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Mysterahoric [ミステラホリック]  作者: 織鳥
initial symptom
12/14

疑問12.温泉は癒しになるのか

ティアラが消えた後、ラムネルは何も言わずに去ってしまった。協力はなつめを止め、できれば救うことに関して。しかしみくさたちはスウィーネを殺しティアラの消失を止めなかった。なつめを追い込んでいるのと同じだと、彼女は出ていったのかもしれない。

ふと窓から外を見ると、あれだけあった血痕もティアラとなつめの姿もそこにはなかった。どこに消えてしまったのかはわからないが、問題になるのを防いでくれた何者かがいるのだろうか。また、なつめがいなくなったということは。


「あ、ありがとう、ございましたぁ……!」


襲ってきた二人の撃退という、いぶかの依頼には無事成功したことになる。怯えていた彼女だったが、すっかり証拠の消えた外を見て安心してくれたらしい。


「ええと、そういえばお名前はぁ……?」

「あぁ。ボクは石狩千智。彼女が旭川みくさで、あの子が木古内二だよ」

「みくささんに、二さん……覚えておきますぅ」


口元に手を持ってきてくすくすと笑ういぶか。幼く感じさせる顔立ちと服装ではあるが、身長はみくさとあまり変わらないようだ。


「でも千智さん……あなたでしたかぁ。くすすっ、噂通りのすてきな人みたいですねぇ?」

「……噂?どういうことだい、それは」


千智の噂といえば、高校時代からたいていはいずみの仕業だった。だが、いずみと仲のいい様子ではない。それにいずみが流す噂は千智のドジなんかをネタにしたものであって、すてきな人という結論にはなりにくいだろう。


「あなたもよく知っている人に聞きましたぁ……あ、女医さんではないですよぉ」


千智の追求を遮るように彼女は笑顔でお礼をまた言って、報酬は後日でよろしいかと聞いてくる。命を狙われていたのだからとみくさは受けとる気ゼロだったが、千智はまだまだ知りたいことがありそうな顔だ。


「ではまた今度、お話しましょう?本当にありがとうございましたぁ!」


いぶかが待つことはなく、さっさと出ていってしまった。


依頼人がどちらも去っていき、空を見てやっと気付いたようだが、もう朝は終わっていた。太陽は高く昇り昼時でお腹もすいてくるころだ。お昼ご飯を買いにいこうと立ち上がったみくさだったが、二に止められてしまった。


「制服についた血、どうにかしてからよ」


そういえばそうだった。いくつか自分のものが染み付いている部分はあるけれど、他人のものは流石に染みにするわけにはないし今回は多すぎる。

私服もないわけではないが、警察に保護されたときのものといつかデパートで買ったコスプレ服しかないだろう。


「今日は私が買ってくるわ、先杜をおじさんのとこに帰してあげなきゃいけないし」


珍しく買い出しを買って出る彼女。千智は任せるよ、と言ってみくさの方へ。服の血をとるのを手伝ってくれるらしい。みくさの方は二をおつかいに出すのは正直なところ心配だという顔で彼女を見ていた。


「なによ、別に非常識なことしないわよ。ただの買い出しでしょ」

「なら、いいんだけど」


先杜のいる寝室へ赴こうとする彼女に察されたらしく、不服そうな顔をされた。思い返せば全裸で外出とかしてないし、意外と普通かもしれない。千智の方が怪しくてダメか。


「とにかく行ってくるわ、チョイスは適当にやってくるわね」

「あ、お金いるかい?」

「あるわよそのくらい。大丈夫、あとから請求もしないもの」


たまに思うのだが、二のそのお金はどこから出てくるのだろう。



1時間ほど後、二は3人前の弁当を持って帰ってきた。チョイスは無難なもので、彼女は野菜炒め弁当を取っていった。染み抜きをいったん休憩してお弁当を食べることにした私たちは、残ったハンバーグとからあげから選ぶことになった。私は二択だとわかると千智の顔を見つめて無言で伝えようとした。先に選んで、と言われていることに気付いたのか単に睨まれて焦ったのか千智はさっさとハンバーグ弁当を手にとる。まだじゅうぶん温かい昼食をそれぞれ目の前に置き、いつものようにテーブルを囲んだ。いただきます、と揃ってあいさつすると、皆透明な蓋を外して食事に取りかかった。


「そうそう……今度温泉宿行きましょ」

「え?」

「先杜を見つけてくれたお礼って、おじさんがね」


千智の手が止まった。銭湯とかぜったい行かないなんて言ってたはずだ。どうしても肌を晒したくないようだが、なにかあるのだろうか?


「そこは安心なさいね。貸し切りだから」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「なによ、私のおじさんの好意を!」

「うっ、そう言われると断れないな……。」


他の人を引き合いに出されると弱い千智が折れて、二は私の方を見た。


「もちろんOKよね?」

「あ、うん」


温泉であったまって息抜きもいいだろうと思う。ドライブに行こうとして断念しているし、今日は朝から忙しかったし。


「よし、じゃあ今度の週末ね」


なんと日にちまで決められていた。もともとその日だと言い切ってしまったらしく、彼女はみくさも千智も強制的に連れていく予定だったという。

二のおじさんのやっている温泉宿といってもイメージがわかないが、古いところなのだろうか。部屋にお札とか貼ってあったりして。



それからすっかり事件もなくなって、何事もなく土曜日がやってきた。目指すは雲鳴の外れ、山の麓である波塗町。

雲鳴は主に会社などが多く、オフィスばっかちなところとなにもないところがある。雲鳴社は前者、波塗は後者になる。雲鳴中央であれば遊園地が建設中だったりオタ屋さんが集まっていたりこのあたりでは大きな方なのだが、それは隣町が発展していて近いからだろうか。例えるなら、千葉にあるのに東京とついているアレみたいなものだろう。

とにかく一行の目指す場所は温泉宿だ。車は今回借りていないためバスに揺られていく予定だ。


「みくさ、準備できたかい?」


時間には余裕を持って行動するうえに、する支度も少ない千智が最初に聞いた。まず私服の少ないみくさだったが、年頃の女の子だからかややばたばたしている。


「ちょっと待って頂戴、みくさが終わってないわ」

「ボクは待つよ。バスは待ってくれないけどね」

「もう、焦らすようなこと言わないの!」


二は早起きだったらしく、さっさと終わらせていた。つまりみくさが一番遅く二にも手伝ってもらっていたのだった。


「……ん、こんなもんね。一泊だし」

「ありがとう、二ちゃん……早くしなきゃ」


借り物のスーツケースを持ったみくさと、可愛らしい大きめのバッグに詰め込んだらしい二と、相変わらず黒づくめで怪しい千智が玄関をくぐる。全員が出たのを見て、忘れ物はないか聞いてから千智がドアを閉めた。ポケットから鍵を出すと一度向きを間違えながらドアを施錠してもう一度確認する。そんな盗まれるようなものはない気がするが、慎重なのはよいことだろう。


「宿で一泊なんて久しぶりかもね」

「確かにそういうのあんまり行かなさそうだものね」


数日前も駆け降りたり上がったり飛び降りたりした階段を、並んで下っていく。



バスで1時間もかからず、今回のお宿に到着した。二の父の兄弟が継いだ、彼の父母がやっていた場所だそう。つまり二にとっては祖父母だ。目の前にそびえ立ついかにも老舗といった雰囲気の外装は、彼女の親族がやっているものとは思えないが。孫娘本人もあまり来た記憶がないらしい。


3人が入っていくと、女将らしい和服の綺麗な女性……ではなく。おかしいくらいに薄い、具体的に言うとエプロン一枚でぎりぎりすぎる女性に出迎えられた。


「いらっしゃい、久しぶりだな二」

「そうね、おばさん」


理解が追い付かず唖然とする千智とみくさをよそに、二は靴を脱いで上がりこんだ。


「……まって……なにあのはだエプの綺麗なひと」

「二の親の兄弟なのかな」

「……あ、だったら納得かもしれない」


こんなすごく老舗オーラのある宿であれはどうかと思うが、彼女の親族ならばあれでもおかしくはないのかもしれない。二は振り替えって、固まっているふたりに首をかしげた。


「ふたりとも、上がらないの?」

「えーっと、二ちゃん。その人は?」

「あぁ、おばさまのこと?」

「おばさまゆーな」


二よりも長い黒髪だが、二が成長したらこんな感じになりそうだなというモデル体型だ。布がほぼ前面しかないので見てすぐわかる。目付きの悪さも似ている。木古内の血筋なのだろうか。


「あー、私は木古内澪ってんだ。ちょっとこっちに戻って来てる」

「おじさんは?」

「兄貴か?兄貴は体壊した。娘が帰ってきた喜びではしゃぎすぎて腰をやったんだと。ジジババも先杜んとこだ」


聞いていてみくさは思ったのだが、彼女はきっと接客業に向いていない。


「んじゃ、そろそろ行くか?暑苦しいお二人さんもこっちだこっち」


とにかく部屋に案内するからついてこい、という澪。どうやら先杜の父の妹で、代わりに来ているようだ。姪以外が来ないという状況でもなきゃ、裸エプロンで出迎えたりしないだろうし。恥じらいという概念が木古内家では異なっているのかもしれないが。


「……千智、どうしたの?」

「目のやり場に困るんだ」


みくさのうしろに引っ込んで、彼は案内している澪にというよりみくさについていっているようだった。


「さて、部屋はここ。今日は私ともう一人しかいないから、夕食は私じゃないほう担当になる。ま、私より信頼できる腕の奴だからな、安心していいぜ」


そうとだけ言うと、さっさと行ってしまった。従業員もふたりしかいない、しかも経営しているおじさんでも夫婦でもないのに宿泊とは、大丈夫なのだろうか。


「部屋はきれいだし、問題はなさそうだけど」

「妖怪が出たら話は別だけどね」


荷物を下ろしながら冗談を言ってみせる二。本当に出たら洒落にならない。実際にどこかでは妖怪だのなんだのの騒ぎを聞く。ただし、それも謎の種かもしれないが。


持ってきたスーツケースなんかを置いて、ひといきついた。畳に座るなんて何ヵ月ぶりだろうか。みくさは実家の和室にもあんまり入らなかったためちょっと新鮮な感覚だった。



雰囲気のあるお宿の食事処は、中庭の枯山水のすぐ隣であった。どんなものかと思っていたみくさはそこにも驚いたのだが、なにより机の上に並べられた豪華絢爛の料理の数々。ひとつひとつが高そうなものばかりで、ふだんならとうてい手が出ないようなものばかりだ。


そしてその側に、初めて見る綺麗な女性が座っていた。みくさよりは歳上のようだが、まだ若い。20代前半ほどだろうか。和服の似合う顔立ちであるが、まだどこか幼さが残っているような。というか、やや震えている。緊張しているのだろうか?


「え、ええと、いらっしゃい、ませ?だったかな……」


たどたどしく出迎えてくれる彼女。耳が桜色に染まっている。対人に馴れていない様子だ。


「今回の、夕飯を担当させていただきました……清浦ミサキと申します。」

「ご丁寧にどうも。ボクは石狩千智。で、こっちが旭川みくさで彼女が木古内二」


ふたりを指しながら名乗る千智。ちょっと彼女の震えが弱くなったように見える。

話を聞いていると、この美人の料理人さんが献立の説明をしてくれるらしい。彼女は隣町で有名な料亭の次女で、店を継いだ姉に続いて彼女も修行中だとか。今日は姉の友人である澪と共に一日ここを任されているらしい。

ミサキによる説明が始まった。ただ、食材の名前を言われても日常的に縁がないものばかりなのでよくわからず、とりあえず黙ってうなずいていた。


とにかく上品な味わいということはわかるのだが、何せいつも食べているものと違いすぎるので語彙が枯渇しうまく表せない。あえて言うなら、『めっっちゃおいしい』。


いつの間にかなくなっていたほどの味を誇るミサキの夕食を食べ終わったみくさたちは、彼女に全力で感謝されながら部屋に戻っていった。



「せっかくの温泉、お風呂なんてどうかしら」


後々になってずっしりきたお腹が落ち着いてきたころ、二は唐突に口走った。


「脱ぎたくなったの?」

「それもあるわね、とにかくさっぱりしたいわ」


肯定され、腕を引っ張られる。みくさも行きましょう、ということか。


「じゃあボクも行こうか、忙しい時期もあったしね」


千智がゆっくり腰をあげる。立ち上がったあとで、二が彼を睨んでいるのに気付いたそうで、やや戸惑っている。


「お兄ちゃんのえっち」

「えっ、覗かないよ!?」

「いいえ、ここは混浴オンリーよ」


二が案内板を見た限りでは、浴場が露天風呂ひとつしかないという。仕方なくもう一度腰を下ろした彼を見てから、みくさと二は着替え用に部屋に備え付けられている浴衣を持って浴場のほうへ向かっていった。


その間に、二がこっそりとある作戦について告げていたことを千智は知らない。



脱衣場に置かれた籠に、ぱさりと雲鳴社高校の制服が入れられた。いくつかまだ赤く滲んでいる部分はあるものの、ぱっと見は袖や襟がボロいだけだ。思えば、あの事件に遭ってからボロボロになるようなことは何度も起きていた。


「ほら、はやくしてよ?」


さすが慣れているのか、とっくのとうに一糸纏わぬ姿の少女がみくさを急かす。サイズのせいで替えが近所に売られていないために下着の上を着けていないみくさに対して、いろいろ有利な条件はあるにしても二の脱衣は速すぎではないだろうか。


「……はいはい。」


誰もいないとわかっていてもさすがに恥ずかしいのでタオルで隠しながら彼女の呼ぶ方へ。この先には、露天風呂とは別に身体を洗う場として用意されている場所のようだ。

もわり湯煙と熱気の立ち込める小部屋に踏み込む。せいぜい4つほどのシャワーヘッド程度のもので、高そうなシャンプーやリンスが置かれている。ふたりで並んで手前ふたつに陣取るとまずお湯を桶に溜めるため蛇口をひねった。

すると突然、待ってるあいだの談笑ということか二が口を開いた。


「……みくさの胸って、おっきいわよね」


がたんっ!


桶が蹴り倒され、溜まり始めていたはずのお湯をぜんぶ溢す。二が慌てて戻し上に口を向けた木桶は静止した。


「い、いきなりなに?」


驚いた拍子に蹴り倒した犯人である彼女がやっと体勢を立て直した。


「ただ感想を述べただけよ。よく狙われるんじゃなくって?」

「……確かにたまに視線が痛いけど」

「ふぅん、みくさはそんな趣味なのね」

「どういう曲解がされたかわからないけどきっと違うからね」


話題の的に注がれていた視線が戻ったかと思えば、今度は下に落ちていく。


「……澪おばさまも大きいわよね」

「ええと、そうだね」

「リーフもCだかあるし……先日の依頼人もわかりにくいけどあったわ」


あの裸エプロンの女性も、バストの数値自体はみくさほどないようすだがかなり大きかった。士別リーフの胸も音威子府いぶかの胸もあまり注視してこなかったが、そこらへんちょっと気にしているのかもしれない。意外に女の子らしくて可愛いと思いつつ、気を聞かせたなにか一言をかけようと手を出したが、その手にはグーが衝突して小部屋にいい音が響き渡る。


「よぉし、私も将来そうなってやるわ、覚悟なさい」


予想外に飛んできたポジティブシンキング。気づけば、木桶からとっくに水が溢れていた。



身体を洗って一度さっぱりはしたが、これは前菜といったところだ。メインディッシュはもちろん露天だろう。

小部屋の先、扉一枚隔てた向こうはもう山の風景がすぐそこにあるようで、岩が並んでいるのがシルエットながらわかる。


「さっさと入っちゃいましょ!」


扉を勢いよく開け放って、堂々と寒いなかに歩んでいく二。みくさもそれについていく。足元のすのこがかたかた音を立てながらも、ふたりしかいないのには広すぎる風呂への道を提供している。


まだ発達の途上にある身体が意外に深い湯の中へ沈む。岩に背を任せてあたたまる彼女を見て微笑むと、ゆっくりと身を差し入れていく。あたたかな感覚に全身が包まれて、なんだか癒されるような気がした。


「はぁ……極上ね……」

「ほんとに、ね」


あたりには何もない。あるのは木と岩と落ち葉くらいのものだ。人が近寄る気配もないし、聞こえるのは遠くで鳴く野鳥の声のみ。喧騒も車も無縁で、動物たちはいたとしても湯煙に紛れて見えぬうちにどこかへ去ってしまうだろう空間。

芯までじわじわほぐされていく感覚に、自然とまぶたは降りる。最後までいきかけるたびに寝ては駄目だと我に返る。幾度がそんなのを繰り返し、しばらくのあいだ温泉を堪能していた。



ぱたぱたと廊下を走り、濡れた髪を揺らして浴衣の少女が部屋に飛び込んでくる。


「お兄ちゃんっ!」


飛び付く、というかドロップキックされかけたお兄ちゃんこと千智はごろんと横に一回転して寝たまま回避した。


「……なにするんだい?」

「いいえ。お風呂が空いたわ」

「そうか……みくさは?」

「飲み物買ってから戻るって」


着替え用らしい真っ黒な袋を持って立ち上がる彼。予備の探偵衣装が入っているのだろうか。何にせよ、二は彼を見送りながらにやりと笑っていたのは確かだ。



ネタばらしすると、二は滅多につかない嘘をついた。みくさはまだ露天風呂でうとうとしている。

二が伝えていた作戦とはこれなのだ。全ては隠された千智の素肌が見たいがため。常に手袋をしているほどなのだから、きっとなにか見せたくないことがあるに違いない。もしかすると本当は女の子だったりするのかもしれない。そんな動機だ。

二はある程度すれば後を追う予定だと言っていた。なんだかぼんやりする意識のなか、湯煙の濃く視界のほとんどない露天風呂で彼を待つ。

もちろん彼が来なければのぼせるだけだろう。が、普通風呂に入る。彼が普通でないのは否定しないし本人もそうだろうが。


意識を頬つねりでもたせながら耳をすまして待っていると、小部屋のほうで水の音がする。多量の水を一気にぶちまけたとき、床とぶつかって鳴る音だ。身体を洗い終わりそうなのだろうか。足音らしき音はこちらへやってくる。


がちゃ。


「ふぅ……いい景色だ」


独り言だろうが、みくさはちょっと驚いてびくっとしてしまった。いざこんなに近くに相手がいて、しかもお互いにタオル一枚ともなれば。一般的な女子高生は照れたり悲鳴をあげる。みくさは照れている。


「さて、そろそろお湯に……」




「くらえっ、混浴バスターっ!」


突如響いた少女の声。その場にいた全てが一瞬止まった気がした。だが止まっていないものがひとつ乱入し、千智の背中へ混浴バスターと題されたただのキックが炸裂する!


ばしゃーん!!


思いっきり叩き落とされた千智は水面へやっとの思いで帰ってくると、振り替えって叫ぶ。


「二がどうしてここに!?」

「ふっ、私だけじゃないわ!」

「だけじゃない、って?」


ひとつの可能性を否定したあと、一瞬裸エプロンが脳裏をよぎるがさすがにないと思い湯煙まみれのあたりを見回す。いないじゃないかと言おうと思い、なんとなく一歩下がったとき。

むに、と。何かやわらかな感触が、背中に触れた。


「……むに?」


今度はその感触の正体を確かめるべく振り向く。その正体の原因は、最初に否定した可能性と同じ。


「み、みくさっ!?どうしてここに!?」


湯に浮かぶ魅惑の果実。雲鳴社が産んだ史上の心地よさ。紛れもない、顔を真っ赤にしているみくさの胸だった。



「……なるほど。それでか」


理由を聞いて納得したのか、千智は頷いている。頬は一部がひときわ赤くなっており、その部分と背中だけはひりひり痛む。何より湯煙の中でも目立つのは、全身に巡らされたみくさや二には読めない文字である。


「見ての通りだ。ボクの素肌はこの有り様さ」


千智が封じてきた謎の種がすべて文字として刻まれているという。見せたくない理由はこれだったのね、と再び浸かりはじめてしまった少女はそっとうちのひとつをなぞった。くすぐったいからやめてくれ、とその指はすぐ湯に沈められたが。


「っていうか、大丈夫なのかい。健全な成人男性と混浴なんて」

「私は構わないわ」

「だろうね、みくさは……?」


千智の素肌に見とれるようにぼうっとしていた彼女は、質問を受けとるまでに若干のタイムラグがあった。


「え、えーっと……やっぱり、ちょっと、恥ずかしい」


彼はその姿に何か感じたらしく、恥じらうみくさの目を見ないようにか景色に目を移した。



「ここまで行って進展なしって何よ!?」


お風呂上がりの3人は浴衣を着ると部屋まで戻り、布団を敷いた。千智はすこし退席すると言って部屋を出てしまい、残ったのはふたり。二は千智を嘆く。


「あの、進展ってなんの……」

「え?だってみくさ、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ」

「……っ!?」


いつか神器を呼び覚ました祈りを思い出す。自分が千智といっしょにいたいのは確かで、たぶん二の言うことは本当だろう。みくさにとって不思議だったのは、どうして今まで意識していなかったのかのほうだ。


「まったく……鈍感どころかボクニンジンね!いいえ、ゴボウよゴボウ!」


それを言うなら朴念仁だと、みくさは突っ込まなかった。先の指摘よりぼんやりしてしまっている。


「ま、いいわ。ぐずぐずしてると私あたりに取られちゃうわよ」


冗談を吐きながら電気を消しに行く二。スイッチが切られて、部屋は静寂の闇に包まれた。ふたりは布団に寝転んで、そのふかふかさに身を委ねた。


このあと、戻ってきた千智はみくさの足に引っ掛かって転びかけたのは彼しか知らない。





翌日の朝。美しい自然を照らす明かりが、等しく窓からも差し込む。

布団はしっかりと畳まれていて、ゴミ箱にお菓子の包装がすこしだけある以外はきれいにされている。荷物は置かれていない。何故ならば、彼らは今宿の入り口にいるからだった。


「ありがとな!」

「あ、ありがとう、ございました……!」


肌寒い朝でも構わずはだエプの澪と、きっちりした和装のミサキに見送られる三人。手を振る彼女たちに、二は全力で両手を広げて手を振り返した。


「こちらこそよー!さいっこーにおいしかったわ!」


微笑ましいと、自然に笑みが溢れるみくさ。宿を発ちこれから事務所へ戻るところであり、帰りは朝の早めのバスで行くことにしたのだ。


「また来れるといいね……三人で」


胸に手をあて、みくさは年相応の可愛らしさで微笑む。


「あぁ、たぶん手が出ないなぁ……」


可憐な彼女にちょっぴり頬を染めながら、探偵はちょっとだけ歩調が速まっていた。



バス停への道でみくさは夜中に思っていたことを何気なく思い出した。まだ乗り込むまで時間はある。ひとつ、漏らしてみることにした。


「千智はさ、どうしてそんな身体になってまで謎の種を集めるの?」


聞かれた相手の困った顔で少し考え込むような仕草をしている間もみくさは返答を待った。

ふと、彼の歩みが止まる。つられてふたりも立ち止まり、二は顔を覗きこむ。


「……わかった、話すよ。ボクは人を探してるんだ」


人探し。生き別れの家族だとか、だろうか?しかし謎の種とそれになんの関連があるのだろう。


「『札幌ひとえ』、って子でね」


みくさには聞き覚えのない名前だった。当然知らないだろう二はみくさより先に別の質問に移る。


「どういう関係なの?」

「ええ、っと……幼馴染みの同級生で」


言葉をそこで詰まらせて、先ほどの紅潮よりずっと大きく頬を染めて。


「……ボクの、大切な人」



その言葉を聞いた途端、みくさは心からなにかが抜け落ちたような感覚に襲われた。



日常回って難しいですね!

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