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第51話『決意と過去と、今は亡い栄華と』

 S・パーティとの通信が終わってから、小さな一波乱があった。


 キミズ叔父は不意に部屋の外へでたかと思うと、いずこかへ電話し始めた。しばらくすると、いかつい体つきの男たちがぞろぞろとやってきて、キミズ叔父の宿泊する部屋に入り込み、家具をひっくり返したり、引き出しの中を丹念に探ったり……いわゆる何かを捜索し始めたのだ。


「お、おじさん?」

「おー、コー坊、キーちゃん、悪いけど少し外に出ていてくれるか?」


 ひきつり半分、やる気半分といった様子のキミズ叔父の笑顔をみて、川野兄妹はロビーの喫茶へ退散する。そして、キノエが注文したケーキセットが、自分の持ち合わせを遙かに超える、とんでもない値段であることにコウが焦りだした頃、キミズ叔父はやってきた。


「ああ、そのままでいいぞ」


 慌てて立ち上がろうとするコウを制すると、キミズ叔父は対面に━━つまり、コウとキノエが並んですわっているソファの反対側に腰掛ける。


「仲良く待っててくれて、何よりだ」

「叔父さん、あの、実は僕、おか━━」

「会計なら俺の部屋につけておく。

 そんなことより、さっきの件だが」


 キミズ叔父がそんなことを話している間に、先ほど、部屋へ乱入してきたガチムチの男たちも喫茶にやってきて、周囲の席へどかどかと腰掛け始めた。

 そして、品位を損なわない程度に。しかし、大きめの声で世間話を始めメル。


「気休めかもしれんが、目くらましだ」

「……あの人たちは、そのSPとかそういう人たち?」

「うちで雇ってる実行部隊だ。何を実行するのかは知らん方がいいぞ」

「あー……えーと、うん、とりあえず今は」


 キノエの表情をちらりと見てから、コウはうなずく。なぜかドヤ顔でキノエもそれにならう。


(……こいつをそんな世界に巻き込むわけにはいかないからな)


 何も知らず、何も想像していない顔で、異様にうまいシフォンケーキにかぶりついているキノエの横顔を見ながら、コウは思う。


「本格的な『洗浄』はこれからするが、ひょっとすると部屋に盗聴器や隠しカメラがあったかもしれん」

「えっ」

「遮断されてるはずのα連合国との通信があっさりつながったんだ。

 何らかの下準備があったと考えるのが自然だろう。だとすれば、盗聴した音声や、隠し撮りした映像も送ってる可能性があるとは思わんか、コー坊?」

「そ、それは……確かに」


 まったく想像もしていなかったキミズ叔父の言葉に、汗を垂らしながらコウはうなずくしかない。ああ、取り繕ったみたいだな。すごくかっこわるいな、と思いながら。


「もっとも、最悪なのは下準備がまったくなかった場合だ」

「それは……あのスティック・コンピューターが、その、なんていうか、自力でα連合国まで通信できるように動いたから……そういうことだよね?」

「まあな。

 どんなプログラムなのか、自動化ツールなのか、あるいはあのスティック・コンピューター自体がきわめて強力な人工知能でも搭載しているのか……それは分からんが、とにかく大問題だ。

 何しろ防衛省の情報本部総掛かりでも、α連合国との安定した通信には成功していないからな」


 安定した通信。その部分だけ、妙に声を小さくしてキミズ叔父は言った。どこかで誰かが、あるいは特殊マイクが聞いている可能性を考慮してることは明白だった。


(……とすると、不安定でも通信自体はできてるのかな……?)


 それが古典的なザーザーとノイズが混じる無線通信のようなものなのか、あるいは『Server not found』を連発する状態なのか、コウにはとても計り知れないレベルだが、日本も手をこまねいているわけではないということだろう。


「ま、何はともあれここまでだな」

「え?」

「もぐもぐ……こみょまれっひぇ(ここまでてって)らに(なに)?」


 ケーキを口に入れたままで言うキノエに、コウは非難の視線を送ったが、キミズ叔父はむしろ楽しそうに笑った。


「お前たちが関わるのはここまでだ」

「ちょっと待って、叔父さん僕は━━」

「これからは国家的な問題になる。

 そんなもんに一般人であるお前とキーちゃんを巻き込むわけにいかねえだろ」

「もぐもぐ。ごっくん」

「だけど、パーティは言ってたじゃないか。次の会合に僕を同席させろって」

「そんなもん、何とかする方法はいくらでもある。

 まさかあっちも、お前がいないから話し合わないなんて言い出すことはないだろう」

「けど、パーティは」

「へー、コー(にぃ)、あの女のこと呼び捨てなんだ。親密なんだね。こだわるのも当然だよね」

「………………」


 真面目な、そして重大な話をしようとすると、真横から冷たい声が飛んできた。


 見れば、瞳の中にマイクロブラックホールを宿したキノエが、誤魔化しを許さない笑顔を浮かべている。唇の端についたクリームがだらしない。しかし、万力のように強く握りしめたフォークを、太平洋を超えて誰かに突き立てたいと思っているのは間違いない。


「……外国人なんだから、『さん』とか変だろ」

「普段のコー(にぃ)なら、大統領とかにも『さん』ってつける」

「っぐ!……ち、直接会った相手には呼び捨てでも、向こうでは失礼にならないんだよ」

「おかしい。間違ってる。ま、いいや、あとで問いただすから。

 叔父さん、話続けて。ごめんね、腰折っちゃって」

「お、おう……続けるがいいか?」


 ぐにゃり、と遂に14歳の少女の握力に負けて、折れ曲がったケーキ用フォークにキミズ叔父は冷や汗を浮かべながら、言葉を続ける。


「とにかくだ。お前たち一般人を巻き込むのは、まずいんだ」

「キノエはともかく、僕は今更だよ」

「しかしなあ……」

「叔父さん。僕は叔父さんの仕事を手伝いたんだ。

 α連合国に1人で立ち向かうつもりなんてない。ヒーローになれるとも思っていない。

 でも、これだけのことを知って、後は何もせずに成り行きを見守っているだけなんて、絶対に嫌だ」


 コウは強く力を込めてそう言った。キノエが横やりをいれてこなければ、もう少しドラマティックに切り出せるかもしれない一言だった。


(そうだ……僕は決めたんだ)


 主人公になれないとしても、傍観者で満足するつもりはない。


 世界を巻き込む戦いを、その真相に近いものを知りながら、自分の安楽だけを考えることはできない。


(……だって、戦いは実際に起こっているじゃないか)


 S・パーティが見せてくれた映像も。トロント空港で見た移動難民たちも。

 意外なほど平静なα連合国とカナダの社会も。日常とほとんど変わらない日本の様子も。


(全部、欧州で実際に起こっている戦いとつながっているんだ)


 太平洋を横断してきたコウには、これが肌で分かるのだ。

 すでにこの戦いは、彼にとって他人事ではないのだ。


「………………」


 彼の父の弟は。つまり、キミズ叔父はじっとコウの目を見た。

 

 そして、おそらくこうした局面であれば定番の問いを投げかけた。


「死ぬかもしれんぞ」

「覚悟している」

「ほぉ、覚悟ね」


 しかし、キミズ叔父はわざとらしいほどに……あざ笑うような表情で。

 おおむねこうした局面では言わない、残酷な問いを放った。


「自分だけじゃない。キノエちゃんも巻き込まれて死ぬことになるかもしれん。それが分かった上での覚悟、か?」

「………………!!」


 コウは、答えられなかった。

 それどころか怒りさえ感じた。可能性の話だとしても、キノエが死ぬかもしれない、などと。なぜそんなことを言うんだこの野郎、とすら口から出そうになった。


「……いや、そ、それは……あの」

「無理だろ」


 畳みかけるように、それでいて労るように、キミズ叔父は言う。


(……勝てないな)


 バカなことをしてしまった、とコウは自分が嫌になった。


 けれど、同時にこうも思う。キミズ叔父自身はどうなのだろうと。


 自らの家族を━━あるいは、親戚である自分たち兄妹を、巻き込む可能性を考えているのだろうか。


(……当然だろうな。覚悟しているんだ)


 確認しなくてもその答えはわかりきっていた。

 コウの知る限り、叔父はそういう人物である。そして、それだからこそ、この国において━━国家レベルで、隠然たる影響力を持ち続けているのだ。


「じゃ、そういうことだ。この件については終わりだ。

 みんな忘れちまえ。メールとかのやりとりも、一通り消去して━━」

「叔父さん、ちょっと待って」


 何もかも、けりが付いた。川野コウにできることなど無いと判明したと思われた、そのとき。


 不意に横から、年上のおじさんに媚びを売るときの笑顔で、そう言ったのはキノエだった。


「あたし、やりたい」

「はぁん?」

「あたしもコー(にぃ)と一緒にお手伝いがしたい」

「バカもん! 子供の出る幕じゃない!!」


 怒声にも二種類ある。ただ、周囲へ響きわたるそれと、相手に向けて叩きつけるように圧縮したそれだ。


 キミズ叔父がこの時、放ったのは後者だった。それは喫茶のごく限られたスペースにいる客たちを、驚き、振り向かせたにすぎない。

 むろん、その客たちの大半は、彼が言うところの『実行部隊』であり、身内なのだが。


「そんなの関係ない」


 意外なことに川野キノエは淡々と言い返した。


「あたしはコー(にぃ)のすることを手伝いたいし、一緒にいたい」

「ちょっと待て、キノエ。何言ってるんだ、お前は」

「コー(にぃ)は黙ってて。あたしと叔父さんの話だから」


 コウの妹はにこにこと笑ってすらいた。だが、その笑顔にはどこか虚無がある。


「……キーちゃんな、さっきも言ったが、本当に命の危険があるかもしれないんだぞ」

「それってあの時の上海より危険なの?」

「!!」

「キ、キノエ……お前」

「核爆弾が落ちたあと、生きるか死ぬかの状態から、水も飲めずに150km歩き通すより危険なの?」


 キミズ叔父とコウが愕然とするのにもかまわず、キノエは平然と言い放った。


「叔父さんはあの時、中国に来てなかったけど、事情は知ってるよね」

「……あ、ああ。そうだな」

「じゃ、あたしを止められないのは分かるよね。

 よって、コー(にぃ)も止められません。やったね、これでお手伝い確定」

「キノエ……ちょっと待て、考え直せよ」


 けらけらと笑うキノエ。思わずコウはその肩をつかんで、力を込める。


「やーん、ソファドン♪」

「ふざけてる場合か!」

「ぜんぜんふざけてないよ。コー(にぃ)と一緒なら何も怖くないし、コー(にぃ)のために死ぬなら本望。

 だって、あたし達はたった2人だけの兄妹だもん。お父さんもお母さんもあの時、いなくなっちゃったけど、コー(にぃ)はいる。

 あたしにはコー(にぃ)だけがいればいいの。それ以外、何か理由がいる?」

「………………キノエ」


 強がりではなかった。意地でもなかった。

 ただただ、当然の帰結である。そう告げるように、キノエは言い放った。


「……天国のアニキになんて言やあいいんだか、な」


 キミズ叔父のひどく落ち込んだ声が、品川プリンツホテルの喫茶に響いた。

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