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第79話『そのためだけに彼らは世界を征服する』

 夜の闇にヘリコプターのローター音が響きわたる。


 しらびそ高原のヘリポートは、急患や災害対策に設置されたものであり、たとえ公用であろうとも目的外の利用は認められていない。


 従って━━あくまでもその夜間着陸は、しらびそ高原のロッジにおいてアルコールの飲み過ぎによる急患が発生したためであり、あらゆる意味で医療目的であった。


『━━で、どうなった?』

「だ、大臣!? どうしてここに!?」


 顔を真っ青にしてうめく患者を搬出する一団に混じって、スーツ姿のいかめしい面が突然話しかけてきたときは、キミズ叔父も驚愕したものだった。


(おーおー……いつの間にかずいぶん集まってるじゃねえか)


 外に一歩出て見渡せば、ロッジ前には無数の高級車がつらなっている。

 それらはいずれも、各地から事態の急を聞いて駆けつけてきた政府関係者である。


(まあ、結局誰も間に合わなかったが……な)


 しかし、その到着はいずれも20時を遙かに過ぎた時間。

 すなわち、α連合国との会合が既に終了した時間であった。


(それにしても……そもそも来ちゃいけない連中まで混じってる気がするが……こりゃどうなんだ)


 どう考えても、今日この時ここで何があるのか知らされていないはずの組織が、協力者が。

 あるいは、友好関係にある協力政党の人物が見受けられる状況に、キミズ叔父は眉をひそめた。


 権力には縦と横の構造がある。

 それらをバイパスするルートもあるにせよ、上が展開すべきでないと考えた情報が、下へ……あるいは左右へ知られていてはいけないのだ。


 だが、キミズ叔父の見るところ、ロッジ前に集まっている面々の中には、どうにもこの件に関する情報━━つまり、今日ここでα連合国との会合がもたれていることを、知ってはいけない人間まで含まれているようだった。


(ま……メディアの連中はいないみたいだ。

 それならいいんだが)


 ここから何らかの情報がリークされる恐れはあるにせよ、最悪の事態にはならない。

 ああ、最悪ではないのだ━━そう思うと、自らに課せられた責任を果たせたような気がして、キミズ叔父は久しく緊張の中で忘れていた疲労感にぐったり肩を落とした。


 それでも目の前にいる人物の相手をしないわけにはいかないのだが。


「ご、ご無沙汰しています、厚生労働大臣。

 それにしても一体、どうしてここへ……今日は静岡にいらっしゃったんですか?」

『東京からだよ。あのヘリだ。無理を言って、便乗してきた』

「そりゃあ……しかし、よく乗れましたね」

『私はこれでも医者だからね』


 呆れたように言われてから、キミズ叔父はこの大臣が議員に選出される前は医者として活躍していた人物であり、医療方面に深い支持基盤を持っていることを思い出した。


「はあ……なるほど、そういうツテですか。とすると、あの急患は……」

『湯河原くんがうまくやったようだな。

 田舎の若者と思っていたが、なかなか機転が効く……まあそれはいい。 もう少し早ければ、首相や外務大臣まで集めたんだが、惜しいことをしたよ』

「それはお疲れさまでした」

『で、どうなった? α連合国とようやく対話ができたんだろう?』

「……詳しいところは今夜とりまとめて報告しますが」


 対話。

 その表現にキミズ叔父は苦笑せざるを得なかった。


 あれが対話というのならば、ナイフの突きつけ合いも立派な対話ではないか。心の底からそう思う。


(気がついたら、案外あっという間だったが……)


 そもそも━━コウや湯河原、むろんキノエはもとより。


(俺は何の権限も持っちゃあいない……せいぜい、工作活動の真似事をやってる田舎の中年社長だ……)


 そんな自分がこの状況で、α連合国との対話の中心にいたことは、末代までの語り草にできると思う。

 もちろん、それが名誉と共にあるか、不名誉が伴うか。

 それはまだわからない。


「要点だけ簡潔に申し上げます」

『うむ、要点だけで頼むぞ。あまり詳細まで言われても、こちらの精神が持たないからな』

「大臣がそんなこと言わんでくださいよ」

『何を言うか!

 君はもう終わったことだから良いだろうが、こちらはこれから関係各所との調整、戦略の練り直し、メディア対策、経済のコントロール……とにかく、仕事がどれだけあるか分からんのだ!

 詳しいことを聞けば聞くほど、それが思い起こされて、私は失神してしまうだろうよ!

 だからな、要点だけでいいぞ。要点だけで、な』

「な、なるほど……」


 脂汗をだらだらと流しながら早口でまくし立てる厚生労働大臣に、キミズ叔父はわずかに同情しつつも、やはりそんなことを国家の要職にある者が言わないでほしい、と思う。


(とはいえ……)


 自分が相手だからこそ、多少の弱音も吐いているという一面はあるのだろう。

 それはたとえば、キミズ叔父自身、部下たちの前で決して見せない姿を親戚であるコウやキノエにはさらけ出せるようなものかもしれない。


「まず、向こう一ヶ月の話です」

『うむ……』

「来週中にもα連合国は欧州E連合の制圧を完了します。

 そこでリリースされた戦力を用いて━━」

『わ、我が国に来るのか!?』

「落ち着いてください。我が国ではなく、朝鮮半島に上陸するそうです」

『……なに、朝鮮か?』


 よほど意外だったのか、大臣はその名前を聞くと、黙り込んでしまった。


「続けますが、よろしいですか」

『朝鮮……統一朝鮮に上陸、だと? 同盟関係はとっくになくなっているし、あんな核の焼け野原に何の目的だ……?』

「それは自分なりに探りを入れてみましたが、さっぱり聞けませんでした。

 ……そもそも、本当の話かどうかもわかりません。

 まあ、向こうに言わせれば、嘘ではないそうです」

『しかし、そんな言葉が信じられるのかね』

「わかりません……ただ、真実を伝えることまで含めて『ハイ・ハヴ』の……つまり、彼らの戴く擬神(・・)・国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の指示だと言っていましたが……」

『まあ、その真偽は我々以外の専門家が確かめることだろうな。

 他には?』

「その他には……ああ、そうですね、要点だけでしたね」


 ふと、キミズ叔父は言葉を区切った。


(こいつを伝えちまっていいのか?)


 確かに要点だけである。しかし、あまりにも重大なことである。


(俺なんぞより遙かに頭の回ること人に、そんなことを伝えちまったら……)


 何が起こるか。どんな影響が及ぶか。

 いかなる対策を打てるか。それはどの程度まで有効で、しかしどの辺りまではまったく無駄になってしまうか。


(ひいては、この国がどうなっちまうか……)


 瞬時のうちに想像して━━シミュレーションして。


「うーむ……大臣、お願いですから倒れないでくださいね」

『要点だけだ。要点だけなら大丈夫だ』

「それでは申し上げます。

 少なくとも半年後の話です」

『………………』

「α連合国は我が国に対して武力攻撃を実行します。

 上陸地点は石狩湾と九十九里、鳥取砂丘、新潟です。

 それまでに我が国には態度を決めろと━━あ、大臣! ちょっと大臣!……ダメだ。失神してるわ」


 瞳の光が失せたかと思うと、膝から崩れ落ちた大臣を抱え起こしながら、キミズ叔父はため息をつく。


『どうかしましたか……って。

 厚生労働大臣がなぜここにいらっしゃるんですか!?』

「おお、湯河原か。

 ちょうど良かった。アル中の患者さんと一緒にヘリで搬送してやってくれ。たぶん、10分もすれば目を覚ますが、そのまま東京まで飛んでった方がいいだろ」

『は、はあ……しかし、急患を手配しろと自分に電話してきた方が、なぜ自らも急患に……』


 ばたん、と人間が倒れた音に、ひょっこり現れた湯河原は驚きながらも、手慣れた様子で大臣の右腕を肩から支えるようにして、体を引き起こした。


「手早いな」

『椿のやつが酔いつぶれると、いつもこうしてたもんです』

「なるほどな……あんたにはまた何か助けてもらうかもしれんが、今日のこと、関係ない奴には言うなよ。

 むろん、あの椿ってドライバーにもな」

『心得てますよ……』


 はあ、と憂鬱な吐息をもらすと、湯河原は大臣を引きずって歩き始める。


(無理もないか……)


 将来は大いに出世するかもしれないとはいえ、まだ20代の若者が知るには重すぎる秘密である。


「コー坊、そこにいるんだろ」

「……よくわかったね」

「歯の根がガチガチなる音がここまで届いてらあな」


 そして、キミズ叔父が一声━━もう1人の若者を呼ぶと。

 真っ青な顔をして。あるいは、今にも泣き出しそうな顔をして、川野コウが現れた。


「なんて顔してやがる」

「……だって」

「泣いても笑っても半年しか時間はねえんだ。

 俺達はやれることをやるだけ……そうだろうが?」

「で、でも本当にα連合国と戦争になるなんて━━」

「まだ開戦するかは決まったわけじゃねえ」


 戦争。国と国との戦い。

 それが現実のものとして、遠くない将来に自分の身に降りかかってくる。


(そりゃこええわな……俺だってそうだ)


 コウの怯えた表情を見ていると、キミズ叔父もまた、恐怖している自分を意識する。


「お偉いさんたちが手を尽くして……それでもダメとなりゃ、潔く白旗を上げるだろうさ」

「……上げない可能性もあるってことだよね」

「当たり前だ。

 勝てない戦争やっても仕方ねえが、守れるのに自分の国も守らない奴は最低さ……何よりご先祖様に申し訳ねえだろうが」

「だ、だけど」

「まあ、手がないわけじゃ━━ないらしいんだけどなあ」


 まるで他人事のようにキミズ叔父は言う。

 その口調からは。どこか信じ切れてない様子の表情からは。


 彼が知らされている何か(・・)が、今はまだ不確定要素の多い物であることは確実らしかった。


 その後、川野コウたち一行は集まってきた政府関係者の車に便乗して、しらびそ高原を去ると、飯田市のホテルに泊まった。


 翌日の昼過ぎまで、キミズ叔父の報告資料作成と連絡の補佐を徹夜で手伝い、東京に戻った頃には日がすっかり暮れていた。


 ━━そして、川野コウは単身、市ヶ谷防衛省に向かった。


~~~~~~Deep Learning War 2035~~~~~~


「ひとまずは理想的な会合になったわね」

「『ハイ・ハヴ』のシナリオ通りだな」


 太平洋の向こうで、川野コウが恐怖に震えていた頃。


 S・パーティと『五つ星』(ファイブ・スター)の2人は一基のエレベーターに乗り、ワシントンの地下深くへと向かっていた。


「ドクター! ドクターはいるかしら?」

「そんなに大きな声を出さんでもここにおるぞ」


 その地点の座標は北緯38度53分にして、西経77度02分。

 200年の歴史を誇るこのα連合国・議会議事堂の地下深く。


 ポトマック川の豊富な水流を引き込んで、万全の冷却体制を整えた、史上最大規模の計算能力を持つ、人工知能システムが彼らの前には鎮座してている。


「我らが『ハイ・ハヴ』は今日もご機嫌のようね」


 1人は『使徒』。

 黒とフリルの天使。だが、堕天使より背徳的な笑みを浮かべる年齢不詳の魔女。


「そして、今日は我らが擬神(・・)にとって特別な日だ」


 1人は『五つ星』(ファイブ・スター)

 軍人として最高位にあることを示す星五つの階級章を肩につけ、満足げに巨大なシステムを見上げている。


「国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は稼働を開始したその日から、一時たりとも停止したことはない。

 最高の能力と最高の可用性を兼ね備えているというわけじゃな……」


 最後の1人は『ドクター』。

 老境の域にありつつも、思春期の少年にも似た情熱と狂気の光を宿す瞳は、うす暗いマシンルームの中でも爛々と輝いている。


「欧州E連合のコンピューター・ネットワークがいよいよ『ハイ・ハヴ』に連結されるわ」

「軍事的制圧と共に、欧州に存在するデータセンターの掌握を最優先したのも、すべてはこのためだ」

「その代償として、かの地では長らくインフラがまともに機能せんかったが……やむを得ない犠牲というところじゃな」


 鉄道が連結されるように。

 あるいは、巨大橋梁の最終ボルトが締め付けられるように。

 さもなくば、スーパータンカーが船台から滑り落ちるように。


 わかりやすい音がしたわけではなかった。儀式めいた演出があるわけでもなかった。


「つながった」

「我らが擬神は大西洋を越え、欧州とつながった」

「全欧州に存在するコンピューター・システムは今から『ハイ・ハヴ』に奉仕するのじゃ!」


 だが、彼らはその瞬間を正確に捉え、そして歓喜した。


「おめでとう、私たちの『ハイ・ハヴ』」

「おめでとう、我らが擬神『ハイ・ハヴ』」

「おめでとう、偉大なる国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』」


 賛美は繰り返され、感動は循環する。


 その日その時を境にして、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の能力は2倍近くに増大した。


「次は日本」

「東洋の技術立国」

「かの地のコンピューター・システムをすべて掌握したとき、『ハイ・ハヴ』の能力はさらに膨れ上がる!!」


『使徒』は言う。


「そして、いつしか全世界のコンピューターを『ハイ・ハヴ』に統合する」


『五つ星』(ファイブ・スター)は叫ぶ。


「人類はあらゆるコンピューターを利用する際、もっとも強力で賢い人工知能の支援を受けることができる!」


『ドクター』は笑う。


「その時、もはや……人類は自分で考えることすらせずに、最大限の幸福を得られることじゃろう!」


 彼らは。α連合国はただ、そのために戦う。


 そのためだけに、世界を征服する価値がある。


(人工知能戦争2035~Deep Learning War 第2章・了)

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