第62話『襲撃する者、対応する者』
『少佐……何か異様な一団が接近してくるんですが……』
「なに……?」
司令部でのミーティングを終えて、天幕の外に出たローソン少佐とアンダーソン大尉が目にしたのは、確かに異様な光景だった。
(なんだ、あれは!)
チェーンソのエンジン音のような甲高い響きが、じわじわと大きくなってくる。地平線にはもうもうたる土煙があがり、何かにまたがった鎧━━否、プロテクターまみれの怪しすぎる一団が近づいてきているのだ。
「MOD MAX新作の撮影じゃないだろうな」
『とてもそうは見えませんが』
「待て……なんてこった、あいつらATMを持ってるぞ!」
双眼鏡を覗きこんだローソン少佐が叫ぶと同時に、周囲のα連合国軍人たちもざわめき出す。
『自動防衛システムはどうなっているか!』
『まだ迎撃レンジ外です!』
司令部周辺の防護を担当していると思われる部隊から、そんな怒号も聞こえてくる。
自動防衛システムとは、紛争地域の軍隊において一般化しつつある、センサー反応型の迎撃システムである。
具体的にいえば、ゲリラが発射したロケット弾を検知したならば撃ち落とし、突入する自動車爆弾があれば破壊する。
完全自律型のシステムであり、ほとんどの場合、小型のミサイルを大量に搭載している。
『迎撃レンジまでおよそ1分!!』
司令部防護部隊の叫びを、ローソン少佐のみならず周囲のα連合国軍人はかたずを飲んで聞いていた。
(なんてこった……欧州における陸上戦闘の始まりが、こんなことになるとは!!)
驚愕半分呆れ半分の思いでローソン少佐は、迫り来るポーランドのオートバイ部隊を見つめる。
だが、恐怖はない。この戦闘、こちらに敗北はあり得ないからだ。
(彼らがあの距離から一斉にATMを発射したとしても……)
自動迎撃システムはそのすべてを苦も無く撃ち落とすことだろう。
彼らが携帯型核ロケット弾でも抱えていない限り、何も恐れることはないのだ。
『失礼します、少佐殿! 万一に備えて退避を!』
「ノーサンキュー。私にはこいつがあるのでね」
退避壕へ誘導しようする兵士のひとりに、ローソン少佐は悠然と首を振って、自らの愛車を指さした。
驚いたようにアンダーソン大尉が尋ねる。
『やるのですか、少佐?』
「当然だ。彼らは攻撃してくるのだ。
ということは、それを防いだ後、反撃してやる必要がある」
『なるほど……それにしても、こんな突然の戦いになるとは』
「陸戦とはだいたいそういうものさ」
おそらく今頃は輸送機から降りた地点で待機している僚車にも、乗員が飛び乗っていることだろう。のんびりしているような奴は、ボイントン大尉が尻を蹴り飛ばしているに違いない。
「そら、我らの戦車もやる気だ」
M4スティーブンスは5メートルほどの距離にローソン少佐が近づいてきたことを検知すると、自動的にガスタービンエンジンを始動させた。
まるでキーを向けただけでシステムを起動させる、テスラのモーターカーのようだった。
「自走モード。東にむかって陣地境界で待機だ」
<了解しました>
人工知能の音声が応える。
退避する者と配置につく者が交錯してごったがえす司令部前を、徐行運転でM4スティーブンスは進み始める。
そして、伝統的な土嚢と機銃を中心にして構成された外周陣地の片隅から、車体を半分出す姿勢でM4スティーブンスは停車した。
『中途半端ですが、ダグインですな』
アンダーソン大尉が笑う。
うまい具合に停車した位置の地面がすこし窪んでいたのだ。ただでさえ車高の低いM4スティーブンスは、これで発見することも難しい状態になった。
<車体センサーの一部が識別有効圏からはずれました。砲塔センサーをアクティヴとして使用します>
人工知能は車長の判断を待たずに、窪みで目隠しをされた状態となっている車体側センサーをスタンバイへ切り換える。
(いいぞ、こっちの判断を待たずに最適なモードで動く……よくできている……)
ローソン少佐は思わずほくそ笑んだ。
通常のコンピューターであれは、主たる人間が意志決定するまで待つところを、人工知能は自らの判断で行動し、補ってくれる。
(つまり、この関係は主従ではない)
主人たるヒトがいて、従者たるコンピューターがいるわけではない。
(1+1+人工知能……つまり3以上。
敵からすれば、無限大というわけだ)
ヒトもコンピューターも同列に動くからこそ、M4スティーブンスは革新的な戦車なのだ。
その真価をこれから彼らの敵は思い知ることになる。
『まもなく自動防衛システムの迎撃レンジですね……』
「………………」
アンダーソン大尉の言葉にローソン少佐はゆっくりとうなずいて、ただ待つ。
そして、迎撃レンジギリギリ━━つまり、距離にしておよそ800メートルの地点で、オートバイの一団は驚くべき行動に出た。
~~~~~~Deep Learning War 2035~~~~~~
「全員転回!」
それはさながら、腕のいいドライバーが駆るWRCカーが、華麗にスピンターンを決めるように。
オレンジ色のオフロードバイクにまたがった、ワールガ大尉をはじめとするポーランド軍のバイク乗りたちは、一斉に180度尻を振った。
強く踏み込まれたリアブレーキは、たとえサーキットの舗装上だったとしても、そのリアタイヤをロックさせていただろう。
ずるずるとケツが滑る感覚をとらえつつ、彼らは一斉に左足を出した。
速度が落ちたタイミングをみはからって、軽くバンク。そして、ハンドルを大きく切る。地面についた左足は支えではなく、あくまでセンサーに過ぎない。
たちまち、彼らは見事なUの字を地面に刻んでいた。
一般にブレーキターンと呼ばれる基本的な━━しかし実践できるライダーは決して多くないテクニックである。
結果として。
彼らの前には壁のような凄まじい土煙があがった。
見えない。オレンジ色の一団がどこにいるのか、α連合国軍の陣地からはまったく分からない。
即席の煙幕としては上々であった。
━━が、これだけなら大した意味などないのだ。