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第07話『ノルマンディー上空 B-21レイダー戦略爆撃機』

「こちらドミニオン中隊マモラ機。まもなくノルマンディー上空を航過。

 これより攻撃行動に入る」


 B-21レイダー戦略爆撃機のパイロットシートに身を沈める米空軍のマモラ中尉は、作戦開始の通信を終えると、胸の奥にたまった重い息をゆっくりと吐き出した。


『指揮所よりドミニオン中隊マモラへ。了解した』


 その返信はしかし、マモラ中尉にもはっきりと体感できるほどのタイムラグを持って、届いた。まるで返答に逡巡したかのごとく数秒の遅れが存在したのである。


(このラグだけは慣れないな)


 片足をフットバーから外しながら、マモラ中尉は思う。だが、無線傍受を防ぐため、上方にむかって通信時だけ開口する指向性アンテナを使っている以上、時間がかかるのはやむを得ない。


 マモラが通信を行った際、彼のコクピットシートより少しうしろ、機体の後部で小さなシャッターが開いたのである。

 そこには指向性のアンテナが仕込まれているだけでなく、絶対に地上へむけて電波を発信しないように、球状の金属カップで覆われている。


 パラボラアンテナがその広い『お椀』で電波をあつめるように、球状の金属カップは発信する電波へ強い指向性を与えるために存在する。


 外部へむかって開口しているのは、ほんの握り拳ほどの面積であり、その空間をくぐりぬけた電波だけが━━時計の針にたとえるならば、11時から1時までの領域だけが天空へ向かって飛んでいくのだ。


「通信終了。これより電波封止に入る」


 最後の通信を発すると、応答を待たずにB-21戦略爆撃機のシャッターは閉じた。天空の中継衛星が複雑な経路で暗号化された通信を北米大陸まで届け、返事が戻ってくるまでに数秒間を要する。

 その頃には、彼の機体はあらゆる電波から隔離された存在となっている。


 B-21レイダー戦略爆撃機。

 それは2020年代に実用化された、米空軍の最新鋭爆撃機である。

 F-15戦闘機が1980年代に最強であったように、そして、F-22戦闘機が2010年代に至っても最強であったように、このB-21戦略爆撃機もまた、2035年の現代においても、最新鋭にして最高の性能を持っている。


「とはいえ」


 ちらりと、マモラ中尉は振り向いてみる。彼の周囲にあるのは、訓練で乗ったB-1ランサーのような狭いキャノピーでもなければ、研修で乗せられたB-52ストラトフォートレスのような無駄にごつい構造材でもない。


 彼が『振り向き』の動作をすると、ヘルメットに取り付けられたAIセンサーがそれを『後ろを見ている』と認識する。

 たちまち、彼の後方にある曲面ディスプレイが点灯して、機体の側・後方カメラが捉えたリアルタイム映像を表示する。


「この『子守』はもっと慣れないが、な」


 時刻は2035年6月6日。深夜ほぼ零時。


 彼の後方には意外なほど明るい月光に照らされつつも、人間の視覚ではまっくらな点にしか見えない後続機が4機飛んでおり、その位置はディスプレイ上に味方機であることを示す青いアイコンを伴って表示されていた。


「……俺は一人。しかしこいつらも含めて5機編隊、か」


 彼の後方に続く4機は、B-21レイダーを元に無人化したBQ-21戦略爆撃機である。


 無人機とはいっても、その性能はパイロットとその生存空間━━すなわち、B-21であればマモラ中尉が押し込められている球体コクピットを必要としない分、むしろ向上している。


 それでいて、機体設計やパーツ類は極力、B-21とBQ-21で共通化されており、第二次世界大戦の終結以降、世界中の政府を悩ませてきた機体開発コストの暴騰も、ささやかながら押さえ込まれている。


「……ポイントMに到達」


 その呟きは通信ではない。あくまでも作戦行動を記録するためである。

 あるいは自分の呟きが歴史的な資料として参照される日が来るかもしれない。そんなことをマモラ中尉は思う。


「これより爆撃を行う」


 砂浜にばらまいた宝石のような、人工の光がきらめく下界を確かめるべく視線を落とすと、やはりAIセンサーが『下を見ている』と認識して、球体コクピット内の下方ディスプレイをオンにした。


 もっとも、その照度は暗闇の中で飛んでいるマモラ中尉の瞳孔を考慮して、最小限に落とされている。

 猫も人間も変わらぬメカニズムでマモラ中尉の瞳孔が小さくなっていく。すると、連動するようにディスプレイの照度も少しだけ増していった。


(まったく人工知能さまさまだな)


 しかもその照度調整は一定のパターンに沿っているわけではなく、マモラ中尉個人の生体パターン━━つまり、彼の瞳孔の開閉スピードを把握した上で行われているのだ。


 マモラ中尉はまだ25回しかこのB-21レイダーで夜間フライトをしていない。

 それにもかかわらず、人工知能センサーは彼というヒトから発せられる無数の生体情報を元に、ディープ・ラーニング技術によって、最適な反応を学習し、現に示してくれている。


『5……4……3……2……1』


 前方ディスプレイに爆撃管制ウィンドウが表示され、自動で秒読みを展開する。

 音声は柔らかな20代美女の声としてマモラ中尉の耳に聞こえているが、彼が女性であったならば、頼もしい美男の声として届けられたであろう。

 航空機における音声ナビゲーションは異性の方がわずかに反応が速い。それは世界の空軍にとって常識である。


『投下』

DSBドローン・スマート・ボム放出(アウェイ)!」


 ナチスドイツの工場を爆撃するB-17フライングフォートレスのパイロットであったならば、ここで『操縦戻しますユー・ハブ・コントロール』という爆撃手の言葉を受け取って、マモラ中尉は「操縦切り替え完了アイ・ハブ・コントロール」と返すところだが、あいにくとこのB-21は一人乗りだった。


 そして、今。フランス上空に歴史上、はじめて投入される新兵器が落ちていく。

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