第31話『アマチュア無線~あらゆる通信障害にもっとも強き手段』
「こちらはコールサイン・TKAMSK」
「ようボルドーの友人。こちらはコールサイン・HFRUISだ。
こんな通信障害時に何の用だ?」
ブリュッセルでE連合大統領が椅子から崩れ落ちそうになっていたそのとき、フランスとポーランドの片隅では、一つの通信が行われていた。
そう、あらゆる通信が途絶しているように見えるこの欧州で━━彼らは平然と言葉を交わし合っていたのだ。
「通信障害だって? そっちもなのか?」
「なんだ、フランスもか?
おいおい、こりゃでかいキャリアがやっちまったみたいだな。どうもワルシャワはおろか、ポーランド内全滅らしいんだが、フランスまでいかれてるとはな……」
「驚いたな」
その通信は遠い昔からアマチュア無線と呼ばれているものだった。
マイナーな分野でありつつも、電波行政においては手厚い保護を受けているクラシックな趣味。そして歴史的にはプラハへのソ連軍介入を世界へ伝えた、当時、唯一の通信手段だった。
むろん、ここで書き出されたその会話は正確とは言えない。
アマチュア無線の呼び出しと応答には一定の規則があるが、彼らの会話をフランクに落とし込めば、このようになるであろうと思われるものだった。
「はっはっは、こいつは世界中の危機かもしれないぜ」
「おいおい、ポーランドの。脅かさないでくれよ」
「通信網が壊滅してる状況だ。何が起こってるなんて、誰にも分かるもんか。
案外、衛星軌道で大量の核爆発でもあったんじゃないか?」
「なるほど、EMPか……」
「そういうことが起こると、電線が火を吹くっていうからな」
フランスで。ポーランドで。
彼らアマチュア無線愛好家たちは他愛もない想像を膨らませていた。
少なくとも、彼らはこの事態を嘆くよりは楽しもうと思っていた。
(ま、ニュース映像が見えるわけでもない……)
フランスのハムはそう思う。
ショッキングな調子でレポートが垂れ流されているわけではない。今、彼らの周りは平穏そのものだ。
むろん、停電に伴う不便さはある。道路の信号もろくに動かないものだから、通りからはひっきりなしにクラクションが聞こえてくる。それでも、暴走トラックが誰かを巻き込んで大破している様子もない。
(太陽は明るいし、水くらいなら出る。食料が消え失せたわけでもない)
ポーランドのハムはこのように思う。
30分ほど前には、隣のおばさんが天地のひっくり返ったような調子で、電気も『THE・フォン』も使えないとわめきに来たが、とりあえず待つしかないとなだめたところだ。
「そちらのバッテリーは? フランスの」
「こっちは太陽光発電に蓄電装備もある。このくらいの通信なら、数日はいけるな」
「そいつは豪勢だな。こっちはトヨタのカーバッテリーから持ち出しだ」
「なに足りなくなったら、ドライブでもしてくればいいさ」
「そいつはいいね」
二人は終始、ポジティヴな会話を続けていた。
せいぜい危機を連想させるワードは、それぞれが思いついた僅かに二つのシチュエーションだった。
「実は巨大隕石が降ってきて、そいつをぶっ壊すために衛星軌道で核を使ったんだ」
「実はソ連が復活して、今、α連合国とICBMを撃ち合っているんだ」
むろん、そのどちらもハズレだったし、彼らも現実の可能性として認識してはいなかった。
事態は━━彼らの想定を。
いや、このE連合に住まうヒトという種族、その知性が想定できるあらゆるケースを超えていたのだから。