第61話『スターティング・グリッド』
「いいか、お前達! 一撃だ、一撃にすべてを賭けるぞ!!」
『おおっ!』
それはマモラ中尉のB-21レイダーから、光学観測可能な程度に離れた地点。
つまり、幹線道路からやや外れたポーランドの平原地帯を、鉄馬の一団が進んでいた。
鉄馬とは、すなわちモーターサイクル。いわゆるオートバイ。
(さて、伸るか反るか……一回限りの賭けだ!!)
彼らはいずれも、世界崩壊系暴力映画のコスプレかと思うような、仰々しいプロテクターを着込んだライダーたちである。
しかし、その手の映画が往々にしてノーヘルメットであるにも関わらず、今の彼らはそろって頑丈そうなフルフェイスヘルメットを装着していた。
もちろん、その背にかついでいるのは携帯式対戦車ミサイルや小火器の数々であり、彼らがフィクションの中から飛び出てきた、山賊の類いではないことを示している。
『目標の予想展開地域まで、あと10km!』
「汎センサー攪乱スモーク、準備!」
リーダーとおぼしき先頭のライダーは、ヘルメットの中でインカムに向かって叫んだ。
甲高い硬質のエキゾーストノートと、風切り音に包まれている中でも、ノイズキャンセリング技術によって、その指示は一団の中にくまなく行き届く。
ごつごつと手から、尻から震動が伝わってくる。
(声はノイズキャンセリングで届くかもしれないが、次は舌をかみきるかもしれないな……)
ポーランドの平原と一口に言っても、そこには数センチあるいは十数センチ単位の起伏があり、舗装道路とは比べものにならない衝撃がオートバイと乗り手に襲いかかる。
それでいて、彼ら一団が転倒の様子を見せないのは、揃ってオレンジ色のオフロードバイクに搭乗しているからだった。
もちろん、コンフォートな乗り心地とはいかないまでも、一般的な四輪自動車にとってはほとんど不可能な時速80kmという超高速を維持したまま、彼らはオフロードを驀進している。
(もう少し、コンパクトにまとまれたらいいんだが……!!)
その隊列は大きな『く』の字であり、いわゆる鶴翼の形だ。
だが、大したメリットがあるわけではない。むしろ現実的な制約が強いた隊列である。
彼らは高速で進み、そして後方に大きな土煙を立てている。
すなわち、仮に一列単縦陣となったならば、先頭以外は前がろくに見えないことになってしまうのだ。
(それにしても、無線妨害がないのは意外だったな)
はやる胸の内をおさえるように、ゆっくりと後方を振り返ったのは、一団のリーダーである、ポーランド陸軍のワールガ大尉である。
ワールガ大尉だけでなく、一団を構成するのは全員がポーランドの軍人である。
しかも、この攻撃は正規の作戦ではなく、三軍から志願者を募って行われた奇襲攻撃だった。
志願の資格はシンプル。公的にポーランドの軍人であること。
そして、私的に1人のバイク乗りであること。
『リーダーへ! α連合国軍野戦基地、視認!』
「こちらも視認した!」
彼らはそれぞれが歩兵であり、砲兵であり、工兵であり、あるいは戦車乗り、ヘリコプター乗り、元輸送機乗りまでいた。
だが、今の彼らは半分しか軍人ではない。もう半分は己の愛する鉄馬にまたがるバイク乗りに過ぎない。
勇壮に。しかし、ひどく愚かしく。
彼らバイク乗りたちは軍人としての武器を背負って、戦というツーリングへと走り出しているのだ。
「ここがレースウェイのヘアピンだ! 全員、死ぬ気で突っ込め!!」
次の瞬間、ワールガ大尉のヘルメットに内蔵されたスピーカーは、バイク乗り達がめいめいに吠える雄叫びで満ちた。
時にして、2035年。
90年前の伝説と異なり、彼らは馬でなく、鉄馬で戦車に突撃しようとしている。