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第59話『戦車の強さとは"運用"である』

<副車長が乗車許可を求めています>

「許可する。ハッチ開放」

<副車長用ハッチを開放します>


 電磁ロックが外れる音がすると、土埃と汗のにおいのする肉体が、M4スティーブンスの砲塔内に入り込んできた。


『アンダーソン大尉であります。本日はよろしくお願いします、少佐殿』

「よろしく頼む、副車長」


 海軍の兵士が狭い艦内においてそうするように、やや窮屈そうに腕を畳んで敬礼するアンダーソン副車長。


『それにしても、何度見てもこいつは凄いですな』


 ヒュウ、と口笛を吹く仕草はローソン少佐自身も経験があるものだ。

 やはり何度乗っても、このM4スティーブンスの360度曲面ディスプレイは、新鮮な驚きを与えてくれるらしい。


(何しろ、戦車の中にいるというのに、360度の視界がある……透明なガラスの戦車に乗っているようなものだからな)


 アンダーソン大尉はローソン少佐のすぐ隣にあるシートへ腰掛けると、生体認証装置に指を差し込む。


<副車長の多段階生体認証をクリアしました。

 指揮コード301、車両番号0001の全乗員が乗車しました>


 人工知能(アンナ)の声が響きわたると、再び司令部へむけてM4スティーブンスは走り出す。

 全乗員。そうローソン少佐とアンダーソン大尉の2人がこの戦車の全乗員なのだ。


『少佐殿。実はいささか慣熟に不安がありまして、司令部までは自分で操縦していきたいのですが』

「ああ、好きにやってくれ」


 アンダーソン大尉はローソン少佐がうなずいたことを確認すると、B-17のパイロットがノルデン式爆撃照準器を操作する爆撃手から操縦を引き継ぐ時のように、『アイ・ハブ・コントロール』と一言告げた。


<手動操縦への切り替えが行われました>


 人工知能(アンナ)が淡々とナビゲーションする。もっとも、走行速度は変わらないままだ。まだM4スティーブンス戦車の操縦は人工知能によって行われている。


 そして、ローソン少佐の目の前にあった操縦ハンドルが、小さな電気モーターの音を立てて、アンダーソン大尉の前に平行移動した。


『ふむ、何もかも電子制御というのは、とにかく軽いですな』


 アンダーソン大尉がハンドルを握り、スロットルをわずかに捻ったことを検知すると、人工知能(アンナ)は走行の制御を人間の手に明け渡した。


 かくして熟練のライダーがクラッチをつなぐ時のようにスムーズに、操縦系統の切り替えが行われる。不愉快な減速もなければ、ひやっとする急加速もない。


 上質のセダンが街を走るように、あるいは農園をピックアップトラックが駆けるように、悠然とM4スティーブンスは距離1km弱の位置にある司令部を目指して進んでいく。


 その視界は360度の曲面ディスプレイによって、どんなオープンカーよりも良好であり、こちらへ近づく可能性がある移動中の兵士などはわざわざ注意アイコンで示してくれる。


『それにしても驚きです』


 ぼそりとアンダーソン大尉がつぶやく。

「どれが?」とローソン少佐は問い返したくなった。驚くものがありすぎる。それがこのM4スティーブンスだからだ。


『自分は骨董品のパットンにも乗ったことがありますが、まさかたった2人で戦車を動かす時代になるとは』

「ああ、乗員の話かね。M1の頃は4人体制だったからな」

『ええ、それがいきなり半減です。もっとも、他国はとっくに3人体制でしたが』

「自動装填装置が当たり前になりつつあった頃、我が国のM1エイブラムスはあえて装填手を残して、戦車4人体制を維持した。

 戦場を走れば、損傷もするし、乗員を失うこともあるのが戦車だ。40年前の判断としては正しいと思うがな……」

『しかし、2030年代は違うというわけですな』


 ━━戦車という兵器。


 その歴史の中でも、乗員の構成は黎明期からあらゆる試行錯誤を繰り返してきたと言ってよい。


 通信手や機銃手が独立していた時代があるかと思えば、車長が指揮をしながら砲手の役割を兼ねることが、当たり前だった時代もある。


「かつては人間の手でやらねばならぬことが多すぎた……」


 ローソン少佐は戦車学校での講義を思い出しながら言う。

 通信装置が大きく扱いにくかった頃は、専任の通信手が絶対に必要だった。ボタンひとつでいつでも送受信ができるようになると、それはリストラされた。


 大きく重い砲弾を握り拳で押し込む装填手。かつてはその技量が連射速度に直結する局面すらあった。

 しかし、120mm砲弾をも素早く確実に押し込む自動装填装置が開発されると、彼もまた職を失った。


「だが、今は……砲手までもが失業したわけだ」


 照準器をのぞき込み、主砲を撃つ砲手。

 それは戦車において、車長に次ぐ花形であり、まさしく技量が戦果に直結する偉大な存在だった。


『M4は完全な自動索敵照準も可能ですからな』


 アンダーソン大尉はローソン少佐の言葉にうなずきながら、360度曲面ディスプレイの前方に巨大な存在感を主張している、主砲身を見つめる。


 車長が戦車を見つけ、砲手が狙い撃つ。

 それが戦車の基本的な戦闘である。M4スティーブンスはその基本プロセスすらも、自動化できるというのだ。


「こいつの索敵システムは最大で12の目標を捕捉できる。

 さすがに交戦できるのは1目標だけだがね。まるでF-14トムキャットか、イージス艦のようだな」

『ついこの前まで、最新式戦車とは車長と砲手で索敵と照準を分離した画期的な存在だと思っていました』

「車長専用のサイトと、砲手用のサイト。ふたつの目を持ち、役割を分担したハンター・キラー運用。

 ひとつの目標を砲手が撃破している間に、車長は次の目標を探すことができる……」

『大変な革新だったと聞きましたか……』


 12目標の同時捕捉という、人工知能の圧倒的なスペックは、そんな革新をも遠い過去へと追いやってしまったと、ローソン少佐には思える。


(戦車の能力を単に主砲や装甲でみているうちは……まだまだ素人だ)


 M4スティーブンスについて、公式に明かされている情報は決して多くない。世間では様々な意見が飛び交っていることは、ローソン少佐も知っている。


 たとえば、進歩のない120mm砲はレオパルド3に劣るだの、軽いぶん装甲もひどいものだろうだのと……。


(━━そうではないのだ)


 確かにM4スティーブンスは21世紀初頭の戦車と同程度の火力しか持っていない。

 そして、装甲技術が進歩したとはいえ絶対的な軽量さは否めず、M1エイブラムスから飛躍的な防御力の向上があるわけではない。


 たとえば陸軍内部のレポートでは、日本の戦車が採用する芸術的な(アーティスティック)な複合装甲に対して、明確に劣ると評価されているほどだ。


(だが、戦車の価値はそんなものでは決まらない)


 そもそも戦車とは、なんぞや。


(それは陸戦の(キング)だ!)


 チェスにおけるキング。それは将棋の王将がそうであるように、離れた場所へは移動できない。

 しかし、1マスだけなら前後左右斜めも含めて、八方向すべてへ移動できる。


(つまり、どんな方向でも攻撃できる)


 たとえ敵が背後から襲いかかってきたとしても、後退中であろうと、主砲を後ろへ回して、攻撃することができる。

 むろん、左右方向についても同じだ。ここに戦車と遠い昔の突撃砲との本質的な違いがある。


(そして、戦車は最前線に立つ(キング)なのだ)


 強大な攻撃力。圧倒的な防御力。しかし、それだけではない。


 戦車に乗り組むのは独りだけではない。チームである。彼らにはそれぞれに目があり、役割があり、技能がある。


 つまり、戦車は兵器としては一輌でありながら、何人もの人間が持つ能力を同時に兼ね備えている。


 だからこそ、強い。

 だからこそ、判断が速い。

 だからこそ、隙がない。


 戦場においては、そんな戦車が複数固まって行動するのだから、総合的な戦闘力はとてつもないレベルとなる。


(戦車の強さとは……『運用』なのだ)


 そして、その『運用』という意味での強さが極限に達したのが、他でもない自らの乗り込むM4スティーブンス戦車であると、ローソン少佐は確信している。


 ━━そんな物思いに耽っている間に。


<司令部に到着しました>


 人工知能(アンナ)のナビゲーション音声が、短いドライブの終わりを告げる。


 副車長のアンダーソン大尉が物足りなさそうな顔をして、上部ハッチを開けている。加圧が解除され、娑婆の空気が流れ込んできた。

 NBC対応フィルターを通していない、埃と土の匂いがする空気である。


「嫌いではないな」

『は……? この戦車が、でしょうか?』

「いや、この空気が、な」


 ガスタービンの甲高い音を響かせて、アイドリングを続けるM4スティーブンス。

 鉄とアルミとも違う、セラミックスの防御装甲に手を当てると、鼓動のような振動がわずかに伝わってきた。

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