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第78話『花たちのキャットファイトと老練なる応酬』

(S・パーティ……!!)


 1ヶ月ぶりに見るその姿が、ディスプレイに映し出されている。


 思わず叫び出したい思いを何とかこらえて、コウは押し黙る。自分は主役ではないのだ、と言い聞かせて、キミズ叔父の後ろに控える。


「あら、ショックだわ。愛しのコウに無視されちゃった」

「……誰が愛しだ」

「もちろんあなたよ、コウ。

 ふ~ん、タタミのワシツかあ。面白いところから接続してきたわね。

 しらびそ高原って、どんなところ? 私は詳しく知らないのよ」

「ロッキー山脈の百倍くらい小さくて、けど、同じくらい気持ちのいいところだよ、『使徒』のお嬢ちゃん」


 雑談のような口調で話し始めるS・パーティを遮るように、キミズ叔父はディスプレイに備え付けられているカメラの正面に立った。


「ハロー、ミスター・キミズ。あなたもお久しぶり。

 たったの3時間45分で接続してくるなんて大したものだわ。30分くらいは待つつもりでいたのだけれど……環境規制を無視して、ヘリコプターでも使ったの?」

「はっ、こっちの事情はお見通しってわけか」

「私じゃなく、『ハイ・ハヴ』が、だけれどね」


 うっすらと笑うパーティ。


(やっぱり『ハイ・ハヴ』の判断か……)


 読み通りだったというポジティヴな感情と、こんな高度な判断をする人工知能を相手にしなければならないというネガティヴな感情。

 それらが同時にコウの胸で渦巻いては、どこにも行けずにぐるぐると周回し続ける。


『………………』


 ずり、という畳と擦れる音が聞こえたかと思うと、湯河原がコウよりもさらに後ろへ下がっていた。


(……会合に参加する気はないのかな)


 コウからすれば、自分などより遙かに適任だと思うが、湯河原には彼なりの判断があるのだろう。


(……それにしてもどこだ、この場所?)


 改めて、コウはS・パーティの姿を見る。

 海を越えた先、α連合国のどこかを映しているはずの光景を見る。


 国と国との会合の場にはまったくもってふさわしくない。

 たとえば、S・パーティは外交交渉どころか事後の懇親パーティでも派手すぎるのではないかという、赤と黒のドレスに身を包み、悠々と足を組んでいる。 

 腰掛けている野外チェアは細やかな意匠の凝らされているが、フォーマルさよりは派手さを主張するものであり、何よりその下は草の地面だ。


 それだけではない。周囲には花が咲き乱れ、蝶がカメラの前を横切ることすらあるではないいか。


「植物園……か?」

「思考の速度がはやくなったわね、コウ」


 思わず口からこぼれたコウの言葉を、ディスプレイに内蔵されたマイクは如才なく拾い上げた。

 S・パーティは満足げに微笑む。いささか出来の悪い彼氏が成長の印を見せた時のように。


「でも、正解ではないわ。

 ここはワシントンに実在するホテルの庭園よ。あなたと私が一夜を過ごしたホテルより、ずっと高級な……ね」

「……そういう手にはもう乗らない」

「まあ、あなたが乗らなくても、妹さんは違うみたいだけど」

「は?」

「あー、えーっとー、ちょっとー、そのー。

 あなたに一言いいたくて、あたし、ここまでついてきたんですけど!!」


 ━━ここが日本国とα連合国との会合の場であることなど、一切、考慮しない顔で。


 畳の上をずかずかと進み、制止しようとするキミズ叔父と湯河原の手をもの凄い勢いで振り切って、川野コウの妹は。

 すなわち、キノエはディスプレイ備え付けのカメラにぐっと顔を近づけた。


「……毛穴まで丸見えよ、あなた」

「年増の肌と違って、若くてぴちぴちだからいいんですー!!」

「とっ……! そ、それで? 何か言いたいことがあるのかしら?

 まあ、まだ時間前だから、寛大な心で聞いてあげてもいいけれど?」


 あくまでも余裕を見せつけるように、S・パーティは笑ってみせる。

 しかし、その顔はひきつっている。声も震えている。


(き、効いてる……)


 コウは思わず吹き出さざるをえなかった。

 そしてそんなコウの表情は、カメラの視界をキノエの顔面に占拠されているα連合国側には伝わっていない。


「はっきり言いまーす!

 コー(にぃ)に手を出すのやめてください!」

「り、理由を聞こうかしら?」

「年が釣り合わないから」

「とっ……と、年? 言っている意味がわからないわね。

 そもそもコウは成人しているのでしょう。成人している男性と女性に釣り合わない年齢なんて━━」

「は? 40のおばさんと20代のコー(にぃ)が釣り合うわけないじゃん。

 ばっか。しね」

「40違うわああああああああ!!」


 およそ国と国との会合の場にはふさわしくない叫び声が聞こえた。

 

 いや、声だけではない。言葉だけではない。


 乱入したテロリストにも等しい振る舞いのキノエはともかくとして、S・パーティの表情もまた、怒りを通り越して半泣きにも近い……そう、恥辱と忍耐がギリギリの領域で何とか釣り合っているような、凄絶なものである。


「……よ、よっ、よよよ……よんじ、じゅ……よくも……よくもそんなことが言えたわね、子供のくせに……」

「はあーん? 何言ってるか聞こえないんですけどー?

 それにあたしは子供じゃないしー。もう何年かしたら、コー(にぃ)とも結婚できるしー。

 その頃にはおばさんは50代突入だよね。あっはっはっー、ざんねーん。ざまあ。ざまあ。

 20世紀生まれざまあ!」

「ならないっ! そんな年にはならないっ!!」

「あーっはっはっはっ!! ムキになって否定するところが怪しいわね! 若い男に欲情するなんてみっともないのよ、おばさん!! もーすぐおばあさんのおばさーん!!」

「んぎっ……ぎ、ぎぎぎぎぎ……!!」


 キノエの発射した言葉の核戦力に、S・パーティが為す術もなく敗北するかに見えた━━その時。


「お取り込み中、誠に申し訳ないのだが」


 ディスプレイにうつるα連合国側の映像に、1人の男が割り込んできた。


(……軍人?)


 S・パーティの言葉を信じるならば、そこはワシントンの高級ホテルにある庭園だった。


 元より女性的でこそあれ、男性的とは言い難い空間に姿を現したのは、ヒトの雄たるシンボル、その極地とも言える軍服姿の人物である。


 口元にたくわえた髭と、人生経験を感じさせる皺の数。

 しかし意気軒昂そうな瞳の色をみるに、その男は老人に足の指先だけを突っ込んだ━━いわば壮年の男性であった。


「『使徒』よ、そろそろ時間が迫っている」

「あ……ああ、そうね。

 もうそんな時間だったかしら……失礼したわね」

「……そういえば、もう20時か」

「君が川野コウ。

 ふむ……我らが擬神・『ハイ・ハヴ』の選んだ人物か。こうしてお目にかかるのは初めてだな」


 コウのこぼした声を聞きつけて、軍服姿の男は会釈した。

 もちろん、それはキノエがカメラの前から離れたおかげで、コウやキミズ叔父の姿がα連合国側にも届くようになったからでもある。


「私は『五つ星』(ファイブ・スター)

 α連合国の軍人だ。以後、見知り置きを」

「ファイブスター……五つ星?」

「ほほーお、国と国との会合の場で本名を名乗らないとは、失礼ってもんじゃねえのか?」

「あいにくと、これもまた我らが擬神・『ハイ・ハヴ』の戦略でね」


 挑発するようなキミズ叔父の言葉に、『五つ星』(ファイブ・スター)は意外にも茶目っ気のあるウインクで返す。


 ちっ、というキミズ叔父の舌打ち。だが、これは失礼に失礼を返した正当な報復戦略と言えるだろう。


「元より、この会合自体が限りなく非公式に近いものだ。

 確かに我が国と貴国の意志疎通……あるいは交渉、さらには妥協がなされるであろう場ではあるが、残念ながら歴史に記録されることはないだろう」

「記録するのはお互いの勝手だろう。

 こっちが隠していた密約を、そっちがご丁寧に情報公開しちまったこともあるじゃねえか」

「法の下に定められた情報の公開は、当然に行われるべきだ。

 むろん━━闇に葬ってしまいたいこともあるがね。貴国日本はその辺りの案配はよく心得ているように思える。

 羨ましく思うよ」

「ははっ、それが行き過ぎて後から突っ込まれそうな話は、議事録すら取らなかった時代もあったがな」


 それは一見━━他愛のない言葉の応酬だった。


(違う……)


 しかし、川野コウは気づいている。気づける程度には、耳が、そして思考が肥えている。


 『五つ星』(ファイブ・スター)もキミズ叔父も、はじめは礼を欠くところから入った。

 これは何も礼儀作法を軽んじているからではない。隙をうかがっていたのである。


(叔父さんにしても……あの軍人にしても……怒り出したりしたら負けだった)


 だが、どちらも相手の非礼を認識こそすれ、咎めることはなく、平然と受け流した。


 そこで彼らのやりとりは第二段階へと移る。

 まず、現状の認識をすりあわせる。

 それは「このやりとりが記録されることはない」という言葉だ。つまり、どうあれ今日決定されることは、密約ベースということになる。


(最後に……向こうが仕掛けてきた)


 だが、密約も相手が勝手に公開してしまったら意味がない。そのようにキミズ叔父は不信を伝えた。

 すなわち、「こっちが隠していた密約を、そっちがご丁寧に情報公開しちまったこともある」という言葉である。


 むろん、α連合国側もさるもの。「法の下に定められた情報の公開は、当然に行われるべきだ」と返してきた。

 そして、最後に仕掛け。つまり、ジャブならぬ投げキッスである。


(「羨ましく思うよ」……か)


 リップサービスかもしれないが、α連合国は日本側を持ち上げてみせた。

 余裕の現れであろう。

 交渉の主導権を握れるという自信の表明であろう。


 だが、賛辞は賛辞である。そして、キミズ叔父はそれを是、とした。


 ここまでが開幕の第1ラウンドでなされた言葉の攻防である。


(……凄まじいな)


 コウは━━川野コウは、かろうじてそんな彼らのやりとりが『見える』ところまでは到達している。


 だが、それは想像を絶する智者たちの放つ言葉の応酬である。

 そんな場に自分が居合わせてよいのか。むしろ邪魔になっているのではないか?


 比喩でなく、まだ20代前半の青年・川野コウは冷や汗が出る思いだった。


「さてと……時間だ。

 それではこれよりα連合国と日本国の第一回会合を行う」


 時計など見ているようには思えなかったが、『五つ星』(ファイブ・スター)の言葉は確かにその日その時。


「本会合は非公式である。だが、我々α連合国側の代表は国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の支援を受けている。

 つまり……我々の発言はα連合国の意志そのものと捉えてくれて構わない」


 すなわち━━日本時間にして2035年7月15日20時ちょうどに放たれたものだった。


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