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第70話『超伝導列車は発進する』

『ああ、紹介します』


 男性の隣に並んだ道志駅員が言う。制服の統一感から、どうやら同じJRの職員であるらしい。


『彼は本日の試運転━━そして試運転をかねた、旅客輸送実験を担当するリニア中央新幹線の運転士です」

『運転士の宮ヶ瀬です』


 白を貴重とした、新幹線とはいささか異なる制服に身を包んだ運転士は、引き締まった敬礼を見せた。

 気にしないでほしい、とでも言うように軽く会釈するキミズ叔父。ためらうように一礼するコウ。右手を胸に当てるキノエ。


「よろしく頼む。ところで、緊張してるとこ悪いが、俺達は政府官僚の大臣一行でもなけりゃ、JRの重役でもないんだ。

 無人のつもりで気楽にやってくれ」

『は? はあ……そうですか。承知しました。

 外務省の方が、将来の輸出を見据えたレポートを作成するために便乗するとうかがっていましたもので……とすると、撮影もなしですか? 本社の許可は得ていますが?』

「あ~……いろいろ行き違いがあってな。すまん」


 ぽりぽりと頭をかきながらキミズ叔父が言う。

 さすがの彼にも、政府与党があることないこと盛大に吹き込んで、この試運転と称した超高速移動を手配した事情など、知る由もなかった。


『それでは自分はここで』

「おっ、駅員さんは乗らないのか?」

『自分は何度も乗ってますから!』

「くっ!!」


 ドヤアアアアアアアという効果音が聞こえてきそうな勢いで、道志駅員は微笑む。

 半眼で受け止めるコウとキノエに比して、とてつもなく羨ましそうに唇を噛むキミズ叔父が好対照だった。


『では、ご案内します』


 宮ヶ瀬と名乗った運転士はそんな光景など見慣れてるのか、ごく淡々とした表情で手にした端末を操作する。


 それは『The・フォン』とは異なる業務用の端末らしかった。

 警告ブザーの音が鳴り響いたかと思うと、リニア中央新幹線の1両目に位置する場所で、旅客用ゲートがスライドし、車両ドアに連結される。


(本当に飛行機みたいだな……)


 まさに飛行機のボーティングブリッジそのままの搭乗口ならぬ乗車口が出現していた。

 宮ヶ瀬運転士の後に続いてコウたちは車両内部へと入る。

 意外と言ってもよいほどその内装は普通だった。何度か乗ったことのある通常の新幹線と、ほとんど変わらないように見える。


『申し訳ありませんが2両目から先への扉は閉鎖されていますので、移動はご遠慮ください』


 体験乗車する一般人に……あるいは関係者に対して、何度も同じ説明を繰り返してきたのだろうか。

 宮ヶ瀬運転士はてきぱきと乗車にあたっての注意事項を説明する。

 トイレは1両目後方にあること、緊急時は自分の指示に従ってほしいこと、地下を出て地上を走行するのは発車から13分ほど後になること……。


『時速500kmに達した際は、アナウンスでお知らせしますので』

「わかりました」

「はーい、どーも」

『……珍しいですね。とても落ち着いていらっしゃる』


 ひどく淡泊な反応のコウとキノエを見ると、宮ヶ瀬運転士はいささか動揺したように、キミズ叔父へ視線を向けた。


「だろ? 運転士さんよ、今の若い奴らはこうなんだよ!

 リニアだぞ、リニア! リニアに乗れるってのに、この反応だよ! くっそー……日本はこれからどうなっちまうんだよ!!」

「いや、リニアだからって、年甲斐もなくはしゃいでる叔父さんこそ、どうかと思うんだけど」

「中年が黄色い声あげてるのって、ちょっときもーい」

「き、きもいってな……キノエちゃんよぉ……」

『……と、とにかく、まもなく発車しますので。

 短い時間ですが、どうぞリニア中央新幹線をお楽しみください』


 いささか面食らった様子を見せながらも、宮ヶ瀬運転士は再び敬礼を見せると、車両の先頭━━つまり、運転席へと向かっていった。


 と、そのとき。


「さて……」


 不意にキミズ叔父が立ち上がった。


 リニア中央新幹線の車内は、通常の新幹線がそうであるように、2-3列の座席配置である。

 つまり、中央通路を挟んで、左右に2座席-3座席が配置され、1列あたり5座席となっている。


 聞けばシートピッチなどは通常の新幹線よりもさらに広いらしいが、キミズ叔父はなぜかコウ達とは反対側に━━つまり、ホーム側へ移動すると、小さな窓にへばりつくような姿勢になった。


「叔父さん……何してるの?」

「お? ああ、お前たちはそっちでいいぞ。

 俺はその……あれだ。発車の時の安全確認とかあるはずだからな。それが見たいんだ。ほっといてくれ」

「移動中にやらなきゃいけないことなんかは……」

「あー、ないない。まだ通信もできないっていうからな。

 これがリニアじゃなかったら、仮眠でも取るんだがな。

 いやー、ざーんねーんだーーーーーー叔父さん、ほんとざんねんだなーーーーーーー」

「………………そ、そう」

「子供みたいだね」

「まあね……」


 世代差。

 つまり残酷な時代の断絶ゆえに、キミズ叔父が抱えるリニアへの途方もない憧れを理解できない若い2人は、困ったように車両の中央やや前よりに座っていることしかできない。


 ━━そして、じわりと。


(……動いた)


 発車の瞬間にはベルが鳴ることもなく、アナウンスが響くこともなかった。

 もっとも、コウが耳を澄ませていれば、乗車口がロックされる音が聞こえたはずだった。


(ん……17時ちょうど出発の試運転ってわけか……)


 電波をまったく掴んでいない『The・フォン』の時計を見る。傍らではキノエも不満そうに『The・フォン』の画面を見ている。


(昔はこんなふうに、移動中はスマートフォンだっけ……ケータイだっけ……そういうのは電車の中だと使えないのが当たり前だった、って言うよな)


 ━━そんな遠い時代の旅行風景を、コウが思い浮かべていると。


「おおおお~!! おおおおおおおおお!

 うおおおおおおーーーーーーーー!! きたあああああああああああああ!!」

「………………」

「………………」


 赤子の泣き声の方がまだ心地よいのではないか、という中年オヤジの声が響きわたる。


「動いたああああああああ! 動いたぞおおおおおお! よっしゃああああああ!!」


 まったくもって年甲斐もなく、興奮しまくった声を上げるキミズ叔父。

 コウが「こんなふうにはなるまい」と思う内にもリニア中央新幹線はどんどん加速していく。


(今、何キロくらいかな……)


 小さな窓から見える光景は、トンネル内の非常灯がぽつりぽつりと後方へ流れていく様子だけだったが、その頻度はどんどん速くなっている。


(でも……思ったより大したことないな)


 所詮、飛行機に比べたらこんなものか、と。

 そんな侮りに近い感想を、コウが頭の片隅で浮かべたそのとき、宮ヶ瀬運転士のアナウンスが流れてきた。


「本日はリニア中央新幹線、第371回試運転にご乗車いただきありがとうございます。

 本車はこれより浮上走行に移ります」

「………………浮上?」


 なんのことだろうか。聞き間違いか。あるいは、言い間違いだろうか。


(飛行機でもないのに、浮上なんてそんな……)


 浮上するという表現そのものを━━『リニアモーターカー』という乗り物の原理を知らないコウが疑った、その時だった。


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