発火現象』。一度取り出されたのち、なつめによってイオノの身体へ、そして回収されたものの彼の消失とともに消えた謎の種が、ふたたび宿っているらしい。

彼女の炎の拳が、みくさの身体目掛けて突き進んでいく。熱された空気が揺らめきながら、少女の脚が前に出るたびに炎は近づく。

対する姉は一歩も動かない。動かずとも、対応できると言いたいのか。腰の横に構え、居合い斬りによって炎を落とした。


「あ……きゃああぁあぁああ!?」


それはつまり、迷いなくみたまの腕を切り落としてしまったということだ。


「みたまちゃん!!」


血は滴り落ちない。所詮は仮初めの身体、偽りの魂だ。なごりの能力『ゾンビパウダー』は強い想いによって奇跡的に謎の種までも再現したが、それは所詮死人の贋作。生命をそのまま元に戻すなど不可能だ。


「みたま……っ!」


同じく名を呼んで駆けつけたのは、かがみとヤマト。娘の悲鳴を聞けば、よほどの事情がある家庭でないかぎり両親がやってくるのは当然のことだ。


「みたまに何をしたの!?」

「見レばわカる」


短く切り返すみくさ。贋作の両親はそこからいくつもの言葉でまくし立てるが、その中にみくさのことは述べられなかった。


「……まったク。なんと気分の悪イ__」


刀をふたたび構えようとしたとき。身体を借りている彼(彼女?)に、脳内でみくさが語りかけてきたらしい。


『私の手で、滅ぼさせて』

「ほう。構ワんが、何故だ?」

『この時間で気持ちの整理がついたの。やっぱり、私は……この一ヶ月を、否定されたくない』


二。いずみ。標と鷲。いぶか。そして__千智。家族を亡くしてから出会った者たちと過ごした時期を、無駄にしたくないという。


『それに、あなたも。名前は知らないけれど、私を助けてくれたあなた』

「……!」


謎の声にとって、そんな優しい言葉は幾度かしか聞いたことがなかった。

みくさの言葉は続く。


『亡くなった人だっているけれど……これは、その人の死が無意味だと言われてるような気がするの』


身体の主導権がみくさに返される。日本刀の重みは今までの数十倍にも感じる。

それでも歩む。仮初めの幸せを断ち切るために。


「……おやすみ。お父さん、お母さん」


どしゅ。


静かに向かってくる娘の姿に唖然として、ふたりはただ斬られるのみだった。

次はそちらだと、崩れ落ちた父母に驚きを隠せぬみたまを見る。


「や、やめろ!そんな、僕のっ、みたまちゃんだけはっ!」


なごりが叫び、彼女だけは守るために姉妹の間に割って入ろうとした。だが、もう遅い。

日本刀は贋作の妹の首を撥ねる。大きく吹き飛んだ贋作の首はなごりの眼前に落ち、彼を卒倒させた。


「ごめんね……約束、守れなくて」


三人を手にかけても血の一滴すら付着していない太陽の日本刀は、仕事を終えたと静かに消えていく。


膝から崩れ落ちた少女には先程までの殺気はなく、感情のままに咽び泣くだけ。



大声をあげて、泣きわめく。ただ泣くことしかできない。

どうして自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのかと、誰に向けてでもないのに叫ぶ。

やっと追い付いてきた標たちが到着するまでは、みくさはただ泣き声だけをあたりに響かせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ