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第41話『人を模す。知能を模す。脳を模す』

 ━━この悪魔的発想は。


 意外にもささいな陰謀論にして、オカルト的な主張から生み出されたという。


 それは馬鹿馬鹿しい暴論として、SNSで晒し上げられていた一つの呟きに過ぎなかった。

 曰く、世界の支配層は巨大なコンピューターによって、大衆のデータを収集し、その人格をコピーしようとしている……。

 そして、現在、少しずつ人類は医療行為に見せかけた脳手術によって脳を機械化され、いわばロボット市民へと入れ替えられつつある……。


 どんなにひどいSFコミック、あるいは誰もお気に入りを付けないネット小説ですら採用しないであろう設定だったが、とある人工知能技術者がこの呟きを見たとき、ふと気づいたという。


 ━━人格をコピーすることは出来ない。ヒトは機械ではないから。

 ━━しかし……元の人格と同じ判断を下す人工知能を造り上げることは、決して不可能ではないのではないか?

 ━━そして、そのためには元の人格について、大量の『素材』が必要だが、それは要するに『有名人』という存在そのものではないか?


「はじめての脳モデルは、ポルノ女優だった」


 男性という存在をせせら笑うようにS・パーティは言った。


「彼女はその本職だけでなく、様々な分野で発言をするアクティヴな人間だったわ……」

「己の過去についても、隠すことなく語り、むろん━━そのセクシャリティについても、豊富すぎるほどの素材があったわけじゃ」

「半ば趣味と実用を兼ねてつくられたという、彼女の脳モデルは……しかし革命的だった」


 彼女は自由だった。時事問題についても、奔放な発言をしていた。

 それは鋭さと誤解、不見識と達観が入り交じった、ある意味で非常に人間らしいものだった。


「一致率85%」


 パーティが言う。

 最初の一年間に、様々な局面から『彼女自身の発言』と『彼女の脳モデルの発言』、それらを比較した際の一致率だった。


 たとえば、ベースボールの試合結果について。話題になっている事件について。国際政治について。今日の天気について……。


「その成果が人工知能学会へ発表される前に、研究者をNSAが押さえたのはうまいやり方だったわね」

「もともとはVRモデルを組み合わせた自慰のために作り始めたなどと……研究者自身もそのままでは発表はできんわけじゃからな」

「……何にせよ、その羞恥心にも似た特殊事情のおかげで、我がα連合国は『特定個人の脳モデル作成』という秘宝を掴んだわけだ」


 ファイブ・スター(五つ星)は、半ば呆れた声でそう言った。


 そう、『ハイ・ハヴ』の作成した無数の脳モデル、その原初は1人のポルノ女優なのである。そして、それを造り上げた研究者はインターネットで公開されている日本人作成の3D HENTAIモデルとVRユニットを組み合わせて、『個人的な楽しみ』に使うつもりだったのである……。


 こんなどうしようもない機密が将来公開されるのだろうか。少なくとも1世紀は秘密のままではないか、とこの場に集う3人は思っていた。


「脳モデルの作成には、有名人ほど向いている。

 政治家に行き着くのは必然的な流れだったわ」

「大国の有名政治家ともなれば、それだけパーソナリティを示す『素材』には事欠かんからのう」

「少年時代の作文から、記者会見におけるささいな表情の変化まで……」

「そう、それら全てが『ハイ・ハヴ』の素材となるのだから」


 パーティは物言わぬ擬神(・・)を振り返った。

 見上げるほどに大きな、『ハイ・ハヴ』の筐体は、城壁と見まごうばかりの偉容である。


 もっとも、その内部が意外にがらんどうであることも、ここに集う彼ら3人は知っている。

『ハイ・ハヴ』の中枢とも言うべき、無数のコンピュート・ノードは十字型のシャーシ・フレームに対して取り付けられており、空冷と水冷を併用している。スーパーコンピューターの技術史に詳しい者が見たならば、2010年代のそれと大して変わらないことに呆れることだろう。


(そう……『ハイ・ハヴ』に使われているハードウェア技術そのものは、古典的なものよ)


 1940年における大和型戦艦のように。Ⅵ号戦車ティーガーのように。DC-3ダコタ機のように。


「もっとも革新的な存在は、しばしばハードウェアとしては保守的なものよ。

 革新の本質は、ソフトウェアにあるのだから」

「そしてそのソフトウェアこそ」

「そのソフトの力こそ」

「私たちα連合国が━━国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』を頂点とする、人工知能が世界のすべてを変えるための、原動力となるのよ」


 2035年6月6日。

 α連合国は突如として欧州E連合と開戦。初日のうちに、E連合の二大国であるフランスとドイツは、非公式ではあるがα連合国との停戦に応じた。


 残されたものは、現状を断片的に把握しつつも、為す術を知らないベルギー・ブリュッセルのE連合本部と、中小の構成国たち。

 そして、海底ケーブルをはじめとする通信インフラを切断され、α連合国との連絡が困難になった、世界の諸国家であった……。


(人工知能戦争2035~Deep Learning War 第1章・了)

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