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Mysterahoric [ミステラホリック]  作者: 織鳥
initial symptom
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疑問11.いつ物語は幕を閉じるのか

ぱしゃぱしゃと綺麗な指先が落ちていく水をすくいあげ、頬に当てる。


居候させてもらっている事務所のもう使いなれた狭めの洗面所。本来ならば男ひとりぐらしの部屋であるが、ここ数週間ほどは女子高生の姿があった。ただいま洗顔中のその女子高生、名前は旭川みくさ。

さすがにあれだけ外の寒いこの時期に冷たい水でやれば凍えてしまうだろうからお湯でやっているのだが、彼女がヴォイニックス・ライターズから友人を助け出してから胸のうちにこびりついた、とある感情は洗い流せていなかった。これなら冷水でもういちどすべきだろうか、と鏡を見て考える。


すっきりしたようなしていないような、微妙な表情のみくさが映っている。額から目尻に雫が落ちてきて、まるでほろり流れた涙のようだった。


みくさの放った『御剣・禍ツ嵐』は先杜とラムネルを解放し、二もなつめに執着する必要がなくなった。つまりヴォイニックスに対してはラムネルの言っていた「なつめを救ってほしい」という言葉以外に心残りはない。

そのはずだった。だったのに、みくさの胸の内には不安感と、なにより恐怖が芽生えていたのだ。


時は数十分前に戻る。恐怖のはじまりは脱出したときの些細なことにしてみくさにとっては衝撃的な出来事。

ふと、残されたなつめの動向を伺うためか大きく穴を開けられた建物の方を振り向いたのだ。案の定彼は座り込んで空を見上げているままだった。それだけならば、友達を助けられたいい気分で終われたろう。だが視界の端から何かがやってくる気配を感じ、もう少しだけ様子を見ることにした。

気配の正体は二人の人影。そのどちらにも見覚えがあって、一人は予想通り。ヴォイニックス・ライターズ代表者であるティアラだ。もう一人は名も知らないのに、脳裏に焼き付けられている女性。

スウィーネ・レッドロードという名前を彼女は知らないが、ティアラの隣にスウィーネがいたことによってみくさの中ではいくつもフラッシュバックし、繋がっていっていた。


『その謎の種は……みたまが見つけたものと同じじゃない……!』


イオノの身体に入っていた謎の種。赤く綺麗に透き通っていて、珠を通して見た空は夕焼けのようでもあったそれは、みたまが拾ったモノと一緒だった。


『…ここで問題。ここにはもう一人変なのがいるのだけど、今は外出中なの。ここでゆっくりしてたら、どうなるかしら?』


暴走した鷲との戦いで気絶して、初めてラムネルに会ったときの彼女の言葉。イオノのことなどではなく、彼女だったのだろう。


『教えてあげる。なんでこんな目にあったかだね。それは、みたまチャンが拾っちゃったこれのせい』


最後に思い出すのは、血に塗れたあの日の記憶。両親も妹も冷たく沈んでいるという受け入れがたい現実。胃の中身が食道までこみあげてくるのがわかった。思い出すだけで叫びたくなった。

けれど彼女は吐き気と悲鳴を無理矢理に呑み込んで、鏡の自分をじっと見つめた。


「とにかく、朝ごはん食べなきゃ」


傍らに置かれていたフェイスタオルを振って広げると、ずっと放っておかれたため冷えた顔を拭いて、大きく息をついた。



「へくちっ!?」

「ひゃっ!?」


突然のくしゃみに、すぐ隣で別のことに意識を集中させていた女性、ティアラが驚いて少し跳ねてしまった。


「ぶぇ、ごめんねティアラ。誰かが噂をしたせいなんだ」

「ん、い、いいわ。生理現象だものね」


スウィーネはまったく悪く思っている様子でないが、彼女なので仕方がないとスルーしてティアラは意識を元々向けていたほうへ戻す。いまだぼーっとしているなつめの頭に手をのせて、そっと撫でる。

今朝の事件は、彼が積み上げたものを破壊した。事情を知らないティアラはイオノを殺した犯人、旭川みくさが押し入りなつめの陣地である地下室を破壊しそのうえラムネルを誘拐したようにしか解釈できない。なつめが今まで先杜に何をしてきたかはわからない。


「……大丈夫よ、なつめくん」


彼女の優しさは無知だからだろうか。もしかすると、事情を知っていても彼に優しく接したのかもしれない。彼女は、殺人者であるスウィーネを匿ってきたのだ。


「私がいるわ」


少年の瞳に少し生気が戻ったように見えて、スウィーネが彼を覗きこんだ。すぐにどちらでもいいと思いやめてしまったが、なつめが正気を取り戻そうとしているのは事実だった。


「……で?これからどーするの?」

「どうするも何も、同じでしょう」


ティアラの答えにきょとんとして、首をかしげてはてなを浮かべる彼女。


「理不尽を覆すのが私たちの大義でしょ?だから、こんな状況だって覆してしまえばいいじゃない」


あ、そっかと相づちをうつスウィーネに、ティアラは明るい笑みを向けている。眩しくて正直苦手かも、と向けられたほうは目を逸らしていた。


「……まずは戦力の補充が欲しいです」


ぼそり呟くように、やっとなつめが口を開く。


「ここに、スウィーネさんの持ってきた『人体発火現象』とイオノさんの遺した『球電』があります。謎の種だけあれば、仲間を募りこれを与えればいい」

「ふぅん……じゃあとりあえず謎の種持ってる奴探して、抵抗すれば殺せばいいんだね?」

「ええ。そして探す必要もありません」

「?」

「ひとり、謎の種を持った者を知っています。これから立ち向かう理不尽に連なる者でなく」


口を開いたと思えば流暢に喋りだすのでさっきまでのはなんだったのかと言いたかったスウィーネだったが、とにかく彼のいうそいつを狩りにいくことにして変な突っ込みはやめた。



「……ごちそうさまでした」


今日の朝食である焼き魚定食をきっちり完食したみくさ。浮かない顔のままで食事を終えて、テレビに向かう千智とお皿洗いを任された二とは別方向に動く。

寝室には、自分と二の布団を使いラムネルと先杜を寝かせている。彼女たちの容態も気になるし、何よりラムネルには聞きたい話がある。

寝室に入ると、先杜は寝息をたてて布団に潜っていて姿は見えなかったがラムネルが目を覚ましていたらしい。みくさに気付くと軽く挨拶をかけてきた。


「えと、おはよう」

「おはようございます、お体は大丈夫ですか?」

「全然。けっこう気持ち悪いわ」

「朝ごはん、食べられますか?」

「ごめんなさい、無理そうよ」


二の能力を長時間食らっていたためか、彼女の気分はあまりよろしくないようだ。しかし話をする程度なら大丈夫だろう。みくさは申し訳ないと思いながら、聞きたかったことを聞いた。


「……あの、伺いたいことがありまして」

「なぁに?」

「ヴォイニックスに、左手に大きな刀傷のある女性がいませんでしたか」

「刀傷?あぁ、あいつかしら」


ちょっと上の方を見ながら思い返し、心当たりにたどり着いたらしい。なつめ、イオノ、ティアラ、ラムネル以外にいるのならきっとそれがあの女性だ。


「どんな人ですか!?」

「どんな、って言われても。ええと、名前は『スウィーネ・レッドロード』。常にへらへらしてて、常識が欠けてて、まともな奴じゃないわ」


ラムネルはボロボロの評価をしながらスウィーネについて話す。みくさはくすりともせず真剣に彼女の話を聞いており、ラムネルはちょっとだけ話しづらかった。


「あぁそう、私の前に謎探しやってたわね。なんか一個は拾ってきてたらしいけど……」

「……!!」


その彼女が拾った謎の種というのが、みたまを殺したときのものだとすれば。

みくさの日常が狂ったのは、スウィーネのせいになる。


「……そいつさえいなければ」

「どうかした?」

「いいえ、なんでも。ありがとうございました」


不安を感じていた表情ではなく、闇は違う方向へ向かっていた。怒り、苛立ち、もしくは憎しみ。いずれにせよ、彼女の心は乱れる一方だった。



ラムネルが目覚めてから3時間ほど経った10時ごろ。鼻唄をうたいながら通りを歩いている少女がいる。格好は黒いゴスロリ服で、傍らには大きめのカエルが跳ねている。

彼女の名前は『音威子府いぶか』。ペットのカエルを散歩させているのだ。本来ならばもうカエルが散歩できるような季節ではないが、彼(?)は大丈夫らしい。


「最近は平和でいいですねぇ……」


日差しがあたたかく、寒がりなほうのいぶかにとって過ごしやすい日だ。散歩のついでに、おやつでも買って帰ろうかとも思ってポケットに手をいれて、ごそごそ探してみる。


「……あれぇ?」


財布を忘れていたことに、今更気づいた。いや、お店に入る前でよかったとも言える。もともとはカエルさんのお散歩が目的だったので、別にいいことにした。


「相変わらずですね……いぶかさんは」


背後から突然声がした。驚いて大きく後方に跳び、カエルも同じく驚いたのか彼女の肩に乗った。


「『青位(ブルー)』。何の用ですかぁ?」

「今にわかりますよ、『橙位(オレンジ)』さん」


いつか出会ったときとおなじように怯えるいぶか。だが今度は少年、なつめの方の様子が違う。少しも押されておらず、冷たさどころか感情自体をあまり感じない。


「いったい何がぁ……」


すっ。


「……っ!?」


ぎりぎりで察知し、首に触れようとした女性から離れた。その判断は正しい、何故ならばひと月ほど前に起きた雲鳴最悪の事件ではこれに対応できず一家が全滅したのだから。


「あれ、避けられた」

「近寄らないでくださいぃ……臭いですぅ」

「ショック!血の臭いかな!?」


本人の言う通り、血の臭いが濃い。服に染み付いているのか、あるいはその身体にか。


「とにかく、逃げるですぅ……!」


可愛らしいパンプスでぴょこぴょこ走るいぶか。お世辞にも速くはなく、スウィーネでも追い付けるだろう。

けれど、直後に追いはじめた彼女がいぶかに触れようとすると、手のひらにはなにか嫌な感触がした。


「……ぬめ?」


自分の手先を見ると……カエルがくっついている。いぶかの肩には変わらず乗っているのに、ここにもいた。空中から何の前触れもなく現れ降ってきたのだ。


「なんなのさっ」


そこらへんにぽいっと投げ捨てて、追跡を再開する。既になつめにも追い越されているらしく彼の姿は見当たらず、その能力で連れていってくれればいいのに、とスウィーネは愚痴をこぼした。



終われるいぶかが向かうのは、ここらでは珍しく横に大きな建物。白い壁には赤で十字がつけられ、『雲鳴大学病院』と書かれている。さすがにカエルは連れていけぬだろうから一度別れて、ひとりで帰らせることにした。

ここには数度訪れたことがある。最後に訪れたのはつい10日ほど前。透明になれる謎の種を持つ男を勧誘しに行った際に首を噛まれて以来だった。あれは、本当に気持ち悪かったといぶかのトラウマになっていた。

息を切らし閉まりかけの自動ドアから病院内に滑り込み、受付にすがりつく。


「はぁっ、はぁっ……!」

「ええと、どうなされました?」

「……乙部、いずみさんを、呼んでいただけますかぁ……?」


事務員には、少し怪しまれているようだ。あの一件を解決した人物と友人らしい女医に、彼を呼んでもらおうと思ったのだが。

これ以上走れる気はしない。妨害は全力でしてきたが、なつめとその配下らしい女性は追ってきているだろう。


「えっと、少々お待ちください」


いぶかの真剣な表情に押されたのか事務員が奥へと引っ込んで、病院の奥へと走っていく。ここで安心してはいられない。追い付いてこられたとき咄嗟の防衛ができるよう周囲は警戒しておく。待っているらしい人々は呑気に絵本を呼んだりスマートフォンをいじっている。


数分間、いぶかはひとりだけピリピリした雰囲気でいたため変な子だと思われていた。たぶん、黒ゴスなせいでもあるだろう。

ふと警戒している範囲の中に、見覚えのある白衣の女性が入ってくる。


「今度はどうしたのかしら?」

「いずみさん!あのぉ、黒い探偵さんに連絡はとれますかぁ……?」

「千智に?何かあったの?」


いぶかは、彼女にはある程度話すことにした。とは言え狙われていることくらいのものだが、彼女は承諾し、車に乗せ連れていってくれるとまで言う。


「あ、ありがとうございますぅ……!」


頭を下げるいぶかの手を引いて、いずみは外へ向かう。追われているのだから急ごうということか。手を触られていることへのひどい嫌悪に耐えきれず、外へ出る直前に思わず振り払ってしまった。


「……ごめんなさい。着いてきて」


いぶかの冷や汗に気づいたいずみ。お互い必要以上に近寄らないようにしつつ、駐車場まで向かう。



テレビを眺めていた千智の耳に、喧しい着信音が響いた。


「はい、もしもし。こちら石狩千智」


自分の名前を告げて返答を待つ。向こうから聞こえてくるのはエンジン音だろうか。


『こちら乙部いずみ!ちさとちゃん、緊急事態よ!』

「どうかしたのかい?」

『この前の事件の子が命を狙われてるそうなの、あの子よ、音威子府いぶか!』


いぶかという名前を聞いて、いまいちピンとこないような気がしたがすぐに思い出した。透明男に噛まれた、黒いゴスロリで間延びした喋りの少女だったはずだ。彼女が謎の種を持っている、ということは本人が否定しなかったため恐らく確実。ならば、その謎の種狙いだろうか。


『今そっちに向かってるわ……できれば、迎撃をお願い』

「あぁ、解ったよ」


ぶつりと電話が切れる。いずみを頼ったのは、自分の連絡先を知らなかっただけだとして。わざわざ一度会っただけの少女を助けるとは、自分もいずみもお人好しだなと思う。

寝室から戻ったあと、黙りこくっているみくさに事情を話すため彼女の座るソファの前に出ると、彼女はすごく暗い表情だった。まるで、初めて出会ったときのような沈んだ瞳。何があったのかは聞かないで、肩を優しく叩く。先程の電話の内容が話されると、彼女はそのままの表情で頷いた。



それから10分もしないうちに、窓の外には一台の車が止まった。千智も乗ったことのあるいずみのものだ。

急いで玄関より外に出ると、階段を駆け降りる。がたがたと音が鳴りながらも地上に着くと、前に見たときと変わらぬフリフリ衣装のいぶかが車から降りた。


「君がいぶかちゃん、だね」

「はいぃ……ちさとさん、でしたっけぇ?」

「そうだよ。とにかく事務所にいったん、」


避難してくれ、と言おうと思ったとき。自分の周囲に、同サイズの岩が三つ囲むように配置されていることに気がついた。


「……危ないですぅっ!」


声を聞いた頃には岩によって術式が発動する。縛られたように手足は動かず、びりりと弱い電流が流れるような痛みがある。


「やっと追い付きました」


上空から同じ岩を伴い一人の少年が降りてくる。彼は囲まれているというより、侍らせているという雰囲気だ。

恐らくこれは彼の能力で、いぶかを狙っているのも彼なのだろう。


「いぶかさん。僕らの大義のため死んでください」


少年はいぶかに向けそう言い放った。それが合図だったのか、いぶかの背後へ人影が現れる。にこにこしながら怯えているいぶかに歩み寄っていくその女性はとても気味が悪かった。すっと手が伸びて、首筋に触れようとする。動けないのか、いぶかは避けようとしない。凄まじく悪寒の走るその手に、どんな謎が込められているのだろうか。


それは、千智もいぶかも知る機会を逃した。


何故ならば、怒りの形相で刀を持った少女がひらりと現れ、刃が女性の指の進行を妨害したからだった。


「……え?」


理解が一瞬追い付かず、赤い煌めきを見たことからの危険信号は後からやって来る。女性が仰け反り、少女は綺麗に着地した。

次なる一振りにて、千智の動きを止めていた岩のうちひとつが真っ二つにされ消滅する。


「いぶかちゃん、逃げるよ!」

「はっ、はいぃ!」


少年がもう一度力を使う前に事務所まで逃亡しようと、彼女に呼び掛け階段を今度は急いで上がる。途中で皿洗いを終えたらしい二とすれ違い、後は任せなさいと親指を立ててみせたのを見届けてドアの内側へ滑り込んだ。


「ちっ、逃げられましたか……」


携帯を取りだし、なにやら仲間に連絡しているらしい。面倒になる前に片付けてしまえと、二は階段の途中から飛び下りた。


「くらえっ、重力操作!」


指を差した先の重力を数倍とし、その相手を縛る。少年は重い身体で携帯をポケットに仕舞い、応戦のため彼女を睨んだ。



その間、みくさは女性に向けてがむしゃらに刀を振り回していた。彼女、スウィーネはぎりぎりで避け続け、今までかすりすらしていない。だが今のままでは殺すのは難しいとの判断らしく、大きく後ろへ下がって逃げ始める。刀相手に丸腰でなどまっとうに応戦できるわけはないからだ。

もちろんみくさはそれを追っていき、簡単に戦場は変えられる。


スウィーネは逃げていった先はただの路地だった。ただ追いかけるだけだったみくさは標的を見失って、行き止まりで周囲を見回している。

上から音もせずに殺人者は現れる。大きく刀傷のある手を、彼女の首を落とすべく伸ばす。だがそうやすやすと落とさせるはずもない。察知して刀を振り抜き、さらに突きを出し斬首を狙った。


「おわっ、とぉ!?」


喉に来る攻撃はこれもまたぎりぎりで回避して、距離をとられてしまった。が、みくさは待たない。隙は与えない。大振りでもかまわない、ただ殺意をもって繰り出すのみ。


相手が憎悪を懐いている敵だとは分かっている。ここで殺すことだけが頭を支配して、攻撃を焦らせる。


「なにそれっ、ちょっとは疲れないわけ!?」

「……ろしてやる」


いつのまにか、みくさの口からは本音が紡がれていた。


「殺してやる……殺してやる!!」


また大きく振って、またかわされた。続けて放たなければ逃げられると思い、もう一度振り抜く。

無駄な動きが多いせいか、すでに両手には疲労が溜まっている。だが止まれない。


『……見失ウな、小娘』


脳内に雑念が響く。それを掻き消すために『殺さなきゃ』の感情は強くなる。だって。止まったら、こいつはまた人を殺すのだから。


『其レは何のために在ル』


憎悪は彼女を殺す(とめる)ためにある。攻撃の手を緩められないのだから、無理矢理振り払って刀を振るい続ける。


『其レでは殺セぬだろう』


……どうしてだろう。そのうちに、きっと相手に刃は届くはずだ。


『其レでは復讐ではない』


じゃあ、どうすればいい。教えて、私の謎。


『自ラのしタ事の愚カさを知ラしめるが良イ。その力を貸ソう』


振り抜いていた刀が輝きを放つ。今度は炎の色でも、静かに紋様の黒点を産む色でもない。

空の太陽に例えるのなら……本来ならば誰も見ることのできぬ、莫大なエネルギーを放つ太陽核の姿。


『我は汝の誓イを映ス者』


「我は我が感情に従ウ者」


『天にて輝ケる女神、其の焔よ』


『「此処に集いて全てを散らせ」』


核の輝きが薄く伸び、直径にしてみくさの身体ほどまでの巨大な鏡と小さなものがいくつも出来上がる。


「『神器(かむだから)御鏡陽光(ごきょうようこう)』」


路地に差す少ない光であっても、かき集めれば強い光になるだろう。

巨大な鏡に光が集められ、神器の溜めるエネルギーは増えていく。いや、光だけではなく。みくさの感情までが集められているのかもしれない。


「あなたの謎は、ここで断つ」


じゅっ、という肉が焼ける音さえしなかった。

呆気に取られるスウィーネの右足は、放たれた一閃によってなくなったのだ。


「あ、れ?」


バランスを崩して行き止まりに倒れ込むスウィーネ。鏡にまだエネルギーを残したままのみくさが一歩、二歩と迫ってくる。


「ま、まって!ねぇ!私がなにしたっていうのさ!?」


納得がいかないままに消されたくはない、という感情からか。もしくはただ時間稼ぎのための咄嗟の発言か。いずれにせよ、みくさの神経を逆撫でする発言だった。


「……私の家族を殺した」


やっと思い出したらしい。自分が一家皆殺しにし取り逃した少女だと、自分の左手に傷を残した刀だとやっと気付いたらしい。


「あ、まさか、あの子なの?」


みくさは答えない。小さな鏡たちは殆どがどこかへ消えていたが、残ったひとつがみくさの手元へ浮遊してくると形を変えて短刀となる。


「まって、まってよ!ほら、死ぬときって、えっちなことの500倍だか気持ち良いって言うじゃない!?だからっ!」


一歩、また一歩。ふたりの距離は縮まっていく。


「だって、天国で再会できるんだよ!?だから、だからね……?」


懇願する瞳でみくさを見るスウィーネ。目と目が一瞬合ってしまっても、込み上げてくるのは哀れみでもなんでもなくただの吐き気だった。

短刀は振りかざされる。このまま手を離しても彼女の腹部に突き刺さるだろう。


「い、いや、やめて!私は死にたくないもん、私は死にたくなんて」


言い終わらぬうちに、紅く研ぎ澄まされた怒りがスウィーネの声帯を貫いた。

それだけではない。みくさは手にした短刀を下へ下へ滑らせていく。侵入した刃が筋肉も脂肪も骨も同じように、滞りなく引き裂いていく。そのたびに彼女はびくびく痙攣するが、手元に狂いはなかった。


やっとみくさは立ち上がる。憎悪も、怒りも、恐怖も、すっきりどこかへ消えたような気がする。

彼女は自らの謎で生まれた鏡や短刀をどこかへ消し、足元に転がっている股下まで綺麗に割かれた死体を放ったままにして事務所の前まで戻るため歩き出した。



音威子府いぶかの追跡をふたりに任せていたティアラだったが、なつめに応援要請を受けたため急いでいた。なつめに教えられた通りに街を自転車で走る。前を開けているためパーカーが風になびき、遠目ならば旗にも見える。

自分が付き添わなかったばっかりに、どちらかに死なれでもしたらと思うと、胸がいたくなる。


「えっと、たしかこの道をもうちょっと行けば……!」


だいぶ走ってきたのだから、もうすぐ着くはずだ。本当はこのまままっすぐ行けばなつめのいる場所。だが、ティアラにはどうしても気になることがあった。


「これって、血の臭い?」


ティアラも25年間女性をやってきたのだから、そのくらいはわかる。この鉄臭い感じはまさにそれだ。若干の腐臭が紛れているようにも感じ、自分の出血の臭いとは異なっているのだが。


とにかくその正体に嫌な予感がした。スウィーネの犯行現場という可能性が一番高い。彼女と合流してからなつめのところへ行ってもいいだろうと判断して、血の臭いの濃い方へと自転車を漕ぐ。


そうして辿り着いたのは、血に塗れた路地だった。噎せ返りそうなほど充満した死が、人々を拒絶する空気。

どす黒い液体は、一ヶ所に溜まって色を濃く見せている。中央には人形のものが沈んでいて、これらは彼女のものなのだろう。

死体には喉から股にかけて一直線に切り裂かれた大きな傷があった。腐臭は腹の内容物が元だったのだろう。その内容物が何か、ティアラはわかってしまった。


「……うそ」


自分の昨日作った夕飯。カレーの具。原型はなくとも、それが誰であるかわかったのなら自ずと直前の食事だと決まるだろう。


「うそよ、そんなこと」


理解したくなかった。目の前で冷たく紅い海に沈んでいるのが、まさかスウィーネ・レッドロードだなんて。


「うそでしょ、目を覚ましてよ」


膝から崩れ落ち、血がつくことも気にせず遺体に触れる。不健康だった彼女ではあるが、こうして触るとさらりと手が滑っていくのがわかる。

ふと、血の池に浮かんでいるからか真っ赤になってしまったらしい小さな珠がもう一方の手に触れた。


「……スウィーネ」


彼女の持っていた、人を殺す謎であることは明白だ。『キングズベリー・ランの屠殺者』、と言ったはず。首や胴体を綺麗に切断し、さらに被害者を皆去勢していたという狂気の殺人鬼。

拾い上げた指に力がこもる。割れることまではないだろうが、ぐっと力を受けててらてら光る珠はすこし凹みかけた気がした。



二に動きを止められてしまった少年は、じっとティアラの到着を待っていた。スウィーネのことはもう期待していない。旭川みくさのあの力は強すぎる。真っ向から対峙して、スウィーネ程度に抑えきれるはずがない。


そうは思っていても、血塗れのみくさが現れれば驚いてしまうのだった。


「……みくさ!?どうしたの、その血」

「ただの返り血。それより、これどうするの」


まだ血の滴っている指がなつめを差す。今すぐにでも逃げて、ティアラと二人でどこかへ逃げ出したいと考えるだろう。『青位』などどうでもいいから雲鳴の外へ行きたいと思ったろう。

だが二が支配する重力は変わらずに少年を縛る。二は先杜誘拐の件に地下室での諸行がある、命乞いをしても解いてくれるわけはないだろう。


「こいつも同罪だよね?」

「ひぃ……っ!」


二に問い掛ける瞳に優しさはない、恐れを振りきって自分をさらけ出しているよな瞳だ。

みくさが手をかざすと、あの時竜巻を繰り出したものとは輝きに殺意のみが見える日本刀が瞬時に現れる。


「まって、みくさ。こいつを殺しても解決にはならないわ」


二の言葉のあと、みくさがなにも答えないうちに日本刀が消滅する。助かったのだろうか。


「なにより、みくさの手をこんな奴で汚させるわけにはいかないもの」


だからさっさと引っ込んで身体を洗ってね、と彼女の背中を二が押す。血塗れの姿を誰かに見られれば、もちろん通報ものだ。


「わかった」


すんなりと受け入れて、なつめに背を向けるみくさ。その背中は、ただの制服だったが、荷が降りたようなどこかすっきりした背中だった。



「……待ちなさい。その血は誰のものかしら」


なつめの背後から、待ち望んでいたはずの声がした。自分を助けてもらうために呼んだ彼女が来たのは確かに幸運だった。だけれど、同時にこのタイミングでのティアラ到着は不運が過ぎる。

せっかくみくさが見逃してくれたというのに、ティアラはそれを呼び止めてしまったのだ。


「……スウィーネ・レッドロード」


みくさの答えはストレートなものだった。さらりと言われ驚いた様子のティアラだが、怯むわけにはいかないとなつめの隣まで大股で歩いてくる。


「なつめくん。イオノの謎を頂戴」

「……え?いったい、何を……」


わざわざ謎の種を要求するなど、何を考えているのだろう。いつの間にか二の拘束が緩んでいたらしく、ポケットから珠をひとつ取り出すならば多少重いが行えた。



「二は下がって」


刀を呼び出して、しっかり握る。ティアラは恐らく敵討ちに来るのだろう。復讐を果たすために使った鏡の砲撃は大きな規模になり得る。二を巻き添えにはしたくない。

どうやら察してくれたようで、すぐに身を引いた。彼女はもう一度なつめへの拘束を強くかけるが、謎の種は渡されたあとだった。


二が事務所まで逃げ込むあいだ、数秒の沈黙があった。先に動いたのはティアラだ。

右手には淀んだ血の色の珠、左手には外側に行くにつれ淡い水色となる黄色の珠。そのふたつの種をどうするかと思うと__口に入れ、呑み込んだ。


「イオノ。スウィーネ。力を貸して」


謎の種に死者の魂の記憶などないというのに、ティアラは語りかける。命潰えた仲間のため、自らの身体を犠牲にしようというのか。


「無茶です、ティアラさん!謎の種をみっつもだなんて、身体が!」

「いいわ。いいのよ。殺されたふたりの苦痛に比べれば、こんなの蚊ほどでもない」


平静を装った表情だが、全身に天体図のような紋様が現れはじめている。特に左手には雷のような光が小さく幾度となく発生しており、まるで謎の種に呑み込まれた鷲のようだった。


「……最後に聞くわ」

「何ですか、ティアラさん」

「どうして私からぜんぶ奪っていくの?」


神器の力を解放せず、ただ中段に刀を構えているみくさ。構えは崩さずティアラの言葉に応える。


「スウィーネも。イオノも。ラムネルも。なつめくんだって、積み上げてきたものを奪われた」


剥き出しの憎悪。まるでさっきの自分を見ているようでみくさは居心地が悪い。


「どうして、どうして私なのよ……!?」

「それは……」


身体をかつて仲間が持っていた力に蝕まれながらもティアラは叫ぶ。本気の表情に気圧されて、咄嗟には言い返せなかった。


「……私達のモノを、あなたたちが奪っていったからです」


言葉を紡ぎながら踏み込んだ。これ以上話をすれば、きっと心に乱れが生まれる。せっかく復讐を遂げたというのに、新たなささくれを胸のうちに作ってしまっては数マス戻されたようではないか。

相手もみくさの突きへ対応し、プラズマが大きく雷の音を轟かせてみくさの頭めがけて放たれていく。



お互い数えきれぬほどの攻撃を撃ち続けた。数えきれぬほどの攻撃を避け続けた。あらゆる斬撃は紋の刻まれた肌に届かずパーカーの裾を掠めただけに留まり、あらゆる電撃は赤く染められた肌に届かず地面に焦げ跡をつけただけに留まった。

どちらも譲ろうとはしない、するはずはない。最早意地だけで謎を操り、目の前の相手にぶつけている。狙いはどちらも甘くなりはじめ攻撃の頻度はみくさが上回っていった。だからといってキュロットもシャツも裂くには至らず、返り血が振り撒かれるだけだ。


遂に疲労から見せてしまった隙へとティアラの手が滑り込む。刀では間に合わない。『キングズベリー・ランの屠殺者』の能力が発揮されみくさの首は落ちるだろう。

ティアラの手が届けば、の話だったが。


「……なんで、なんでよ」


あとすこしで、理不尽を覆せると。そう思ったのに。身体が動かない。意識が薄れていく。『私』が消えていく。


「ふたりの仇なのよ……!?まちなさいよ、私は、まだ……!」


当然の結果だろう。本来ひとつの魂への癒着を求める謎の種を、同じ魂に三つも着けようとしたのだから。3分の1では容易く食い尽くされてしまい、何も残らない。脱け殻になった身体が土へ還るだけ。


ぐしゃり。


魂の抜けた人形が、地面に最期のキスをした。


「な、ティアラ、さん」


重い身体を引きずって、脱け殻の元へと急ぐ少年。消えてしまったことは受け入れられない。みくさにそれは痛いほどわかる。

けれど、彼に何をする気もなかった。自分を狙った者がひとり勝手に潰れただけだ。


階段を駆け上がり、事務所に急ぐ。早急に洗わなければ血が取れなくなってしまう。ほとんど振り飛ばされたが臭いが残ってはいけない。少女だというのが多少は誤魔化せる材料になるかもしれないが、まともに高校に行くのだったらちゃんと取ったほうがいい。

玄関をくぐって小さくただいまと呟くと、みくさは風呂場へと急ぐ。





事切れた人形の側で、数時間前の瞳に戻ってしまった少年がただじっと彼女を見ている。とおりがかる人々は皆撒き散らされた血痕もあってか逃げるよう通りすぎていく。


少年は、彼女のことが好きだった。彼女がいれば満足だと気づけずに今まで愚行を繰り返してきたのが、やっときょうわかったのに。


「シケた面ですね、ザマぁないとはこのことざますね」


全くもって空気の読めない発言。少年は首を動かさずに発言者を見た。


「……今度は『緑位(グリーン)』、あなたですか」

「はい!」


元気のいい返事をする彼女、『緑位』。何をしにきたのか問おうとすると、手を銃のかたちにして少年へ人差し指を突きつけてきた。


「僕にはなにも残っていないはずですが」

「そんなことないですよ。胸に手を当てて考えてみてくださいよ」


言われたとおり、手を胸にやった。どくん、どくんと自らの鼓動が感じられた。まだ生きているのだから再スタートできるさ、などとでも言いに来たのだろうか。


「……緑位、あなたは!」

「気づきました?私の目的はそれなんです」


少年は言葉を失った。今になって思い出す、緑位はこういう人間だった。


「あなたはろーぜきをはたらきすぎです。目に余ります。ので、この手で精算しましょう」


ほんわかとした笑みのままなのだが、彼女の目には空虚が居座っている。冷たいどころか温度すらない瞳が少年を刺す。


「罪状は……ええと、木古内先杜の誘拐に暴行に強姦。イオノ・サロマの殺害。ラムネル・シャルベリエの強姦。音威子府いぶかへの暴行未遂。そしてそして、木古内二への強姦未遂。その他もろもろコミコミにして、ざっと死刑ですね。」


「……待って、ください。僕は、ティアラさんを」


早口な彼女の言うことに割り込ませて、せめて丁重にお墓を作ってあげたいと言おうとした。が、言葉は遮られる。


「ダメです。執行時間は今ですから。ではでは、意識の海へサヨウナラ!」


ばっきゅん。銃を撃つような子供っぽいジェスチャーと口で言う効果音が少年に向けて放たれた。否、放たれたのはそれだけではないらしい。

少年はまるで本当に撃たれたように倒れはじめ、想っていた人の上に覆い被さった。それ以降動くことはない。


「では、後片付けもしてしまいましょう。ざ・ねくすとのメイワクになりますからね」


彼女、『士別リーフ』はふたりぶんの死体とすさまじい血痕の処理に取りかかった。

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