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第34話『最大効率最小破壊は為される。たとえ戦車相手だろうとも』

 ここで、時系列を僅かにさかのぼって、ミハエル大尉とヴァルタザール中尉のレオパルト3戦車に何が起こったのか、振り返る。


 アウグストドルフ演習場へ空から舞い降りたのは、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTと呼ばれる秘密兵器である。


 外見こそ、通常型のDSBドローン・スマート・ボムを少々、大型化しただけでほとんど差はないように見える。

 しかし、このDSBドローン・スマート・ボム Ver NTは長時間動作を切り捨てて高出力化したクアッド・ローターにより、瞬間時速100km近いスピードで縦横無尽に飛行することが出来る。


 360度死角なく取り付けられた環境センサーは、周辺の情報を濃密に収集する。そして、視界内に存在する車両を識別し━━『戦車』と呼ばれる車種を特定するのだ。


 一口に『視界』と言っても、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTが飛来するのは、高高度からである。地球が丸く見えるほど広大な視界にある大量の車両をレーダーや可視光センサーでくまなくスキャンする。


 この車両の中から『戦車』を識別するわけだが、『戦車』といっても、素人が戦車(BattleTank)自走砲(SPG)、あるいは歩兵戦闘車(IFV)を混同してしまうように、その自動識別は容易ではない。


 しかし、本職の兵士や軍事マニアが決してそれらを混同しないように。

 ディープ・ラーニング技術によって鍛え上げられた高精度の識別を行う人工知能センサーもまた、誤識別する可能性は低い。


 さらに、人工知能センサーがその強みを発揮するのは、夜間や悪天候である。

 この日のアウグストドルフ演習場は快晴だったものの、たとえ大雨の夜だったとしても、レオパルト3戦車はDSBドローン・スマート・ボム Ver NTの襲撃から逃れられなかっただろう。


「遠い昔……陸軍の連中は、木製のダミー砲身までこさえて、指揮戦車がどいつかバレないように細工していたって言うが……あの爆弾はだませないだろうな……」


 高高度を遠ざかるB-21戦略爆撃機の中で、マモラ中尉が独りごちたように。


 人工知能センサーは人間のように可視光だけに頼るわけではない。温度・レーザースキャン・レーダー探知まで動員して、その目標を識別する。


 すなわち、たとえ木やボール紙、あるいは3Dプリンターの樹脂成形でデコイを作ったとしても、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTによって、偽物と識別されてしまうのである。


 目標とする戦車をとらえたDSBドローン・スマート・ボム Ver NTは、飛燕のように、いや、人間の目には飛び交う虫のような素早さで接近する。


 そして、接近しながら目標戦車の『砲身』を識別する。さらには内部に収納されていたアームを展開し、『砲身』へ抱きつくような形で着地するのだ。


 たとえば蟹が何かを抱え込むような体勢であり、カブトムシが子供の指にがっしりとしがみつくような状態である。


 だが、人間がそのDSBドローン・スマート・ボム Ver NTを目視することは難しい。なぜなら、目標を抱え込んで着地した直後にDSBドローン・スマート・ボム Ver NTは内蔵する成形炸薬弾頭を砲身へ密着させて、自爆してしまうからだ。


「━━この時に何が起こるか?」


 マモラ中尉は呟きながら、哀れな欧州統合軍・戦車乗りたちの絶望を思う。


 成形炸薬弾頭は冷戦時代中期まで猛威をふるった対装甲弾頭である。

 簡単にいえば、本来、大した威力のない弾頭でも分厚い鋼鉄の装甲をつらぬくことができるという優れものだ。


 しかし、その反面、装甲と装甲の間に大きな空きスペース(中空装甲)をはさまれたり、あるいは金網一枚をぶらさげたり、甚だしくはただの土嚢を積んだり、水がたっぷり入ったタンクを置かれてしまうだけで、いとも簡単に無効化されてしまう悲しさがある。


 すなわち成形炸薬弾(HEAT)とは、一枚板の装甲にぴったりと密着して炸裂しなければ意味がないのだ。


「今どきの戦車ってもんは……普通は……」


 マモラ中尉は言う。現代の戦車はぴたりと完璧に密着した成形炸薬弾(HEAT)ですら、びくともしない複合装甲を備えている。

 根本的に防御が薄い真後ろや、底面でも狙わないかぎり、21世紀の一流戦車を成形炸薬弾(HEAT)で破壊することはできないと言っても過言ではないだろう。


 ━━それならば?

 ━━文句なく一流であるはずのレオパルド3戦車がなぜ成形炸薬弾(HEAT)に屈するのか?

 ━━なぜミハエル大尉は「これでこいつは終わりだ!」と叫んだのか?


『大尉、どうしました!?』

「砲身に……穴が!!」


 そう、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTが起爆させたのは、遠い昔のナチスドイツ軍から、中東のゲリラまで使われ続けた成形炸薬弾(HEAT)である。


 現代ま戦車には大した効果がない成形炸薬弾(HEAT)である。


 だが、それは戦車の装甲を狙わない。車体も、砲塔も狙わない。

 むろん、履帯を狙うわけでもない。エンジンを狙うわけでもない。


「……見ろ、中尉」


 諦めを多分に吹くんだ口調でミハエル大尉は、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTが横穴を開けた140mm砲身を指さした。


 いかに複合装甲を駆使した現代戦車といえども、砲身は装甲を施されてはいない。

 DSBドローン・スマート・ボム Ver NTが狙ったのは、そこだった。

 戦車の戦車たるゆえんは何か? 機動力、イエス。防御力、イエス。しかし、何より攻撃力である。


 戦車並みの機動力を持つ兵器はいくらでもある。防御力については類例が乏しいにせよ、何のための防御かといえば、それは攻撃のためである。


 かつて海に君臨した戦艦がそうであるように、敵の攻撃に耐え、我の攻撃を叩き込むからこそ、戦車は陸戦の王者である。


 攻防。その両者が最高水準であるがゆえに、戦車は王者なのだ。


 だからこそ、あらゆる対戦車兵器はその防御を叩き折ろうとする。

 だが、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTは戦車の防御を無視した。それは戦車の攻撃力を無効(Neutral)(ize)した。


 ゆえにNTである。DSBドローン・スマート・ボム戦車無(Neutrali)効化(ze Tank)バージョンこそが、その新兵器の正体である。


『……こいつは』


 砲塔からのそのそと這い出てきたヴァルタザール中尉は、横穴を開けられた140mm砲身をまじまじとのぞき込むと絶句した。

 傍らでは、車体の上にちらばった、DSBドローン・スマート・ボム Ver NTの破片をミハエル中尉が忌々しげに踏みつけている。


 砲身には確かに大穴が開いている。

 だが、真横からでなく、いささか斜めの穴だ。そして、反対側へは貫通していない。まるで、日曜整備士がホームセンターでセールだった安物ドリルキットで、へたくそな穴を鋼管に開けたようにも見える。


 ━━しかし。


(……なんて忌々しい兵器だ)


 ヴァルタザール中尉は、そのへたくさな穴こそが。つまり、斜めに傾いた片側のみの貫通孔こそが、この兵器の狙いなのだと瞬時に悟った。


(まず、反対側へ抜けてないってのが主砲にとっちゃまずいんだ……)


 DSBドローン・スマート・ボム Ver NTの成形炸薬弾(HEAT)による貫通孔が砲身の片側という点は、一見、うまくいかなかった破壊に見えるだろう。


 これは140mmという大口径砲身がまさに直径140mmの中空装甲として作用したためである。成形炸薬弾(HEAT)は装甲と装甲の間に、ぽっかりと空いたデッドスペースや単なる水タンク、土嚢だけで大いに威力を減殺されてしまう。


(だが……)


 ヴァルタザール中尉は目を細めて、貫通孔から砲身の内部を覗こうとする。ここに噴出したのは、まさに砲身の片側を貫通した金属粒の噴流である。それは微細なカッターが大量に押し寄せ、焼き付いたようなものであり、レオパルト3戦車の誇る140mm砲身の内部はどんなひどい状態になっていることか、想像もつかない。


(しかも、穴は『斜め』に空いている……)


 それは構造体としての主砲身がいびつな形で寸断されているということだった。

 どれほど強度が落ちているものか、仮にこのまま発射したとして、爆風はどんな形で吹き出るか。威力の減殺は? 照準の狂いは? そもそも暴発したりしないだろうか?


 砲手という役割から、戦車砲には専門的な知識を持っているはずの彼でさえ、まったく予測がつかない。


『この状態だと主砲は使えませんね』


 よって、彼は車長たるミハエル大尉にそう告げるしかないのだ。


『砲身交換はもちろんですが、デポ送りにして一度、検査しないと……』

「やはり、そうか。

 くそっ。これじゃあ、ただのブレンガン・キャリアーじゃないか!!」


 悔しそうにミハエル大尉が拳を砲塔へ叩きつける。思いはヴァルタザール中尉も同じだった。確かに彼らは主砲を失っただけかもしれない。


 だが、主砲を失った戦車でどんな作戦行動が立てられるというのだろうか。

 確かに強大な防御力と機動力は健在である。しかし、これは戦いが既に始まっている場合に生きることなのだ。


「俺達は戦う前から、戦車であることの存在意義を否定されたんだ!!」


 しかも、被害を受けたのは彼らのレオパルト3戦車一台ではないのである。


「……すまなかったな、中尉。君の忠告をもっと真剣に聞けば」

『いえ、あのように攻撃されては、どうしようもなかったです』


 見れば、周囲の戦車乗りたちもある者は大声をあげ、ある者はがっくりと肩を落としている。

 襲撃を逃れた戦車はないかと目をこらし、辺りを見渡してみたが、恐ろしいことに全保有戦車が、主砲だけを確実にやられたらしい。


(どこのどいつがこんなことをやったんだ……)


 今更ながらミハエル大尉はこの攻撃をしかけてきた存在を思って戦慄した。断じて、テロ組織や知能犯の類いではない。とてつもなく高度な技術を持ち、そして徹底的・圧倒的な物量の攻撃を遂行できる大国であることは明らかだった。


「……どこの国だと思う、中尉?」

『ロシアでしょう。……分裂内戦状態にある中国から、この兵器は流れたのではないでしょうか?』

「とんでもないものを作りやがって……あいつらめ!」


 ━━ミハエル大尉をはじめ、欧州統合軍主力部隊の将兵はまだ気づいていなかった。


 ロシアも、中国も、彼らを襲った惨禍には何一つ関係ないことを。

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