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第47話『叔父という存在。すなわちキミズ』

 羽田空港から品川を結ぶモノレールは建て直しの話もでているものの、乗り心地は悪くなかった。


(さてと、撒けたのか……それとも僕の考えすぎか)


 発車時刻ぎりぎりまで改札前で談笑してから、駆け込みでモノレールに飛び乗ることが出来たのは、コウもキノエも旅行につきものの、重い荷物を背負ってなかったからである。


「後から乗ってきた奴は……いなかったよな」

「はぁはぁ……もう、コー(にぃ)、急に走り出すなんてひどいよ! なに? 息を切らしているあたしの顔が見たかったの? それとも揺れてるところ? そういうのは暗くなってからうちでお願いね!」

「うるさい。黙れ。車内でそういうことを大声で言うんじゃありません」

「ああああああああああ! またぐりぐりするぅぅぅぅ!!」


 隣の車両で泣きわめいている赤子並みの悲鳴にもかまわず、容赦なく制裁をくわえると、ようやく学習したのかキノエはひそひそ声で訊ねてきた。


「……ほんとになんなの? ひょっとしてコー(にぃ)、誰かに追われてる? 叔父さん、そういう意味で言ったの?」

「お前、ほんと変なところで、何の役にも立たないところで鋭いよな」

「ひっどーぉ、いっ」

「まあ、そのまま静かに頼むよ」


 怒りの湯気を立たせているキノエの頭を撫でてなだめながら、コウはもう一度じろりと車両内を見渡した。


(少なくともこの車両は……大丈夫かな)


 だが、所詮は素人である自分の勝手な見立てにすぎない、と思う。何より、モノレールは田舎の列車ではない。何両も連なって運行しているし、端から端までチェックしている間にも次の停車駅がやってくる。


「……ふう」

「ぶー。急に満足したような顔で座るし。レディーファーストで、あたしを案内してから座るのが筋じゃない?」

「子供は一人前のレディとは言いません」

「ぶーぶーぶー。断固こーぎ」


 林の向こうに見える海岸のように、ビルの間から途切れ途切れにのぞく東京湾を眺めつつ、コウは品川駅が近づくのを待ち続けた。


~~~~~~Deep Learning War 2035~~~~~~


「おう、コー坊。

 よく来たなあ、久しぶりだな。はっはっはっ、元気してたか、生きてたか、んん?」

「……キミズのおじさんも、元気そうだね」


 品川駅。

 羽田空港からモノレール一本という立地にして、新幹線をはじめとする多数の交通機関が集中する、日本有数のターミナル駅である。


 その駅前徒歩数分という、超を三つほどつけても足りないような、好立地に位置する品川プリンツホテルの入り口前に、川野コウとキノエのふたりは立っていた。


「俺が元気をなくす時はこの国が死ぬときさ」


 そして、ふたりを迎える恰幅のいい壮年の男も、また。


「やほー、おじさん久しぶり」

「おう、キーちゃん!

 いやあ、大きくなったなあ。兄貴が日本に連れてきたときは、こーんなに小さかったくせに、子供ってのはすぐにでかくなるな!」

「こーんなに、ってあたし、その時10才だし」

「そっかあ、もう4年前か。

 ま……4年も経てば、日本にもなじむし、誰だって成長しようってもんだよな……なあ、コウよ?」

「……あまり成長してなくてすいませんね」


 高校を出てから、半ば惰性でキャンパス生活を送り、そのまま就職もせずに、ふらふらと生きている自分を笑われた気がして、川野コウは思わず肩をすくめる。


「はははっ、すまんすまん」


 からからと笑うコウの父親の弟━━つまり、『叔父』であるキミズ。

 カジュアルな中年らしい服装に身を包んだその外見は、どこの誰が見ても『休日にそこらを歩いているおっさん』としか思われないだろう。


(……この人は相変わらずだな)


 が、ここは『休日にそこらを歩いているおっさん』が入り込める場所ではない。

 正確には足を踏み入れるだけなら自由だが、宿泊なり食事なりといった、それなりの用事がなければ、品川プリンツホテルという場所に人はいない。


 そして、宿泊だろうが食事だろうが、どんな用事だろうと━━このホテルと付随する設備は、一般的な観念からかけ離れた金銭を要求する。


(そういう場所なんだよな……)


 コウにはその価値も歴史もわからないような、オブジェが大切に飾られているのを眺めながら、自分などが本当にここにいてよいのかと、コウは自問してしまう。


「ま、ここじゃなんだ。誰が聞いてるかわからん。

 とりあえず俺の部屋に来てくれるか?」

「うん、わかった」


 気楽な調子で、キミズ叔父は品川プリンツホテル・エントランスの自動ドアをくぐる。


 豪勢とかきらびやかといった有り体な表現とは隔絶の感がある、『質』の最上級に位置するような、真の高級ホテルエントランスが彼らの前に広がる。


「わー」


 妹のキノエはその光景がまだ慣れないらしい。そして珍しいらしい。

 驚くように、憧れるように。しかし何よりも、どんな反応を示せばよいのか、わからないように、口を開け、呆然としながら、しっとりとした感触の絨毯を歩く。


(……向こうとはちょっと違うな)


 それに比べると、コウの歩みと表情は落ち着いていると言えた。

 超高級ホテルといっても、その館内は意外にも日本の日常風景と変わらない。誰もがタキシードやドレスを着て歩いているわけでもない。


 そこにはとても日常的な服装の、当たり前の格好をした人間達が歩き、座り、そして話し、笑い合っている。


 ただ、その節々から、『質』が滲み出ているだけだ。ぎとぎとした金の輝きもない。宝石がちりばめられているわけでもない。

 それでも、あらゆる全てが目をこらしてみれば、尋常でない『仕事』を凝らされた構成物であることがわかる。


 おそらくその服の一着だけで、貧乏な学生が一月は食べていけるのではないだろうか。


(やっぱりα連合国とは違う……そうか、これが日本の平均レベルの高さなのかな……)


 コウの脳裏には、α連合国に渡ったその晩に泊まった宿は典型的な安ホテルの光景があった。

 それは今、目の当たりにしている品川プリンツホテルとは隔絶したものがある。だが、日本で泊まった記憶のある安ホテルは、そこまでひどい差はない。そこに出入りする人々の服装もまた、である。


 もっとも安いものを見ればこそ、その国の平均がわかり、底辺のレベルがわかる。そういう意味ではコウの知る限り、α連合国より日本の方が圧倒的に上だった。


 ━━とはいえ。


「……コー(にぃ)、ここって落ち着かなくない?」

「慣れるよ。堂々としてればいいんだよ」

「ううう、コー(にぃ)だって、びんぼーでぷらぷらで、かわいい妹がいることだけが取り柄の平均的な日本人のはずなのに、なんであたしと差が出るんだろう……」


 そわそわしながら、意味もなく周囲を見渡しては助けを求めるようにこちらを向くキノエを見ていると、過去の自分を思い出す。


(5年前は……いや、10年前かな)


 その頃は、自分もキミズ叔父に高級ホテルや料理店へ連れて行かれるたび、落ち着かず動揺していたのを思い出す。


(あの頃は……)


 まだ、キノエとは出会う前で。そして、キミズ叔父の他にも父がいて。


「………………」

「なに? コー(にぃ)

「別に」


 変わったことがあるとすれば、慣れ(・・)以外にも4年前に。


「わぷっ」

「別に……なんでもないよ」

「コー(にぃ)、もっとやさしく~!!」


 はじめて出会った妹を前にして、少しでも兄らしくありたいと願った━━そんな心理も影響しているのかもしれない。


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