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第44話『つまり、革命』

『あの『ハイ・ハヴ』ってのは、案外、そこら辺にあるような人工知能システムだと思うんだよな……』

「そこら辺にもある、ですか?」

『人工知能なんてのは、何も特殊なものじゃないんだよ』


 ビジネスマンはぽりぽりと頭をかきながら言う。


 ジェットエンジンの轟音が不意に高まったような錯覚。

 機内後方で愚図る子供の泣き声。後席から聞こえてくる老人の溜め息。窓の外には分厚い雲が広がっている。


『人工知能なんてのはさ、わりとどこでも……当たり前に動いてるもんなんだ』

「はあ……」

『ああ、説明が遅れたな。俺は自販機の仕事をしてるんだよ』

「? 自動販売機、ですか?」

『そうさ、名刺いるか? いらないよな?

 自販機っていっても、缶飲料やペットボトルじゃないぜ?

 食べ物の自動販売機だ。その場で焼きたて、揚げたてで調理するんだ。そいつを全部自動でやる。

 こいつも人工知能が深く関わってるんだよ』

「………………」


 ふと、川野コウは黙り込む。


(そうか……あれも人工知能なのか)


 新鮮な、しかし意外な驚きだった。


 何しろ、このビジネスマンが言うところの『その場で焼きたて、揚げたてで調理する自販機』はコウが毎日のように利用しているものなのだ。


『昔は食い物の自動販売機なんてシンプルなもんでさ……せいぜい、電子レンジを回して加熱するくらいだった。

 ラーメンやうどんを作るやつもあったけどな。こんなのはただのインスタントと何も変わらない』

「なるほど」

『ところが今じゃあ、切る、刻む、混ぜる……おまけに油を使ったり、ソースをかけたりするところまで、機械が自動でやってくれるんだ。

 そもそも、兄さんの年だとそれが当たり前って感覚だろ?』

「まあ……そうですけど」


 それでもコウは覚えている。


 あれは学生の頃。夜間にアルバイトをしていたある日のことだった。


 バイト先の先輩が━━そう、30代後半だというのに、ふらふらとしている変人だった━━自動販売機で買った唐揚げセットを食べながら、「こんなうまいものが自販機で買えるなんていい時代になった!」と叫んでいたのだ。


(実際……おいしいもんな)


 広い目で見れば、それは冷凍品を電子レンジで加熱した場合と、大差はないのだろう。

 あるいは、ワンコインショップの店頭で買えるレベルと、変わらないのかもしれない。


『違うんだよなあ……』


 ビジネスマンはコウの心を読んだかのように言った。


『もっとおいしいものを食いたい! しかも安く! 安全に!』


 そして、コウの無意識を当てるかのように、言葉へ力を込めた。


『この欲求はさ、日本人が世界一だ。

 つまり、世界一食い意地が張ってるっつーかな。他国の人間とはレベルが違う』

「そんなもんですかね」

『そんなもんさ!

 ワンコインショップの賞味期限間近50円引きですら、品質不良は許されない国なんだぜ?

 そういう国で、できたてのうまい料理が食える自動販売機を売り出したら……そりゃあ、大ヒットするだろ?』

「……確かに」

『兄さんが中学生くらいの時かな。

 ようやっと技術が物になってさ、まあ日本以外の国じゃ、それより前から受け入れてくれたんだが━━とにかく、やっと日本人の舌も満足する自動販売機が出来たってわけさ』


 それはつまり、人工知能技術の進歩に他ならないとビジネスマンは言った。


『微妙な焼き加減を調整したり……あと、忘れちゃいけない、悪くなってる食材を弾いたり……そういう難しい処理は、2010年代までは厳しかったんだ』

「そうなんですか」

『アホみたいにコンピューターが進歩した時代だったってのになあ。

 人間の性能にまだ追いついてなかったんだよな。

 けど、自動運転とかいろいろ出てきて……自動調理器にも人工知能が応用できる、ってなってさ。

 お役人を納得させるのも大変だったけどなあ。油を使うと、火災の危険が、ってな! いやー、面倒だった面倒だった!』


 よほど苦労したのか、一人で大笑いしながらビジネスマンは膝を叩いてみせた。

 が、不意に彼は肩を落とすと、か細い声になってしまう。


『ところが、な。

 今から振り返ってみると、その頑張りは間違いだったのかもしれないんだよな……』

「どういうことですか?」


 川野コウはいつしか彼の話の虜となっていた。


 名前も知らない。もちろん顔を合わせるのもはじめて。当然、アポを取り付けたわけでもなく、たまたまこの飛行機で隣に居合わせただけの男が語る身の上話に、すっかり引き込まれていた。


(この人の話……おもしろい)


 話術と呼ぶべきなのか、経験が生きるのか。

 それはまさに世の中で『コミュ力』と呼ばれる能力なのだが、とにかく聞けるだけ話を聞いてみたいと思わせるものがあった。


『最初に問題が起こったのは、中東のある国だった。

 何年もかけて現地法人の立ち上げ準備を進めていたんだが、政府がいきなり事業許可を取り消しやがってな』

「そんなことがあるんですか」

『世界的にはむしろよくあることさ。

 もちろん、抗議したよ。ひどいじゃないかって、さ。それだけじゃない。有力者のコネを使ったり……少なからずカネもばらまいたな。

 けど、結局どうにもならなかった。なんでだと思う?』


 ビジネスマンの問いに、コウは首を横に振る。我ながら素直に首を振っているな、と思うくらいに、あっさりと。

 その仕草に満足でもしたかのように、ビジネスマンは微笑して、言葉を続けた。


『雇用さ』

「雇用……ですか」

『ああ。飲食業界の━━もっと言うと、低所得層の雇用を損なってしまう。だから認められない。この決定は覆らない、ってな。

 最後通告みたいに言われたよ。

 でも、あの時の俺はまだ諦められなくてな……次の手を考えていたんだが、悪いことにちょうど別の国で革命が起こってな』


 どきり、と川野コウの心臓は大きな音を立てる。


(ひょっとして……パーティが言ってた件か……)


 ━━人工知能の普及。

 ━━その影響で無数の失業者が出た。

 ━━中には政府が転覆した国もあった。


 S・パーティはそう言っていたのだ。


『その国は元々のどかな農業国だったらしいんだが……人工知能を搭載した農業機械の導入を国策として推進していたんだ』

「農業機械っていうと?」

『田植え機とかコンバインは知ってるだろ?

 あれに人工知能を使うんだ。

 そうするとな、人間が操縦してやる必要がなくなる。せいぜい、近くで見ているだけでよくなるんだ』


 指で何かをつかんでは地面へ押し込むようなビジネスマンの仕草が、田植えのそれであると、実際にイネを植えた経験がほとんどないコウには理解できなかった。


『収穫から倉庫へのとりまとめまで、全部機械任せで終わるのさ』

「凄いですね」

『……でもな? その作業のために雇っていた奴は全員失業するわけだ』


 暗鬱な顔でビジネスマンは言った。


『自分の土地を持ってて、そこで農業をしていて……なんて奴は万々歳さ。機械任せでコスト削減だからな。

 腰を痛くすることもないし、緊急停止用のリモコン持って、お茶でも飲んでれば、みんな人工知能積んだ農業機械がやってくれるんだから、こんなに楽なことはない』

「えーっと……いわゆる、えっと。自作農……ってやつですか」

『ははは、歴史的はそう言うんだっけな。

 けど、世界じゃ土地を持ってない奴だってたくさんいるんだ。地主から土地を借りて農業しているとか、農作業のために雇われているような連中……まあ、小作人って言ったらいいんだろうかな?

 ごっそり失業したのは、つまりそういう連中なんだ』

「……その、失業保険とかは」

『そんなもんがきっちり整備されてるのは、先進国だけだぜ?』


 世界を知らないな。そんな思いが、表情にはあふれている。


『もちろん……そうやって失業した奴らは、高度な教育も受けてないし、特殊技能もない。外国語もしゃべれない。

 先進国みたいに何でもござれな求人があふれてるわけでもないからな。単純作業の職を失ったら、次に行くアテがないんだ』

「……厳しいですね」

『変化はあっという間だった。

 まずはじめにスラムの人口が激増した。

 激増と一口に言うけどな……何十倍にもなったんだ。しかもそいつらは今日働く職もない。明日のメシを買う金もない。だけど、腹は減る。

 そんな奴らがどうするか、わかるか?』

「……暴動、ですか?」

『まあ、周りから見たらそうなるんだろうが、ぶっちゃけ……普通の市民を襲い始めたんだ。

 ただ、仕事がない。今日食べるものも手に入らない。それだけの動機でな』


 警察による鎮圧はろくに効果を上げず、軍隊まで投入したというが、暴動は収まらなかったという。


「軍隊にも刃向かうなんて、すごいですね」

『そりゃそうさ。

 こいつは主義主張の話じゃない。特定の宗教を信仰しろとか、そういう話でもない。

 ただ、単純に生きるか死ぬか、なんだ。

 つまり難民と同じさ……しかも黙っていれば助けてもらえるアテがあるわけでもない。そもそも、その国はそんなに豊かじゃない。

 となったら、銃を向けられても抵抗するさ』


 結果として、大混乱があり。

 紆余曲折があり、流血があり、悲劇があり、喜劇があり。


 その国の政府は倒れた。

 それも選挙で与党が負けた、などというレベルではなく、政府そのものが転覆した。


『つまり、革命さ』


 歴史の授業でしか聞いたことのないその単語は、コウの知らないうちに、世界のどこかで確かに起こっていた。

 それをこのビジネスマンはよく知っているのだ。


『で、革命の後には新しい政府が出来る。となれば、革命の原因になったものは禁止するわけだ。

 というわけで、その国は人工知能技術の利用を全面的に禁じた』

「……でもそれって、時代の流れに逆行しているようにも思えますけど」

『まあな。

 けど、どうなんだろうな……俺はその革命について、いろんなレポートを読んだんだが、貧困層の暮らしについては、少なくとも悪化したという分析はなかったな。

 そりゃ飢え死により悪くなることはないにしてもなあ……』


 思い出とともに疲れがわき出てきたかのように、ビジネスマンは目を閉じた。


『兄さんよ。技術ってのは、人を幸せにするもんだがな』

「はい」

『もし、技術のせいで犠牲になる人がいるとしたら……それはいつでもいつだって……最底辺の連中なんだろうな、って俺は思うよ』

「………………」

『わり、少し寝るから。実は二日ほど寝てなくて……はは』


 そう言って、ビジネスマンは眠りに落ちると、そのまま日本上空まで目を覚まさなかった。


(技術のせいで犠牲になる人……か)


 川野コウは、その言葉の意味をずっと考え続けていた。

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