第68話『品川駅大深度地下』
(なんだかこの駅は縁があるよな……)
品川駅の構内を歩きながら、コウは思う。α連合国から帰国した時も、羽田空港からこの駅へ直行したのだ。
(そうそう、品川プリンツホテルへ行ったんだ)
そこでキミズ叔父と会った。
S・パーティーから渡されたスティック・コンピューターを使うと、なんとα連合国と通信がつながった……。
(そこで僕も次の会合に参加しろって、一方的にS・パーティに言われたんだ……)
会合の日付はおよそ一ヶ月後とされていた。だが、詳しい日時までは決まっていない。コウのおぼろげな記憶では、「日付が近くなったら連絡する」と言っていたようにも思う。
(それが当日いきなりだって? ふざけてるにも程がある)
しかも場所は長野県だと言うのだ。
時にして2035年7月15日。コウ達はたった3時間で東京から長野まで移動しなければならない。
しかも、そのうち30分は既に西新宿から品川への移動で消費してしまっている。
「叔父さん、本当に間に合うの?」
「ん? ああ……そんなに時計を気にするな。
あと2時間あれば余裕━━とは言わんがな。何とかなるだろう」
コウとキノエ、そしてキミズ叔父の3人は、訝しげな表情の中年駅員に案内されて、品川駅の構内から作業用エレベーターに乗り込もうとしている。
もちろん、一般旅客が入り込める構内ではない。それでも不届き者が入り込もうとするのか、やけに刺々しい口調で撮影禁止であることを警告する掲示が張ってあった。
「大深度地下行きエレベーター……ふ~ん、リニアって地下から出発するんだね。でも、新幹線は地上なのになんで?」
「おいおい聞いたか、コウ。女の子の認識はこんなもんだぞ。言ってやれ言ってやれ」
エレベーターが動き出す。耳の奥で、し、ん、と圧力の変化に伴う低い音が鳴っている。
「いや、僕も分からないんだけど……どうして地下からなの?」
「はあああああ~」
あきれ果てた様子でため息をつくキミズ叔父。
案内役の駅員がなぜか同意するように、うむうむとうなずいている。
「若い子はこれだからいかん……」
「そんな古代ローマの時代から繰り返されたことを言われても」
「違うぞ、古代ギリシャからだ。
いいか、コウ。東京ってのはとにかく土地が高い。それにリニアってのは、とんでもないスピードで走るんだ。
それこそ飛行機並みのスピードでな。そんなものが地上を走ったらどうなる?」
「さあ……?」
「わかったー! マッハでしょ! ソニックブームでしょ!
忍者マンガで読んだ」
「いや、衝撃波が出るほど速くはないんだがな」
テンションの低いコウと、お気楽なキノエと、やたらとまじめな表情のキミズ叔父と。
やはり、同意するようにうむうむとうなずいている案内役の中年駅員。彼がコウ達3人のうち、誰にシンパシーを感じているかは明白だった。
「ま、とにかく色々と問題が出まくるわけだ。
そこで地下だ。大深度地下だ。すごいだろ!!」
「何が凄いかはわからないけど、土地の買収とか騒音問題とか、いろいろクリアできるわけだね」
「あと、じしんー」
「自信?」
「おう、キノエちゃん鋭いな。そうさ、地下路線は建設費が高いが、地震には強いからな。
そういう意味でも、新幹線を置き換える路線としてはお誂え向きだったわけさ……」
━━そんな長い会話が成立してしまうほどには、作業用エレベーターが地上から大深度地下へ降りていく時間は長かった。
(やっとついた……)
そして、ようやく到着のSEが鳴りドアが開くと、冷たい空気がコウの肌をなでる。
そう、コウたちが乗っていたのは作業用のエレベーターだった。
重機の搬入も前提としたその内装は、ビニールとクッションを張り付けただけの殺風景なもので、人間4人だけが乗り込むには、あまりにも広く、がらんとしていた。
「さむっ」
「結構冷えるね……」
「まだ暫定換気しか効いてないからな。
開業日にはすっかり快適になる予定らしいが……今はちっと寒いかもな」
ぶるりと肩を震わせて、自らの身体を抱きしめるキノエ。
ちらりちらり、とコウに視線を送っているのは、上着のひとつもかけてほしいアピールなのだろうが、あにいくと兄は気づいていても応えるつもりはないらしい。
『こちらへどうぞ』
作業用エレベーターから一歩を踏み出すと、それまで黙っていた案内役の駅員がようやく口を開いた。
「うわあ……すごい」
コウが眼前に広がる光景に、思わず大口を開けてしまったのも無理はなかった。
リニア品川駅の正式開業はまだ年単位の先であり、店舗のテナントどころか、旅客用エレベーターの設置すら済んでいない。
その構内は仕上げ工事の真っ最中らしく、そこかしこに巨大な重機が点在し、壁面といえばコンクリートの打ち放し白一色。
地面には、ビニールシートが敷き詰められ、作業員用とおぼしき仮設トイレまで、堂々と鎮座している始末だった。
「思いっきり工事中、って感じだね」
「そうだなあ……そのうち、あれこれ飾りとかつくんじゃないか?」
『開業後もそう変わらない予定です』
さすがに面食らっているらしいキミズ叔父の後をうかがうように、案内役の駅員が口を開く。
『なにしろ地下のホームを広くすればするだけ金がかかりますから、旅客の案内も出発前になる予定です。それまでは地上のラウンジで待機してもらう予定でして』
「ほー、飛行機みたいだな」
『まさにそんなイメージです。
申し遅れました、品川駅員の道志と申します。
みなさんは大変運がよろしいですね。
リニア中央新幹線━━つまり、いわゆるリニアは暫定開業を来年に控えて、まだマスメディアもほとんど乗っていない状態で━━』
「………………」
「………………」
「おおっ」
堰が切れた、という状態なのだろうか。
一度、口を開き始めると、止まることなくリニアの解説を始める駅員に、コウとキノエはしらけた表情を隠していなかったが、キミズ叔父だけは真剣な目で聞き入っている。
「するってーと、この駅はホーム用地が4線分あるんだな」
『ええ、そうです!
折り返しをするだけなら、2線で足りるんですが、将来の拡張を見込んでのことです』
「確かに大阪とそれより先へ延びたら、発車間隔の調整だけでえらいことになるもんな……走行速度がはやい分、相対的にホームで待たせる時間の調整が難しくなる……」
『よくおわかりで! これはプラニングの段階ではありますが、東京駅と新宿駅の地下から発車させる計画もあります』
「新幹線でかなわなかった夢の再来ってわけだ!」
『そういうことです!!』
「コー兄、叔父さんたち何話してるの?」
「僕にもよくわからないけど、叔父さんくらいの世代は鉄道に特別な感情があるらしいよ……」
おっさん2人が鉄道話で盛り上がる中、改札の形をしていない改札を━━つまり、作業員用のセキュリティゲートを通り抜ける。