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第57話『ポーランド平原に輸送機は舞い降りる』

「まさか実戦があり得るとはな……」


 ドイツの片隅で、欧州統合軍の元・戦車乗りたちが慨嘆していた頃。

 そして、ベルギーのデータセンターで、現場の主任が戦いは終わったのだと思っていた頃。


 欧州の中でもやや東の回廊━━すなわち、ポーランドの平原地帯では、集結したα連合国の陸軍部隊が小さな基地にも等しい野戦司令部を構築しつつあった。


「それにしても、ポーランド、か」


 どこか懐かしむように呟いたのは、α連合国陸軍の第三機甲師団に所属する、ローソン少佐である。


 超重戦車マウスのような一部の例外を除けば、歴史上に存在したあらゆる戦車を空輸することができるC-17M輸送機。軽くならしただけの平原滑走路に、それは次々と舞い降りてくる・土埃が立ち、小石が飛ぶ。そして、青々とした草地を乗り越えて、仮駐機スペースへ翼を休めると、人間で言えば腹にあたる部分が大きく開いて、車輌ランプとなる。


「そしてM4戦車……か」


 ホイッスルとブザーの音。ランプの点滅。カーゴ・マスターの張り上げる大声。

 それらが混ざり合う喧噪の中から、異常にシルエットが低いその戦車はポーランドの大地に降り立った。


「そう、こいつはM4だ。

 ソ連がナチにもっと手こずっていれば、エルベ川を超えて、ここで戦っていたはずのM4だぞ、ボイントン」

『はい、少佐。しかし、型式は同じですが、名前が違いますな』

「その通り、こいつの名前はシャーマンじゃない。

 ━━スティーブンスだ」


 1機のC-17M輸送機につき、1輌のM4戦車プラス弾薬プラス補修部品その他もろもろの必要資材。


(そのC-17Mが24機……1機の脱落もなく、到着した)


 つまり、24輛もの最新型戦車がここに揃っていることになる。


(そして、この24輌を……私が指揮するのだ)


 M4スティーブンス一個中隊。


 おおむね、世界的な基準に照らして強大な━━あるいは、凶悪な機甲戦力と言ってよかった。

 ローソン少佐がひとたび命令を下せば、北極から山岳地帯まで、どんな場所でも相応の地獄を━━あるいは天国を出現させることが可能な戦力である。


「それにしても、またもポーランドとは。

 地政学上の宿命なのかもしれんが、この国は欧州で何かが起こると、巻き込まれずにはいられない場所にあるのだな」

『無理もないことです。何しろドイツのすぐ隣です。

 しかもほどほどに栄え、豊かです。東欧諸国と連絡するとき、決して無視できない国です。

 さらに言うならば……なんとも防衛が難しい地勢でもあります』

「つまり攻める側からすれば、むしろ狙わずにいられない、ということか……」


 二度の世界大戦は言うに及ばず、ローマ帝国やモンゴルの時代においても、歴史の通り道となってきた、ポーランド。


「勝てるかな━━いや、どれだけ損害が出るかな、ボイントン」


 あまり指揮官としては適切でない問いかけを。

 ローソン少佐が彼の副官だけに聞こえる小声で放ったのは、無理からぬことだった。


『勝てますとも。損害も最小限でしょう。

 むしろ━━ソビエト製戦術核の雨を心配しなくてもよいだけ、我々は恵まれているかもしれません』


 対照的に、ちょうど通りかかった兵士にも聞こえるよう、大きめのトーンで答えてみせたのは、かなり年配の副官。


 彼の名はボイントン大尉。

 その階級こそ年齢に見合わないほど低いものの、世界中へ赴任した経験を持ち、およそ陸軍という世界の酸いも甘いも知り尽くしている男だった。


『もっとも、戦術核の1発や2発落ちてきたところで、我々の戦車は物ともしませんが』

「それは直撃を受けなかったときの話だろう」

『ええ。

 しかし、少佐。たとえこのポーランドの空気が、草木が、土と水が、くまなく放射線に汚染されていたとしても、進み戦えるのが我らの戦車です。

 爆風が、熱戦が、放射線が、あるいはポンペイを滅ぼしたような火砕流が押し寄せてこようとも戦えるのが、我らの戦車です。

 それは何も最新式だから、というわけではありません。冷戦時代から、主力戦車とはそういうものだったのです』

「確かにな……」


 そう言ってうなずくローソン少佐は、頭の中で祖父の顔を思い浮かべている。


(そう……私の祖父は……西ベルリン駐留の戦車乗りだった)


 彼らが今立っている場所から、ドイツの首都ベルリンはそう遠くない。


 なにしろポーランド共和国の西端からドイツの首都ベルリンまで、実に100kmと離れていないのである。


 かつて存在していた38度線と、同じくかつて存在していた大韓民国の首都ソウルほど至近ではないとしても、東西冷戦というものを考えたとき、周辺は敵だらけというベルリンに西側の軍人として駐留することは、相当な覚悟が必要であるに違いなかった。


「もし、冷戦が熱戦になったとしたら、私はこの世に生を受けていたと思うかい、ボイントン」

『生まれていたでしょうとも』


 ローソン少佐はNoという言葉を想定して問いかけたが、彼の副官は平然とYesの答えを返した。


『都市を攻め落とすのは……WWIIの頃も、冷戦時代も。

 そして現代でも大変な困難が伴うものなのです』

「決死の意志を固め、建物の中にこもり、戦い抜く間に東ドイツをえんえんと打通して、西側の救援がやってくる……というわけか」

『もしくは、大空輸作戦によって増援が送り込まれるかもしれません』

「なるほど、歴史に証明されたことだな。スターリングラードにはならずに済みそうだ」


 たとえ10万の軍が包囲されているとしても、空から支えてみせる! と豪語して、大敗北に終わったスターリングラードの戦いと。

 200万の市民が封鎖されているとしても、空から支えてみせる! と宣言して、実際に支えきったベルリン大空輸作戦と。


 2つの史実をそれぞれ思い浮かべながら、ローソン少佐はうなずいた。


(まあ、それ以前に何もかもメガトン級核爆弾の炎に焼かれてしまうかもしれないがな……)


 ━━冷戦時代。

 ━━東西ドイツにおいて、もし大規模な衝突が発生したとしたら。


 α連合国および旧NATOの持っていた戦略は、基本的にシンプルだった。

 押し寄せてくるソ連戦車の猛威をくい止める。そのために戦術核兵器を大量に使用する。


(ソ連軍の機甲戦力はそれほどの脅威だった……)


 WWIIにおいて展開された史上最大の作戦は、ノルマンディー上陸作戦ではない。

 大戦末期、ソ連軍が超物量の機甲戦力と、ナチス・ドイツとの戦いを経て体得した戦術を組み合わせて発動した、バグラチオン作戦だったのである。


 その恐るべき成功は、西側諸国にとって永年のトラウマとして刻まれ続けた。ゆえに冷戦時に策定された核の大量使用という戦略は、あまりにも必然すぎる帰結と言えた。


(もちろん、空では爆撃機とICBMが乱舞することだろうが……)


 何らかの運命的悪戯や政治的事情で、その『if』に戦略核が投入されなかったとしたら、ドイツ全土は百の、千の、あるいは万の戦術核によって、草木の一本に至るまで焼き尽くされていただろう。


「とにもかくにも、2035年の今ここで……ポーランドで我々は戦うことなった。

 不思議な感慨があるよ」


 C-17Mから降車してくるM4スティーブンス戦車。

 一個中隊24輌、そのラスト1台を見つめて、ローソン少佐はそう言った。


 M4スティーブンスは数年前に配備がはじまったばかりの次世代戦車である。

 華々しくもほろ苦い伝説的戦車M4シャーマンの型式を受け継ぐ、α連合国にとっては21世紀最初の新開発戦車であり、そのコンセプトは斬新の一言に尽きる。


「それにしても、こいつに我々のような人間の戦車乗りは必要なのかな?」

『何を言います、少佐。

 技術は万能ではありません。また、適切に人がサポートしてこそ、技術はその威力を発揮するのです』

「とはいえ、人がいなくても人工知能はあるからな……」


 遠い昔の突撃砲もかくやという、のっぺりとした低いシルエットは、重厚な作業機械よりは、ニュルンベルク・レースウェイを駆けるスポーツカーを連想させる。

 なにしろ、その高さといったら、ローソン少佐とボイントン大尉の肩あたりまでしかないのである。


(この砲塔がまたすごい……さもなくば、いかれているんだ(クレイジー)


 コーヒーカップのソーサーを思わせる平べったい砲塔をなで回しながら、ローソン少佐は思う。


 頂点部のハッチがごくわずかに膨らんでいる以外は、ほとんど突起物がない。

 反面、車体側にはところ狭しと大量のセンサーが搭載されており、主砲を旋回したときに、よくも干渉しないものだと呆れてしまうほどだった。


「VRシミュレーションは腐るほど受けてきたが、演習は数回だけだ。

 我々にきちんとやれるかな」

『出来ますとも、機械がヒトにきちんと応えてくれるうちは。

 そして、昔からα連合国の戦車は圧倒的な信頼性が命です。たとえここが北極だとしても、砂漠だとしても、密林だとしても、あるいは波打ち際だとしても、完璧に動く、走る、撃つ。

 それがα連合国の戦車というものです』

「少なくともそう信じて乗り組むことで、気持ちは楽になるな。輸送完了の処理を頼む。後ほどまた会おう」

『了解しました』


 何十年も繰り返してきたであろう、美しく整った敬礼を向ける副官。ローソン少佐はやや砕けた姿勢で答礼しながら、M4戦車の砲塔をのぼると車長用のハッチから内部に入った。

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